2 【蒼莉】 駆け落ちしたら崖落ち、気づいたら美少女と抱き合っている
ワタクシの名前はアフィユネ、普通の公爵家に生まれてきた普通の貴族令嬢ですわ。
18歳になってある日、両親が勝手にワタクシの婚約者を決めましたの。相手は隣町の公爵家の令息らしい。一度も会ったことがありません。
しかしワタクシはすでに好きな人がいますの。彼は一つ年下の幼馴染で、ずっと子供の頃から一緒にいました。
ワタクシはずっとカゴノナカノトリみたいに、いつも両親の言いなりになって、自分の望むことは置き去りにさせられました。
しかし彼はいつもワタクシにこっそり会いに来て付き合ってくれていました。ワタクシのことを心配してわがままを聞いてくれました。彼と過ごすときはワタクシの一番幸せな時間でした。
彼はワタクシのことが好きだって言ってくれて、ワタクシも彼のことが大好きだと答えました。だからもしワタクシが誰かと結婚するのなら、もちろん相手は彼しかあり得ませんわ。
だけど彼はただの一般庶民。絶対お父様やお母様に認めてもらえない。もしワタクシが彼と付き合っていることがバレてしまったらきっと反対されるはずです。なのでいままでもずっと隠していました。
だからいまワタクシは決めましたの。彼と一緒に遠いところへ逃げていく、と。ワタクシは彼と一緒に自由に生きていきたい。
「ヨスカくん、お待たせしましたわ」
「アフィユネ、そんなに走らなくても。オレはいつまでも持ってるさ」
「お父様に気づかれずに屋敷から出るのは案外大変ですの」
今夜ワタクシはこっそり荷物を持って家から逃げ出して、彼……ヨスカくんと待ち合わせをして一緒に旅に出ます。そう、これはいわゆる『駆け落ち』ですわ!
「綺麗な髪はボサボサになってるよ」
いつも綺麗だと言われたワタクシのこの長い栗色の髪の毛を、彼は優しく撫でました。
「本当にオレと一緒でいいのか?」
「そんなこと言わないで頂戴。ワタクシはキミしかいませんの。もし他の人と結婚しなければならないのなら死んだほうがましですわ」
「『死ぬ』だなんて、そんなこと軽々しく言わないで」
「ワタクシは本気ですわ。いまも死ぬ覚悟でここに来ましたの」
「わかってる。オレも、あなたが好きではない人と結婚して不幸になる姿を見たくない」
「だからワタクシはキミと一緒に行くと決めましたの」
「ありがとう。オレは必ずあなたを幸せにするから」
そう、ワタクシたちは相思相愛。そしてもうすぐ一緒になれますわ。
「お父様とお母様、いままで育てていただいてありがとう存じました。さよならですわ」
そう呟いて、ワタクシはヨスカくんと一緒に準備しておいた馬車に乗りました。
「もうここに戻ることができないかもしれないよ。本当に大丈夫なの?」
「いいですの。キミと一緒ならどこまでも……」
屋敷から出たらもういままでの楽なお嬢様の生活はできなくなって、大変になるでしょう。それでも自由に生きていられるのならそれでいい。ワタクシは絶対後悔なんかしませんわ。
本当はこんなお嬢様になんて生まれなければいいと思っていますわ。もし生まれ変われるのなら、ワタクシは貧乏でも仕事大変でも構わないから、ただ気ままで生きていられたいだけ。本気でそう願っていますの。
それはさておき、いまワタクシはヨスカくんと一緒に馬車に乗ってこの町から出ていきます。
これから幸せになれますのね……と大喜びしたが、途中でワタクシたちの馬車は事故に遭って、崖から落ちてしまいました。
なんでこんなことに? こんなふうに人生が終わるだなんていやですわ。
ワタクシは絶望感を味わいながら下へ落ちていく。もちろん、彼も一緒に……。
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「痛い……!」
気がついたらワタクシはどこかの建物の中に倒れています。
頭も体もぶつかって痛いですが、かすり傷くらいで済んだようです。崖から落ちたはずなのに、なんかおかしいですわ。ワタクシはまだ生きていますの?
「ここは……」
まだすごく混乱していますが、とりあえず体を起こして周りを調べたら、ここは階段の下みたい。ワタクシは崖ではなくただ階段から落ちたっていうこと? そんなはずが……。
「あれ……」
ワタクシの隣に一人黒髪の女の子が倒れています。ワタクシより彼女のほうがケガをしているみたい。
「キミ、大丈夫ですの?」
「えっ……」
声をかけてみたら、彼女はすぐ気がついて動いたみたいでよかったですわ。よく彼女の顔を見たらすごい美少女みたいです。
「アフィユネ!」
「……っ!」
女の子はワタクシの名前を呼んで、いきなり抱きついてきました。
「あの……」
「無事か? ごめんね。オレのせいで崖から落ちて……」
何のことでしょう? ワタクシは彼女のことを全然知りませんわ。なのになんでワタクシの名前を……?
しかも彼女に抱かれるとなんかすごく気持ちよくて落ち着いて、このまましばらくいられたい気がしますわ。
「えーと……キミは誰ですの?」
「何を言ってる? オレだよ」
「ですから、誰ですの?」
『オレ』って? 彼女は女の子なのに喋り方はまるで……。
「オレだよ。ヨスカだよ」
「は? 嘘……」
この人がヨスカくん? そんなはずがありませんわ。まだ意識が朦朧でよく状況を把握できていませんが、どう見ても全然違いますの。
だってヨスカくんは銀髪少年で、体もワタクシよりちょっと大きいはず。しかし、いまワタクシを抱きついているのはワタクシより小柄な黒髪少女。どう見ても別人ですわ。
ですが、彼女の喋り方はヨスカくんとそっくりで、『崖から落ちた』と言いましたし。まさか本当に……。
「あれ?」
彼女は突然ワタクシの体を解放してじっと顔を見つめ始めました。
「アフィユネじゃない? あなたは誰?」
「は? 何言って? ワタクシはアフィユネですの……」
なんでいきなりそんな態度? さっきワタクシの名前を呼んだくせに。
「あれ……? ワタクシは……」
自分の体を良く調べてみたら確かにおかしいですわ。肌の色はいつもより少し濃くて、手の肌は粗っぽい。いつも家事をしているメイドさんの手のように。
髪は同じ栗色ですが、なんか微妙に違う気がします。それに左側の髪は結われ、これはサイドテールですの?
服もさきほど着ていたドレスとは違って、いまは長袖シャツと短いスカートと長い靴下……。そういえばワタクシの目の前にいる少女も同じ格好をしていますわね。これは制服?
鏡がないから自分の顔を見てはっきりと確認することはできませんが、この体はワタクシではないという事実は明らかですの。
なのに違和感はほとんどなく、自然とこれが自分自身だと認識していますが。
「本当にアフィユネなのか?」
「キミこそ、ヨスカくんですの?」
「質問に質問で返すなんて……、あれ?」
そう言われて女の子も自分の体を調べ始めました。
「何これ!?」
女の子はいきなり驚いて取り乱して自分の体のあっちこっちを見たり触ったりしています。
あ、そういえばワタクシもいま少し何か思い出しそうとしていますわ……。
そう……、ここは『学校』という場所で、ワタクシたちは『高校生』で、いま着ているのは学校の制服。
そしてさきほど2人は階段から落ちたばかり。それと……。
「蒼莉姉!」
そのとき階段の上から誰かの声が聞こえました。あっちへ視線を向けたら、ある少年がワタクシに声をかけながら、走り下りてきました。
「大丈夫?」
「キミは……」
ワタクシはこの少年をよく知っている気がします。一つ年下の幼馴染で子供の頃から一緒に遊んできた……。
「ヨスカくん……」
「は? 誰だそれ? 蒼莉姉、ボクのこと忘れたの?」
「いや、えーと」
確かにヨスカくんと似ていますが、ヨスカくんではありませんわ。一人称も違いますし。彼は……。
「楓幸くん……」
やっとその名前を言い出しましたが、ちょっと何か違和感がありますわ。なんか彼に関する認識はワタクシの記憶の中からではありません。ワタクシはこの人知らないはず。
「よかった。頭がどうなっちゃったのかと」
「ワタクシは大丈夫ですわ。ですがこのお方のほうは……。彼女を見て頂戴」
隣の女の子は血が出ているから、ワタクシより重傷のはず。
「蒼莉姉……? なんか喋り方が……。やっぱり頭は……?」
「は……?」
どういうこと? ワタクシはいつも……。あれ? 彼がワタクシのことを『蒼莉』って? さっきからワタクシもこれが自分のことだと自然と受け入れました。でもなんか……。
「山葵野さん……?」
女の子がワタクシの顔を見てそう呟きました。その瞬間ワタクシも彼女のことをなんとなく思い出しました。しかしこれもワタクシの記憶ではないような……。
「雛美坂さん……」
そうだ。彼女はきょう初めて話し合ったばかりの新しいクラスメート、隣の席の雛美坂紫陽樺さん。いまワタクシは自然とその名前を口に出しました。
そしてワタクシ……ううん、あたしは山葵野蒼莉。高校2年生。16歳。実はただ普通の貧乏家族に生まれた普通の黒髪の日本人。
あたし……、思い出しちゃった!