魔王とオカンと時々勇者
『……お前か…』
重く、腹の底から響く声。
相手の姿は、周囲の明かりが乏しくよく見えないが、それでもよく分かった。相対しているのが、魔王なのだと。
戦闘能力を持っていない、ただの凡人の自分が何故。……攫われたからに他ならない。
背後に跪く、魔族の二人。魔王の側近なのだろう、隙が全くない。逃げるのは不可能だ。腹を、括るしかない。
『今一度、確認する…。こ奴で間違いあるまいな』
「は、慌てふためいておりましたので、間違いありません。それにこの人間だけ見覚えがありませんでした」
「……視た所、戦闘能力は皆無。確実かと」
『……そうか…』
やはり、狙われた。分かってはいた。自分はお荷物に過ぎないと。
分かっていて、彼等から離れなかったのは…己の落ち度だ。ただ、誤解しないで欲しい。
名声を得たいとか、仲間なんだと自慢したかったとか、自分にだっていつかできる事がとか、そういうのじゃない。
ただ、ただ単に、
『……お前があの、勇者のオカンなのだな!!?』
家事が一切できない仲間達が心配だっただけなんだよ……!!
……俺の名はセリン。山奥の村で、平凡な家庭で生まれ育った。
母一人、子一人。父親は居ない。周囲の人達に助けられて、なんとかやってきた。
母が外で働いているので、家事は俺が一手に引き受けている。……いや、引き受けざるを得なかった、と言った方が正しい。母の家事の腕は、神様に見放されたのかと思わされる程壊滅していたからだ。
包丁を持たせれば、自分の指をすべて切り、血の惨劇の場を作り上げ。洗濯をさせれば、布地に斬新な穴を開け。掃除させれば、棚から何かしら全て落とし、破壊する。
母の幼馴染がお隣に住んでいるのだが、普段おっとりな彼女が、真顔で母を平手打ちした程の腕だとお伝えしておこう。
そんな母から生まれた俺だが、幸いにも人並みに家事はできた。お隣さんにも教えてもらいながら、母に代わり家を守っていた。お隣には、ティールという同い年の少年が居る。俺の幼馴染だ。
我が家の事情を知る彼は、毎日のように手伝ってくれて、本当に助かった。
しかし、このティール。いい奴ではあるのだが、己に無頓着なのだ。寝間着スタイル寝ぐせ付きで、普通に出掛ける。これはいかんと思った俺は、日頃の感謝もあり、彼の身の回りの世話もしていた。
ティールは器用で、なんでもソツなくこなす。知らなくても教えられれば、すぐに自分のモノにしていた。やればできるのに、何故やらない?と疑問に思いつつも、世話を焼き続けた。
そして、数年。適正年齢になった俺達は、教会へ。
この世には、スキルというものがある。神様が与えてくれる能力といわれている。
とはいえ、すべての人間に与えられるものではなく、当然持たない者も居る。俺は特に秀でた能力とかも無いが、ティールは何かしらあるに違いない。
結果、俺の予想は当たり、ティールは『勇者』と声高らかに宣言された。
周囲は沸いた。無理もない、『勇者』は立身出世の象徴だ。過去の『勇者』は王族に入った事もあるそうだ。
でも、魔王復活の兆しでもある。俺も、ティールの両親も、手放しでは喜べなかった。
そして、俺だが。スキルは、あった。あるには、あった。
「お、おおぉぉ……!スキル持ちが二人も?!セリン、お前のスキルは……『オカン』!!……え?オカン?おかん??あ、お燗?いや悪寒???」
……神父様をこれでもかと動揺させてしまうモノだった。なんとなく申し訳ない気持ちになった俺である。
どう考えても……多分、母親。つまりオカン、だろう。
前例の無いスキルに皆動揺し、教会中を沈黙に導く。大変申し訳ない。けれど告げられた俺も、どう反応し、対処すればいいのか分からなかった。
多少冷静を取り戻し、調べた神父様が後に教えてくれたのは、ユニークスキルというものではないか、との事。その人個人が持つ能力、つまり個性。俺の個性はオカンなのか。世話好きの自覚はあったけども。
まぁ、普通に生活する分には支障はないので、俺は特に調べなかった。でも、話題をかっさらってしまい、ティールには悪い事したと思ってる。
更に、数年。ついに、来てしまった。
ティールに王命が。勇者の責務として、城に来いと。
こんな山奥にも、魔王復活の噂は流れてきていたから、いつかはと心配していたんだ。
皆が不安になり、どことなく暗い空気があるのを分かっていたティールは言った。
「俺が少しでも希望になるなら、戦うよ」
何てことないように、普段と変わらない笑顔でそう言うのだ。
まだ十六なのに、背負うにはあまりにも大き過ぎる。『勇者』を与えられた者の使命だといっても…、
「セリンと一緒に」
……ん?
俺とティールの両親は、揃って首を傾げた。
スキル持ってるけど、明らかに戦闘向きじゃない俺を連れていくだと?お荷物確定じゃないか。まさか、そのまんまの荷物持ちか。酷いなこいつ。初っ端から幼馴染をパシリ扱いかよ。
「だって俺、ごはんどうしたらいいの」
……そうだった。手伝いはしてくれるけど、作れるわけではなかった…。
いやでも、旅先でいつでもどこでも作れる訳なかろうが。携帯食持ってけよ。
ティールも、ご両親も、何処かすがるように俺を見てくる。分かるよ、心配なのは。途中で栄養失調で倒れたらカッコ悪いもんね?でも俺だって心配な人が居る。母だ。
帰ったら家の中混沌としてるの嫌だよ。ああいうの目にしたら、怒りも呆れも通り越して、残るの殺意だけなんだよ?
「それ言い始めたらセリン、どこにも行けないじゃないか」
ごもっとも。だからと言って、危険だと確定してる旅に引っ張り込むのもどうよ?
……と、色々ごねたのだが、結局は行くことになりました。
母の面倒はお隣として、責任持って見てくれるって言ってくれたし。何よりティールが、俺が頷くまで梃子でも動かなかったせいでもある。
お城の方々には不審がられたが、同行を許可してくれたのは、ティールが頑として折れなかったからだろう。お前なんでそんなに頑張るの。
王様達は、国中を駆けずり回って、仲間を集めてくれていた。
大柄な男性は、ゲンツさん。戦い慣れてそうな外見、と思ってたら傭兵だったそう。今は冒険者をやっているとか。そのお隣はミルフィさん。回復魔法が得意で、優秀な聖女候補だそうだ。更に隣の小柄な少女はラーナ。なんでも、伝説の大魔法使いの末裔とか。最後は、ラーナとどっこいどっこいな小柄な少年、ロロ。彼は辺境を守る一族の出で、こう見えても力持ちらしい。
ティールはまだそこまで経験値は高くないが、これからの実戦で、何より経験豊富なゲンツさんが居てくれるなら安心だ。そして俺は、やはり最初は困惑の目で見られたけれど、すぐに受け入れられた。
四人曰く、旅先でこんなおいしいものを食べられるとは思わなかった!
だそうだ。ごはんは、大事よな。
材料が余った時だけという限定的なものだが、お菓子を作って出すと、めちゃくちゃ喜ばれた。ゲンツさんも喜んでたのはちょっと意外だったね。
そんなこんなで旅を続けていたティール達。魔王に近付くにつれ、敵は強くなり戦いは厳しいものになっていく。
その頃には、俺はパーティから抜けていた。足手纏いは俺自身が許せなかったので、留守番になったという方が正しいのかな。情けないが、ティール達の負担を考えれば当然だ。それでも、居てくれとみんなが言ってくれたのは嬉しかった。
俺は魔王城の方角を毎日眺める。何もできないが、祈るくらいはできる。俺は彼等が無事帰ってくる迄、祈ると決めた。
決めて、……うん、決めてたんだ。毎日……帰ってくるとは思わなかったし…。
彼等が言うには、城の中は複雑で、ちょっとやそっとでは辿り着けないそうだ。それに野営は命取り。敵陣だからね。
魔王城まで行くには、魔物だけでなく、毒の沼毒霧の森、はまったら抜け出せない蟻地獄がわんさとある砂漠地帯諸々……を、抜けなくてはならず日帰りは不可能。
けれどそこは、ラーナが本気出して習得した転移魔法で、城へ一気に飛んでいる。
そんな便利な魔法があるといっても、彼等は毎回、疲労困憊。俺は彼等が安心して休めるよう、身の回りの整理に力を入れた。充分休み、ごはんで英気を養い、早朝に元気に出掛けていく彼等を見送る。そんな日々が続いていたある日。
俺は誘拐された。いつも通り見送っていた俺が宙に浮き、あれよあれよという間に魔王城へ。
最後に見たティール達の顔、本当に驚いてたな……。
……魔王の圧は増すばかりだ。これ以上は耐えられない。気持ちも体も潰れてしまう。そう思いながらも耐え続けていると、突然軽くなった。思わず顔を上げる。
『……我が対峙すべきは勇者。お前ではない。ともかく、これで来るのなら良い』
溜息すら聞こえそうな、魔王の疲れた姿。俺が目を丸くしていると、側近の人に立たされ、奥へと促される。
牢屋か、それとも魔物と共に檻に入れられるのか。しかし目の前には、お菓子やお茶が美しく飾られたテーブル。椅子に座らされた。側近の方がお茶を入れている。
『客人はもてなすのが礼儀ぞ』
俺、客なの?人質じゃないの?最後の晩餐かと思ってたよ?
「どうぞ」
これは飲んでいいヤツなのかな?毒はいってるんじゃ。
「魔王様、やはり私は納得できません……!」
『くどい。……ミギーよ、何度も話し合った筈。我は変わらぬ』
「しかしっ……!!」
もう一人の側近の方は、何か不満があるようだ。俺は静かに佇むもう一方を見た。
「我が主は全てを超越された御方……神に近き存在。故に、己の死も分かってしまうのです」
「じ、自分の……」
「ええ。…我は勇者に敗れると、そう言ったのです。……私も理解できませんでした。あれほどの御方が、たった一人の人間如きに。…ですが、戦うにつれ力をつけていく勇者を観察し、分かりました。危険だと。あれは生かしておいたら必ず、魔王様を脅かす存在になる」
おぉ……。ティール、側近の方に危険視される程強くなってたのか…。
「私共で、早々に芽を摘もうと我策したこともありました。ですが気付かれ、烈火の如く怒られ……我々の先々を想い、主は真実を話してくれたのです」
真実。それは俺如きが知っていい中身なんだろうか。落ち着く為にお茶を飲む。
不安はあったけど、毒なんか使わなくてもいつだって、俺を亡き者にできる方々だ。
「ほぅ。肝が据わっていますね。勝手に疑念に凝り固まって、何も口にしないと思っておりました」
なけなしの意地です。
人質であるのは変わりないし、足手纏いは許せん。ティール達が不利になるくらいなら、入っててもいいと思っただけだ。…でもこうして無事なので、本当にもてなされてるだけのようだ。複雑ではあるけど。
「……あの、あなたはもしや、ヒダリーさんかヒダーリさん、とかじゃあ……」
「!……ヒダーリです。名を当てられるとは…。そうですか、戦えずとも勇者の仲間……侮れませんね」
侮ってもらって結構です。向こうの人がミギーだったから、まさかねとか思ってたらまさかだった。魔王のネーミングセンスとは……。
「…魔王様はこの世界にとって……人間に必要な『悪』なのですよ」
「必要悪?」
「一つの巨大な『悪』……。それがある限り、人間同士が争う余裕はない。共通の敵は魔王様とその配下である我等。戦力は減らしたくないでしょう?」
「……必要だというなら、何故勇者が出てくるんです?」
「慣れてしまうからですよ。人間は順応する生き物。長く、長く魔王様が君臨されていると、それが当たり前になってしまう。それでは恐怖心も薄まってしまう」
何となく、分かる。
言ってみれば、廊下にデーンと荷物が置きっ放しで邪魔だと思ってたのが、いつの間にかあるのが当然になる。その廊下は狭いんだ、と思いこんじゃうアレに近い。一緒にすんなと怒られるだろうから、言わないけど。
「だから、一度世界から消えた方がいい。魔王様はそうおっしゃいました。そうすると、人間は強く、平和を愛すからです」
ですが、とヒダーリさんは一度言葉を切り、お茶を注いでくれた。
「その平和も長くは続かない。巨大な『悪』が消えれば、次に起こるのは人間同士の醜い争い」
平和にも慣れて……戦争か…。
そういえば、魔王復活前に…大きな戦争が起こるかもって噂が流れてきてたっけ。今は魔王の話ばかりで、戦争になりかけていたのは、己が復活する為に魔王が人心を操っていたからだー……って誰かが言ってたな。
「あり得ぬ。人間同士の下らぬ争いに、魔王様が介入するなど。己等の欲で起こしたものを、我等の主に責任転嫁するなど言語道断。戯言抜かした国々には、早々に消えてもらいました」
復活早々に地図から消えた……あそことあそこの国かな…。結果的に、恐怖心を植え付けるには充分だったと思う。両方とも、軍事国家で強国って言われてたし……。それが大陸ごと消えたもんね…。
「魔王様は、この世界を守る為……人間の抑止力として存在するのです」
「じゃ、じゃあ勇者は何を守るんですか…」
「同じ、愚かな人間ですよ。人間が存在しなくなれば、世界を認知するものが居なくなる。それは世界にとって死です。だから、人間も世界にとっては必要なのですよ」
壮大になってきた……。これほんとに俺が聞いていいヤツ?
「人間が欲に任せて馬鹿な事をしなければ、こうも繰り返す必要もないのですけどね。何十年何百年生きようとも、『生かされている』と理解しない人間共はクズ以下ですね」
目の前に人間が居ますが……今更そんな気遣いしないよね。
ヒダーリさんは何事もなかったようにお菓子を勧めてきた。ミギーさんが戻ってくる。あの顔は、納得してないね。
「ミギー。主を困らせるとは何事か」
「…私とて分かっている。だが、主の死を受け入れろと言われて、簡単に頷けるものか」
命令には従うし理屈もわかるけど、感情が整理できていないんだろうなぁ。当然だ。俺がミギーさんの立場なら、同じく混乱してると思う。
「お前はどうなのだヒダーリ。呑気に人間の相手なぞしおって」
「私の心はとうに決まっております。最期まで、主に尽くす。それだけです」
魔王も配下の人達も、話してみるとそこまで悪く思えなくなるのが不思議だ。
でもそれは、俺が生かされているからで、実際は多くの人が犠牲になってる。流されちゃいけない。
魔王には魔王の。勇者には勇者の。お互い貫くべき信念っていうのがあるんだな。それはどこまでも一方通行で、決して交わらない。だから、和解も、無い。その信念を捻じ曲げるような真似は、誰であろうともしてはいけない。
俺はなんとなくだけど、そう理解した。
……ティールは、どう思ってるんだろう。俺にはそういう話は振ってこないし、言わないようにしてる感じがある。そういう話は、俺抜きでやってるのかも。仕方ないとはいえ、ちょっと寂しいな。
「あ、コレうまい」
「そうでしょう。人間は愚かですが、稀に良いものを作る。“食”がその最たるものだと、私は思っているのですよ」
ヒダーリさんが胸を張っている。きっと魔王の為に、各地の美味しいものをかき集めているのだろう。
「“食”より“文化”だろう。日々の一瞬を切り取り、キャンバスに残す美しい風景画。全てが計算し尽くされ、時にアシンメトリー、時に見事なシンメトリーで造られた数々の建造物…。あれらは時を経ても遺されるべきだ」
ミギーさんは芸術派か。確かに、過去の人々が遺した数々のモノは、圧倒されるものがほとんど。本当に人が作ったのかと思うほどだ。分かる。
「人間は滅んでもいいが、作品には傷一つ付けてくれるなと指示しているのだが…中々うまくいかぬ」
どさくさに紛れて火を放たれた日にはね。武器を振り回すのに、いちいち場所とか選んでないだろうしね。
ヒダーリさんは魔王にお茶を勧めている。今度はミギーさんが見張り役のようだ。
それにしても、こうも呑気にしてていいんだろうか。ティール達どうしてるだろう。毎日毎日、魔王城攻略しようと頑張って……。
「……あの、人質なんて取らなくても、いずれは、」
「待てど暮らせど来ぬから、此方も動かざるを得なかったのだ」
ミギーさん、苦虫を噛み潰したような顔。
「城の攻略なぞ、とうに終わっている。酷い時にはあの勇者共、魔王様が待つこの、玉座の扉の前で!脱出呪文を唱えて帰っていくのだぞ」
脱出呪文?転移とはまた違うモノ??どういう事?
「最近では我が主が気を利かせて配下全てを下がらせ直通で来れるようにしたにも拘らず!!また扉を開けることなく脱出しおった」
ミギーさん、怒っている。
あ、やたら帰ってくるのが早くて、戦闘跡がない日があったな。あの日か?!
ゲンツさんもいるし、安心してたけど……念には念をって事か?それとも、魔王が強過ぎてまだ戦う踏ん切りがつかない、とか……。
「我が主は最強。しかし悔しいかな、勇者もそれに並ぶ力をつけておるのだ、その仲間もな。忌々しい事よ。なのに奴等は来ぬ。主を待たせるとは何という不心得者か!」
『落ち着くのだ、ミギーよ』
余りにも何度も帰るので、調べたという。一体、何の為に城と街を行き来しているのか。
そもそもな話、気軽に出入り出来る程魔王城も、その周辺も優しい造りはしていない。過去、何度も国の英雄達を屠ってきた場所だ。そこを日帰りなぞするのだから、勇者の実力は本物なのだろう。本物、なのだが……。
ミギーさんは言葉を切り、俺を睨んできた。
「お前だ、原因は」
「俺?」
「勇者共は、戦闘力皆無だがやけに肝が据わっているお前を慕い、お前の元に帰っているのだ」
「……ちょっと、意味がわからないです…」
本当に分からないぞ。攻略済んでるのに、中心部まで来てんのに、なんでそこで帰る?
俺、ティール達放って逃げたりしないよ?
「魔王様を万が一にも倒せば、勇者共の目的は果たされ、旅が終わる。お前達は生意気にも、魔王様を犠牲にし、また元の暮らしに戻るのだ」
『ミギーよ。その言い方はやめるのだ』
「はっっ!申し訳ございません!!我が主は負けはしません!!」
そこじゃない、と呆れ気味の魔王。ちゃんと聞いてるんだなぁ。
『オカンよ』
「セリンです」
魔王にまで、オカン認識されてるなんてね…。俺はちょっと遠い目になった。
『勇者共は、旅が終わりお前と離れることを嫌がっておるのだ。我はこの耳でしかと聞いている。帰り際の台詞はいつも、ごはん食べに帰ろう、だ』
「何考えてんでしょうね、あいつら」
ゲンツさんもミルフィさんも同意してんのか。俺のごはんと世界平和なんて、天秤に掛ける前から釣り合わねぇって分かってんでしょうが。
「魔王様、来ました。未だかつてないスピードで勇者共が迫っております」
「今までダラダラしてたくせに……」
『本気を出せばそうなるか……』
最初から本気出せよ。諸々相手に失礼だろうが。
重厚な扉に罅が入り、十字に斬られ破壊される。砂埃舞うその向こうには、五つのシルエット。
……多分、何もなかったら感動する所なんだろうな。前半のやり取りで全て半減してる俺の心は、凪いでいるよ。
「セリン!!」
『よく来たな勇者共よ……』
ちゃんと出迎えてくれる魔王。このヒトが、一番被害受けているだろうに。
ミギーさんとヒダーリさんが、俺を押しやる。これで用済みってことかぁ。魔王も頷いている。もう心境的には、ここまで来たら場の雰囲気なんてどうでもいいのだろう。何があってもきっと、魔王が力技で軌道修正してくれる、筈。
俺は一礼して、ティール達の元へ。丁寧なおもてなしを受けたからね。
「セ、セリン!!大丈夫だった?!なにもされてない??!」
「ケガはない?!治癒しましょうか?!」
みんなが心配してくれていたのは、よくよく分かる。こんな俺を仲間だと慕ってくれている、いい人達だというのも、よくよく。だけども、
「……君ら、ちょっとそこに座りなさい」
ひゅ、と誰かの息が止まる音。
一拍置いて、全員静かに床に座る。
「事情は向こうの方々に聞きました」
「い、一体何を吹き込みやがった、魔王!!」
「黙りなさい。今は俺が話をしてるんです」
「スミマセンデシタ」
「城はだいぶ前に攻略済み。あとは決戦を残すのみ。なのに、君らは魔王を待たせたまま毎回帰っていたそうですね。理由を言いなさい」
「……お、おかあさん、ごめんなさい……」
「ロロ、俺はお母さんではないし、謝罪を聞きたいのではなく理由を聞いているんです」
あうあうあうあう……と言葉を失ったロロ、涙目。
「ち、違うの!戦略的撤退よ!だって相手は魔王、簡単にぶつかっていい相手じゃないし、現に此処に来るまでも体力も魔力も奪われてるし!」
「ラーナ。それが一回二回なら俺も信じました。でもほぼ毎日だったそうですね。魔物に一切会わずに来れた日もあったと。その日は何を削られていたんですか」
ビシ、と固まったラーナ。ロロと並んで下を向いた。
「待ってセリン、誤解があるわ。此処は生易しい土地ではないの。あちこちから瘴気が出ていて、常人なら動くだけで体力、精神力も奪われてしまう……」
「ミルフィさん、俺は知っています。旅を続けて体力が上がり、とうに全員常人越えしていると。断崖絶壁を跳躍し続けて中ボス倒していたの、見てましたよ」
ミルフィさん、しょも……と小さくなりラーナの隣に並んだ。
「あー……スマン。どうも、居心地がよくてよ。家族が居たら、こんな感じかなって…。孤児だったから、尚更離れ難くて……つい、先延ばしにしちまった」
「ゲンツさん。先延ばしにしてんの世界平和って分かってます?」
ゲンツさん、す……と目を逸らした。
「え…えと、セリン……」
「言い訳は結構。理由を言いなさい」
ティールはしばらく目を泳がせていたが、観念したのか口を開いた。
「こ、これが終わったら……離れ離れになるし、何よりその、みんなセリンとまだ旅を続けたいって…。俺もその、それがいいなぁって……」
「だから毎日往復していたと?」
「……もっとセリンと居たいし…」
「お前らの理由は世界平和と比べるまでもねぇ下らんものだ!!!」
びっくぅぅぅ、と肩を揺らしティールも並んだ。
「んなことせずとも俺はちゃんと居ます!!お前ら放って逃げるわけないだろうが!!!」
これでも仲間、覚悟もしている。
「俺は旅が終わろうと、会う頻度が減ろうと仲間であり家族でもあるつもりですがなにか文句でも!!?」
一拍置いて、ありません!!と声を揃える勇者達。こころなしかラーナとロロの目が輝いていた。
「だったら言い訳考えてないで真正面からぶつかりなさい!!何より万全に整えてくれた相手に失礼でしょうが!!対峙する時は敬意を払って対峙しなさい!!!」
はい!ごめんなさい!!と、揃って頭を下げるティール達。
これがオカンか…と、魔王サイドから小さな呟きが聞こえた気がしたが、気のせいにした。俺はもう一度、魔王に向かって頭を下げると端へ移動。邪魔になるからね。
ティール達は切り替えたか、それぞれ立ち上がり、武器を構えた。
「魔王……今日こそ倒す!!」
『待ち侘びたぞ勇者よ……来いやあぁぁぁぁぁ!!!』
互いに譲れない正義がぶつかった。
……もう本当に、今までの流れさえ知らなければ、手に汗握る戦いに見えたのかもしれない。俺からしてみたら、もうただただ魔王サイドに申し訳ないなって思いしかなくて。
俺は静かに、多分、人間達の明日をかけた戦いを見守った。
「勇者って分かった日からかな。夢を見るようになって」
ティール達は魔王を倒した。正確には、封印したといった方がいいか。
何十年、何百年後かは分からないが、世界が人間の手で壊されようとした時、また復活するのだろう。本人も言ってた。我等は死なん!何度でも甦る!……って。
ミギーさんとヒダーリさんも、迷いなく飛び込み、魔王と共に封印された。真実を聞いてから、そうしようと決めていたんだろうな。
その後はお祭り騒ぎで、あちこち呼ばれて忙しそうだったティール達も、今はようやく落ち着いた感じだ。俺は一足先に故郷に戻っていたけどね。
ティールは姫様との縁談を持ち掛けられたようだが、全部断って意外と早く帰ってきた。他のみんなも似たような感じだったらしいけど、やはりお断りして、それぞれの道を頑張っているそうだ。
久々に二人でゆっくりした時間を過ごしていた時、俺は気になっていた事を聞いてみた。ティールは、自分のスキルが分かった日から、断片的な夢を見るようになっていたらしい。
「歴代の記憶なんだと思う。全部ではないだろうけどさ、そこから俺の役割、魔王の役割を知った。何だか演劇を見てる気分だったけど、俺の番なんだって自覚したら……正直背負えるか不安だった」
「しんどかったよな……」
周りは何も知らず、勇者勇者と持ち上げるだけ。仲間は居ても、混乱させないよう真実は口にしない。勇者って、人気者のように思ってたけど、実は一番孤独なのかも。
ティールはよく背負った、頑張ったと思う。だから、今はゆっくり休んで欲しい。俺が知れたのは偶然だ。だからこうして吐き出す事も、本来は無かったはず。そう思えば、教えてもらえてよかった。
重い荷物でも、二人なら分担して持てるだろうし。
「セリンてさぁ、そういうトコだよ。絶対、居てくれるよね。辛い時とか」
「そうか?一人になりたいなら言ってな?」
「言わないよ。セリンが居るから、俺は俺らしく居られるんだから」
覚えてる?と笑うティールは何か嬉しそうだ。
「勇者だろうがなんだろうが、ティールはティールだって言ってくれたじゃん」
言った……かなぁ…。どんな肩書持っても変わらんよ、とは言ったような気がする。
「嬉しかったんだ。スキルを知っても変わらなかったの、両親以外じゃセリンだけ。他は俺より浮足立ってたし。みんなが期待する姿見てて、勇者らしくしなきゃいけないのかなって思ってたから」
ティールは基本、ズボラだしなぁ。それ気にするなら、寝間着スタイル寝ぐせ付きはまずアウトだもんな。
「それ。俺さ、俺を俺のまま受け入れてくれる人と、一緒になりたいんだ」
何急に。ティールの好み初めて聞いたわ。
「信頼できて、肝が据わってて、いざって時には戦えて、おいしいごはん作れて」
ミルフィさんかラーナかと思ってたら違った。彼女達を台所に立たせると、とんでもねぇミラクルが起こるので立たせていなかった。
「俺が間違えた道に入りそうになったら、本気で怒って、殴ってでも止めてくれる人がいい」
道って、人生の道ね?勇者の肩書はもう、一生付いて回るものだから仕方ない。その重圧に負けそうになったりするだろう。そんな時に強く支えてくれる存在がいい、という事だな。
「ティールって、中々注文つける奴だったんだな。せめて支えて欲しいなら、お前も支えろよ?寄っかかり過ぎると共倒れになるぞ」
「!!も、もちろん!じゃあセリン俺と、」
「で、居るか?そんなやつ」
「………、……居るんだよ…」
数か月後。
ビシッと決め、花束まで持ってきたティールに求婚された。
もう俺以外考えられないそうだ。いやマジか。
女らしさ皆無の俺に、前々から惚れてたなんて。全然気付いてなくてマジごめん。
父親が事故で亡くなり、泣き暮らす母親を元気づける為、
今日から私が父さんの代わりになるっ!と、豪快に髪を切り落とした過去があるセリン。
母親はその豪快ぶりに別の意味で号泣。ティールはそこで惚れました。
彼等の名誉の為にも、補足。ちゃんと人間の明日をかけた、手に汗握る戦いでした




