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つい出来心で浮気したら、浮気相手が恋人だった

作者: 墨江夢

 今の恋人と付き合って、早2年。それは完全に出来心だった。


 俺・朝比奈道之(あさひなみちゆき)は、桜田晶(さくらだあきら)と付き合っている。

 共通の知人の紹介で出会い、趣味や嗜好が同じだったことですぐに意気投合。3回目のデートで俺から告白し、交際に至った。


 連日連夜ラブラブイチャイチャはしなかったけど、そういう適度な距離感が長い交際の秘訣なのかもしれない。そんな風に思い始めた矢先に――俺は晶と喧嘩をした。


 喧嘩の原因は、最近のデートの頻度にあった。

 俺の勤める会社は今月決算月であり、営業マンである俺は連日のように残務に追われている。俺も上司も可能な限り数字を伸ばしたいと考えていて、だから終電ギリギリの帰宅にも別段不満はない。


 しかしながら、晶は違った。

 平日不足している睡眠時間を休日で補い、その結果それまでデートに充てられていた時間を割いている俺に、不満を募らせていた。

 しまいには、「仕事と私、どっちが大事なの?」と、面倒くさいことを言い出す始末である。


 俺が晶と2年も付き合ってこられたのは、互いに束縛しないからこそだと思っている。その為彼女の「仕事より自分を優先しろ」的な発言には、正直一物持っていた。


 そんな時、ふとネット上でマッチングアプリの広告を見つけた。


 今日日マッチングアプリでの恋人探しは主流になってきていて、中高時代の同級生でもマッチングアプリで出会った相手と結婚した奴もいる。


 人生の中で直接出会える人間の数なんて、限られている。だけどマッチングアプリを利用すれば、より多くの女性を知ることが出来る。

 分母が違うのだ。


 会員数が数万人ともなれば、1人くらい自分に合う女性もいることだろう。

 俺は勢いで、マッチングアプリに会員登録してしまった。


 本名だと万が一晶に知られた場合鉄拳制裁をくらうことになるので、「佐藤太郎(さとうたろう)」という名前で登録する。……自分のネーミングセンスのなさに、ほとほと呆れた。


 それから会員の女の子を見ていくと、一人の女の子の蘭で無意識に指が止まった。


 その女の子の名前は、「佐倉亜希(さくらあき)」。髪の長さにこそ違いがあれど、どことなく晶と似ていた。


 この世には同じ顔の人間が3人いるというが、こんな形で恋人のそっくりさんと出会うことになるとは。世の中案外狭いものだな。


 趣味や性格等々を見ていくと、驚くことに、見事に自分と合致していた。

 

 俺は晶と出会った時、「これこそが運命の出会いだ!」と直感した。しかし、よくよく考えてみれば、運命の出会いが一度きりだと決まっているわけじゃない。

 現に俺は、二度目の運命の出会いを果たしているわけだし。


 俺は勇気を出して、佐倉さんをデートに誘ってみることにした。

 すると佐倉さんから、すぐに『こちらこそ、よろしくお願いします』というデート了承のメッセージが返ってくる。

 

 晶には悪いけど、折角の機会だし二度目の運命の出会いを楽しませて貰うとしよう。

 第一俺と喧嘩をした晶にだって非がある筈だ。喧嘩両成敗って言うし。


 そうやって自身を正当化する。自分は間違っていないのだと、言い聞かせる。


 だから、完全に出来心なのだ。恋人のいる身でありながらマッチングアプリに登録し、マッチングした相手と会う約束をしてしまったのは……。





 佐倉さんとのデート当日がやってきた。

 佐倉さんが丁度観たい映画があるそうなので、2人で一緒に観に行くことにした。


 俺と佐倉さんの自宅は、思ったより近かった。最寄駅が隣同士みたいなので、彼女の最寄駅で待ち合わせをした。

 ……そういえば、晶の最寄駅もここだったっけ。つくづく、佐倉さんと晶には共通点がある。


 各駅停車の電車に揺られること3分。スマホをいじる暇もなく、待ち合わせの駅に到着する。

 改札を抜けると、佐倉さんが手を振りながら俺を呼んでくれた。


「佐藤さーん!」


 そう。今の俺は朝比奈道之ではなく、佐藤太郎だ。

 だから伊達メガネをかけて、軽い変装もしている。周囲から、朝比奈道之だとバレないように。


 そしてこの変装には、周りだけでなく自身も騙すと意味もある。

 自分が佐藤太郎なのだと再認識してから、俺は片手を上げて佐倉さんに応えた。


「お待たせしました、佐倉さん」

「全然待っていませんよ。本当、今来たところです」


 その言葉の真偽は定かではないけれど、わざわざ追及する必要もなかろう。彼女は俺を気遣って、そう言ってくれているのだ。


 しかし、佐倉亜希……彼女は晶と酷似していると思っていたが、どうやらそれは思い違いだったみたいだ。

 実際に会って、俺は気付いた。


 佐倉亜希。この女性は……俺の彼女・桜田晶だ。


 顔が似ているとか、趣味が同じとか、最寄駅が一緒とか。そういう理由も勿論あるけれど。

 俺が彼女を晶だと断定した理由は、他にもある。

 例えば右目元の涙ぼくろ。晶にも同じ涙ぼくろがある。


 髪型は多分ウィッグだろうし、喋り方はわざと変えているのだろう。

 佐倉亜希を演じているつもりみたいだけど、俺はお前の彼氏なんだぞ? 2年もお前だけを見続けていたんだぞ? 気付かないわけがない。


 ていうか、こいつも浮気していたのかよ。まぁ同じ穴の狢だから、非難出来ないけど!


 そうなると、必然的に晶も俺の正体を見抜いていることになって。

 カラコンをしたり髭を生やしたりした方が良かっただろうか? そう後悔していたのだが……どうやらそれは杞憂だったらしい。

 晶は佐藤太郎=朝比奈道之だと気付いていなかったのだ。


 それだけ新しいデート相手にご執心ということなのか? 

 俺は晶に憤りを覚え、おかしなことに佐藤太郎に嫉妬した。


 今この場で「新たな運命の出会いをしたと思ったか? 残念俺でしたぁ!」と正体を明かすことも出来る。

 だけど……どうせがっかりさせるなら、存分に新たな出会いを満喫させた後の方が良いよな?


 余興を兼ねて、俺はこのまま佐藤太郎としてデートを続けてみることにした。





 佐倉亜希相手のデートでは、彼女を楽しませることを目的としていた。

 しかし、デート相手が佐倉亜希ではなく桜田晶となれば、話は別だ。

 晶がいつ俺の正体に気付くのか、それを楽しむこととしよう。


「最初に連れて行きたいところがあるんです」


 そう言って晶を案内したのは、メンズのアパレルショップだった。

 入店する前に、俺はチラッと晶を一瞥する。

 ……予想通り、晶は目を見開いて驚いていた。


「ここって……」

「どうかしました?」

「え? いいえ、何でもありません」


 嘘つけ。何でもないわけないだろう。

 だってこの店は、俺と晶が最初のデートで最初に訪れた場所なんだぞ。


 初めてのデートの日、合流するやいなや俺は晶に服装についてダメ出しされた。


「何よ、そのダサい服? おおよそ女の子とのデートに着てくるものじゃないわね。……仕方ないから、私が見繕ってあげるわ」


 そして一緒に入ったこの店で、俺は初デートに相応しい服装というものをレクチャーして貰ったのだ。


 佐藤太郎との初デートで朝比奈道之との初デートと同じ場所に連れてこられれば、当時のことを想起するに決まっている。

 これは晶が俺の正体に気付くかを試す、実験の第一段階だ。


「折角女の子とデートするんだし、どうせなら佐倉さんに好かれたいなぁと思って。佐倉さんが似合うと思う服を、見繕ってくれませんか?」


 ヤベェ。言ってて凄え恥ずかしい。


 その後俺は晶に洋服を見繕って貰った。

 当然朝比奈道之に似合うファッションになるわけだけど……それでも晶は俺だと気づかなかった。



 


 晶との久方ぶりのデートは、想像以上に良いものだった。

 元々晶といるのは楽しいし、加えて今日はいつものマンネリデートではなく、初デートのような新鮮さがある。

 お陰で一日が、あっという間に過ぎて行った。


 およそ8時間一緒に過ごしたわけだけど、結局晶は俺が朝比奈道之だと気付かなかった。

 終始俺を「佐藤さん」と呼び、道之に対して抱いている憤りをまるで見せなかった。


 時刻は6時を回り、この日は解散する運びとなった。

 問題は、2回目のデートの約束を取り付けるかどうか。晶が2回目のデートを望んでいるのなら、それはもういっときの気の迷いじゃ済まされない。完全に佐藤太郎に惚れていることになる。


 もし晶が佐藤太郎に本気になったら、朝比奈道之はどうすれば良いのだろう?

 正体を明かして、「浮気だ!」と糾弾するか? それとも、佐藤太郎として彼女をフって、元鞘に収めるか?

 ……いや。朝比奈道之は身を引いて、今後は佐藤太郎として彼女を幸せにするという選択肢もある。


 どの選択をするにしても、まずは晶の気持ちを確認してからだ。

 俺は佐藤太郎として、佐倉亜希に告白する。


「佐倉さん、今日はありがとうございました。もし良かったら、これからもこうして会ってくれませんか? 今度は……あなたの彼氏として」


 正体を明かして糾弾するか、フって元鞘に収めるか、それとも佐藤太郎と佐倉亜希としてやり直すのか? 

 しかし俺がそれらの選択肢を選ぶことはなかった。なぜなら――


「ごめんなさい」


 なんと晶は、告白を拒んだのだ。


「実は私、彼氏がいるんです。黙っていてごめんなさい。今日佐藤さんに連れて行って貰った場所って、全部その彼氏との思い出の場所で……その場所に佐藤さんと行って気付きました。あぁ、やっぱり私は彼のことが好きなんだなって」


 どうやら佐藤太郎=朝比奈道之だと気付くかどうかを試す為に訪れた思い出の場所は、彼女の俺への愛を再確認させる為の場所になったようで。

 今日一日佐藤太郎に向けられていると思っていた笑顔は、もしかすると朝比奈道之に向けられていたものなのかもしれない。


「……どうして彼氏がいるのに俺とデートを?」

「嫌がらせみたいなものなんだと思います。私と彼、絶賛喧嘩中で、「もうこいつなんて知らない!」って、ムキになっていたんでしょう。それでつい、マッチングアプリに登録を……」


「なんてバカな女なんだ!」と、罵ることも出来ない。俺だって、同じことを考えて実行したのだから。

 つくづく、気の合う2人だな。

 だから俺が今晶に抱いている気持ちも、彼女と同じなわけで。


「……わかりました。彼氏さんと、どうか幸せになって下さい」


 もう一度今日付き合ってくれたお礼を告げて、俺はその場を去ろうとする。

 ……あっ、そうだ。


「最後にひとつだけ」


 俺は足を止めて、振り返る。


「今夜あたり、彼氏さんに連絡してみたらどうですか? きちんと謝って自分の気持ちを伝えれば、彼も許してくれますよ」

「……ありがとうございます。アドバイス通り、連絡してみますね」


 今度こそ、俺はその場から去っていく。

 俺は最後まで正体を明かさず、佐藤太郎のまま、このデートを終えた。


 佐藤太郎として聞いた言葉も、きちんと朝比奈道之の心に届いている。意図せず晶の本音を聞いた俺は――彼女への愛を再確認していた。


 電車に乗ると、早速晶からメッセージが送られてきた。


『この前は、ごめん。仕事で忙しいのにわがままを言って、困らせた。もし許して貰えるっていうのなら、また仲の良い彼氏彼女に戻りたい』


 許して貰えるかだって? 当たり前じゃないか。

 他ならぬ佐藤太郎の保証つきである。


 だけどストレートに返すのは恥ずかしいから、そうだなぁ……


『来週、有休取ろうかと思うんだ。久しぶりにデートでもしないか?』


 さり気なく、本当にさり気なく、仕事より晶の方が大切だと伝えることにしよう。


 今度のデートでは、どこへ行こうか? 最初はやっぱり、メンズのアパレルショップだろうか?

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