捨てられないガラクタ
母と母の両親は仲が悪かった。だからずうっと帰らなかった。私達家族はいつの間にかバラバラになってしまったのだ。
毎年お盆には父方の祖父の家にいくことが私の家の習慣だった。なかなか母の実家に行くことはなくて、でも去年祖父が亡くなってしまったので初盆にいかなければならなかった。もう数年いっていなかったので、おばあちゃんも私よりずうっと小さくなってしまっていたし、飼っていた犬も猫もなんだか年老いていた。
「ほらぁ、あんた、おばあちゃんに挨拶して」
背中をドンと母に叩かれてから少し遅れて私は「お久しぶり、おばあちゃん、元気?」なんてありきたりな挨拶をすると、おばあちゃんは笑顔のまま頷いて手招きをした。お母さんは無言で再び私の背中をドンと押すと、おばあちゃんと反対方向の車の方に向かっていってしまった。
「おばあちゃん、待って」と後を追うとおばあちゃんはおじいちゃんの仏壇の前で手を合わせてなにか呟いている。風香が帰ってきましたよ――とぽつりぽつり何度も言っていた。風香とは私のお姉ちゃんの名前である。きっとおばあちゃんは認知症が進んで、私と姉の区別がついていないのだ。しかし、姉は数年前家を出たきり帰ってくることも、連絡が来ることもないままだった。おばあちゃんと私が会ったのも私が5歳くらいの頃だったから15年ほど前の話である。姉は二つ上なので、今22歳。いなくなったのは18の頃で、おばあちゃんの認知症が進んだと話が出たのも5年前だった。5年の間にここにきたというのだろうか。私は15年の間一度もこの家に来たことはないし、姉も同様のはずだけれど―――。
「凜香」
お母さんの冷たい声で振り返ると、おばあちゃんもぽつりと呟くことをやめた。「凜香?」とおばあちゃんは私の方を振り返る「そうだよ、私はお姉ちゃんじゃないよ」というと首を傾げた。私と風香の見た目はよく似ていて、二つ上だというのに双子のように扱われることが多かった。
「ああそうだ、あんた、ちょっと待ちなさい」
おばあちゃんは私の横を通り過ぎて床の間の方へいってしまった。あんた、というのは母のことだ。今のところおばあちゃんは私の事を忘れてしまっている。生前祖父が可愛がっていた風香の事しか覚えていないのだ。
「これ、風香に」
仏壇の方に戻ってきたおばあちゃんは小さな籠と、その中にいくつか見覚えのあるボロボロの人形と布切れといくつかの封筒を入れて戻ってきた。お母さんは驚いた表情をしていた。私はそれがなんだかわからなかった。
「風香風香って……あの子ここにいたの?」
お母さんがおばあちゃんのもとへ駆け寄って籠を手に取ってそのまま座り込んでひとつひとつを確認し始めた。私ものぞき込む。よく見ると封筒には最近の日付と「凜香へ」「お母さんへ」と家族あての手紙だった。おばあちゃんが持ってきた籠に入っていた人形に見覚えがあったのはアルバムに貼ってあった家族写真で姉が握っていた人形と、姉が家を出ていったときに持って行ったとおもっていた布切れだった。
そこからおばあちゃんはぽつりぽつりと姉・風香の話を始めた。5年前に家を出た後にすぐここにきて、しばらくこの家にいたこと。それから何も言わずにいなくなってしまって、2年ほど経ってまた戻ってきたこと。そして去年祖父が亡くなる間際、私達家族を避けるように祖父のお見舞いに現れたことを聞いた。そして今姉はどこかの田舎でひっそりと家庭を築いていることが封筒の中の手紙に書いてあった。
「これは捨てられないガラクタでねぇ……あんたはずうっと風香に捨てなさいと言っていたけれど……」おばあちゃんは続けた。「凜香!」と記憶の中の姉が私に話しかけてくる。ボロボロと涙を零していると、母も同様に声を殺して泣き始めてしまった。おじいちゃん、最後なにもいわなかったじゃない。でも知ってたよ、お母さんにずうっと何か言われていたことも、それが原因できっと家を出ていってしまったことも。それで母の矛先が私に向いた時は心底恨んだけれど、今までずうっと守ってくれていたんだよね。
私宛の手紙には「ごめんね」と一言だけだった。母には「私はもう一人で大丈夫」と書いてあった。
おばあちゃんは泣いている私たちを見て「あんた、あんた、泣くことないよ、風香は立派に生きているよ」と慰めていた。姉・風香が居なくなって5年目の夏だった。