4 【紫陽樺】どうやらオレは女の子に転生してしまったようだ
ずっと彼女のそばにいて、一緒に幸せになりたい……。そう思っていたのに……。それなのに……。
『駆け落ちすると、崖落ち……』だなんて冗談じゃない!
どうしてこんなことに……。
オレの名前はヨスカ、ただ平凡な一般庶民の家族に生まれた少年だけど、身の程知らず公爵家の令嬢と恋に落ちて付き合ってしまった。
彼女の名前はアフィユネ、オレより一つ年上で、子供の頃から偶然出会った。
彼女は大きな屋敷に住んでいた『カゴノナカノトリ』で、なんかいつも屋敷の中で寂しく過ごすことが多くてあまり幸せになれなかった。そんな彼女を見て、オレは連れ出して外の世界を見せてやりたいと思っていた。
だから彼女と出会ってからオレは、いつもこっそりと屋敷に入り込んで彼女と会って一緒に遊んだり、彼女を連れて町を散歩したりしていた。
ときどきギリギリバレて大変な目に遭ったこともあるけど、2人はなんとかして結局何度も乗り越えられてきた。
思春期に入ってオレは彼女に恋の告白をして、彼女も大喜びしてちゃんと受け入れた。結婚の約束までした。
だけど、彼女が18歳に、オレが17歳になったとき、ある日彼女の両親が勝手に彼女の婚約者を決めて、ムリヤリ結婚させようとした。
もちろん、彼女はそんなことを望んでいない。オレも彼女の不幸になる姿を見たくない。だからオレは彼女を連れて遠くの町まで行ってあそこで一緒に自由気ままに暮らしていく、と決心した。
計画が最初は順調で、オレたちの馬車は無事に町から出られたけど、途中で事故に遭ってオレと彼女は一緒に崖から落ちた。
ようやく一緒に幸せになれると思っていたのに、いきなりこんな終わりだなんて、絶対いや。
でもどうしようもなく、オレは絶望と後悔を味わいながら下へ落ちていく。
そのさきに何があるのか? 地獄か? それとも天国? そのときのオレたちにはわかりようがない……。
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「キミ……」
「……っふん? えっ……」
「大丈夫ですの?」
気がついたらオレは地面に倒れている。オレを起こしたのは女の子の声。
「アフィユネ!」
「……っ!」
まだ意識は朦朧だけど、こんな喋り方、この綺麗な栗色の髪、間違いなくこの女の子はアフィユネ。そう思ったらオレはすぐ彼女に抱きついた。
「あの……」
「無事か? ごめんね。オレのせいで崖から落ちて……」
崖から落ちたことはすごく後悔した。どうしてまだ生きているのかわからないがとにかく謝らないと。
「えーと……キミは誰ですの?」
「オレだよ。ヨスカだよ」
「嘘……」
だけどなぜか彼女はオレのことを知っていないみたいで、抱きついている感覚も微妙に違うような気がする。しかも体はオレより大きいように見える。服もいつも着ているのとは違う。
違和感を感じて、少し抱いていた腕を離してよく彼女の顔を見たら……別人だった。髪の色は同じだけど、長さと髪型は違うし、顔も確かに可愛いけど、なんか違う。
「アフィユネじゃない? あなたは誰?」
「キミこそ、ヨスカくんですの?」
「質問に質問で返すなんて……」
さきに質問をしたのはオレのほうなのに……。
「あれ?」
さっきから何か違和感が……。オレの声はこんなに高い? 焦って自分の体を調べてみたら……。
「何これ!?」
やっぱりこの体はオレとは違う。髪もいつもの短い銀色ではなく、背中まで長い黒髪になっている。顔や手はすごく柔らかい。完全に別人だ。
まるで女の子みたい? いや、ただ『みたい』じゃなく鏡で確認しなくてもこれは女の子だという事実は明らかだ。どういうこと?
そしてここは何かの建物の中の階段の下みたい。
「蒼莉姉! 大丈夫?」
オレがまだ混乱して戸惑っているうちに、そのとき突然ある黒髪少年が階段を降りて、心配そうな顔でオレたちの様子を見に来た。
「キミは……ヨスカくん」
と、彼女はその少年に対してオレの名前を言ったが、少年がすぐ断った。
「は? 誰だそれ? 蒼莉姉、ボクのこと忘れたの?」
やっぱり、確かにちょっとオレと似ていなくはないけど、オレはこんな黒髪じゃないし、一人称も『ボク』と言わない。
てか、ヨスカはオレだからね! あの少年はオレであるわけないだろう。……と、主張したいけど、いまの自分の姿を見たらなんか自信ない。
「楓幸くん……」
彼女はもう一つの名前で彼を呼んだ。今回彼はホッとした顔をした。
「ワタクシは大丈夫ですわ。でもこのお方のほうは……。彼女を見て頂戴」
アフィユネ……だと思った人は自分よりオレの様相のことを心配しているようだ。彼女はあまり大したケガがなかったようだけど、オレのほうが……血も出ているし! 痛くてうまく立ち上がれなかった。
彼女はいったい誰なのか、と頭の中で探ってみればやっぱりなんか記憶にある。ただこれはオレの記憶の中じゃないみたいだけど。
「山葵野さん……?」
そう、彼女はきょう知り合ったばかりの新しいクラスメート、山葵野蒼莉。うるさくて厄介な人。さっき2人で一緒に階段から落ちて……それで……。
階段から落ちた? オレが? ううん、違う。オレではなく、わたしだった。
「雛美坂さん……」
山葵野さんはわたしの名字を呼んだ。そう……、思い出した。わたしは雛美坂紫陽樺。
あれ? なんかおかしい。結局オレは……わたしは……自分はいったい誰なのか? 考えれば考えるほど矛盾を感じていく。
「大丈夫ですか?」
少年……確かにさっき『楓幸くん』と呼ばれたね。彼は倒れているオレのほうに手を差し伸ばしてきた。
彼は誰? オレと似ているような気がするけど、違う。全然知らない人だ。わたしも知らない。まったく記憶にない。
「オレは大丈夫……っあ!」
「大丈夫そうには見えませんが」
「ごめん、なんか足が……」
「血も出てますし、とりあえず保健室へ」
そう言って彼はオレの体をおんぶしてきた。
「ちょっ、ちょっと!」
こんな簡単に持ち上げられるとは……。いや、いまはオレの体ではなく、小柄なわたしの体だから。
男の子におんぶされるのは初めてかも。彼はなんか強くてかっこよくて頼りになれそうな男って感じ。急いでいながらもちゃんと優しく扱いしているという彼の気遣いは伝わってきた。触れ合っている彼の体からの温もりを感じてなんかついドキドキしてしまう。
もう何もかもよくわからなくなってきた。ケガも痛いし、頭もなんかもやもやしている。
まだよく状況を把握していないまま、『保健室』と呼ばれる場所にたどり着いてしまった。
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「ケガがあるけど、大したことはないみたい。足の傷は一番深いけど、骨折とかはなくて、しばらく休んだらすぐ歩けるよ。とにかくいまはここで寝てて」
「はい、ありがとうございます」
保健室の先生であるアラサー女性はオレのケガを見て手当してくれた。どうやら大丈夫だけど、しばらく保健室で休むことになるらしい。
「あの……、オレを連れてきた彼は?」
さっき意識朦朧のまま運ばれてきたから、気がついたら彼はもういなかった。少なくとも感謝をしたいのに。
「『オレ』……? 君を連れてきた後すぐ出た。いまは授業中だしね」
「そうですか……」
「ところで、君は言葉遣いが男っぽいね」
「は? オレは男……ですよ?」
あれ? でもいまのこの体は……。わたしは女の子だよね。
「何言ってる? 君はまだ混乱しているようだな。頭もぶつかったようだから。とにかくしばらくここで休んでくれ」
「……はい」
オレは保健室のベッドで寝ていながら考え事をしている。
いまの状況は何なの? まるで自分の中で2つの人格がごちゃごちゃ混ざって混沌を起こしている。
オレはヨスカ……のはずだった。恋人のアフィユネと一緒に崖から落ちて……その後は……死んだはずだと思うのに……。
なのに、気がついたら階段の下で……軽いケガだけをして……体も女の子……わたしになっていた。
しかもこの体にはあまり違和感がなくて、普通にこれが自分だと認識している。自然と動ける。
わたしとしての記憶もちゃんと持っているから、わたしが誰なのか少しずつわかってきた。
そしてここは学校ということも、わたしが山葵野蒼莉という女の子と一緒に階段から落ちたことも、次々と思い出してきた。
それに何より、最初は山葵野さんがアフィユネだと思っていた。彼女自身も自分がアフィユネだと主張した。
何なの? この状況って。あまりわけわかんなぁい!
待ってよ……、何か思いついてきたかも。確かにどこかで聞いたことがある話のような……。
人は死んだら魂が体から抜けて、その魂が誰かの胎内に入って赤ん坊として生まれ変わることができる。それはつまり『転生』と呼ばれるあれ。
もちろん、普段は前世の記憶を持っているはずがないから、前世がどうであれあまり影響がない。
だけど、たまに何かのきっかけがあって前世の記憶が蘇ったという例がある。
それは……まさか……たぶん……。
要するに、こういうことだよね……。オレは死んだ。そしてわたし……雛美坂紫陽樺として生まれ変わった。
さっき階段から落ちて頭がぶつかったおかげで、前世の記憶が蘇ってしまった。
そして彼女も……アフィユネも、恐らくオレと同時に死んで、同じように転生した。そう、彼女は山葵野蒼莉として生まれ変わった。
姿形が変わっても、間違いなくあれはアフィユネだ。
また再会できてよかった……けど、なんでだよ……なんでオレは女の子になったの!?
ようやく状況はだいたい把握できたが、なんかまだあまり納得いかないよ……。