8 【紫陽樺】どうやらオレっ娘でも悪くないみたい?
山葵野さんが『放課後まで待って』って言ったので、わたしもしばらく前世のことを忘れようとして、授業に集中しようとしていたが、やっぱりうまくできなかった。
きょうの授業は全然ダメになったね。もしあしたもこのままなら絶対いけないよね。きょうのところで話し合いをしないとね。
とりあえずしばらく待ってつい放課後になった。
「さあ、行こう。雛美坂さん」
「うん」
そろそろ二人きりで……、と思ったら……。
「二人どこに行く?」
「芽結ちゃん……」
教室から出ようとしたらそのとき新木さんはわたしたちに話しかけてきた。
「あたしはちょっと雛美坂さんと用事があるの」
「用事って?」
「えーと、きょう助けられたから、お礼をしたいな」
「そうか。じゃ、ウチも一緒でいいかな?」
山葵野さんが言い訳をつけようとしたが、なんか新木さんってしつこい。恐らくこの人の性格は山葵野さんより厄介かも? このままでは……。
「ね、新木さん……」
そのとき汐寧が彼女に話しかけてきた。
「稲畑さん?」
「私と一緒に行かない? 新木さんとはまだいろいろ話したいことがあるの」
「は? それはいいけど、なんならまた4人一緒で……」
「でもね、いま紫陽樺と山葵野さんが2人で話したいことがあるようだから、放っといたほうがいいと思うよ」
汐寧はわたしを助けに来た。やっぱり汐寧マジ天使!
「いや、放っておけないと思ったからこうやってんのよ」
「なんで?」
「なんでって……もう、何でもない。わかったよ」
もしかして新木さんはわたしと山葵野さんのことを邪魔しようとしている? 昼休みのときからずっとこんな感じ。なんでだろう?
とにかく天使……汐寧のおかげで助かったよ。これで山葵野さんと二人きりになれる。
「じゃ、雛美坂さん、あたしたち行こうか」
「うん」
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「で、どこに行けばいい?」
教室から出てちょっと会話を始めた。
「二人きりで話せる場所はいろいろ考えていたけど、やっぱり学校では難しいかな。だから一番いいのはあたしの家ね」
山葵野さんが笑いながらそう提案した。
「いきなり家に!?」
「あたしの家は学校に近いよ。すぐ着くから。友達を連れて一緒に遊んだこともあるの」
「でもわたしたちは知り合ったばかり初日だよ」
「ワタクシとキミの付き合いはそれだけではありませんわ」
「あ、そうだったね」
また前世のアフィユネの口調に切り替えた。
「両親は何も言わないの?」
「ワタクシのお父様とは違って、いまあたしのパパ……お父さんは、あたしの友達が家に来ると喜ぶよ」
そういえば前世ではオレがよく彼女の家(屋敷だけど)に入ったね。でも毎回はただこっそりでしかできなかった。オレみたいな一般庶民は貴族である彼女の両親に歓迎されることなんてあるわけがないから。
「でも、男の友達なら普通はお父さんに歓迎されないよね」
「男が、ね……。あはは、そんなこともあるかもね。でもそれなら大丈夫。いまのキミの外見ならね」
「そ、そうだね」
そう、なんかこんな話をするとつい自分が男だと認識してしまったが、いまわたしは女だった。だからセーフ?
でもね、彼女は把握できているのか? いまのわたしは女であるということは、どういう意味なのか……って。
「蒼莉姉……」
やっと山葵野さんと二人きりで話せる……と思ったが、校舎から出る前にとある少年と会った。
この人は確かにわたしを保健室までおんぶして運んだ人だったね。名前は確か……。
「楓幸くん、なんでここに?」
ちょうど山葵野さんは彼の名前を呼んだ。そういえばこの人は山葵野さんとの知り合いっぽい。
「朝のこともあったから、蒼莉姉たちのこと心配で」
「あたしは全然大丈夫よ」
「頭ももう変なところない?」
「うん、心配かけてごめんね。あのときはちょっと混乱しただけ」
「そうか。まあ、蒼莉姉がときどき頭おかしくなるのはいつものことだから心配する必要ないか」
やっぱりそうだったよね。
「楓幸くんまで……。あたしのことをバカにして……」
「いや、別に蒼莉姉がバカだとか言ってないよ。ただ考えているだけ……、あ」
「結局言い出したんじゃないか! もう……」
「あの……」
なんか2人が仲よく話し合っている途中みたいで悪いけど、とりあえずわたしはちょっと声をかけてみた。
「キミはあのときの後輩? ありがとう。わたしを保健室まで運んでくれて……」
「無事でよかったです。えーと……」
「わたしは雛美坂紫陽樺」
「雛美坂先輩ですね。でも『わたし』って? 朝会ったときは『オレ』って言ったような……」
「あ、あれは忘れて! なんか混乱していたから……」
あのときは、記憶が蘇ってきたばかりだからまだ混乱して自分のことを『オレ』って呼んでしまった。彼はまだ覚えているとはな。
「そうですか? 本物の『オレっ娘』だと思ってました」
「そ、それは……」
このままではわたしは『オレっ娘』キャラになってしまいそう。
「ほー、いいかもね。雛美坂さん、その喋り方」
「は? 山葵野さんまで」
まさかこのまま『オレ』を使っていいのか?
「あんな喋り方、ワタクシも好きですわ」
「蒼莉姉? 何この喋り方? お嬢様っぽい」
わざと堂々と前世の喋り方に切り替えた雛美坂さんに対して、楓幸くんは不思議そうな表情で反応した。
「そうですの。ワタクシはお嬢様ですわ」
「やっぱり、頭がまだ……」
「いや、冗談よ。まったく。ちょっと違う喋り方をしてみただけ。でも雛美坂さんの『オレっ娘』は好きだと言ったのは本当よ。もっと言って」
「でも……」
確かに前世のことを話すのならその口調で喋りたいと思うけど、変だと思われてしまうじゃないか。
「ワタクシと楓幸くんの前だけでいいから」
「蒼莉姉の『ワタクシ』は全然似合わないからよめよう」
「ひどい! こう見えてワタクシ前世はお嬢様ですわよ」
あれ!? いきなりあっさりとバラすの? 彼に前世のことは言っていいの?
「は? 前世って……蒼莉姉、そんなこと……」
あ、なるほど、ふざけたように言って、冗談だと思わせる。楓幸くんも全然前世のことなんて信じていないみたいなのだから、たぶんこれ大丈夫だよね。
「なら、ボクだって前世は女の子だったよ」
あれ? あっさりと信じた? しかも変なこと言った? 楓幸くんは女の子って? へぇ!?
「またそんな冗談を……」
「蒼莉姉こそ、お嬢様だなんて想像できない。どう考えても冗談」
「まあ、そういうことにしておく」
やっぱりこれって冗談で言っただけ? てっきり本気だと思っていた。
まさか楓幸くんは女の子だったなんて、考えるだけで頭おかしいよね。いや、それならオレもそうだったね。あまりひとごと言えない……。
「でも雛美坂先輩の『オレっ娘』ぶりはなんというか……、意外とかっこよくて似合ってると思いますよ。なんか自然に見えます。ボクはこれ好きかも」
「は? 本当?」
本当にそう見えるのかな? いま体は女の子なのに? でも言われてみればなぜかいま『オレ』のほうが自然に感じる。
「おい、なんであたしだけ似合わないと言うの?」
「蒼莉姉は蒼莉姉のまま以外の違うキャラだなんて想像できないというか……」
まあ、確かにいまの山葵野さんを見たら全然お嬢様って感じはしないよね。でも実際に前世はれっきとしたお嬢様だったよ。
「そんなことありませんわ。ワタクシは……」
「またそんな……」
こんなにじゃれ合って、なんかこの2人は本当に仲がいいみたいだね。
「うふふ」
「雛美坂さんまで笑うの!?」
そう考えたらこっちまでつい笑い出してしまった。
「いや、わかった。じゃ、楓幸くんの前でも『オレ』と言うね」
だって、楓幸くんは『好き』だと言ってくれたから。それだけでなんかホッとしたって感じ。
「いいね。『ロリ美少女オレっ娘』って」
何よ、この名称? ロリって……けさもそう言われた。山葵野さんだから褒め言葉のつもりだと思うけど……。気になっているのに。
「雛美坂先輩、蒼莉姉はいつも気ままでデリカシーないからごめんなさいね。気にしないでください」
オレが落ち込んだとわかったようで、楓幸くんは気を遣って山葵野さんに聞こえられないように小さい声で代わりに謝ってくれた。
「うん、わかってる。キミも大変そうだね」
「まあ」
そう言いながら楓幸くんは苦笑した。
「ね、2人とも何ぶすぶすしていますの? 何かワタクシの悪口?」
バレているか。鋭いよね。
「いや。てか、蒼莉姉のその喋り方はね……」
「また突っ込んでくるか。何よ、その扱いの差!?」
「ごめん、そんな喋り方をした蒼莉姉はどうしても違和感多すぎて」
「理不尽よ! そんなはずがないのに……」
そうだね。オレから見れば自然に見えるよ。たぶんオレが前世の彼女と知り合っているからかもね。客観的に見れば山葵野さんみたいなムードメーカーっぽいキャラはお嬢様だなんて想像できないかも。
「うふふ。とにかくずっと立ち話するのもなんだかね。オレたちそろそろ行こうか」
「うん」
「はい」
結局山葵野さんはいまの喋り方のままで、オレだけは前世の口調に切り替えている。
そしてオレたちは学校から出て、山葵野さんの家に向かう。
あ、でも楓幸くんも一緒にいるから結局まだ前世のことを話すことはできないよね……。
まあいいか。いま楓幸くんがいるとなんか不思議と落ち着く気がする。意外といろいろ話し合える相手なのかもしれない。