10.もう一つのイヤリング
俺達が「素材を入れるためだろう」と考え、再利用可能か確認する物に分類していた鉄製の箱。
イヤリングは、そこに入っていたらしい。俺達が確認した時にからっぽだったのは、バンシュが先に取り出していたからだ。
この部屋の物はそんなに触ってない、みたいな言い方をしてたけど、実はがっつり家探しみたいなことをしてたんじゃないか。
そうこうするうち、俺達が来た。人間二人はともかく、見たこともない獣を連れているし、見付かったらまずいと思ったんだろう。
隠れてやり過ごせるならよし、見付かったらとにかく低姿勢でいようと考え、さも無害で気の毒な遭難者のふりをしてたって訳だ。
「お前、俺達が街へ連れて行くって言った時、その小舟にある盗んだ物はどうするつもりだったんだ」
「遭難したってことになってるのに、貴金属を持ってたら怪しまれるだろ。とりあえず今はおとなしく連れて行かれて、後で取りに戻るつもりだった。あの漁村で小舟を盗んでここまで来たら、それを持って別の場所へ逃げればいいってな」
あきらめる気はなしってか。盗みで生計を立ててるのが本当なら、放っておくはずがないよな。
もっとも、俺達が連れて行く街って、ここからかなり遠いんだけど。そう簡単には戻れない距離だ。それでも……盗んだ総額によっては、何としてでも戻ろうとするんだろう。
エストレからもらった物を食って中へ戻って来たのは、ある程度俺達の行動を把握したかったんだ。
バンシュにとっては、魔法使いなんていうのは得体の知れない連中だろう。少しでも情報を得ようって魂胆があったに違いない。
で、俺達のしていることを見物していたら、ヴェネルの遺体が見付かった。そのせいでまた魔法使いがここへ来ることになると聞き、さすがにまた顔を合わせる訳にはいかないから、その日を避けて来ようと算段していたのかも。
外へ出ていろと言われたんだから、その間にここまで乗って来た小舟で逃げることもできたはず。ただ、こっちにはアルケスとロイオンがいる。
飛行できる魔獣がいると、隠れる場所のない海へ出ることで見付けられやすくなる、と考えたんだろう。逆に俺達といた方が、戦利品を見付けられずに済むと思って。
でも、魔法使いを甘くみてたな。……俺だけなら、だませただろうけど。
「ちぇっ、こんな人のいないような島で見付かるなんてな」
悪ぶってるように見えるけど、やっぱり全然似合わない。こいつ、たぶん内心ではびくびくしてるんじゃないか? すっげー汗かいてるし。
普通の役人に見付かってもやばいと思うんだろうけど、魔法使いだもんな。普通に捕まる以上に、魔法で何されるかわからないって思ってるのかも。
俺達は、魔法で一般人を攻撃なんてしないぞ。凶器を持って襲って来たら、話は別だけど。
でも、そんなことを親切に教えてやる義理はない。怖がってもらっていた方が、連れて帰る時もおとなしくしてるだろうしな。
「あなたの事情はわかりました。私達は役人ではありませんが、盗みをしたとわかっている人間を放っておくことはできません」
「捕まえるんだろ。わかってるよ。相手が魔法使いと魔獣じゃ、俺に勝ち目なんて絶対ないじゃん」
……お前、もしかして役人なら勝てると思ってるのか。実は足がめちゃくちゃ速い、とか?
たとえそうであっても、魔獣の前では人間の足の速さなんてかたつむりレベルだからな。あきらめておとなしくするのは、賢い選択だ。
「ここで盗った物をまだ持っているなら、出し……イヤリングはっ」
エストレの口調が急にきついものになる。
「え?」
「このイヤリングと対になっている物です」
イヤリングって装飾品は、特に事情がなければ二つで一組。人間の耳は二つあるもんな。
あえて片方にしかしないって人もいるらしいけど、それでも一般的に考えて二つあるはず。
さっき魔物の影が現れたのは、イヤリングから。もしそれと同じように、もう一つのイヤリングにも魔物が封じられていたら、まずいことになるかも知れない。
バンシュもそれに気付いたんだろう。はっとしてイスから立ち上がり、慌ててポケットをさぐる。
あんな不気味な影を間近に見たんだから、恐怖にかられても仕方がない。自分のそばにあるとなれば、早く遠ざけたいだろう。
ポケットから、さっきと同じ魔石が使われたリングやブローチらしき物が出て来る。
ここにバンシュがほしくなる物はほとんどなかったようだが、魔石を使ったこれらの物はやはり目に留まったようだ。見た目だけならきれいだからな。
石の色はきれいだけど、装飾品としてのデザインは大したものじゃない。流行にはうといけど、俺がそう思うんだから本当に安っぽい物ばかりだ。
さっきみたいに落とし、煙が出たら困る、と思ったんだろう。バンシュはポケットから取り出したそれらを、急ぎながらもそっと床に置く。
だが、その中にさっきと同じイヤリングはなかった。
「どこだよ、ちくしょう……」
肝心なイヤリングがないとわかり、バンシュはまたポケットに手を入れた。
その様子を見る限り、盗んだ覚えはあるんだな。
「バンシュ、落ち着いてください。おかしな衝撃を与えなければ、問題ありませんから」
エストレにそう言われても、恐怖に取り憑かれたバンシュは慌てまくっている。
それでも、服の上からぱんぱんと叩いて確認するような動きはしなかった。それをすると最悪の状態に……という予測ができるだけの理性はかろうじて残っているようだ。
やがて、その顔がはっとなった。ズボンのポケットに、イヤリングの感触があったようだ。下の方に隠れていたんだろう。
「あった」
その手をポケットから出すと、確かにさっきと同じ形のイヤリングがある。赤いしずく型の石でできた、対のイヤリングだ。
ヴェネルはどうして、魔物を封じる道具にイヤリングって形を選んだんだろう。使役する魔物を封じておいて、用があればそこから出るように仕向けるつもりだったとか?
だとしても、顔の横に魔物が封じられた石があるって、気持ち悪いだろ。センスが微妙すぎる。もし売る気だったとしても、たぶん難しいんじゃないかな。
「……あれ?」
見付かって、ほっとしたのも束の間。
バンシュはイヤリングを手放そうとするが、床に置こうとしているのに指先から離れない。手のひらを下へ向け、その手を振ってみても落ちなかった。
「な、何でだよ。俺、もうこんなの、いらないって」
このイヤリングについては、いらないって言葉は本音だろう。何が起きるかわからない代物なんて、誰だってほしくない。
「バンシュ、動かないで。そのイヤリングを見えるように、こちらへ向けてください」
エストレが言うが、バンシュは聞いていない。吸盤や接着剤が付いている訳でもないのに手から離れず、軽いパニックを起こしているみたいだ。
すでにさっきから、恐怖の限度を超えていたんだろう。今や叫びながら、腕を思いっきり振っていた。
「ねぇ、あれってまずくない?」
ロイオンが、俺の心の声を代弁する。うん、たぶんまずい……かなり。
「や、やめろっ。いやだっ」
バンシュの口調が、悲鳴に変わる。
起きてほしくないことが起きた。バンシュの持つイヤリングから、また黒い煙が現れたのだ。
バンシュが手を振っているからよく見えないけど、さっきの魔石と同じようにひびが入っているんだろう。
「バンシュ、取ってやるから動くな」
俺もエストレと一緒になってバンシュに呼びかけたが、俺達の声は全然届いてない。
「うわああっ」
さっきより早く大量の煙が出て、あっという間にバンシュを囲む。
さっきはこんな動きはなかったのに。あ、中の魔物が違うってことか? イヤリングは対でも、封じられている魔物が同じとは限らない。
「たす……」
最後まで言葉が出ない。まずいな。気を失ったか、飲み込まれたか。黒い煙でバンシュの姿は見えなくなったから、どういう状態なのかがわからない。
「なんてこと……」
あっという間に、煙は天井まで届く程に巨大化した。形は……カエル、か? 全体像はかなり歪んでるけど。
黒い煙はさっきの木の影みたいに、立体的な影になった。カエルと思われる形で、その場に居座っている。
ヴェネルって奴は、どこでこんなのを封じたんだよ。こいつで何がしたかったんだ。
「いやな展開っぽい……」
さっきよりもよくない状況に思ったのは、カエルの目がある位置に赤い光が見えたからだ。封じられていたのが念のようなものであったとしても、バンシュという肉体を取り込んだことで何かしらの力を得た、と考えられる。
つまり、さっきより手強い、はず。
「カエルなら、火ではあまり効果がないですよね」
セオリーとして、水に対して火は相性がよくない。
「火も水もだめです。攻撃すれば、バンシュもダメージを受けてしまう恐れがあります」
「え、攻撃しちゃダメなんですか。でも、放っておいたら向こうから攻撃されるし」
エストレが素早く呪文を詠唱する。動きを封じる拘束魔法だ。どうやら有効のようで、カエルが動く気配はない。
「スペルオ、集めた道具の中に鏡がありましたね」
「え? あ、はい」
「再利用可能か要確認」に分類した中に、割れたり欠けたりした鏡があった。ヴェネルの遺体と魔物が封じられていたのも、鏡だ。
「どれでも構いません。ひとまずそこに、この魔物を封じます」
「でも、バンシュは」
「一緒に封じられても、後で私達が引き出せます。早く鏡をっ」





