国民の長女
ラ・トゥール家5人目の子として生まれたのは待望の女の子だった。
両親、4人の兄、乳母を始めとする使用人から沢山の愛情を受け彼女はすくすくと育った、のだが物心ついた時から変わった習慣があったのだ。
朝早く、使用人たちが家人の為に朝食などの支度をするうちから起床し、見慣れない動きを数分する。それが終わると今度は外に出て30分ほど庭を走る。走り終え自室に戻り湯浴みをすると、また見慣れない動きを数分し身じたくを整え朝食を摂る。これが毎朝のルーティーンである。
貴族の息女としては理解しがたい行動であったが、朝早く訓練や身体を鍛えている父や兄達の真似をしているのかと微笑ましく見守ることにした。
しかし起床後と湯浴み後にとる見慣れない動きが何なのかどうも気になった侍女は失礼ながらもある朝聞いてみることにした。
起床後の動きは「たいそう」湯浴み後は「すとれっち」と彼女は話した。
聞き慣れない単語で結局分からなかった為、何か意味のある行動なのかさらに聞いてみると、琥珀の目を大きく見開いた後「そっか、ここでは存在してなかったのね?」とポツリとつぶやいた。
効果を教えてくれた後、父や兄達はこういった事をしないのかと逆にたずねられ、当主様、ご子息を始めとして私達使用人も知らないと伝えた。すると
「ストレッチはともかく、体操は皆にしてほしい!これを毎朝するだけで心と体も健康に!子供からお年寄りまでできてお金もかからない!逆になんでしないの!?」と熱っぽく早口で訴えられた。
先ほど知らないと伝えたはずですがと言う言葉は飲み込みつつ、本当に体操とやらにそんな効果があるのか眉唾ものだと思ったが(何せ発言者が齢5歳の子供である)そもそも体操の動きが覚えられないとできない事を伝えると
「それもそうね…いいわ!私が教えるから明日から朝庭にいらっしゃい!」「他のお仕事する人たちにも声をかけてね!皆でするのよ!」と言われた。
皆にどう伝えたものかと考えつつ日中連絡して回り、翌朝使用人達(不敬にも来ない者もいた、ざっと9割ほどだろうか)が庭に集まるとたいそう驚くこととなった。
当主様、ご子息達、当主婦人まで揃っておいでだったのだ。
「驚かせてごめんなさい。お父様もお母様も、お兄様たちも皆がいて良いよって言ってくれたから、一緒に体操しましょう!」と彼女は話した。
許可があるのなら、という事でその日は緊張しながらも彼女の動きを見てぎこちなく体を動かしたのだった。
2日目からはさすがに昨日来なかった使用人達も来るようになった(当主様方がいらっしゃったと伝えたら顔面蒼白になっていた)。
体操を始めて数日経った頃だろうか、他の使用人から肩こりや腰痛がマシになった気がする、と声が上がるようになってきた。かくいう私もそう感じていた。
そして20日ほど経った頃には他者の動きを見ずとも体を動かせるようになった。
体操が終わり「皆体操覚えられたみたいだね!これからは自分の部屋で、朝起きたらしてね!効果があったかどうかは自分の体で体験したから分かったはず、私が色々言わなくても続けられるよね!」と彼女が話すのに、みな揃って大きく頷いた。
それからさらに1ヶ月が経ち日に日に軽くなる肩こりや腰痛、少しずつ戻って来る身体機能に感動していた頃、彼女が国民全員に体操を広めたいと本気で話していたと給仕のメイドから聞いた。
効果を実感した当主様が騎士団で広めたり、ご子息がご学友に伝えたりしているとは聞いたが、全国民となるとさすがに絵空事だ。せいぜいこの王都と周辺の街くらいだろう。というかそこまで広まれば御の字だ、そう思っていた。
が、彼女は10年かけて本当にやってのけた。もちろんしょっちゅう王都を離れる訳にはいかない、旅行やご当主、当主婦人が休暇でご実家へ戻られる時などを利用しながら各地で体操を実践し広め、特に最後の1年は最低限の護衛と使用人を連れあちこち回ったりした。
全部の街や村を訪れた訳ではないが、人づてに効果が広まり実践する人が1人、また1人と増えこうして国中まで広まったのだ。
全ては彼女の皆を心身共に健康にしたい、その一心で始まったことだ。当所は絵空事だと内心少し呆れもした私を恥じる。こんな素晴らしい心を持った彼女にお仕え出来る事を本当に誇らしく、嬉しく思う。
そうして、彼女の功績は国王にも伝わりこの度勲章を賜わった。
人々はますます彼女の行いを認め、まるで我が子の様に皆の心と体を気遣った姿を振り返り親しみを込めこう呼んだ。
ーーー国民の長女と。