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それから数年が経ち、優しい村人たちに見守られながら、マシュハットとモニカはすくすくと成長していた。
「キルシュさん、畑耕し終わりましたよ」
「キルシュおば様ハンカチの刺繍これでどうかしら?」
二人の口調は保護された時からほとんど変わっていなかった。
これは特に二人がこの村に馴染んでいないというわけではない。
「この喋り方も、今まで習ってきたことも、大好きなみんなにもらった大切なものだから忘れたくないの」
こう言ったモニカの心情がマシュハットには痛いほど理解出来た。
自分たちが何者であるかを証明する物は何もない。
今の自分を形成しているものだけが、モニカがモニカであり、マシュハットがマシュハットである証明なのだ。
そしてそれを本当の意味で理解できるのは自分にとってはモニカだけであり、モニカにとってはマシュハットだけなのだから。
キルシュも村のみんなも何となくだがその言葉の意味を理解したらしく、「それでいい」「無理に変える必要は無いよ」と言ってくれたのだった。
「マシュハットは今年で15の年だったよね?」
「はい」
「今度ジムロが街に行く時に一緒に行って魔力測定を受けといで」
「……はい」
人々は15歳を超えた頃から急に魔法を使えるようになる。
これは未だにどうしてなのか解明されていない謎である。
この国で義務付けられている魔力測定は、魔力の高い者を選別し、その者は制御を学ぶため必ず王立学園に行かなければならないという決まりがあることをキルシュから聞いていた。
マシュハットは正直魔力測定などやりたくなかった。
自分の魔力が高い可能性があるからだ。
マシュハットの家系は魔力が高い者が多く、父親も宮廷魔術師として国に仕えるほどだった。
それ故自分も魔力が高いのではとずっと危惧していたのだ。
本来なら魔力が高いことは悪いことではない。
良い職にありつける可能性も高く、本来なら誇れることだ。
ただマシュハットはモニカと離れるかもしれないことが気掛かりだった。
それともうひとつ――マシュハットはモニカにもまだ言っていないことがあった。
あれはマシュハットたちの国が西の国の襲撃を受けた日。
マシュハットは父に付いて
「父上!父上!」
泣き叫ぶマシュハットを敵兵はすぐに押さえつけた。
「ほう、なかなか良い見目をしてるじゃねえか。こいつは連れて帰ろう……いや、待て。おい、お前。これを親父と呼んだか?」
敵兵はすぐ傍で横たわるマシュハットの父を蹴飛ばした。
「っ父上!」
「やはりそうか。おい!あれを持ってこい!」
父を足蹴にした敵兵の元に何かが手渡された。
「これが何か分かるか?」
マシュハットは敵兵を睨みつけた。
敵兵が持っていたのは小指の先ほどの小さな金属のようだった。
「これはな、ある一定量の魔力を注ぐと風の刃が出てくる魔道具だ。これを今からお前の胸に埋め込んでやろう」
敵兵はにやにやと笑ってマシュハットの服の前を広げた。
「……なんで、何するんだ!止めろ!父上っ、父上!」
「なに。普通に生活魔法を使うくらいじゃどうともならん。発動する前には熱を持つから自分でも気づけるさ。お前の顔は金になりそうだが、この魔術師の子じゃ魔力が高い可能性もあるからな。商品に高い魔力は不要なんだ」
そう言うと敵兵はマシュハットを気絶させた。
そして気付いた時には胸には血の固まった傷があり、馬車の荷台に乗っていたのだ。
正直なところ、馬車の荷台でモニカを見つけた時に自分が受けた仕打ちのことは頭からすっかり抜けてしまっていた。
そしていつの間にか胸の傷は塞がり、魔力測定の話をキルシュから聞かされるまで自分でも忘れていたくらいだ。
マシュハットはこのことをモニカに話すかどうか迷った。
ただでさえ初めてマシュハットと離れ離れになることに不安を感じているモニカ――本人はバレていないと思っているようだが――に言うことかどうか。
けれど、もしも魔力測定の場でこの事を話さなくてはいけなくなった場合のことも考えて、モニカには伝えておくべきだと思った。
「――という訳なんだけど、もしもの時は僕たちのことを話してしまっても良いかな?」
話を聞いたモニカは黙って俯いてしまった。
「ごめん、モニカ。やっぱり嫌だよね?なるべく話さなくても良いように気をつけるよ」
「……ち……うわ」
「え?」
マシュハットが聞き返すと、モニカは顔をばっと上げてマシュハットをねめつけた。
「違うわ!別に嫌じゃないわ。だって私たち何も悪いことはしていないもの。そうじゃなくて、なぜそんな大事なことを今まで隠していたのよ!私そんなに頼りなかった?」
モニカは怒っていた。
今まで声を荒げて怒るモニカなど見たことがなかったマシュハットは本気で慌てた。
「違うよ!今まで本当に忘れていたんだ。キルシュさんに魔力測定の話をされるまですっかり忘れていたんだよ」
「でもキルシュおば様に言われて思い出したんでしょう?その時すぐに言ってくれても良かったと思うわ」
「それは……今まで何も無かったし、モニカに心配かけたくなくて……それに大人になってもろくに魔法も使えない男だと知られたくなかった。格好悪いじゃないか」
最後の方はしどろもどろになり項垂れたマシュハットの手を両手でしっかり握ってモニカは言った。
「心配くらいさせてちょうだい。私とマシュハットの仲じゃない。それに魔法なんて使えなくてもマシュハットは格好良いわ。5年前に私を助けてくれた時からあなた以上に素敵な人なんて知らないわ。マシュハットのどんなことを知ったってそれは絶対に変わらない」
「……モニカ」
マシュハットは自身の右手を握るモニカの両手の上から左手を重ねた。
二人の視線は重ね合った手に落とされていた。
「モニカ、僕……まだ君に秘密にしていたことがある」
「まあ。何かしら?」
「僕……君のことが好きなんだ」
マシュハットの告白にモニカは目を丸くしたが、すぐに「私もあなたのことが大好きよ」と言った。
「僕の好きは妹としてとかじゃないよ?一人の女の子としての好きだ。抱きしめたいって思う好きなんだ」
「私も同じよ。マシュハットが兄様だったら悲しくて泣いてしまうわ。抱きしめられたいって思う好きだもの」
「っモニカ」
マシュハットが頬を染めて顔を上げると、同じように、いやマシュハット以上に顔を真っ赤にしたモニカがいた。
「だ、抱きしめても良いか?」
マシュハットの言葉にモニカは頬を染めたままこくんと首を縦に振った。
マシュハットはそっと腕の中にモニカを抱き寄せた。
トクン、トクンとお互いの鼓動が同じリズムを刻んでいた。
「モニカ、魔力測定の結果がどうであれ、絶対僕はここに戻って来るよ。だから安心してほしい」
「マシュハット……約束よ」
「うん」
「もう隠し事はない?」
「もう無いよ」
「実は私もね、ずっとマシュハットに隠していたことがあるの」
「えっ?何?」
モニカはマシュハットの耳元に口を近づけて言った。
「この国に来る前からマシュハットのことが大好きだったの」
その言葉に驚いたマシュハットがモニカを見ると、彼女は頬をより赤くしながら美しく笑った。
モニカにとってマシュハットは幼馴染であり、好きな人であり、自分を救ってくれたヒーローです。
ここで出てきた魔道具は、私の名はマルカ【連載版】67話で触れた、マルカの父の胸に埋め込まれた魔道具のことです。
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