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サンロード  作者: ガーデン・ウッド
プロローグ 『■の夜』
16/34

0015 『A級滅魔師《偉大なる探索者》』

 悪魔の大群による地上全土への大規模侵攻から四日。

 故郷の村を救うために命を散らした恋人を埋葬した直後、ガーディアンの滅魔士と思われる男に襲撃された。

 大規模侵攻の際に二〇〇体の悪魔を討伐した『悪魔の姿』で応戦するも、惨敗。

 首が撥ねられ、恋人の後を追うはずだったが、「おめでとう、合格だ」と言われ活かされている。


「はぁ?」

「おおっと、そういえば、名乗ってなかったな」

「ちょっと待て! 勝手に話を進めるな!」


 拳を振るい、鎖を振るい、大剣を振るい、俺の命を脅かした目の前の男は直前まで首筋に当てられていた大剣を引き、友好的に話し掛けて来る。

 あまりの落差に戸惑うも、男に気にした様子はない。


「オレはガーディアンに所属する滅魔士で、ダイス・ブルーバードだ。よろしく!」

「いや、別に名前は訊いていな、……おい、今、ダイス・ブルーバードって言ったか?」


 勝手に進んでいく話を止めようと荒げていた声が思わず(つか)え、男の名乗りを訊き返す。


「おう、オレの名前はダイス・ブルーバードだが、それがどうかしたのか?」


 人間の住まう世界《地上》をあらゆる脅威から守護する多国籍防衛機関、通称ガーディアン

 その主な活動は、加盟国からの依頼・任務の遂行。

 内容は環境の調査、資源の採掘、魔法・武術の指導、要人の警護、戦争の仲裁・代理、悪魔の討伐、……など多岐に渡り、難易度に応じた報酬が支払われる。

 ガーディアンに所属する滅魔士は戦闘能力と実績によってランク分けされ、これによって受けられる依頼・任務の難易度が決まる。

 ランク分けの基準は次のように定められている。

 見習い段階にあり、ガーディアンが提携する魔法学校で魔力の扱い方、戦闘、悪魔、組織の成り立ちなどを学ぶ、F級、

 戦闘には不向きと判断され、サポート役に徹するE級、

 数名の隊員と小隊を組み、ガーディアンの滅魔士として任務に当たることが許されるD級、

 小隊・支部の指揮を行うC級、

 高い戦闘能力を認められ、複数の小隊を結束させた中隊を指揮することが許されたB級、

 地上全土の危機に際して単独でも活躍が期待され、複数の中隊を束ねた大隊を指揮することが許されるA級、

 最強の滅魔士、ガーディアンの総司令を任されるS級。


「……歯が立たないわけだ」


 A級以上の滅魔士。

 彼らは一人で大国の総戦力と渡り合えると謂われ、数万人の滅魔士が所属するガーディアンにおいて僅か五名しか任命されていない。

 その五名は、各々が生きた伝説として語られており、地上において彼らの名を知らぬ者はいないだろう。

 そして、目の前に立つ、直前まで俺の命を刈り取ろうとしていた男が口にした名は――


「A級滅魔士、序列四位《偉大なる探索者(グランド・シーカー)》」


 ガーディアン総司令の右腕、最も多くの人間を救ったと言われる滅魔士。

 それが目の前の男が名乗る、ダイス・ブルーバード。

《偉大なる探索者》はドワーフとは思えない一八〇セチルの高身長と、ドワーフらしい気骨稜稜の体格と黒鉄を思わせる褐色の皮膚、鉄の義手。

 確かに特徴は一致している。


「へぇ、オレのこと知ってんのか」

「ああ、知ってる。てか、アンタを知らねぇ奴なんて地上にはいねぇだろ」

「それはそうなんだけどよ、オマエって、その」

「なんだよ、あれって……チッ、そういうことかよ」


 男の視線が俺の頭部に向けられたことで気付き、思わず舌打ちしてしまう。


「確かに、地上で誰もが知る人気者でも、魔界まで知れ渡っているとは限らないかもな」

「悪ぃ、無神経だった」

「こんな立派な角が生えてんだ、魔界生まれの魔界育ちにしか見えねぇだろうさ……、ってなくなっている?」


 皮肉げに笑って自分の頭部に生えた角を突こうとして、空振る。視線を向けると切り落とされていなかった片翼もなくなっていることに気が付く。

 直前、《偉大なる探索者》を名乗る男が俺の頭を見ていたときまでは生えていたはずの双角と片翼が影も形もない。そういえば、墓を作っている最中もなかった。

 まるで、俺が悪魔を象徴する翼と角を忌々しく思ったことに呼応したように。

 謎ではあるが、今はどうだっていい。

 今現在、重要なことは、


「俺が何に合格したって?」

「そういや、言って無かったか」


 ダイス・ブルーバードを名乗る目の前の男は、俺を確実に殺せる状況でありながら刃を退いた。

 その理由が、合格。

 何に合格したのか、何故合格したのか。それらを知っておかなければ、「気が変わった」なんて言って男に殺されかねない。


「もちろん、何に合格したかはちゃんと教える。ただ、その前に念のため拘束させてもらう。オレも一応は滅魔師だから、万が一にもオマエを逃がすわけにはいかないもんでね」

「……わかった」

「聞き分けが良くて助かる」


 先ほどの戦いで俺の片翼を切り落とした大剣。その柄の部分に繋がれた鎖で両手縛られる。

 しかし、肉や皮を挟まないよう手首と鎖の間に布をかまされ、締め付けは緩々。

 簡単に拘束を解くなんてことは流石にできないが、関節を外す、肉が潰れる痛みに耐えて手を引き抜くなどの無茶をすれば両腕が自由になり、逃げだすことは可能だろう。


「かなり緩いけど、いいのか? ちょっと無理をすれば逃げれるぞ」

「なんだ、オマエは逃げたいのか?」

「いや、そういうわけじゃないけど……」

「だよな。そもそも、逃げようとする奴が「拘束が緩い」なんて指摘しねぇよ。まぁ、逃げたいなら逃げればいいさ。そしたら、また捕まえて、今よりちょっとばかしきつく縛り直すだけだから」


 言い返せない。

 殺されはしない。死んだ方がマシといった仕打ちに合わされないとも思う。

 そう理解してからは逃げようとは思っていないし、男の言った通り、俺が全力で逃げたところで数分としないうちに捕まえられることも事実。

 それでも、見透かされていることは癪に障る。


「俺のこと舐めてる?」

「舐めちゃいないさ、オマエの実力に対する正当な評価だって」

「チッ」

「おー、怖い怖い。オレみたいな弱い奴にそんな目を向けるなよ」

「ついさっき、俺を余裕でブチのめした奴がよく言う。世界最強の一角が、自分は弱いですぅ、なんて言っても嫌味にしか聞こえねぇ」


 俺の吐き捨てた悪態に男は「気を悪くしちまったか?」と言うだけだったが、その一言に何故だか寂寥を感じる。


「雑談で場も温まったことだし、そろそろ本題に掛かるか」


 男の明るく振る舞う姿が酷く空元気に見えて仕方がなかった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ぺちょん


「うげぇ」


 本題に入ると言ってダイスを名乗る男と共に適当な切り株に腰掛けようとした瞬間のことだ。

 上空から投下された白黒マーブル模様の半固体半液体がダイスの後頭部に付着した。


「クッソ、ツイてねぇ。鳥の糞かよ。意気込んでいたところで悪ぃけど、近くの水場に移動してもいいか? これを落としたい」

「あぁ、糞が付いたままじゃ締まんねぇし、構わねぇけど。てか、こんだけ生い茂った樹海で鳥の糞が当たるってどんな確率だよ。その辺の葉っぱに当たってここまでは届かねぇだろ、普通」

「まぁ、オレは色々と普通じゃないからなぁ。興味があるなら移動中にでも話すか?」

「好きにしてくれ」


 水場に向かって前を歩く男の後に続く。

 両手を鎖で拘束された俺が引っ張られて転ばないように歩く速さを調節している。気を配られていることが子ども扱いされているようでムカつく。


「さっきの話だけど、オレって色々あって呪われてるんだ。『776回の不幸の後に1回の幸福が起こる』って呪いなんだけど。簡単に言えば、人より運が悪いってだけなんだけどな」

「そういえば、さっきの戦いでも足場の枝が折れたり、爆弾虫の群れを踏み抜いたり、倒木が殺到してたりしてたな」

「そうそう、それがだいたい全部呪いのせい。常に〝感知〟を発動しているから被害は最小限で済むんだけど、戦闘中はマジで勘弁して欲しいもんだ」

「戦闘中に〝感知〟を発動させ続けるのは基本だろ?」

「ん? あっ、そうだよな。普通はそう思うよな」


 魔法による現象は自分の認識可能な範囲内なら何処にでも具現化できる。魔法を主体とする術師型の滅魔師の中には、相手の体内に巨大な氷塊を作り出して内側から弾けさせるなんてエグいことが可能な者もいるらしい。

 しかし、実際にそのエグい魔法を実現させる人物は地上全土を見ても片手で数えるほど。

 特定の位置に魔法を発動させるのは、自身から直線に放つのに比べて酷く集中力を消耗する上に、位置を定めるという手間が加わり、魔法の発動が目に見えて遅れる。

 そうやって、もたついている間に、相手は〝感知〟で自身の身体が置かれた位置に魔法の前兆があることに気がつき、特定の位置から移動。〝感知〟の使えない一般人でも体内に違和感を覚えて何かしらの行動を起こし、魔法は乱される。

 結果、通常より集中して時間を掛けて準備した魔法が不発に終わる。

 誰も好き好んで躱されると分かって通常より労力の掛かる魔法を使わない。


「さっきも言ったろ? オレは普通じゃないって」

「まさか、常にって、本当に四六時中〝感知〟を発動させてるのかよ?」

「そのまさかだよ。年がら年中、一日中、お早うからお休み、お休みしている間も含めてニ四時間、〝感知〟を使いっぱなし」

「暗殺にでも備えているのかよ?」


 戦闘以外でエグい魔法が使われるとしたら、親密な関係になり、相手が〝感知〟を解いている隙にエグい魔法を発動させるといった暗殺が考えられる。

 ただ、その暗殺方法も親密な関係を築くまで時間と労力が掛かり、毒を盛るなり、背後から刃物で刺すなりしたほうが手っ取り早い。

 そんな非効率的な暗殺に備えるなんていう非効率極まりないことを目の前の男、俺を圧倒して見せたA級滅魔師を自称する男がするとは考えられない。


「さっきから、失礼な評価を感じる」

「名前聞いてからずっと『ダイス(仮)』だと思っているから」

「やっぱり? まぁ、信じられねぇのもわかるけどな。って何の話だっけ」

「四六時中〝感知〟を発動させるなんて馬鹿なことして、暗殺される当てがあるほど恨みを買ってんのかって話」

「なんか棘を感じるけど、まぁいいや。暗殺に備えるってのもなくはないけど、恵まれたことにオレの周りには信用に足る人間しか集まらないから、本命は別にある。っと、危ない」


 木々の間から音も無く唐突に飛び出してきた鹿を、男はひょいっと軽く躱して見せる。

 目の前で起きたことこそ、男が〝感知〟を解かない理由。


「魔法や生物が原因の不幸から身を守るためってわけか」

「大正解」


 魔法に比べると〝感知〟に掛かり難いが、人間、動物、植物、その辺の土、空気すら魔力から構成されている。

 ダイスは常日頃から、それら全ての動きを〝感知〟で把握する事によって、自身に起こるであろう不幸を予見し、対策しているのだ。


「さすがA級、化け物じみてやがる」

「いやいや、やってみたら簡単なもんだぜ? 事故を未然に防げる上に〝感知〟の精度まで上がって一石二鳥だし」


 簡単に言ってみせているが、〝感知〟は戦闘中の限られた時間だからこそ魔力の流れなんていう膨大な情報量に耐えられる。しかし、使用時間が長ければ長いほど脳に負担が掛かり、数時間としないうちに気を失う。俺の限界は三時間だった。

 それを休みなく常時発動し続けている。A級滅魔士を自称するだけはある。


「でも、戦闘中は防げてなかったよな」

「あはは、あれはあれで仕方なかったんだよ。ほら、不幸を避けようとして隙ができたら意味ないだろ? だから、戦闘中は大した危険じゃない限り、わざわざ避けないことにしてんだ」

「言っていることは分からなくない。けど、それを実践するかよ」


 戦闘中、起こると確定している不幸より、不確定である相手の挙手に注力する。

 確かに正しい。

 しかし、不幸とは対象の置かれた状況が悪化する事象であり、避けようとするのが基本。本能とも呼べる。

 本能を捩じ伏せる理性。

 それこそが仮にも二〇〇体の悪魔を討伐した俺を圧倒してみせた男の強さ、その根幹なのだろう。


「マジで、普通じゃねぇ」


 何より、自分が躱すことで相手に不幸が訪れるからといって、わざと不幸を避けない。

 しかも、その相手は直前まで戦っていた相手なのだ。


「なぁ、それだけの〝感知〟が使えるのに、なんで鳥の糞を躱さなかったんだ?」

「ちょっと気が抜けてた、そんだけだよ」


 何気無く応える男の背中を見て、俺は「この男には敵わない」と痛感した。

 何故だか肩の力が抜け、自然と目の前の男が|《偉大なる探索者》《ダイス・ブルーバード》であることに納得したのだった。

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