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サンロード  作者: ガーデン・ウッド
プロローグ 『■の夜』
13/34

0012 『■■■・■■■■の死』

 悪魔の大群が攻め込んできて、村の八割が焼け落ちた日から三日。沖に避難していた村人たちは仮面の悪魔によって放たれた炎が消えたことを確認し、村に戻った。

 確認できた死者・行方不明者は合わせて一三七名。ニンショウ村は村人同士の繋がりが強く、一三七名の中に知人がいない者はいない。直ぐに葬儀が行われ、親は子の、子は親の、親子共に生きている者は隣人の死を悔やみ、涙を流した。涙が枯れる頃には一日が経っていた。

 二〇〇体の悪魔の侵攻から四日、子供たちは万一に備えて、直ぐに避難出来よう遠洋船の近くで老人たちの監視のもとで遊ばせ、大人たちが中央広場で村の復興作業に取り組もうと集まっている。

 (きこり)を任された数名の村人が斧を持ち上げた頃になって、ようやくガーディアンから一人の滅魔士が派遣された。

 あまりに遅すぎる到着に、村人たちは親しい人を失った悲しみと、村の被害者の元凶たる悪魔に向けられるべき憤り、黒々と燃える感情の全てを滅魔士に向ける。


「本当に申し訳ない」


 滅魔士は責められている間、言い訳の一つもすることなく、一度も頭を上げず、謝罪の意を表明し続けた。その真摯な姿に怒りを抑え、ガーディアンの到着が遅れた理由を聞き、村人たちは彼を責めたことを深く詫びた後、ニンショウ村で起こった出来事の詳細を伝える。


「つまり、この辺りを襲った悪魔の大群は全て、既に仲間割れによって全滅したと?」

「いえ、それが……この者が言うには、まだ生き残りがいるらしいのです」

「村長、ここからは私が……」


 村長は「うむ」と頷き、一人の女性に説明を引き継ぐ。女性の髪色は薄茶、背は高くも低くもなく、雰囲気からして三十代。一見、ただのヒューマンに見えるが、袖から髪と同色の羽が溢れていて、彼女が鳥類系のビーストであることを語る。


「私達がこの村に戻ったのが昨日の早朝。その時間は日すら昇っていなかったから真っ暗で、梟のビーストで夜目の利く私が先に村の様子を確認しに戻ったんです。そのとき、村に放たれた炎は完全に鎮火されていました。ですが、ご覧のように民家や作物の殆どが灰となった酷い有様で、偵察を忘れ、焼け落ちた自宅の前で泣き崩れてしまいました。

 涙も枯れて、立ち上がろうとしたとき見たんです! 悪魔が西の森に歩いて行くのを! 間違いありませんっ、アレは村に炎を放った悪魔です!」


 焼け落ちた家と思い出、荒れ果てた故郷、その原因となった悪魔の生存。悲しみ、怒り、恐怖を搔き混ぜ、気が触れたかのように叫び散らす。両腕で自身を抱き締め、カタカナと歯を震わせ、血走った目から止めどなく涙を流しながら。


「本当はガーディアンから援軍が来たことを確認出来てから村に戻るつもりでしたが、波に揺れる船内では身が休まらず、老人たちの体力の限界が近かった。なので、悪魔が森に潜んでいることを承知の上で戻って来たのです」


 このままでは話が進まないと、感情のままに叫ぶ女性を下げさせ、村長が避難先の沖から村に戻った経緯を補足する。


「あの悪魔を殺してくれッ!!」


 村人の一人が仮面の悪魔に対する憎悪と憤慨で声を荒げる。他の村人達も血を滲ませるほどに拳を握り絞めている。息を整えた梟人の女性も激昂するように続く。


「本当は殺してやりたかった! でも、あの悪魔を見た瞬間、腰が抜けて……、悔しくて、悔しくて! 今も心の底から殺したいって思っているのに! あの姿を思い出すだけで震えが止まらない! それが堪らなく、悔しい!!」


 理解して(分かって)いる。

 村人達は皆、自分たちの営みを焼き尽くした、仮面の悪魔の強さを理解してしまっている。憎悪と怒り対象が、耐え難い恐怖と繋がってしまっている。殺したいほど憎い相手が、自分たちが挑めば致命となる相手なのだ。

「殺したいッ!」という抑えきれない衝動と、「自分が殺される瞬間」の想像図が強く結びつき、本人の意思を無視して脳内で永遠と繰り返される。

 村人の殆どが同じことを思っていたが、村に戻ってからの一日、誰一人として口にすることはなかった。口にすれば共感し、共感した感情は共振し、増幅され、肥大化した「殺したい」衝動と「殺される」という想像図の葛藤に心を折られてしまうことを皆分かっていたのだ。

 だから、共倒れにならないよう、溢れないよう、自分の中に閉じ込め、堪えてきた。

 それが、ガーディアンの滅魔士という救いによって決壊し、濁流となって溢れ出す。


「どうか、我々に代わって、あの悪魔を殺して下さい……、どうか…………」


 仮面の悪魔に対する憎悪と憤慨、殺意の込められた罵詈雑言は途切れることなく、二〇分に渡って続き、ようやく一区切りがついたところで、滅魔士は力強く断言する。


「お任せください、必ず、その悪魔を討ち取ってみせます」


 それを聞き、狂ったように歓喜する村人たちの中、マイン・ビレアンだけが酷く悲しげな顔をしていた。派遣された滅魔士が、道中で合流したというもう一人の滅魔士と共に悪魔の首を持ち帰ったのは、二日後の早朝であった。


 ◆◇◆◇◆◇◆


 仮面の悪魔によってニンショウ村に炎が放たれた日から六日。ニンショウ村は嘗てないほどの喧騒に包まれていた。

 理由は至極単純。

 二日前にニンショウ村を訪れ、村を焼いた悪魔の討伐を約束したガーディアンの滅魔士がつい数十分前、道中で合流した滅魔士と共に、悪魔の首を携えて帰還したのだ。早朝の四時、その知らせは数分としない内に村中の大人の間で共有され、中央広場に集まった。早朝ということもあり、広場に子供たちの姿は見られない。


「滅魔士様が悪魔の首を持ち帰ったぞ!」「広場で晒されているらしい、早く行こうぜっ!」「石だ! 晒し首に投げつける石を忘れるな!」「石より、生ゴミをぶつけてやろうぜ‼」「やっと、…やっと、安心して眠れるのね…………」「祝いだ!」「よっしゃ! 悪魔の目玉に当ててやったぜ!」「あぁ、……出来ることなら、私が殺したかった……‼」「これで親父も浮かばれる…………」「よくも、畑を消し炭にしてくれたな! 冬が越せなくなったらどうしてくれんだよ、ゴラッ!」「あーはっははははっは、ざまぁ見やがれ、クソ悪魔‼」「私の娘を返して‼」


 騒ぎ立てる者、悪魔の晒し首に石を投げつける者、安堵のあまり泣き崩れる者、自分が殺したかったと嘆く者、親の仇が討たれて静かに空を仰ぐ者、狂ったように笑う者、…………

 集まった村人たちは反応こそ違っているが、例外なく、『平穏を奪った悪魔への憎悪』と『悪魔が討たれたことへの歓喜』の二つの感情を共有し、(もり)で貫かれ固定された悪魔の晒し首を中心にして暗い一体感を造り出している。

 そんな狂乱を二つの影が遠巻きに眺めている。


「気分でも悪いのか?」

「晒し首を囲んで祭りのように騒ぎ立てる大人たち、こんな光景を見て気分を良くすると思いますか?」

「まぁ、見ていて気分が良くなる光景なわけないな……、今のオマエにとっては、特に」


 親子ほど年の離れた二人の男が顔を隠すようにフードを深く被り、村人たちの喧騒から離れた場所にある瓦礫の山に腰かけている。

 この二人が村に悪魔の首を持ち帰った滅魔士で、若い男の種族はヒューマン、もう一人がドワーフだ。

 ドワーフの男は二日前に村に訪れ、十数分前に悪魔の首を持ち帰った滅魔士。身長は一八〇セチル程でドワーフの中ではかなりの高身長、その相貌は巌のように厳つい。


「はい、俺にとっては特に……」

「だろうな。でも、あの村人たちは」

「何も悪くない、でしょ? 分かっていますよ、それくらい。村人たちにとって、あの悪魔は平穏を焼き尽くした憎くて憎くて堪らない相手で、その首が目の前にあれば誰だってああなります。数日前の俺だったら間違いなく、あの悪趣味な的当てに何の疑いもなく参加していたと思いますし」

「だとしても、見続ける必要はないだろ。オレ達は一時間もしない内に村を出て本部に向かう。それまで、無理して此処に居なくてもいい。村の外で待っていたって文句は言わないねぇし、重すぎるならオレも一緒に背負ってやる。一応は親だからな」


 ドワーフの男が若い男を案じる言葉を掛けると、若い男は数秒ほど沈黙した後にクツクツと笑いを堪え始める。その様子を馬鹿にされていると捉えたドワーフの男は不機嫌そうに「何が面白いだよ」と視線で問い掛け、若い男が笑いを堪えたまま「馬鹿になんてしてませんよ」と前置きして答える。


「ただ、本当に優しんだなって思って……、この人が昨日、仮面の悪魔に向かって「オマエを殺す男だ」なんて言っていた人と同一人物だと思うと、ね?」

「分かった、喧嘩なら買ってやる。表に出な」


 怒気を纏ったドワーフの男に、若い男が笑いを堪えたまま「謝りますから、機嫌直してくださいよぅ」と謝意の欠片も感じられない態度で詫びる。ドワーフの男が「心配して損したぜ」と言って舌打ちをして、「あれから、調子はどうだ?」と当たり障りのない話題を切り出す。

 しかし、その声にも隠し切れない優しさが滲んでいて若い男はクスリと笑ってしまう。


「お陰様で変わったことや不調はないです」

「そっか、それは良かった。存分に感謝しろよ」

「はい、心から……、本当にありがとうございました。貴方のおかげで、今の俺がいます。ありがとうございます」

「急に改まるなよ。照れるだろ」

「感謝しろって言ったのは、そっちでしょう?」


 立ち上がり、ドワーフの男に向き合って頭を下げる若い男。

 先ほどまでのからかいの混じったものとは異なる、真っ直ぐな感謝の籠もった言葉。

 むず痒そうなドワーフの男の声を聞き、若い男は顔を上げ、地面に腰を下ろす。


「そういえば、村に戻って直ぐ「一人にさせて下さい」って言ってたけど、何してたんだ?」


 実際は、ドワーフの男も若い男が何をしてたのかは知っている。〝感知〟していた。

 ただ、何となく会話を繋ぐ取っ掛かりとして尋ねただけだ。


「大したことじゃないですよ。この村で特別世話になった人たちの顔を見に行っただけです」

「それくらいなら構わないけど……」

「分かってます。遠くから無事を確認しただけなので顔を見られたりはしてません」

「そうか、でも、十分に気を付けろよ」

「はい、自分の置かれている状況は俺自身が一番よくわかっているつもりです」


 強い潮風が吹き、若い男の視界の端に艶やかな赤髪が過る。持ち主は目元がキリリと吊り上がった女性。とても若々しく二十代に見えるが、実年齢がもう少し上であることを若い男は知っている。

 その女性は、村人たちの集団から離れた瓦礫の影に一人佇み、泣きそうな顔をして悪魔の首に視線を向けていた。

 若い男は女性を見て一度口を開いたが、言葉を紡ぐ前にその口を噤み、村人たちの集団に視線を戻す。

 十分が経ち、「そろそろ、村長と今後のことを話してくる」と言ってドワーフの男が立ち上がった時、


「この光景を目に焼き付けいたいんです……

 俺が殺した何処にでもいるような十六歳の少年、レンヤ・アルーフ……

 彼の死を、俺だけが知っている、俺だけしか知らない。

 だから、目を逸らしちゃいけない。

 俺が、俺だけは、目を逸らしちゃいけない。

〝太陽〟に至るための道に踏み出した証明だから……、

 俺が滅魔士になった証明だから……、

 十六年間、レンヤ・アルーフが生きてきた証だから……」


 フードを深く被り、素性を隠す若い男の滅魔士は、悪魔の首に偽装された兎の死体を中心に負の感情が渦巻く広場を眺め、宣誓する。


 この光景に、この世界に、レンヤ・アルーフの死に、後戻りのできない道に踏み出す覚悟を宣誓する。


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