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サンロード  作者: ガーデン・ウッド
プロローグ 『■の夜』
10/34

0009 『焼失』

 目覚めの瞬間、これほど穏やかなのは何時ぶりだろうか。

 ここ数年、妹達に叩き起こされることが当然になっていて、穏やかな目覚めとは縁がなかったため、懐かしさすら感じる。


「……ん」


 暗い。

 午後六時くらいだろうか?

 日が沈み、外気の熱が冷めていき、静寂に満ちた宵闇が忍び寄る。

 景色の見え方が僅かに違う。

 視線が少し高くなったように感じる。


「ん?」


 背中に重みを感じ、視線を向けると目覚めの直前まで持たなかった器官の存在に気付いた。

 ただ、気付いてしまえば違和感は霧散し、不思議と動かし方を思い出す。


「この仮面を着けて行くといい。認識阻害の魔法が掛けてあるから、誰も君の正体に気づけなくなる」

「ありがとう」


 ニンショウ村の寸前にまで迫った悪魔の大群に向かい、二対の黒翼を羽ばたかせ夜空を翔る。


「…………」


 力を与えた男とハース・メルクの左腕は屋上に残り、その様子を静かに見送った。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ニンショウ村、中央広場。

 有事の際には全ての村人はこの場に集まり方針を立てること。

 これは親から子、子から孫へと綿々と言い聞かされている村の規則の一つだ。

 広場の北に隣接する病院に入院している移動が困難な老人と怪我人を除く殆どの村人たちは規則に従い、片手にランタンを持って、広場に集まっていた。

 人数は八〇〇弱。


「みんな、冷静に聞いてほしい」


 広場の中央に置かれた見張り台の上から、この村の衛兵であるヒューマンの青年が集まった村人たちに呼び掛ける。


「現在、ニンショウ村は存亡の危機に瀕している」


 見張り台に立ち呼び掛ける青年は数年前に村の魔法学校を主席で卒業し、卒業後も修練を欠かさず、ニンショウ村始まって以来の天才児であるハースに次ぐ実力者である。魔法、戦闘技術ともに本職のⅭ級滅魔士にも引けを取らないほどの強者(つわもの)

 悪魔との戦闘経験も多く、自他ともに認める村防衛の要となる人物だ。


「いや、正直に言うと、この村が壊滅することは確定的だ」


 そんな青年が酷く淡々とした調子で絶望を告げる。

 平穏の崩壊を告げる。


「オイッ、いい加減なこと言ってんじゃねぇ‼」

「それをどうにかすんのがテメェ等の仕事だろうがッ‼」

「ガーディアンは何してんだッ」


 過去に何度も村を救った衛兵に向けられるはずのない怒号、罵詈雑言。

 只人であれば、理不尽に思い、守るべき村人達を見捨てたとしても不思議の無い状況。しかし、青年に取り乱した様子はなく、ただ淡々と自身の職務を全うする。


「魔法学校の生徒を含めたこの村の総戦力で対応できるのは、下位悪魔で五〇体、中位悪魔で一〇体。

 それに対して、この村に侵攻してきている悪魔は二〇〇体。

 しかも、その中には中位悪魔が二〇体以上確認されている。

 おそらく、周囲の村は壊滅。

 ガーディアンとも連絡が取れない。

 これ以上は言わなくても分かるだろ? 俺達には、この村を捨てて逃げる以外に活路はない」

「「「……」」」


 ただ淡々と現状を語り、現実を叩きつけ、協調の輪を乱す輩を黙らせ、迫りくる絶望への効率的な対処を進める。


「ハース・メルク、あの娘なら何とか出来るんじゃねぇか?」


 村で魚屋を営むドワーフの中年男性がポツリと零す。

 その声は恐怖で縮み、掠れ、通常であれば誰一人として聞き取れなかっただろう。

 しかし、男性が声を零した瞬間、青年から叩きつけられた現実に打ちのめされ、村中の人間が集まっているとは思えないほど中央広場は静まり返っていた。

 男性の声は静寂の満ちる広場に驚く程の速度で浸透していき、数十秒としない内に村人たちに(希望)を与える。


「彼女ならどうにか出来る」

「この村の最強がいれば安心だ」


 あまりに明るい灯。

 人々は絶望という暗闇の中、安心を求め、本能的に、強制的に、灯に身を寄せ合う。

 

「いえ、ダメなんです。あの娘は、もう……」

 

 誤った灯、虫寄せ灯(むしよせとう)に掛かろうしていた村人たちを、女の声が引き留める。

 村人たちが欲したのは、ハース・メルクに関する肯定的な情報。

 女の声は、誰もがハース・メルクに関する情報を欲していた瞬間に行われ、求められた情報を否定するものだった。

 それ故に、細い声でありながら、喧騒の中とは思えない程の速度で拡散・浸透してゆく。


「やはり……」

「やはりってなだよッ! ハース・メルクは、あの嬢ちゃんは、間違いなくこの村最強だ。悪魔の大群を前にして村の壊滅が確定的だなんて抜かすテメェよりよっぽど頼りになるぜッ!」


 村人たちが女の声に困惑する中、ただ一人訳知り顔だった青年に、悪魔の侵攻に気を立てていた村人の一人が叫び散らす。


「ああ、ハースは強い。俺なんかより遥かに」

「ならッ」

「ハースが戦えるなら、な」

「は?」


 青年は村人に話しているように聞こえる。

 否、青年の意識は声を荒げる村人の奥、人ごみに紛れる女に向けられる。


「ハースは強い、下手したら一人でこの村の総力以上かもしれない。だから、ハースは村の総力を上げて対処するべき危機に一人で立ち向かった。

 先生、詳しい説明してもらえますよね?」

「もちろん、時間がないので駆け足になるけど、把握している限りを話します」


 青年に促され、女が、マイン・ビレアンが見張り台に上がる。

 その声は普段の男勝りなものとは異なり、今にも折れそうなほどに弱々しい。


「私が帰宅していた頃、ハースさんと私の息子は魔法学校に残って日直の仕事をしていました。

 そして、ちょうど私が家に到着した頃に数十体の悪魔が現れた。ただ、数分としない内に炎魔法が打ち上げられ、数十体の悪魔は全て魔法学校に向かった」


 ここまで言えば、幼子であろうと『ハース・メルクの最期』に思い至るだろう。

 実際、見張り台の下で母を待つアイ、マイ、ミー、十歳になったばかりの三つ子の三姉妹は互いに、痛みを覚える程に強く抱き合い、震えている。

 村人たちも『ハース・メルクの最期』を想像し、静まり返る。


「聞いた通りだ。安否に関係なく、ハースには頼れない。俺の指示に従ってくれ」

「け、けどよ……」


 未だに青年に不満を吐く村人。

 その村人には家庭がある、日々を営むための家と仕事がある。一家の柱としてそれらを簡単には手放せないのだろう。

 青年も理解している。


「いい加減にしろ! 何よりも大切なのはテメェと家族の命だろうがッ‼」


 それでも、我慢ならない。

 耐えに耐え、耐え過ぎた感情が爆発する。


「俺の力不足くらい、俺が一番良く分かっている! 俺がもっと強ければこんなことにはならなかっただろうよッ‼」


 青年は淡々としているだけで現状に無感情なわけではない。

 激情している。

 悪魔に、理不尽に、絶望に、……何より、己の無力に激情している。

 しかし、指揮を務める自身が感情的になれば、総崩れになると理解し、激情を押し殺していただけに過ぎない。


「叫び散らして、すまない。けど、今は従ってくれ」

「い、いや、コッチこそ、すまねぇ」

「わかってくれれば、いいんだ。先生、ハースのこと説明してくれてありがとうございます。娘さん達のところに戻ってやってください」


 不満を口にしていた男性は納得し、落ち着きを取り戻した青年が逃走方法を説明してゆく。

 その方法は、可能な限りの村人たちを連れて船に避難するというもの。通常なら四方八方を水に囲まれ逃げ場のない海に逃げることは下策とされるが、現在村に侵攻している悪魔の七割が陸上型、残りの三割が空中型、水中型はいない。

 その上、漁村であるニンショウの人間は船の操縦に優れ、〝強化〟を使用することで船の強度の心配もなくなる。

 この状況であれば、陸上型を確実に遠ざけ、空中型のみに注力できる海上に逃走することは最善手とも言える。


「ここから見える限りだと、悪魔が村に到達するまで二〇分前後。各自、慌てず、落ち着いて避難してくれ」


 予測されるハースの現状を説明し終えたマインは梯子を下り、三姉妹の元に向かう。

 三姉妹も母親が戻ってくることに安心して抱き合う力を緩め、梯子から降り切った母親に駆け寄る。

 マインも、娘たちを迎え入れるため両腕を広げて屈む。


 母娘の体が触れ合う寸前、地面が弾け、マインと三姉妹は逆方向に吹き飛ばされた。


 マインはつい先ほど降りてきた梯子に背中を打ち付け、三姉妹は見張り台を囲む大人たちに受け止められる。

 弾けた地面から上がる土煙が晴れると同時に、広場の至るところで地面が弾け、村人たちが宙を舞う。

 そして、弾けた地面の中央に聳え立つ、三メルを超える巨大な影。

 茶色い体毛で覆われた巨体を泥や砂で薄汚れさせた土竜。その頭部では岩石質な角が生え、獣魔(じゅうま)であることを物語る。


「―――ッ‼‼」

「■ッ■、■■ァーァ‼」


 獣魔は村人たちを見下ろし、錆びたナイフのような歯が無数に並ぶ口から不快な叫び声を上げる。硝子を掻き毟るような不協和音に村人たちは、各々に自身の浅慮を悟った。

 地面の上を歩き、空を滑り、村へと侵攻する二〇〇の悪魔。それらとは別に、地下に潜み村人たちが一ヶ所に集まる瞬間を待ち伏せている悪魔がいたのだ。

 青年はその事実に思い至るが、遅すぎる。

 既にマインと三姉妹の間に現れた獣魔が三姉妹に向けて大地を掘り進めるために長大かつ鋭利に進化した爪を振るっている。


「やめてッ‼」


 マインは娘たちの死を拒もうと、自身の持てる最速の魔法を放つが、間に合わない。

 無詠唱で放たれた〝炎の矢〟が届くより、獣魔の爪が三姉妹の命を刈り取る方が速い。


(ユアズさん……、レンヤ……)


 娘たちを救えない絶望の中、行方不明の夫と学校に残してきてしまった義理の息子、生存が絶望的な二人の顔が脳裏に浮かぶ。

 数秒としない内に獣魔の凶手に掛かり、娘たち三人の顔も加わると思うと気力が挫け、集中が乱れ、炎の矢が解けてゆく。

 届かないと理解しながら、涙で滲む視界に映る娘たちへと懸命に手を伸ばす。

 そんなことしかできない。声を上げる時間すら、涙を流す時間すら残されていないのだから。

 幼い三姉妹も本能的に自身の死を悟り、自分たちの命が失われる現実を直視しないために固く目を瞑り、凍えるように震える。

 死の瞬間、時の流れを緩慢に感じるという。

 目を瞑った三姉妹も例外なく、命が奪われるまでの数秒が無限に引き延ばされ、暗い瞼の裏に十年という短い人生が走馬灯となって映され―――


「「「……?」」」


 そこで、ようやく違和感に気付く。

 永い。

 あまりに、永すぎる。

 死の瞬間に時の流れを緩慢に感じると言っても限度がある。

 恐る恐る目を開けた三姉妹は眼前の光景に驚愕し、言葉を失った。


「「「―――⁉」」」


 三姉妹を纏めて切り裂こうと迫っていた獣魔の爪が、三姉妹のほんの一〇セチルほど手前で振り切られ、届いていなかったのだ。

 ただ、これだけでは疑問ではあれ、驚愕ではない。

 獣魔は五メルを超える深紅の長槍で頭部から地面に串刺しにされ、絶命していた。

 三姉妹とマイン、その周囲の村人たちは獣魔の突然の死に驚愕したのだ。

 見張り台から広場全体を見渡すことが出来る青年は更なる驚愕に呑まれ、唖然としていた。

 広場に現れた悪魔は五体。

 その全てが三姉妹を襲おうとして殺された土竜の獣魔と同種で、中位悪魔。

 ニンショウ村の総戦力の半数で当たらなければ退けられない脅威であり、完璧な不意打ちのタイミングで現れたことで対応が遅れたことも重なり、少なく見募っても広場に集まった村人たちの半数は命を落とすであろう、絶望的な状況。

 それが、一瞬にして覆った。


「嘘、だろ……? 五体同時なんて……」


 広場に現れた五体の悪魔が同時に、三姉妹を襲おうとした悪魔と同じように一撃で殺されたのだ。

 このような芸当、村の総戦力と同等以上の強さを誇るハース・メルクであっても不可能だろう。


「あ、あれ!!」 


 必然、村人たちの視線は五体の悪魔を殺した下手人に向けられる。

 見張り台より更に高い、村全体が見渡せる上空。

 二対の黒翼を持った下手人が驚愕と困惑に包まれた広場を見下ろす。夜の闇に溶ける、黒曜石の双角を携えて。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ニンショウ村の全戦力の半分で当たるべき、五体の中級悪魔を一瞬にして同時に屠った存在は綿が落ちるような緩慢な速度で広場の中央、マインと三姉妹の間に降り立つ。

 村人たちはこの時に至って、ようやく、その存在が人の形をしていることに理解が及ぶ。

 長くも短くもない黒髪、同じ色をした二対の翼。

 悪魔であることを証明する黒曜石を思わせる鉱質な双角。

 血に濡れ、赤黒く染まった衣類から伸びる両の手足は人間のものと変わりない。

 見覚えを感じて注視するも、仮面に隠された相貌を思った瞬間に思考がぼやける。


「おい、あれって」

「ああ……」

「助けてくれたのか?」

「でも、なんで……?」


 土竜の獣魔によって脅かされた命を、唐突に現れた仮面の悪魔に救われた。悪魔が同族を殺し、自分たちを、人間を救った。

 直前の体験に驚き、困惑する村人たち。

 その中で一早く冷静さを取り戻した衛兵の青年が見張り台から降り、黒翼の悪魔に背後から話し掛ける。

 人間に対する敬意が悪魔に通じるかはわからないが、青年は可能な限りの言葉を尽くして悪魔の出方を窺い、対応しなければならない。


「助けて頂き、ありがとうございます。つきましては、貴方が何者かをお伺いしたい」


 正面の三姉妹から視線を外し、一度村の南方、マインと青年の方に振り返る。そうしたことで、マインは破けた袖から覗く悪魔の右肩に刻まれた文様に気が付く。


(紅い、羽と十字架? どこかで…………)


 中央の飾り気のない質素な十字架、囲うように並んだ七枚の翼。

 初めて見たはずの文様、だというのに、強い既視感を覚える。

 マインが文様について思い出すより早く、悪魔が動く。


「…………」


 悪魔は青年の問い掛けに答えず、北方の上空へと飛び去った。

 村人たちは、例外なく、その様子を声もなく見送る。

 そして、


「おいおい、嘘、……だろ?」


 数秒と待たない内に、悪魔の飛び去った方角から土竜の獣魔を一瞬にして屠ったものと同様の〝炎の槍〟が降り注ぐ。


「逃げろッー‼」


 青年が叫ぶと同時に、数十本の〝槍〟が村の南半分に突き刺さり、燃え広がる。

 槍から解けた炎は意思を持つかのように、建物を伝い、作物を伝い、草木を伝い、広場から港へと伸びる中央路の手前まで燃え広がり、村の南半分が一瞬にして火の海と化す。


「な、なんでッ‼」

「助けてくれるんじゃねェのかよ!」

「バカッ、ごたごた言ってもしょうがないんだ、ちゃっちゃっと逃げるよ!」

「くそッ」

「待ってくれ、病院に婆さんがいるんだ……!」


 幸運なことに、広場と病院には〝槍〟が落ちてこなかったため、死者・怪我人はいない。

 しかし、村人たちには、自分たちを救ってくれた悪魔に攻撃された、その事実しか見えない。

 自分たちに被害が及んでいない、という事実が幸運としてしか見えていないのだ。


「北にはさっきの悪魔がいる! 予定通り、船を使って沖に避難するぞ! 病院には守り人が迎い、老人、怪我人、病人を保護して合流‼ 大人たちは子供から手を離すな‼」


 青年の指示が怒号の如く響き、村人たちは慌てながらもその指示に従って子供を抱えて船着き場へと駆ける。


「先生も、さぁ!」

「待って、あの悪魔……」

「ええ、結局悪魔は悪魔でした……、俺達を助けたのは気紛れだった! 今は気紛れに俺達を殺そうとしている……、俺は病院に向かうんで、娘さん達と逃げてください‼」

「でも……」

「何を躊躇ってんですか⁉ 早く、逃げてくださいッ‼」


 今にも泣き出しそうな三姉妹を見て、マインは躊躇いを捨てて三姉妹を連れて逃げることを決意する。

 アイとマイを両脇に抱え、破いた上の服の裾と袖で作った簡易な背負い紐でミーを背中に固定し、背負い紐の強度と自身の筋力に〝強化〟を施し、全力で駆ける。

 その直前、


「どうして、貴方は泣いていたの?」


 自分しか気づくことのなかった、悪魔が着けた仮面から零れ落ちた涙。

 その理由を、悪魔の飛び去った方角に問い掛けるのだった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 野生動物が群れを成し、単独の動物を狩る。

 人間が複数人で協力し、人間より鋭い爪と牙を持つ動物を狩る。

 大抵の物事に於いて数の理とは覆し難いものであり、戦闘に於いては最重要とされる要素の一つである。

 二〇〇体の悪魔。

 全てが下級悪魔だったとしても、ハース・メルクと同等の戦力を持ったC級滅魔士が五人以上は必要とされる。

 ニンショウ村の総戦力の半数を必要とする五体の中級悪魔を一瞬にして屠った仮面の悪魔を(もっ)てしても、まともに戦えば敗北は必至の戦力差。

 しかも、二〇〇体の悪魔は南北に分かれて侵攻しているため、どちらか片方の対処に注力している内に、もう一方が村に到達する。村人の避難経路に再び地中型が現れる可能性もある。

 まさしく、数の暴力というに相応しい。


「〝降り注ぐ紅炎槍(クリムゾン・スコール)〟」


 故に、仮面の悪魔はどちらか片方にのみ対処すればよい状況を作り上げた。

 村の南半分が火の海と化していれば、火を避けるために、悪魔の大群は侵攻の経路を遠回りに変えざるを得ず、地中型も地上に出ることを躊躇う。

 結果として、南方からの侵攻が遅れ、地中型の動きも制限でき、北方からの侵攻に集中できる。

 村人たちの避難先である港に回り込める海沿いの道も、あらかじめ瓦礫で塞がれていた。


(もう、後戻りは出来ねぇな……)


 仮面の悪魔の選択は村人たちを守るという点において限りなく最善に近いと言える。

 しかし、村人たちから見れば自分たちの村を半壊させたようにしか受け取れない。

 村人たちにとって仮面の悪魔は『自分たちを救った悪魔』ではなく、『村を焼いた悪魔』として認識されてしまったのだ。

 例え、ニンショウ村に侵攻する二〇〇体の悪魔を全て討伐して村を救ったとしても、村人たちが仮面の悪魔に感謝することはなく、向けられるのは村を焼かれたことに対する憎悪の感情だろう。

 そのことを理解した上で、仮面の悪魔は村を焼き、レンヤ・アルーフが十年を過ごしたビレアン家の燃えゆく様と、故郷であるニンショウ村との望まぬ決別に、涙を流す。


「………もう、帰れねぇなぁ」

 

 レンヤ・アルーフの焼失に涙を流す。


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