3 【蒼莉】 あたしと運命の人との出会い
あたしは山葵野蒼莉、普通の高校に通う普通の女子高生。きょうから高校2年生になるよ。
「行ってきます」
元気な声でパパ……お父さんとあいさつしてから家を出た。きょうは新学期で学年もクラスも変わる。また新しい友達と出会うよね。そう考えたらわくわくする。
「蒼莉姉、おはよう」
「楓幸くん、おはよう」
家から出たらすでに家の前で待っている少年がいる。彼は伊吹楓幸、あたしより一つ年下。きょうから高校1年生になってあたしと同じ高校に入った。
家は近いからよく一緒に遊んで仲よくなってきた。それはいわゆる幼馴染ね。
きょうは彼も高校生になって、あたしたちは久々に一緒に登校することができるようになった。
「髪染めたの?」
「うん、栗色だよ。ちょっと気分転換」
春休みのあいだいきなり髪を染めてみたくて友達と一緒に試してみた。
「せっかく染めたらいっそ金髪してみない?」
「いや、あれはさすがに。なんかギャルっぽいよ」
「いまサイドテールにしている髪もずいぶんギャルっぽいと思うけど」
「そんなことないと思うが……」
いまあたしの髪は栗色で首くらいまで長い。左のほうがサイドテールにしている。
「まあ、でもこういうのも……可愛いから」
褒めながら楓幸くんの顔は少し赤くなってきた。
「あら、またまた、ナンパか? ごめんね、ぼうや。あたしを口説くなんてまだ百十一億秒早い!」
「違うよ。てか、何その仰々しい中途半端な数字」
こんなふうにあたしは楓幸くんとからかい合っている。仲のいい幼馴染みたいって感じね。
でも、あたしはなんか感づいている。たぶん……楓幸くんは本当にただの幼馴染よりあれ以上の感情を持っている。
あたしだって鈍感な女じゃないよ。いつも一緒にいて見ていれば何となくわかってしまったの。
まあこれはただあたしの憶測だけかもしれないけどね。
とにかく残念ながら、あたしは彼のことをただの幼馴染や弟しか考えていない……と思う。
「ところで……」
「何?」
あたしは手を伸ばして楓幸くんの頭の上に置いた。
「やっぱり、あたしより背が高くなったね」
「そう?」
あたしは頬を膨らませながら文句を言った。
あたしの身長は166センチ。女性にしてはちょっと高いけど、当然男性には敵わない。楓幸くんはいままでちっちゃくてずっとあたしを見上げていたのに、いま視線の高さは同じくらいになっている。
高校生になると、やっぱり男の子のほうは成長が急速ね。いまはもう167センチくらいになって、しかもまだまだ伸びていきそう。
「これで調子に乗るな!」
あたしは悔しさのあまりに八つ当たりをした。
いつか越えられるとはわかったけど、なんか実際にこうなると負けた気分ね。
「いや、ボクは別に……」
「楓幸くんなんてもう知らない!」
「ボクがまだ何もしてないのに、勝手に盛り上がって怒るな!」
「ちっちゃくて可愛い楓幸くんに戻れ!」
「ムチャ言うな!」
「じゃ、女の子になれ!」
「いやだよ。また女の子に戻るなんて……」
「ふん? 『戻る』って」
「いや、何でもないよ」
変なこと言ったね。そんな言い方だとまるで……。あ、そういえば楓幸くんは自分が『前世は女の子』だと言ったことがあるね。
どうせあれはただの冗談だと思うけど。いまさらまだあんな冗談を続ける気なのね。
楓幸くんはいつも理解不能なこと言っているよね。まるで何か不思議な現象に関わる秘密を持っているような……。
「とりあえずキミはここまで立派な男に育てて、お姉ちゃんも嬉しい!」
「誰が育てられたって? またお姉さんぶってるのか。いつも蒼莉姉の面倒を見ていたのはボクだけど」
ぐぬぬぬ、反論できない。楓幸くんは年下なのにいつもあたしよりしっかりしている。ダメなお姉ちゃんで悪かったね!
「とにかく、いつもあたしのために迷惑してくれてありがとう」
「自覚あるのに全然反省しないようだね。そんな様子じゃ、また問題を起こす気満々だね」
「あたしだって問題を起こしたいわけじゃないよ! でももうそこまで言われたら……よし、この2年間じゃんじゃん迷惑かけてやるから、よろしくね。うふふ」
別にわざと何かやらかしたいわけじゃないよ。あたしは普通に生きているだけで何かトラブルに巻き込まれる体質なの。
「きょうでも何かが起きるという予感がする……」
「じゃ、この予感を裏切らないように朝から何かやらかそう〜」
とか言って、本気で言ったわけじゃなかったよ。その予感が当たるとは、あのときのあたしも思いもしなかった。
こんな優しくてかっこいい幼馴染がいるのに、なんであたしは恋愛対象として認識していないのだろうね?
これは変かもしれないけど、あたしは子供の頃から『いつか運命の人と出会う』という夢を見ていたの。
その『運命の人』ってのは楓幸くんじゃないのか? まあ、よくわからないがなんとなく違う気がするから残念。
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「あたしの教室はあっちね。じゃね」
「うん、またね。蒼莉姉」
校舎に入って、あたしは楓幸くんと別れて、自分の新しい教室に向かう。
今学期は姓名の順番で席を決めるそうだ。こういうときいやだな。あたしの名字は『わ』だからいつも最後だよ。やっぱりあたしの席は一番後ろで一番右(廊下のほう)ね。
あたしは自分の席に座って周りを調べてみた。こういうときは一番後ろの席だと便利でよかったね。
ちょっと早く来たみたいだから教室の中にまだ学生が少ない。
しばらく後、あたしの左の席に女の子が座った。この人なんか見覚えがある。そう、あの雛美坂紫陽樺ね。成績優秀で優しくて可愛いロリ美少女。
あたしは去年から彼女のことを聞いたことがあるよ。廊下とかですれ違ったことも何度もある。まさか同じクラスで、しかも隣の席になるとはな。すごく嬉しい。いまは話しかけて仲良くする機会ね。
「おはよう。キミは雛美坂紫陽樺さんだよね? はじめまして」
あたしは笑顔で彼女にあいさつして、その後は自己紹介してちょっとお喋りしていたが、しばらく後彼女は友達の席に行ってしまった。
「蒼莉、おはよう。また同じクラスね」
「芽結ちゃん。おはよう。同じクラスでよかった」
あたしに話しかけてきたのは新木芽結ちゃん。彼女は去年からのクラスメート、一番仲がいい友達でもある。学校ではいつも一緒。
あたしと同じように髪は栗色に染められているが、背中まで長く、全部結ってポニーテールにしている。身長は雛美坂さんよりちょっと高いくらい。
彼女の席は窓際のほうなのでかなり遠いよね。いまわざわざあたしの席まで歩いてきた。
「あたしの隣の席は雛美坂さんだ」
「見てたよ。さっき彼女はウチの後ろの席の稲畑さんと話しかけたね」
あの窓際の席のメガネっ娘、稲畑さんって名前ね。雛美坂さんと仲がいいみたい。同じクラスだったらしい。
「で、ウチはちょっとあの2人の話を聞いたけど、なんか蒼莉の悪口をしてたよ」
「は? 何で……」
そんな……、雛美坂さんって後ろ指を指すような人なの?
「もしかしたら、蒼莉は雛美坂さんに嫌われたかもね」
芽結ちゃんはニヤニヤ笑いながら言った。
「いやいや、まさかそんなことないよ」
てか、こんなことなんで笑顔で言ってるのよ? あたしが雛美坂さんに嫌われたら、芽結ちゃんは嬉しいってこと?
「大丈夫、雛美坂さんのことは忘れてよ。嫌われても蒼莉にはウチがいるから」
感動できそうなこと言ってるけど、なぜか芽結はすでにあたしが雛美坂さんに嫌われたと決めつけたみたいね。
「芽結ちゃんも、雛美坂さんと仲良くなってみたくないの?」
「雛美坂さんみたいな人はウチらとは住む世界が違うよ」
「そんなことないよ」
異世界人とかじゃあるまいし。同じ日本人だよね。
「芽結ちゃん、まさか雛美坂さんのこと嫌い?」
「なんというか……。その……、ただこのままだと蒼莉が奪われちゃうかもって……」
俯いていながら芽結ちゃんがそう呟いた。
「あたしが? なんで?」
芽結ちゃんの言ったことはときどきあたしも理解できないよね。
「とにかく、雛美坂さんに蒼莉を渡さない!」
そう言って芽結ちゃんはあたしを抱きしめてきた。
「ちょっと待って。あたしは誰のものでもないよ!」
「じゃ、ウチは蒼莉のものでいい」
なんか日によって芽結ちゃんはどんどんスキンシップが激しい。親友だからあたしは構わないけど。
でももしかして芽結ちゃんはあたしのことを……。いや、女の子同士だし、そんなことは……。
「そんな冗談は……。それより、あの……恥ずかしいんだけど……」
いつまで抱き続ける気なの? 周りの人からの視線が……。
「そうだ。なんか雛美坂さんも稲畑さんと仲がいいみたいだし。ウチは雛美坂さんと席を交換する!」
やっと抱いた腕を離したと思ったら、芽結ちゃんはとんでもないこと言ったね。
「いや、さすがにそれはムリだと思う」
決められた席は相当な理由がない限り勝手に交換するわけにはいかないのよね。
それに、あたしは雛美坂さんに興味があるから、席を変える気はないのよね。でも芽結ちゃんには言わないでおこう。
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ホームルームが始まって数分後、なぜか担任先生の声を聞いたら眠くなってきたので、いつの間にかあたしはつい居眠りしてしまった。
そのせいで先生に怒られて、教務室のシートを運ばせられてしまった。雛美坂さんまで巻き込んでしまって、なんか悪い気がした。
「あの、雛美坂さん、本当にごめんね。あたしのせいで」
「いいえ、わたしは問題ないわ」
芽結ちゃんにあんなこと言われたから、心配してちょっと聞いてみたけど、雛美坂さんは全然気にしていないみたいでよかった。噂通り優しい人だ。
でも結局雛美坂さんと二人きりになれたのは結果オーライと言ってもいいよね。
「まさか、これは『運命』……なんちゃってね」
「そんな、おおげさだわ……」
あたしは半分本気だけどね。
「そうだ。あのね、あたしは……あっ!」
話の途中つい降りる階段の途中であたしの足がちょっと踏み間違って、階段から落ちた。そのとき雛美坂さんもあたしの手を掴んだから一緒に墜落することになった。
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回想はここまで。
その後なんか頭がぶつかって意識が途切れた……いや、気絶なんかしていなかったはずだけど、なんかしばらくのあいだ自分のことを忘れてしまった。その代わりに自分が別人だと認識するようになっていた。
あの人はアフィユネという貴族令嬢……。この世界の人ではないみたい。たぶん異世界? 魔法もある世界だし。
それより、確かにアフィユネ……ワタクシは恋人と一緒に駆け落ちして事故で崖から落ちたらしい。その後どうなっているの?
しばらく考えてみたらようよくあたしはその答えにたどり着いた。
もしかして、ワタクシはすでに死んで、この世界で山葵野蒼莉として生まれ変わった!? つまり、いわゆる『異世界転生』ね!
そしてたぶん、一緒に駆け落ちした彼は雛美坂紫陽樺に転生した。2人は一緒に階段から落ちた影響で前世の記憶が同時に蘇ってきた。そういうことだよね?
そうだ。間違いないよ。やっと見つけたね。あたしの『運命の人』……。
5人の主要人物が揃って登場したので、ここではひとまず名前を纏めておきます。
雛美坂 紫陽樺: 主人公
山葵野 蒼莉: ヒロイン
伊吹 楓幸: 蒼莉の幼馴染
新木 芽結: 蒼莉の親友
稲畑 汐寧: 紫陽樺の親友