30【蒼莉】 白の後ろ側にも黒
きょうあたしはいつものように朝学校に来て、教室に入ったら友達とあいさつをした。
芽結ちゃんと汐寧さんとお喋りしてしばらくしたら、シヨカくんも教室に入って4人で話すことになった。
こうやって見ると、あたしたちは仲良しの4人グループになったみたいね。クラス替えしたばかりですぐこんなふうになれて、なんか嬉しい。これはあたしの望んだ形だ。これでよかったよね。
……とそう思いたいけど、恐らく実際にそうはうまくいっているわけではない気もする。
やっぱりシヨカくんと芽結ちゃんはまだあまり仲がよくないみたい。シヨカくんも芽結ちゃんも何も言わないようにしているらしいけど、様子を見ればあたしだってうすうす気づいている。
4人で会話しているときに盛り上がらせたのはだいたいあたしか汐寧さんから持ち出した話題で、シヨカくんと芽結ちゃんはそれなりに話に加わったけど、その流れに合わせようとするだけみたいな感じだ。
2人はお互いの顔を見ようとしていないし、直接話し合うこともほとんどないみたい。あたしは2人の共有できる話題を上げようとしてもなんかぎこちなく感じてしまう。
あたしが『この土曜日シヨカくんの家に行く』という話をしたときだって、芽結ちゃんは微妙な反応をしたね。やっぱりそもそも話すべきじゃなかったのかな? だからあのときあたしはすぐ話題を変えることにした。
その後も、あたしがシヨカくんと二人きりになったときにも少し芽結ちゃんのことを話題にしてみたけど、シヨカくんはあまり気乗りしなくて、すぐ話題を変えようとしてしまう。
やっぱりこの2人を仲よくさせようとするのは間違いかな? そもそもこれはただのあたしのわがままにしかないしね。
でもいまこんなことを考えてムリさせようとしたってどうしようもないよね。すぐにはダメでも、時間がかかれば自然に改善していくかもしれない。……と、そう信じていい?
だからいまあたしはもうシヨカくんに芽結ちゃんの話をしない。そんなことよりシヨカくんのことをもっと知りたいよね。部活のこととかも。
こうやってあたしたちはきょうの学校での時間を過ごして、そしてもう放課後……。
「シヨカさん、いまから部活だよね?」
「うん」
けさにも話した通り、シヨカくんのボードゲーム部はこれから体験入部が始まる。
「あたしもちょっと一緒に行っていいかな? 仕事に行く前にシヨカさんのいるボードゲーム部も見てみたい」
あたしの仕事が始まる時間までまだちょっと余裕があるからやっぱりギリギリまでシヨカくんと一緒にいたいよね。シヨカくんがどんな部活をしているかもなんか気になっているし。
「いいよ。でもあっちでわたしも忙しいからたくさん対応できないかも」
「別に大丈夫よ。少し見たいだけ。すぐ帰るから」
「わかった。じゃもう行こうか。早めに行けばちょっとお話する余裕あるよ」
「うん」
こうしてあたしもシヨカくんと一緒にボードゲーム部の部室に来た。
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「お邪魔します」
シヨカくんと一緒にあたしは部室に入って見回してみた。この部屋は教室と同じくらいの広さで、机や椅子はないけど、その代わりに床面にいっぱい畳が敷かれている。その上にいろんなボードゲームっぽいものが置いてある。床に座ってやるようだ。早めに来たから部屋の中に人がまだ少ないみたい。
「いろいろあるみたいね」
「うん、ボードゲームと言っても種類が多くてそれぞれ全然違うよ。わたしはだいたい囲碁しかやっていないけど、その他にもサイコロでやるゲームなど簡単なものがあるよ。囲碁や将棋みたいなメジャーなゲームは個別な部として設立する学校もあるけど、この学校は人が少ないからボードゲーム全般ここに集まるね」
「なるほど」
こうやってシヨカくんがこの部活の案内をしてくれた。あたしは別に入部希望者ではないから別にそこまで詳しく説明しなくてもいいのにね。
「アオリもちょっと囲碁をやってみないか?」
「囲碁か。あたし全然やったことないよ。ただルールがだいたいわかるくらいだ」
囲碁は白と黒の石を使うゲームで、一見するとシンプルそうには見えるけど、実際は複雑でいっぱい頭を使うものだよね。あたしなんかは絶対ムリそう。
「じゃ、他に何か興味があるものがないか?」
「そうね。特にないかも……」
しょうじき、あたしはあまりボードゲームに興味がないよね。前世だってあっちの世界で同じようなボードゲームがあるようだけど、一般にワタクシみたいな貴族令嬢のやるものではない。ワタクシ自身もやったことない。
いまここに来るのはただシヨカくんと一緒にいたくて、シヨカくんのやっていることについて知りたいだけだ。でももし何も興味がないとか言ってここで話す話題はなくなってしょんぼりさせちゃうのよね。何かそれらしい適当な話題を考えないと。
「そうだ。オセロとかならあたしでもやったことがあるよ」
「オセロか、囲碁などと比べたら簡単で誰でもできるゲームだね」
「見た目は囲碁と同じ白と黒の石なのにね」
「いや、全然違うよね。何より囲碁では白が白、黒が黒で、引っ繰り返してもオセロ見たいに白は黒になることはない」
「確かに、白の裏には黒がある。そう考えたらオセロは不思議かもね」
こんなことはいままで考えたことがなかったけど、話してみると確かにそうとも見えるよね。
「うん、白と黒は対立する二つのものとして認識されているから。上と下、陰と陽、善と悪みたいに。そして女と男……」
「そう……ね」
「オセロでは裏を返せば白が黒になる。あるアニメでは、水をかぶると男は女になったり、お湯をかぶると男に戻ったりする。でも人生はそう簡単にはならないよね」
「え? まあ……」
いまボードゲームの話でしょう。いきなり意味深な話になってない? シヨカくん、やっぱりいまのは自分のことを? まさか何か言いたい?
確かに人間の性別は生まれたときから決まったもので、途中で男女入れ替えることなんてできるはずがない。シヨカくんみたいに転生して生まれ変わらない限りね……。いや、そもそも転生は実際にあり得ることだなんて、いままで思いもしなかっただろう。
何気ない話題のつもりだったけど、この流れでつい深く考えさせてしまうよね。
「あ、もうこんな時間ね。あたしももうそろそろかな」
「そうか。仕事だよね」
もっと話したいけど、時間は時間だから。部室に体験入部しに来る後輩たちもどんどん入ってきているし。
「部活頑張ってね。じゃ、あたしはこれで……」
そう言って、あたしは部室から出ようとする、そのとき……。
「あれ、蒼莉姉?」
「楓幸くん……」
楓幸くんはちょうど部室に入ってきたから、あたしは立ち止まった。
「蒼莉姉はボードゲーム部なの?」
「いや、あたしは何の部活にも入ってないって言ったでしょう。いまはただシヨカくんと一緒に来ただけ。ちょうど帰るところだし」
こう言ってあたしはシヨカくんのほうへ顔を向けた。
「紫陽樺先輩?」
シヨカくんを見て、楓幸くんも意外そうな顔をした。
「あ、楓幸くん? なんでここに? もしかして入部志望?」
「はい、もしかして紫陽樺はここの部員ですか?」
「そうだよ」
シヨカくん、なんか嬉しそう。
「そういえば楓幸くんもボードゲームとかに興味あるの? あたしは知らなかったな」
いままで楓幸くんがボードゲームをやっているところを見たことないし。
「まあ、実はボク最近囲碁を始めたよ」
囲碁か。シヨカくんと同じだ。これは偶然だな。本当に偶然なのかな?
「本当!? じゃ、一緒にやってみない?」
シヨカくんはいきなりテンション上がってきた。
「はい、紫陽樺先輩も囲碁やってるのですか?」
「うん、まさか楓幸くんも同じとはね」
「ボクはまだ初心者ですけどね」
「そうか。でも入部するよね? ならこれから鍛えてあげてもいいよ」
なんか積極的だな。シヨカくん、本当に楓幸くんと一緒に囲碁をやりたいみたい……。
「ではあたしはもう帰るね」
「蒼莉姉、一緒に遊ばないの?」
楓幸くんはちょっと残念そうな顔をした。
「囲碁は2人でやるゲームだろう。あたしは仕事があるからもう行かないとね」
「そうか」
それにあたしは別に囲碁に興味あるわけじゃないし。こう見るとシヨカくんは楓幸くんとは相性がいいよね。そもそも2人はいろいろ似ているから。しかも趣味まで一緒だなんて。ならここで楓幸くんが来てよかったのではないか。あたしより楓幸くんのほうがうまくシヨカくんの相手としてうまくやっていけるだろう。
そう考えるとなんか寂しい。そしてなぜかちょっとモヤモヤって気持ちも……。あたしは何のためにここに来たの? このままでいいのかな、って不安に思ってしまう。
「じゃね。二人共」
まだいささかわけのわからない不安を抱きながら、あたしは笑顔で2人に手を振ってそのまま部室から出て学校を去って行った。
さて、仕事よ仕事。きょうも元気いっぱいがんばるぞ。
会話に出た「水をかぶると女になる」というネタは「らんま1/2」という漫画/アニメからです。TS界隈の人なら知らない人はいないはずだと思いますが、一応書いておきます。




