7話
長江洸は、広島の片田舎の小さなドラッグストア倉庫内の商品を棚卸ししながら、合間に腕時計に視線を落とした。
時刻は既に午後11時を回っている。
先日、同店舗にて、登録販売者しか管理できず、店長しか発注できない第二医薬品の大量ロスが判明した。
仕入れ個数と販売個数が大幅に合わなかったのだ。
長江がこの小さなドラッグストアの店長として赴任してまだ1ヶ月も経っていない。この不備は、明らかに前任の店長の不始末である。
(引き継ぎをまともにしねぇ奴だと思ったが、こういうことか。)
前任の店長は、転勤の多さを理由に先日会社を退職した。
(…嘘ばっかじゃねぇか。くだらねぇな。)
長江は白衣の胸ポケットに入れていたスマホを取り出し、エリアマネージャーに電話をかける。
前任の店長が商品をロスさせていた客観的事実を告げると、
『わかった。あとはこっちで処理する。その件はもういい。お前は通常業務に戻れ。』
当然のように問題を有耶無耶にしたまま電話を切られた。
「……またか。」
この会社は、問題の本質を探るよりも隠蔽することを好む。その体質はずっと変わらない。
「………」
小さなドラッグストアゆえに社員は店長しかおらず、その店長に基本、店舗運営の全権を委ねている。だからこそなのか、ここ数年、店長の不祥事が相次いでいた。
(人事に見る目がねぇんじゃねぇのか? まあ、単純に社員の教育不足ってだけの問題でもなさそうだが。)
「…ま、俺には関係ねぇか。」
だからといって、一社員であり雇われ店長の長江にはどうすることもできない。
「ホント、くだらねぇ。」
棚卸しを終え、数値をパソコンに入力し終えた頃には、時計の針は午前1時を回る。
会社の規定で残業は三時間までと決められていた。
長江は今日もサービス残業をするはめとなった。
※ ※ ※
家に帰り、パソコンを立ち上げると、先日知り合ったロックバンドのギタリストからメールが届いていた。
【道草】という曲の作詞を手掛けたことを、ボーカルがうっかりラジオで話したことで長江に迷惑がかかるかもしれない旨が綴られている。
(…どうでもいい。くだらねぇ。)
【道草】は、若い男と中年女性の、叶わない恋を歌ったスローバラード。年や生きている環境の違いから、心では求め合いながらも別れを選ぶ純愛をテーマにしていた。
本名をバラさない約束で書いた物語だった。
『物語』である以上、実話であるはずがない。
(そんな綺麗な恋愛が、この世にそうそう転がってるはずがねぇだろ。)
長江は心中で悪態を吐きながらメールを削除した。彼らと関わるのはこれっきりにしようと強く思った。
ドラッグストアの雇われ店長。
現在の自分は、それ以上でも以下でもない。
(…作家でもねぇんだ。俺の何に期待してやがる。)
実話だと偽り、面白半分で関わった案件だった。それだけに、先日、印税が振り込まれていた通帳を目の当たりにして軽い恐怖を覚えた。
(もう、関係ない話だ。)
パソコンの電源を落とし、スマホを見遣る。
既に午前3時になろうとしていた。
明日も午前7時には出勤して早朝の便で届く大量の荷物を検品して開店までに陳列しなくてはならない。
それは、変わらない長江の日常だった。