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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

乙女ゲーに一般お嬢様Aに転生したら化け物と蔑まれた天才青年に懐かれて破滅ルートを回避したけど何か質問あります?

作者: 天辻 睡蓮


 私が死んだのは15才の時だった。

 死因は病死。

 何でも細胞の分解酵素の一部が先天的に欠落しているらしく、赤ちゃんの頃は特に異常はなかったんだけど成長していくにつれ歩くのも困難になっていた。

 治療法はなく出来るのは進行を少し遅らせることだけ。

 でも、それも津波を素手で跳ね返そうとしているようなもので、ほとんど効果はなく私は中学の卒業式にすら出ることができずに病室で静かに息を引き取った。


 はずだった。


 しかし、目を覚ますとそこは殺風景な病室とは程遠いパーティー会場だった。

 はぁ?って思ったよ。

 更におかしなことに風景だけではなく私の外見も変わっていて、窓ガラスで確認したら「ちょっと地味な貴族の娘」みたいになっていた。

 くすんだ赤髪に大人しそうな垂れ目にそこそこ整った容姿。

 パーティー会場にひしめく美男美女と比べると華が足りないがまぁまぁ可愛い。


 あれ……これって最近流行ってる()()なんじゃ……。


 その予感は的中していた。

 パーティー会場に集まる人物の何人かに見覚えのある奴がいて――そいつらは全員、私が死ぬ前にやっていたある乙女ゲーの登場人物だった。

 普段から暇で小説を読み漁っていたからすんなりと理解できた。


 私は、どうやら乙女ゲーの世界に入り込んでしまったらしい。


 それだけならまだマシだが、この乙女ゲーは中々に屈折していた。

 このゲーム、ハッピーエンドがない。

 どんなに手を尽くしても主人公は死ぬし国は炎に包まれる。

 その原因がセトというめちゃくちゃ頭が切れる奴がどのルートでも敵に回るせいだ。こっちがどんな手を打ってもあいつは容易く対応してくる。

 作者が明言しているのだがセトへの勝ち目はなく、ただ蹂躙(じゅうりん)されるだけらしい。

 ただ、どのルートもキャラの見せ方が秀逸で一部のマイナーな層からはカルト的な人気がある。


 私はそんなゲームの、作者にすら認知されていなさそうな一般お嬢様Aとして転生したらしい。


 ふざけやがって。

 それが現状を把握した私の第一声だった。

 いや、だってこれは病魔に侵されて十五の若さで死んだ私への仕打ちにしては酷すぎるでしょ。

 この国はセトのせいで火の海になり、きっと私もその巻き添えを食らう。

 そうなったら確実に死ぬよ私。

 しかも国外に逃亡しようとしてもアテがないし、こんな小娘に一人で生きていく力も知恵もない。


 なら、私のゲーム知識を生かしてセトを倒す!……とはいかないんだよなぁ。


 セトはその緻密(ちみつ)な策略もさることながら、どんな状況でも的確に動けるその対応力が最も恐ろしい。

 確かに私はこのゲームについてそこそこ詳しいよ。

 でも、私の浅知恵ではたとえ未来を知っていたとしてもセトには絶対に勝てない。


 あ、これ詰んでるな。


 そう察して私は――早々に諦めた。


 元々、私は15才で死ぬはずだったんだ。

 それがどうしてこんな世界に転生したのか訳が分からないが、今更長生きしようとは思わない。

 この体は日常生活に不便はなさそうだし、死ぬまで気ままに余生を過ごそうと私は決めた。

 


 ◆◇◆◇



 パーティーからおよそ一か月が経った。

 私の名前はフィロだそうだ。マジで聞いたことがなくてウケる。

 どうやら私はどっかの辺境伯の娘らしく、現代日本ほど文明が発達していないにしてはそこそこ悪くない生活をしている。

 まずね、ご飯が美味しいのよ。

 めっちゃ美味い(大事なことなので二回言いました)。

 病院食と違ってレパートリーがあるし、どれも一流の料理人が作っただけあって頬が落ちるほど旨味がある。

 こればかりは転生して良かった!って心から思ったよ。


 それに体が健康なので運動も自由にできる。

 病気のせいで五年は歩いてないから歩き方を忘れていてもおかしくはなかったが、その点はこの体に助けられた。

 何事も繰り返せば体に染みつくもので、特に不自由なく生きてきたであろうこの体は歩き方を「覚えていた」。おかげで時々転ぶことはあるが生活に支障はない。

 その理論でこの世界の言語も問題なく理解できる。

 私は読書が趣味だからこれにはホントに助かったよ。


 そうやって第二の人生を満喫していた私だが、ある日父親に呼び出された。


「フィロ、お前の結婚相手が決まった」


 個人の自由性が尊重される日本では考えられないが、中世ではこういうことはしょっちゅうで、さも当然のように親に結婚相手を決められることが多々ある。


 こうなることは薄々感じていたが、よりにもよって今か~と私は天を仰ぐ。


「相手はどのような方で?」

「ハートーリ家の次男ゴーゴリ―だ」


 ……誰? 


 結構このゲームやってるんだけどゴーゴリなんて聞いたことがない。


「噂によると全てを見抜く観察がの持ち主らしいが、性格に難がある。基本的に自室に引き籠って誰とも関わろうとしないらしい。身内のほとんどは彼を不気味がって避けているようだ」

「……まぁ、それなら変に暴力を振るわない分マシですね」

「言っておくが、最低限の関係は築けよ」


 無茶言いやがって……。

 最悪ではないが、限りなく最悪に近い相手だ。

 私としてはせめて普通のことは普通にできる人間が良かったが、どうやら常に世界は私に厳しいらしい。

 というか普通の人間って案外少ないんだよなぁ。

 私だって元は余命数年の末期患者だったし、あんま人のこと言えんか。


「一週間後お見合いがある。粗相のないようにな」


 お見合いかぁ。そういうの一回も経験したことないな私。

 強制的によく知らない人と結婚させられて鬱屈としていたが、どうせ数か月後には私もこの国も消え去るんだ。

 死ぬ前にこういうことをするのも悪くないかもしれない。


 私は不安と期待を両方抱えながら一週間を過ごし、とうとう当日を迎えた。


 服、ヨシ! 

 化粧、ヨシ! 

 立ち振る舞い、ちょっと不安だけどヨシ!


 何度も入念にチェックして私は準備を整える。

 お見合い会場は相手のハートーリ家の屋敷だそうだ。馬車に揺らされて半日くらい移動して、私は屋敷に辿り着いた。

 屋敷はウチのと見劣りしないくらい大きく荘厳(そうごん)だった。

 ただえさえ人の家にお邪魔するのなんて数年ぶりだし、めちゃくちゃ緊張する。

 

「ようこそお出でになさりました。もうじきあの方が来ますので、あちらの部屋でお待ちください」

「は、はぁい!」

「フィロ、声が裏返ってるぞ」


 恥ずかしい。穴があったら入りたいの気分だ。

 微笑ましそうに目を細める執事さんに案内され、客室に到着する。

 よっこいせと私は高そうな椅子に座った。

 そして、いつ彼が来てもいいように背筋を整える。

 人との関係は第一印象が重要だとどこかで聞いたことがある。その言葉を意識して私はこの姿勢を維持したまま彼が来るのを待った。


 それから一分、十分、一時間……。


 二時間を超えても、まだ彼が来ることはなかった。


「実は私、めちゃくちゃ嫌われてたりします?」

「違うと思うぞ。事前情報からゴーゴリが頑固なほど人前に出たがらないことは把握している。それにおそらく今回の結婚は向こうも両親が勝手に決めたものだ。人間嫌いのゴーゴリが結婚を拒絶する可能性は十分にある」

「なるほど。……で、どうしてわざわざ私をそんな人物を結婚させたんですかね? えぇ?」

「そう睨むな。仕方ないだろ。ハートーリ家の男がゴーゴリ以外既婚者だったんだから」

 

 俺だって困ってるんだよって顔で父親は溜息を吐く。


「フィロ、もうお前が直接行って奴を引っ張り出してこい」

「えぇ!? 私がですか!?」

「婚約者だろ。それくらいやれ。この調子だと死ぬまでこの椅子に座ることになるぞ?」

「そ、それは嫌ですけど……」


 ついにしびれを切らした父親にそう指示される。

 父親の行動は早く、速攻で使用人さんたちと話を合わせ、気付けば私は彼がいるという部屋の前に来ていた。そこにいる使用人たちは皆困った顔で途方に暮れており、私がこれから相手にする人物がいかに強敵か一目で理解する。


「どうして私がこんな目に……」

「運命だ。諦めろ」


 父親おめぇさては人の心とかないな?


 私に乗り変わる前のフィロも苦労したんだなあと同情しながら私はドアノブを捻った。

 扉は抵抗なく開き、暗闇に包まれた彼の部屋が露わになる。

 てっきり引きこもりだってんならさぞ部屋も汚いんだろうと思っていたが、実際はその逆。

 部屋は私の病室より殺風景で、ベッドや窓の生活に必要なものが何もない。

 もちろん私物も皆無でほとんど新築同然だった。


 彼は、硬い床に横たわっていた。


 カラスを思わせる黒い髪は伸び放題で、何なら私より髪の量が多いかもしれない。体は枯れ枝のように細く、手首には無数の切り傷がある。

 ここがスラムなら彼の存在にも納得がいく。

 だがここはそこそこ大きい貴族の屋敷だ。

 あまりにもこの場にそぐわない彼の存在に私は顔をしかめた。


「よし、後はお若い二人でゆっくりやってろ」


 あの男、私を置いて行きやがった! 

 父親は私に背を向け、使用人たちも水を差さないようにどこかに行ってしまう。

 使用人たちは気遣いなんだろうけど、父お前は絶対逃げたな。

 後で絶対小言を言ってやる。


 そう決心して私は床に横たわるゴーゴリに視線を向けた。

 ……ちょっと怖いけど、まずは話しかけないと何も始まらないよね。


「あ、貴方がゴーゴリさんですか? 私は婚約者のフィロです。あはは、びっくりしてますよね。私もですよ。いきなり結婚しろとか言われた時には、温厚な私もあのふざけた面を殴りたくなりましたね。ですから混乱する貴方の気持ちも分かります。まずは話を――」

「僕の気持ちが、分かる? 貴女が? はは、面白くて死にたくなりますね……」


 枯れた井戸の底から聞こえるようなか細い声。

 一瞬、お? 私なりに精一杯会話を試みてんのになんだその言い草は? 表出ろやゴラァ!と心の中のヤンキーが出て来たが、それも彼の言葉の棘が全て私ではなく彼自身に向けられていることに気付いて引っ込んだ。

 彼の言葉はどこまでも自罰的で、少なくとも誰かを傷つけるような意図は感じなかった。


「そうですね。済みません。初対面なのに分かったような顔をして」

「いいえ、いいえ。僕が悪いんですよ。貴女が頭を下げる必要はないんですよ。――だって僕は化け物なんですから。化け物は誰にも理解されず、独り寂しく死んでいくと相場が決まっています。僕もそうなるでしょう。早く、その日が来るといいのですが」

「……化け物? 多少身なりがアレでも、私にはあなたが人間であるようにしか見えません」

「確かに、人をどう捉えるかの要素に外見は大きく関与するでしょう」


 ですが、とゴーゴリは続ける。


「他者の輪郭像とは、即ちあらゆる行動の積み重ねです。僕の一挙一動を見て僕を化け物だと、理解できない存在だと認識した瞬間、僕は化け物なんです」

「ですが、私は貴方を化け物とは思いませんよ」

「――気持ち悪い、どうして私がこんなことを、あの男は許さない、彼が何を言ってるのか分からない、取り敢えず分ったふりをしよう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 心臓を掴まれたような感覚に私は目を見開く。

 彼は枯れた声で私の感情を正確に、まるでカンニングでもしたように正確に言い当てた。


 前半の部分は、まだいい。私じゃ無理だけど状況から推測できなくもないから。

 問題はその後。私はこの世界に来てから一度も自分のことについて語ったことはない。それで面倒ごとが起こるのを避けたいからだ。

 この数カ月、誰にもそれを言い当てられたことはない。あの父親だって気付かなかった。――それを目の前の青年は初対面で、当然であるかのように看破した。


 何だ、この人は。胸の奥から恐怖に近い感情が湧き出る。


「それですよ。その罵声が、嫌悪が、侮蔑が、僕を化け物にする。いいえ、違いますね。済みません、人のせいにして。全部僕が悪いんですよ。それなのにまた他人のせいにして……はは、本当にどうしようもないですね。早く死ねばいいのに」

「……どうして、初対面なのにそこまで私のことを知ってるんですか?」

「昔から、そうなんですよ。どんな人も一目見た瞬間、表情や息遣いに視線、発汗とか、そういうので何となく何を考えてるのか分かるんですよ。しかもそれだけじゃない。人が必死に隠して、触れて欲しくない過去にまで僕は土足で踏み入ってしまうんです。だから家族は、あの人たちは僕を嫌った。牢屋に入れて、一人にして。ずっと、化け物を見るような目で見られて……」


 昔を思い出してるのだろうか。声は震えていて途切れ途切れだ。


「ああ、また悪癖が出てしまいましたね。全部僕が悪いんですよ。彼らは何も悪くありません。ですから、貴女も早くここを去ってください。貴女のような人は、こんな化け物には相応しくない。心配しなくても貴族社会じゃほとんど他人みたいな状態で結婚している方も多くいます。貴女は僕を忘れて幸せに過ごしてください……」


 その言葉に私は立ち尽くす。

 床に横たわるゴーゴリの姿は病にでもかかったように苦しそうで、ほんの一瞬昔の私と重なる。

 でも彼は私と違って救いなんて求めていなかった。

 ただ罰を、自分への罰を待ち望んでいた。


――こんな時、私はどんな言葉をかければいいんだろう。


 私は多くのことを経験し、成長する機会がたくさんある中学時代の大半を病室で過ごしていた。

 当然こんな風に自分の人生を悲観する人を慰めたことはなんてない。

 頭の中には無数の言葉が浮かんだ。大丈夫だとか、貴方は一人じゃないとか。

 でも、どれもが薄っぺらく無責任に思えて、結局何も言えない。

 ああ、こんな葛藤すら彼には筒抜けなんだろうか。


 そのまま無駄に時間だけが過ぎ、ふと彼は小さく呟いた。


「はは、こんな風に誰かに迷惑をかけて、勝手に苦しんで……どうして僕なんか生まれてきたんだろ」


 それはきっと誰かに向けた言葉じゃなかったんだろう。

 たまたま私の近くでコップに貯まった水がこぼれただけ。でも私には、いや私にだけはその言葉は強く刺さった。


「ゴーゴリさん。さっき貴方は私のような他人に貴方の気持ちは理解できるはずがないと言いました。ゴーゴリさんが言うと説得力がありませんが、私もその通りだと思います。私だって貴方がどんな経験をしてきたのか全然知りません」

「……何が、言いたいんですか?」

「ちゃんと私を見てください。貴方ならそれで分かるでしょ」


 今まで私から目を逸らしていたゴーゴリに近付いて、彼の胸ぐらを掴む。

 困惑するゴーゴリを引き寄せて彼と目を合わせた。

 長すぎる前髪、その僅かな隙間から見える瞳――。

 黒い、黒い瞳だ。深海の底のような、何者も拒絶する深い闇。


「私は貴方のことを理解できません。――でもその痛みは、苦しみは全部じゃないけど貴方だけのものじゃありません。貴方なら分かりますよね? 私は15才で死にました。15才ですよ。何かに挫折したり友達と喜びを分け合ったりとか、そんなことをする間もなく死にました。余命を宣告されてから何度も思いましたよ。『どうして私は生まれたんだろう』って」


 私の言葉にゴーゴリは息を呑む。


 日に日に症状は酷くなって、毎日が苦痛だった。

 どれだけ辛い治療を続けても問題を根本から解決することはできない。次第に死んでいく体で、私はこう思ってしまった。


――ああ、私は苦しむために生まれてきたんだって。


「無理に前を向けとはいいません。そんなことをしたってその場凌ぎにはなっても何の意味がない」

「……なら、僕にどうしろと?」

()()()()()()()()()()()。下を向いたまま、神様みたいにバカみたいな高い所からこのちっぽけな世界を見下ろしましょう。きっとそうすることで見えてくる物がたくさんあるはずです。人生を悲観する奴らの大半が視野の狭い近視野郎ですからね。私たちの物語は無数の分岐点が積み重なって一冊の本になっています。目の前に映るのが底なし沼への道しかなかったらそりゃ凹みますよ。でも、その分岐点を神様視点で覗いてみたら、案外良さげな道があるかもしれない」

「良さげな、道……」


 前世の私の目の前にあった「死」という道はあまりにも短く、散歩感覚で簡単に行けてしまう距離だった。

 他に分岐点はなく、私にはただ進んでいくことしかできない。でも目を凝らしてみれば短いその道中には意外と私の心を埋める面白いものがたくさんあった。

 それは小説だったり、ゲームだったり。

 15年っていう短くて苦しい人生だったけど、そこそこ、普通の人の半分くらいは楽しめたんじゃないかと思う。


「……空から世界を見下ろして、それでも何も見えなかったら?」

「まだまだ調査不足かもしれません。もっと目を血走らせて探してください。でも、もしかしたら本当にびっくりするくらい良い道がなかったりするかもしれませんね」


 正直そんなことない、きっと何か活路があるって言うこともできるが、ゴーゴリを前にそんな嘘は通用しない。

 というか私はそんな適当なことを言いたくはない。


「そん時は、笑って諦めるしかないですね」


 たはーっと私は重苦しい雰囲気をぶち壊して破顔する。

 いや、だって私は神様とかそういうのじゃないから本当に詰んでる盤面はどうにもできないよ。

 死ぬときは死ぬし無理な時は無理。


「でも、世界を俯瞰するために謎の超人パワーで貴方を空に連れて行く手伝いくらいはできます。仮にも私は貴方の結婚相手なんですよ? それくらいはします」


 自分の人生を悲観するのはそれからでもいいんじゃないの?という意味を込めて私はそう言った。


 私は指で彼の長い前髪を掻き分ける。

 扉から漏れ出た廊下の照明に照らされて、彼の黒い瞳にはほんの一筋の光が差していた。


 しばらくの沈黙。


 ゴーゴリは何も喋らず、じっと私を見ている。


 ……ど、どうしたんだろう。

 上から目線で説教したのが(しゃく)に障ったんだろうか。

 確かに、落ち込んでる時に無駄に明るい曲とか聞くとすげぇイライラするよね。何だよ君ならできるって、できなかったから私は15才で死んだんだよボケ。


 ごめんね、私みたいな無責任な女は早くこの場から消え去るね……。


 そそくさと立ち去ろうとした時――いきなりゴーゴリは私の手を掴んだ。


「僕は、ずっと自分のこの頭が嫌いでした。人の大事なところを簡単に見抜いて晒し物にする。家族からも不気味がられてずっと人間じゃないみたいな扱いをされました。でも、貴女の言葉を聞いてから考えてみたんです。――僕に出来ることはなんだって」


 ゴーゴリは私の目をはっきり見て、強く言い切った。


「僕は、自分の人生を悲観する僕に、ほんの少しだけ光を見せてくれた貴女の役に立ちたい」


 「はは、チョロいですよね? 今日初めて会ったのに」とぼやいてゴーゴリは「でも、本心です」と真っ直ぐ私を見た。

 でも、その体はまだ震えていて、虚勢を張っているようにも見える。

 だが、あれだけ後ろ向きだったゴーゴリはたとえ虚勢でも目を逸らさず、前を向こうとしていた。


「それで、僕はもっと考えたんです。どうすれば貴女の役に立てるのかと。僕の見立てが間違っていなければ、この国はもうじき滅ぶんですよね?」

「う、うん。そうだけど……」

「なら、僕がどうにかします」


 は? 何言ってんだこいつ?


 あまりにも突然な発言に唖然とする私に、ゴーゴリは不器用に笑った。


「――僕、これでも人よりちょっとは頭が回るんですよ?」


 誰よりも自分に自信が無く、常に自分を卑下にしていた青年はその時だけ妙に自信ありげだった。



 ◆◇◆◇



――セトを倒す。


 それを一つの大きな目標に据え、まず彼は自分の長い髪を切った。

 国の滅亡を阻止するためにはどうしても彼自身が表に立つ必要がある。ただ、それ以上に本人にとってはそれまでの自分と区切りを付けるという意味の方が大きそうだった。


「ど、どうですか? はは、どうせ似合ってませんよね……。済みません、こういうことを聞いて。死にますね、死んできますね……」

「いや、こうして見ると結構男前だね。私には勿体ないくらいだよ」

「えぇ!? や、やめてくださいよ冗談でもそういうこと言うの! 心臓が、心臓が破裂しちゃいます!」


 と、ゴーゴリは顔を真っ赤にして恥ずかしそうに目を伏せる。

 なんだかわいいかよこの男。


 ゴーゴリは国の滅亡を止めるためには、まず少ない時間の中で自分たちに出来ることを増やすべきだと述べた。そのために彼は自分の足で難事件の現場に赴き、多くの衛兵を悩ませていた事件を一瞬で解決して回った。

 その活躍はまさしく名探偵。

 彼は自己申告の通りめちゃくちゃ頭が良く、ほんの少しの手掛かりで事件の全容を看破してしまう。


 私もあんなナヨナヨしてた奴が一瞬で犯人を言い当てた時は流石に痺れたよ。作中じゃ全然活躍しないくせに尋常じゃない性能をしているが、あのままだと絶対に外の世界に出なかったからこそのこの壊れ具合だと思う。


 ゴーゴリがそんな名探偵紛いの行為を繰り返していたのは、国からの信頼を得るためだ。多くの難事件を解決した彼は国の上層部からも一目置かれる存在となった。国の防衛のそこそこ偉い立場まで貰ったゴーゴリの出来ることも大幅に増える。


 そうしてゴーゴリは着実に準備を整え――ついにセトとの頭脳戦に挑んだ。


 実力は拮抗していた。万物を見通す天才的な頭脳を持つゴーゴリと、人知を超えた知略で相手を徹底的に潰すセト。

 相手がどう動くのかを事前に察知し手を打つ。

 相手の手札を削り合い、最後に立っているのが勝者。

 どこか将棋やチェスにも似た二人の頭脳戦は、しかし私の存在で拮抗が崩れることとなる。


 私の頭は二人に遠く及ばない。でも、私にはこのゲームへの知識があった。


 もちろん状況が刻々とまだ見ぬ方向に変わっていく中で私の情報の価値は下がっていく一方だ。

 だがセトを倒すにはそれで十分だった。


「ふふ、これだけ情報があったら相手がどれだけ手強くても関係ありません。テストでカンニングするようなものです。絶対勝てます」


 ゴーゴリは宣言通りに始終セトを相手に有利に進め、とうとうセトの隠れ家を特定し部隊を投入。

 作戦は成功し、セトは拘束した。


――私たちの勝利だ。


「マジかよ……私がどれだけコンテニューしても無理だったのに」


 早いもので、ゴーゴリを部屋から出てもう半年が経つ。


 今日はゴーゴリの誕生日パーティーだ。

 会場にはゴーゴリの名探偵活動の過程で出会った衛兵さんや友人たちも見られかなり賑やかだ。水を差すのも悪いのでテラスに行ってちょっと落ち込んでいると、ぐったりした様子のゴーゴリがやってくる。


「いえいえ、僕一人じゃきっと無理でしたよ。きっとこれもフィロさんのおかげです。ええ、全部フィロさんが凄いんですよ。僕みたいな雑草はちょっと手伝いをしただけですから……」

「やだなー、そんなに褒めてもハグしかしないよ?」

「は、ハグ!? ダメですよこんな場所ででも期待しちゃう自分がいるああ気持ち悪い!」


 発狂してちょっと人前じゃ見せれない顔をするゴーゴリ。

 普段は訓練して「無口のクール系イケメン」で通しているがやっぱり根は変わらずこんなんである。そんな所が愛おしんだよなぁと思いながらハグした。

 ゴーゴリは顔中から血液が噴き出す勢いで顔を真っ赤にする。


「ひ、ひぇぇ……。僕だけこんな幸せでいいんでしょうか……?」

「ゴーゴリだけじゃない。私だってこれでも意外と幸せだよ」

「ほ、本当ですか?」


 オフコースと私は頷く。


「あのままだったら私はセトに国ごと消し去られていた。別にあの頃はそれで良かったけど、今だったらまだ死にたくないって言えるかもね」

「それって……」

「ふふ、やっぱり物事はちゃんと言葉にしないとダメだよね」

 

 私はゴーゴリに精一杯笑いかけた。


 前世でたくさん泣いた分を取り返すように。


「――これからもよろしくね、旦那様」


 ゴーゴリはしばらく言葉を失い、くすっと微笑んだ。


「こちらこそ、君に捨てられないように頑張ってみます」


 その笑顔に半年前のすべてに絶望した彼とは程遠く、ほとんど別人のようだった。

 根っこは今も後ろ向きだ。でも彼がこの先自分の人生を悲観することはないなと確信させる、そんな顔をしていた。

 私はそんなゴーゴリにほんの少し見惚れて、


「――――」


 そっと、その頬にキスをした。

 

 誰も、ゲーム制作者すら見向きもしなかった一般お嬢様Aと引きこもりが攻略不可能の状況を打破する展開が書きたかっただけです。



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