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サンロード  作者: ガーデン・ウッド
プロローグ 『■の夜』
12/34

0011 『愛しの君へ』

「……ん? なんで、こんな場所で寝てたんだ?」


 時刻は夜明け前、場所は村の外に生える大きな木の下。恋人を抱いて眠っていた。

 状況が掴めない。

 記憶を辿ろうとしても、靄が掛かったようではっきりとしない。周りを見渡しても、目覚めたばかりで目が慣れていないため、夜の闇に包まれた村の様子は分からない。


「なんだ、体が異様に重てぇ。ちょっと動いただけでジンジンしやがる」


 起き上がろうとするが、体が鉛になったと錯覚するほどに重くなっていて起き上がれない。

 何時間かはわからないがクッション性皆無の地面で寝たことが原因だろうか? でも、その程度で全身を満遍なく殴られたような鈍痛を覚えるだろうか?


「まぁいいか、それよりさっさと起きるよう。今日の朝食当番は俺だったはずだしな、っと」


 数分ほどかけて何とか立ち上がり、村の方へと目を凝らす。


「んー、空からして、四時半ってところか? でも、それにしては村が暗過ぎるような気もするし……?」


 漁村であるニンショウ村の朝は早く、この時間なら漁に出発する船や漁から帰ってきた船の灯りでもう少し明るいはずなのだが、それらが一切見られない。

 不自然なほどに暗く、静かだ。


「謎だぁ……」


 恋人と二人で、村の外で寝ていたこと。

 鉛のように重たい体。

 灯りのない村。

 それらを不思議に思い、恋人に視線を向けたところでようやく認識が世界に追い付き、置かれた状況を思い出す。


「そっか、色々あったからな……」


 記憶の靄が晴れ、全てを思い出したというのに、不気味なほど心が凪いでいる。ただ思い出した、それ以上の感慨を抱けない。


(色々あり過ぎて、頭がおかしくなったのかもな……)


 だとしたら、笑えない。

 夜の暗さに慣れ、うっすらと見えてきた周囲を改めて見渡すと、自身の記憶と世界の変化が正しく重なり、変えようのない現実となって瞳に映る。


「本当に笑えねぇ……、そういえば、あの人が見当たらないな。近くに居たはずなんだけど、もう帰ったのか? でも、どこに? そもそも……」


 あの男は何者だったのだろうか?

 男の正体について考えしようとしたところで沖から近づいてくる灯りとそこから発せられる波の音に気が付く。村の火事が鎮火したことに気づき、沖に避難していた村人たちが戻って来たのだろう。


「確か…、西って言ってたよな。見つかると面倒だし、そろそろ出発だな。すげぇいい眺めらしいから、楽しみにしていてくれよ」


 恋人の手を引き、ニンショウ村の西に広がる樹海へと潜る。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 昨日の雨によってぬかるんだ地面に脚を取られ、転びそうになる。その度に自分に手を引かれている恋人まで一緒に巻き込んで泥塗れにしてはいけないと思い、踏ん張る。何度か繰り返している内に、日が昇り、昇り続け、ぬかるんだ地面が完全に乾いた正午頃、ようやく男の言っていた灰色の崖の麓に辿り着いた。

 ノックをするように断崖を叩くと返ってきた感触はかなりの硬度、これなら山が割れる程の大地震でも起きない限り、崖が崩れることはないだろう。


「思ったより遠かった……のか?」


 歩いた時間が長かったから結構な距離を歩いた気になったいたが、直ぐに昨夜の疲労のせいで歩みが遅々としていたことを思い出して語尾が疑問形となる。


「どっちでもいいな、それより……どうやって登るか、だ」


 崖は五〇メルを超え、見上げても頂上が見えない程に高く聳え立ち、手足の掛かる突起も見だ当たらない。登るのは困難だろう。まぁ、数日前の自分だったらって話だが。今なら、考えるまでもないことだ。


「せーのっ!」


 恋人を離さないように強く抱き締め、〝強化〟した脚力で地面を踏み砕いて一〇メルほど跳躍。更に、落下運動が始まる前に両の足裏から炎を噴射して高度を上げていく。途中、何度かバランスを崩して墜落しそうになるも立て直し、一分としない内に崖の頂上に達する。


「おっ、っとっと! げっ、ここにも居やがるのかよ」


 羽虫。直近の二・三日は風呂に浸かるどころか水浴びすら出来ていないから当然と言えば当然なのだが、払っても、払っても、羽虫が集って来て鬱陶しい。


「うっぜぇ!」


 植生豊かな樹海だから仕方ないと、移動中は我慢していたが、崖の上までついて来るとなると流石に我慢の限界だ。

 恋人に「ごめんな。ちょっと熱いかもだけど、我慢してくれ」と言ってから念のために熱耐性の〝強化〟を掛けて、自分を中心とした半径数メル範囲内の空気を急加熱。空気の温度が急激に上昇したことにより、集っている数十の羽虫共は体に蓄えた数ミリルにも満たない少量だが生命維持に必要な全ての水分が蒸発し、息絶える。

 恋人の腕を撫で、熱や乾燥による肌荒れがないことを確認して安堵に一息つき、周囲を見渡した。


「確かに、すげぇ……」


 風に緑を揺らす瑞々しい樹海、波の動きに合わせ日光を煌めかせる金剛石のような海面、それらを等しく抱擁する澄み渡った蒼穹。

 これまで見ることのなかった絶景を眺めて、思わず感嘆の声が漏れる。


「夜空の藍と海の藍、その境界から顔を出す太陽が世界を少しずつ彩っていく……、なんか、ポエムっぽくなっちゃったな。少し、恥ずかしい。でも、きっと夜明けはもっと綺麗なんだろうな。じゃあ、直ぐに戻って来るから、ちょっと待ってくれな」


 恋人を一人にさせたくないとは思うが、安全を考えると待ってもらっていた方がいい。

 野生動物に襲われないように、二メルもある大きな岩の影に隠れて待ってもらい、断崖の周囲を探索する。


 ◆◇◆◇◆◇◆


「ただいま、待たせてごめん」


 三〇分程が経ち、お目当ての物、五〇セチル程の岩を二つ見つけて恋人のもとへと戻る。岩の材質は断崖と同じらしく、強度面の心配もなさそうだ。恋人の姿に変わった様子はなく、隠れていたおかげか野生動物に襲われたような痕も見当たらない。


「短い時間とはいえ一人きりで待たせたんだ、責めてくれてもいいんだぜ?」


 待たせたことに文句の一つも言わない恋人に、感謝より寂しさが勝る。言ってはみたが、恋人からの返事はなく寂しさを際立たせるだけに終わる。

 それが、何よりも自分を責めているように感じられる。

 ただ、何時までも寂しさに浸ってはいられない。作業を始めないと。

 炎魔法で焼き溶かし、ゴツゴツして不規則な形をした二つの岩の表面を滑らかに、形を板状に加工する。この岩は硬度だけでなく熱耐性も高いらしい。望んだ形になるまで一時間も掛かってしまった。


「横長の方がいいな。よしっ、ここからだな」


 二枚の石板を合わせて溶接、厚さが二倍の一枚にする。一枚になった石板を景色が一番綺麗に見える場所に立てて、両面を比べ、より綺麗に加工できた面を表として、石板を海に背を向けるように地面に立たせ、溶接する。

 直立する石板を〝強化〟なしの状態で強く押してみたが、微動だにしない。これなら石板が倒れたり折れたりする心配はないだろう。


「夕焼けか……そういえば、告白して、告白されたのも、今日みたいな綺麗な夕暮れだったよな。たった何日か前の出来事なのに、ずっと昔の事みたいに感じるな」


 不思議と空腹も喉の渇きも感じないため、作業を続行する。

 爪先に炎を集中させて純粋な熱になるまで圧縮、石板の表面に文字を刻んでゆく。二枚の石板を重ねて作っているから、文字を刻むことで強度の下がる表面を裏面が補ってくれるはずだ。

 意識を研ぎ澄まし、何時間も掛け、ミル単位のズレすら生じさせず、一文字ずつ丁寧に刻む。

 全ての文字を刻みきったところで、刻んだ文字の周囲に溶け出した微細な突起を削ぎ落す。


(普段からもっと丁寧な字を書いていればよかったな……)


 及第点。

 誰が見ても真心が籠もっていると分かる文字だが、教書や聖書に書かれたものには劣る。

 もっと綺麗な文字を刻みたかったが、これ以上の綺麗な文字は刻めない。

 彼女が文字の美醜で誰かを、ましてや、自分を責めるような人間でないことは誰よりも理解している。それでも、自分から彼女に贈れる最初で最後のプレゼントなんだ。

 文字以外に飾ってやれるものもない。

 だから、もっと……、綺麗に飾ってあげたかった。そう思わずにはいられない。


「ん? もう、朝か」


 時間を忘れるほど集中していたらしい。

 数時間、下手したら十時間以上、座ったまま作業をしていたから体中が凝り固まっている。それをほぐすため立ち上がり、


「やっぱり、夜明けの方が綺麗だ」


 半日前に幻想した、この崖の上から見る夜明け。

 今、瞳に映る夜明けは、その幻想を遥かに上回る絶景。

 絶景による感動と、感動を誰とも、最愛の貴女と共有できない寂寥に、涙が溢れる。


「ハースさん……、この景色を一緒に見たかった…………」


 ◆◇◆◇◆◇◆


 数年後、五人の男性冒険家がとある樹海を抜け、鋼鉄のように固い岩盤が隆起してできた崖を見つける。

 その崖には、他にはない二つの特徴を持っていた。

 一つは、絶景と呼ぶに相応しい夜明けを眺められること。

 もう一つは、崖の最も美しい夜明けが見える位置に、明らかに人為的に作られたであろう一枚の石板が立っていること。

 その前には何かを埋めた跡があり、石板には次のように刻まれている。


『愛しの君へ 

 貴女の永い眠りが安らかであることを、心より祈っています』

 

 石板を読んだ冒険者達は、此処が誰かにとっての聖域であることを理解し、立ち去る。

 崖のことが口外されることはなく、冒険家達は皆、生涯に一度だけ最愛の女性を連れて、名も知らぬ誰かの墓参りに訪れるのだった。

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