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マシュハットとモニカはここまでの経緯を淡々と話した。
自分たちは小国の貴族の子供であったこと。
西の国の兵が国を襲い、親は殺され自分たちは捕まって西の国に連れて行かれるところだったこと。
たまたま馬車から落ち、なんとか街まで戻ってもこの国にいては危険だということを悟っただけで、後はただひたすらこのリスハール王国を目指したこと。
親が殺されたこと、街が跡形も無くなっていたことを話す際は震える声と零れそうな涙を必死に堪えた。
「じゃああんたたちは隣の国から歩いて山を越えたってことかい?」
二人の話を聞いてキルシュは驚きを隠せなかった。
二人が倒れていたカタタナの森が広がるのはそれほど大きくはないが山である。
大人の足でも森を通って隣国に行くには2、3日はかかるだろう。
それをこんな子供たちが、親を亡くしたばかりの子供たちがたった二人で超えてきたと言うのだから驚かずにはいられなかった。
しかし、それでもこの二人の話を信じずにいられなかったのは、二人が身に着けていたボロボロだが上等な生地の服と、潰れた血豆や靴擦れの酷かった足を見たからだろう。
貴族であったというこの綺麗な肌をこんなに傷つけるまで、いったい何日森を歩いてきたのか。
それこそ一杯の水を与えただけのキルシュにあれだけの感謝を伝えた少女を思い出せば、相当辛い道のりであったに違いない。
「……大変だったんだねえ。西の国が挙兵したってのは聞いてたけど、そんな酷いことをするなんてね。でも安心おし。ここはもうリスハールだ。あんたたちを連れ去ろうなんて輩はいやしないよ。しばらくゆっくりすると良いよ」
「ありがとうございます。僕らを助けてくださったことにも感謝を。けれどこれ以上ご迷惑はお掛けできません。ある程度回復しましたらすぐに出て行きますので――」
「バカを言うんじゃないよ!」
マシュハットが言い終わる前にキルシュの声と共に弾かれた指が二人の額を弾いた。
それは思いのほか痛く、二人は「あう」とか「わあっ」と言ってそのままベッドに背中から倒れ込んだ。
二人は額を押さえながらのそのそと起き上がる。
「……痛いわ」と言うモニカは少し涙目だ。
「ほら見な。こんなちょっと突いただけで倒れるんだよ?最低でも傷が癒えるまでここにいな!それともリスハールのどっかに親族や当てはあるのかい?」
マシュハットとモニカは手を繋いで俯いた。
「……ありません」
「そんなことだろうと思ったよ。ここを出てってどうするつもりだい?」
「……分かりません。でもどうにかしなきゃ」
「あのね、いくらリスハールが平和だって言っても子供二人で生きてくなんざ不可能さ。孤児院もあるけど入れるかどうかだってわかりゃしないんだよ?」
「でも……」
「あー、もうゴチャゴチャうるさいね!子供は子供らしく大人を頼りゃ良いんだよ。あんたたち二人はしばらくここに住む。今はそれで良いだろ?」
二人は何と答えれば良いか分からなかった。
良くも悪くも貴族の二人にはこのような物言いをしてくる人もいなかったし、言われていることも正論だし、何より勢いがすごい。
「分かったら、返事!「はい」って言いな!」
「「は、はい!」」
「よし!」
キルシュはそう言うとニカッと笑って二人の頭をぐしゃぐしゃっと撫でた。
「さてっと。あんたたちも起きたことだし何か胃に優しい物でも作るかな」
キルシュは立ち上がり、マシュハットとモニカを見て「そういえば」と言った。
「今さらだけどあんたたち名前は何て言うんだい?」
「っ!助けていただいたのに名乗りもせず申し訳ありません。僕はマシュハット、この子は――」
「モニカと申します」
「マシュハットにモニカだね!ああ、お風呂も用意するから入ると良いよ。ちょっと待ってな。準備できたら声掛けに来るから」
そう言ってキルシュは慌ただしく部屋を出て行った。
キルシュが出て行った後、二人はしばらくぼうっとしていたが先に口を開いたのはモニカだった。
「……キルシュさんの手、温かかったわね」
「うん」
「父様の手みたいだったわ」
「うん……モニカ、そこは失礼だから母様の手で良いと思う」
「ふふっ……そうね。ねえマシュハット」
「何?」
「こんなことになったのに私、笑えたわ」
「うん」
「私、私たち生きているのね。……助かったのね……っ」
「うんっ……僕たちは生きている、助かったんだ」
二人はきつく手を握ってまた泣いた。
家族はみんないなくなってしまった。
自分たちの国がどうなったかもわからない。
けれど自分たちは生きている。生きているのだ。
今流している涙も、身体中の痛みも、キルシュという女性の優しさも、生きているからこそ感じられるのだ。
その後二人はそれぞれお風呂に入り、久々の食事と呼べる食事を摂り、二人揃って同じベッドで眠りについた。
貴族である二人は通常ならこのようなことはしない。
いくら幼なじみでまだ幼いとは言っても、他人である男女が同じベッドで寝るのは許されることではない。
けれど彼らはそれをした。
今日ばかりはそうしたかったのだ。
同じベッドに寝転がり、仰向けになって二人は手を繋いでいた。
「ありがとう、マシュハット」
「僕の方こそ。モニカがいなかったら僕は今ここにいなかった。あの馬車の荷台でモニカを見つけなかったら、きっと僕は絶望して、全てを諦めて西の国で売られていくだけだった」
あの馬車でモニカを見つけた時、守らなければと思った。
まだ自分にはやるべきことがあると思ったのだ。
「私も、もしあの時マシュハットが逃げようって言ってくれなかったら……きっと馬車から投げ出されたまま死を迎えたか、後から来た西の兵士に連れ去られるか殺されるかの未来しか無かったわ」
道に転がったまま立つ気力も湧かなかっただろうとモニカは思う。
「マシュハットが私を立たせてくれたの。何度でも言うわ。ありがとう、マシュハット」
「ありがとう、モニカ」
こうして二人はあの日から初めて安心して眠りに就くことが出来た。
翌朝、出してもらった朝食を食べていて気付いたことがある。
この家にはどうやらキルシュ以外の住人はいないようだった。
聞けばキルシュの夫は5年ほど前に亡くなっており、それ以降はずっと一人で暮らしているとのことだった。
不躾な質問をしたことを詫びたが、キルシュ自身はあっさりしたもので「だいぶ昔の話しさ。気にすることは無いよ。今じゃこの村の全員があたしの家族みたいなもんさ」と言ってからっと笑った。
「村の皆さんですか?」
「そうだよ。ああ、そうだ!村のみんなにあんたたちが目覚めたこと言わないとね!今二人が着ている服ももらいものなんだよ」
「そうなんですか。僕たちもお礼を言いたいのでぜひお会いしたいのですが」
「まだ休んでなくて大丈夫かい?」
「少し動くくらいなら問題ありません。ね、モニカ」
「ええ」
「そうかい。村のみんなも喜ぶよ!あ、モニカたちの事情はどうする?話さない方が良ければあたしの胸の内に留めておくよ?」
「いえ、大丈夫です。これからお世話になるのに嘘はつきたくありませんから」
「そうかい。じゃ後で村のみんなに声掛けとくよ」
キルシュは嬉しそうに答えたのだった。
実際に村人たちに会ったのはそのさらに翌日の事だった。
キルシュから大体の事情を聞いていた村人たちは、口々に労いと励ましの言葉を口にした。
「目が覚めて良かったよ。心配してたんだ」
「こんな小せえのに大変だったなあ」
「遠慮はいらん!ずっとこの村にいればいいさ!」
「困ったことがあったらいつでも力になるからね」
「泣きたい時は涙が枯れるまで泣けば良いんだよ」
「父ちゃんと母ちゃんもきっとお前らの事を誇りに思ってるはずだ」
「よく頑張ったね!」
言葉と共に、抱きしめられたり頭を撫でられたりしたが嫌な気は全くしなかった。
この村の人たちはみんなキルシュのように温かい人たちばかりだと思った。
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