6 【紫陽樺】自分の体なのに、変なこと考えたらどうするのよ
さっきまでオレは保健室のベッドの上で眠ってしまったようだ。
気がついたらちょうど昼休みになる時間。
「紫陽樺、もう大丈夫?」
「汐寧……」
汐寧はオレのことを心配して保健室に入ってお見舞いに来たみたい。
「さっきからずっとここで寝ていたの?」
「うん」
なんか記憶混乱のままでベッドで寝そべていながらいろいろ考え込んだらいつの間にか寝落ちしてしまった。
「ケガは?」
「平気。オレはもう大丈夫……」
「ふん? 『オレ』って?」
「あっ……」
つい間違った。怪しまれるかな? いまは『オレ』ではなく『わたし』だね。
「わ、わたしはもう大丈夫だ。足はちょっと痛いけど、たぶんいまはもう心配ない」
今後もボロが出ないように、頭の中でも『わたし』で行こう。
「頭も大丈夫?」
「それは……」
やっぱりいまのわたしは不自然過ぎて違和感を感じられてしまうよね。
「なんかわたしまだ混乱しているかも」
「そうか。なんか山葵野さんも変になったみたい」
「山葵野さんも?」
やっぱり彼女もわたしと同じ混乱状態のままで授業に教室に戻ったか。
「あ、でも彼女は普段から頭おかしかったから心配ないそうだ」
「そうか」
「一緒に昼ご飯を食べに行こう」
「あ、そうか。もう昼休みだよね、いまは」
わたしはずっと眠っていて、目覚めたらちょっとお腹空いたね。とりあえずご飯。
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「あ、稲畑さん」
「新木さん、それと……山葵野さんね」
わたしと汐寧が保健室から出たら、山葵野さんがそこにいる。一緒にいるのは……新木さんというのか(さっき汐寧が呼んだから)。確かに彼女は汐寧の前の席の人。髪は山葵野さんと同じように栗色に染められている。この2人はなんか仲がいいみたい。
それより、いまは山葵野さんとあの話をしたい。二人きりの時間を作らないとね。……二人きりって、彼女とはどうするつもり? いや、ただ話し合いたいだけだからね。変なことは考えていないからね。
「ひ、雛美坂さん。ほ、本当にごめんね。さっきあたしのせいで」
あれ? 山葵野さんはいままでの喋り方で? まさかさっきのことは忘れたのかな? さらに気になるよね。とりあえず他の人もいるので、いま普通のわたしとして答えよう。
「いいえ、山葵野さん。わたしはもう大丈夫」
「そうだ。新木さん、山葵野さん。4人で一緒にご飯食べに行こう」
いきなり汐寧は山葵野さんと新木さんを誘った。
「は? いいけど、なんでいきなり?」
新木さんはちょっと意外そうな顔をしたけど、否定しないみたい。
「だって、私と新木さんは隣同士で、紫陽樺も山葵野さんの隣の席でしょう? これからも仲よくなればいいな、って」
なるほど、たぶんそうだけど、いま山葵野さんと前世の話ができないまま一緒にご飯を食べるのはなんか気まずいかな。
「ちょっと、汐寧……」
わたしは小さな声で汐寧に文句を言った。
「わたしは山葵野さんのこと苦手だと言ったよね……」
本当の理由ではないけど、一応これも嘘ではない。そもそもわたしは本当に山葵野さんのことに関わりたくなかった。
「苦手なのに、彼女を助けて自分までケガをした」
「うっ……」
別に深い意味があるわけではないし。人が目の前で困るところをみたら助けるのは当然だよね。
「大丈夫、山葵野さんはただ口が多くて空気読めないだけで、悪い人ではないよ」
「それはわかっているけど……」
やっぱり汐寧ってマジ天使。もう断る言い訳を思いつかない。
「雛美坂さん、まさかウチらと一緒じゃいや?」
わたしがいやそうな態度を取っているから、新木さんに気づかれたみたい。
「いいえ、山葵野さんが構わないなら……」
「あたし? えーと……」
なんでちょっと取り乱している? やっぱりいまの山葵野さんの態度は朝のとは違う。
「も、もちろん。うん、いいよね。女の子4人一緒で」
「……うっ!」
山葵野さんは承諾したようだが、なんで『女の子』ってところがわざと強調されているような……。やっぱり山葵野さんは……。
「う、うん……」
わたしはつい目をそらしていながら答えた。いや、そもそも後ろめたいとか感じる必要がある? いまわたしも女の子だからね。
「じゃ、決まったね。学食行こう」
汐寧が嬉しそうに言って、すぐ足を動かした。
まだどうすればいいかわからないけど、とにかく食べながら考えよう。
믕음몽움뭉옴묭윰뮹욤믕음몽움뭉옴묭윰뮹욤믕음몽움뭉옴묭윰뮹욤
「「「いただきます」」」
食卓に座ってわたしたち4人一緒に昼ご飯を食べている。山葵野さんだけは自分で弁当を持っているが、3人は食堂で買ってきた。
「山葵野さんのお弁当が美味しそう。自分で作ったの?」
「うん、あたし料理得意よ」
汐寧の質問に、山葵野さんが自慢げに答えた。料理が得意って? 前世の彼女なら料理全然ダメだったから、あまり想像できないね。
でもそうか。いまの彼女はもうあの貴族令嬢ではなく、普通の日本の家族に生まれてきた女の子だから、料理作れるのはおかしくないよね。
とはいえ、いまわたしのほうがお嬢様っぽく、料理も家事も全然したことないけどね。
「ウチも蒼莉の作ったご飯を食べたことがあるから、確かに美味しいよ」
「私も今度山葵野さんの料理食べてみたいね」
「いいよ」
汐寧のリードで会話は普通に順調進んでいく。さすが汐寧、わたしと違ってコミュ力高い。
ましてや、いまわたしはどうでもなんか緊張して一番口数少ない。
だって、みんな可愛い女の子だよね。いや、いまわたしも女の子だけど、なんでつい意識してしまう。このままでは……。
「ごめん、わたしはちょっとトイレに行く」
緊張のせいでもあるし、それにさっきずっと寝ていて全然トイレ行っていなかったからもう限界。
믕음몽움뭉옴묭윰뮹욤믕음몽움뭉옴묭윰뮹욤믕음몽움뭉옴묭윰뮹욤
トイレに入ってきた。もちろん、女子トイレだ。間違うことなんてあるわけがない……けど、入る前に一瞬迷ってしまった。
だって女子トイレだよ。自分なんか入っていいの? いや、いま自分も女の子だからいいに決まってるよね! なのになんか罪悪感が……。
前世の記憶が蘇ったことで人格は変わってしまった。いつもの女っぽい喋り方も自然に出てこなくなった。
不意にトイレの中の鏡に映っている自分の姿を見て、ついため息をついた。
やっぱり、わたし……オレは女の子に転生してしまったね。しかも美少女……。いや、自分のことだから自分で『美少女』とか言うのは変だよね。でもこれは男のオレとして女の子のわたしを評価しているのだから。
この体って小さいよね。胸だって……一応あるよね。少しだけだけど。どうせ山葵野さんには敵わない。
いや、敵ってどうするのよ! 別に羨ましくなんかないよ。オレとしてはむしろこのままのほうが楽だ。
でもわたしとしては……。
「うふふ」
「わっ!」
いつの間にか山葵野さんがトイレに入ってきた。わたしのいまの行動を見ていたようだ。
「キミはそれをどんなつもり……?」
笑いながら山葵野さんは訊いた。
「いや、その……」
いまの『キミ』ってわたしのことではなく、オレのことだよね。別にどっちも同じ人であるはずだけど。
さっき胸のことを考えていたせいで、いま無意識に両手は開いた状態で胸に近いところに浮いている。言っておくけど、触ってはいないよ。触っていたらきっと変態扱いされる。
「な、何でもない……」
恥ずかしくてどうしたらいいかわからないので、とりあえず個室に逃げ込んだ。
とにかく用事を済ませよう……。と思って、脱ごうとしたら……なんか手がつい止まってしまった。
いままでわたしは普通に女子トイレを使っていたのに、なぜかいまはすごく緊張感が………。
別に作法を忘れたというわけではないし。16年間わたしはずっとこの体だから。なのについ頭が勝手に行ってしまう。
オレは女の子のあれを見たことない。触ったこともない。恋人がいたけど、全然手出しはしたことないよ。
だからオレはわたしの体で変なこと考えてしまう。しかもわたしの記憶ではもちろん何度も見たり洗ったりしたことが……。その記憶が勝手にどんどん頭に流れ込んできて困る。
なんでこんなことに……? オレは変態じゃない! とにかく変なことを想像するのはやめよう。
わたしは女の子。わたしは女性。わたしは女子高生。
そのつもりなのに、結局余計なことを考えたせいでトイレでいつも以上に時間がかかってしまった。
いろいろあったけど、とりあえずこのことはもうお終い!
しかし個室から出てきたら、そこでわたしを待っているのは……。
自分の体の変化で戸惑っているシーン。TS作品でよくある展開ですね。