5 【蒼莉】 ワタクシ頭がおかしいので保健室に行きたいですわ
あたしたちが階段から落ちて前世の記憶を取り戻した後、楓幸くんはヨスカくん……じゃなく、雛美坂さんを連れて保健室に行った。
そしてあたしはあまりケガをしていないので、すぐ教室に戻ってきた。だけどまだ記憶の混乱のせいで全然授業に集中できていない。
いまのあたしは早く雛美坂さんと会って話し合いたい。彼女は本当にヨスカくんだと確認しておきたい。
いま雛美坂さんは保健室に寝ているはずだよね。ケガは大丈夫かな? いますぐ保健室に行って様子を見に行きたい。でもどうしたら……。
「おい、山葵野……」
「はい……!」
ぼーっとしているあたしは、いま数学の授業をしている中年男の先生に呼ばれた。
「この問題を解いてみなさい」
「……えーと」
これはまずい。全然聞いてなかったから、どうやるかよくわからない。まだ初日なのにすぐ本格的な講義を始めちゃったなんて、この先生って真面目すぎ。
「やっぱり授業聞いていないようだね」
「ごめんなさい……」
まあ、あたしはそもそも勉強苦手だったから、たとえ聞いていてもちゃんと答えるという自信はないけど。
「あの……、さっき階段から落ちてまだ体調不良のようです。いま保健室に行ってもよろしいですか?」
「どこが調子悪い?」
「えーと、頭ですが……」
「また新しい言い訳? 君の『頭がおかしい』はいつものことだろう」
先生の答えを聞いて、あたしはクラスのみんなに笑われた。
「先生……みんなも」
「日頃の行いだ」
この数学先生は1年生のクラスでも教えていて、去年あたしのクラスで教えたこともあるので、すでに知り合っている。あのときから『バカ』だと認識されているようだ。
こういう前科があって教師にちゃんと覚えられるなんて、これってある意味であたしも『有名人』かな? 喜んでもいい?
「ひどいですわ……」
あたしがそう言ったらまたみんなからの笑い声が響いてきた。
「『ですわ』って? 君はね……」
あ、感動しすぎてつい前世の喋り方に戻ってしまった。ここではおかしいよね。だからこんなに笑われた。
でもこの状況は、毒を食らわば皿まで。そのほうがごまかしやすいかも。ならば……。
「やっぱりワタクシ混乱していますわ。保健室に行ってもよろしいですの?」
「また……あんなにサボりたい?」
「違いますの。許可してくださいまし」
「却下だ! それと、そんなふざけた喋り方したいなら演劇部とかに入部しろ」
そんな……。お芝居なんかではありませんわ! やっぱりこの先生ひどいですわ!
とにかくいつものようにみんなから『バカ』だと認識されたおかげで、あたしの人格の変化は誰にも気づかれないみたいで助かったかもね。
でもこうなると複雑な感じですわ……。
結局保健室にも行けなくて、ずっと昼休みまでつまらない授業は続いてきた。
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昼休みになっても雛美坂さんはまだ帰ってきていない。なんか心配だな。よし、いまあたしも保健室に行こう。もう誰も止められないよ。
「蒼莉、本当に大丈夫?」
教室から出ようとしたら、芽結ちゃんが声をかけてきた。
「あ、芽結ちゃん、大丈夫じゃないですわ。だからワタクシは保健室に行きますの」
「その喋り方やめて。ウチまで頭おかしくなっちゃう」
芽結ちゃんまでそんなこと言われるとは……。
「はいはい。でもあたしは雛美坂さんのことが心配だから。様子を見に行きたいよ」
「そうか。彼女が蒼莉を庇って代わりにケガをしたよね」
「うん、あたしのせいだよ。だから……」
「わかった。じゃ……ウチも一緒に行く」
「え……」
それはちょっと……。雛美坂さんと二人きりにならなければ、その話はできっこないよね。
「ウチが一緒ならいやなの?」
「そ、そんなことない。うん、わかった。行こう」
困ったな。断る言い訳は思い付かないよ。これは仕方ないしね。まだ雛美坂さんと二人きりで話す機会ができなさそうだけど、まずは雛美坂さんがもう大丈夫だと確認しておこう。
믕음몽움뭉옴묭윰뮹욤믕음몽움뭉옴묭윰뮹욤믕음몽움뭉옴묭윰뮹욤
「蒼莉、なんか様子が変。何があったの?」
保健室に行く途中であたしと芽結ちゃんとの会話。
「やっぱり、芽結ちゃんにはわかったね」
「いつもの蒼莉ならもっと元気なはずだから」
去年からあたしはいつも芽結ちゃんと一緒にいたから、いまのあたしはあまり元気ないということくらいは見通しね。
「まあ、でもどう説明したらいいかよくわからなくて……」
いきなり前世などのこと喋っても信じてくれないよね。それにあたしもまだ事情をよく把握できているわけじゃない。まずは雛美坂さんと話して確認してみないと……。
「あ、稲畑さん」
保健室に来たら、あたしたちよりさきに雛美坂さんに会いに来ている人がいる。彼女は稲畑汐寧。去年から雛美坂さんと一緒のクラスで仲良しだそう。
いまのは芽結ちゃんはさきに稲畑さんに話しかけた。
「新木さん、それと……山葵野さんね」
稲畑さんはあたしと芽結ちゃんの名字を呼んだ。
「雛美坂さんはもう大丈夫?」
芽結ちゃんは、黙ったまま稲畑さんのそばに立っている雛美坂さんの様相を聞いた。
「あ、うん……」
ちょっと自信ないような声で雛美坂さんは答えた。
「ケガはもう大丈夫みたいだけど、頭はまだちょっとね」
その代わりに稲畑さんが答えた。
「頭おかしいって? 蒼莉と同じね」
芽結ちゃん……、また『頭おかしい』って。もう……。いや、それよりやっぱり雛美坂さんもあたしと同じく混乱しているみたいね。
「山葵野さんも?」
「さっき変なキャラになってたよ」
「紫陽樺もそうだったよ」
「それより蒼莉……、こんなふうに黙って大人しいのは珍しいね。雛美坂さんと話したくてここまで来たんじゃないの?」
「え?」
あ、そうね。あたしは雛美坂さんと話し合うために来たのに、あたしも彼女もずっと黙っていた。ほとんどは芽結ちゃんと稲畑さん2人の会話になっている。
だって、どう声をかけたらいいかよくわからなくて迷っているんだから。『ヨスカくん』と呼ぶか、それとも『雛美坂さん』?
いま他の人もいるからたぶん前世の名前で呼んだらまずそうだよね。だから……。
「ひ、雛美坂さん。ほ、本当にごめんね。さっきあたしのせいで」
ちょっとぎくしゃくだけど普通のクラスメートとして話すことにした。
「いいえ、山葵野さん。わたしはもう大丈夫」
雛美坂さんはちょっと迷いながらも、結局いまの身分として接してきた。
だけど雛美坂さんの様子を見たらあたしは何となく感づいた。たぶんあたしと同じように混乱していながら少し現状を把握できているみたい。でもいま人の前では喋るわけにはいかないよね。
まったく、早く二人きりになりたいよ。でもいま芽結ちゃんが付いている。しかも簡単にあたしから離れるつもりはないみたい。稲畑さんもいるし。
「そうだ。新木さん、山葵野さん。4人で一緒にご飯食べに行こう」
いきなりの稲畑からの誘いで、あたしも雛美坂さんも、戸惑ってしばらくためらっていた。でもこうなったらもう仕方ないと思って、結局あたしも雛美坂さんも承諾した。
こうやってあたしたち4人は一緒に学食に行くことになった。