19【蒼莉】 あたしたちの関係はなんか複雑ね
朝目が醒めたら、ワタクシはなんか見慣れない寝室の中にいるようです。
ものすごく散らかって、少し汚れていて、まったくだらしない。ワタクシがいままで寝ていた寝室とは大違いですわ。
なんで貴族令嬢のワタクシはこんな狭苦しい部屋で寝ているのでしょう? これは誰の部屋ですの?
まだ起きたばかりで意識はまだ朦朧だけど、しばらく集中して考えてみれば答えが出ましたわ。
「ここはあたしの部屋ね……」
そう、いまあたしは山葵野蒼莉という日本人の女子高生だ。とっくに転生して生まれ変わったんだ。
きのうの朝、階段から落ちて、突然前世の記憶は蘇ってきてしまった。
さっきまでもあの前世のこと……アフィユネだった頃のことを夢の中で見ていた。だから起きたばかりのときには一瞬少し混乱していた。
いまでもまだあまり信じられない話だよね。まさか前世の自分は、あんなお嬢様だなんて。しかもあそこは漫画やアニメでよくある、魔法が存在するファンタジーの世界。あたしがあんな場所からやってきた人だったね。
こんな突拍子もない話、誰に教えても信じてもらえないのだろうね? 証拠もあるわけではない。あっちの世界のことはただあたしの記憶の中だけ。ただの夢だと思われるかもしれないね。
でもそれはきっとただの夢なんかではないよ。あたしはそう信じている。
「夢ではありませんわ。ワタクシはあっちの世界で本当に存在していましたの!」
あっちへ帰ることもできっこないだろうね。でもそれでいいよ。あたしはここで幸せに暮らしていきたい。強くて元気で生きて成長していきたい。
もうあのときみたいな弱虫のワタクシではないの。あたしはこれから輝きたい!
それに、一緒に転生した彼氏も見つけた。彼は……いや、彼女は雛美坂紫陽樺、同じ学校で同じクラス。
『隣のお嬢様が前世での彼氏だった』なんて、いま考えても本当に不思議なことだよね。
これは運命だよ。間違いなく彼はあたしの運命の人。2人は前世から赤い糸で結ばれている。
「きょうもまた学校で会えるよね、あたしのお嬢様な彼氏」
さあ、新しい朝始めよう!
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「おはよう、蒼莉姉」
「楓幸くん、おはよう。きょうも一緒に登校するのね」
きのうと同じく、きょうも幼馴染の楓幸くんと一緒に学校まで歩いていく。
「きのう紫陽樺先輩と一緒に晩ご飯を食べに行ってきたよ。台湾料理美味しかった」
「は? シヨカくんと?」
なんできのう電話で話していたときに、シヨカくんは全然あたしに教えなかった。そういえばきのう帰る前に晩ご飯を食べに行ってきたと、シヨカくんは言ったよね。あれは一人ではなく、楓幸くんと一緒ってことね。
「シヨカくん?」
「うん、きのうからその呼び方になったの」
楓幸くんの前でこの呼び方は初めてだから、慣れていないようだね。
「なんで『くん』付け?」
「だって、ほら、シヨカくんは『オレっ娘』だよね。似合うよ」
「確かにそうだったね」
「楓幸くんもシヨカくんのことを下の名前で呼ぶようになったんだね」
「うん、きのういろいろお話をしていたから、ずいぶん仲よくなってきた」
「いいよね。何の話をしてたの?」
「蒼莉姉のことばかりだよ。子供の頃のこととか」
「そうか」
シヨカくんったら、こっそりとあたしの過去のことを追究しようとしていたよね。やっぱりあたしのことに興味津々じゃないか。
「紫陽樺先輩はいい人だね」
「うん、そうね。昔そのままだ」
「昔? きのう知り合ったばかりじゃないの?」
「あ、そうだった。何でもない」
前世のことは楓幸くんにはまだ内緒だよね。
実は楓幸くんに言っても問題ないと思う。きのう青樹にもすでにバレたし。でもいきなり教えてもピンとこないよね。いまはこのままにしておこう。
でも確かに楓幸くんは時々自分の前世とかのことを話したことがあるよね? だけどいままであれがただの冗談だと思っていた。いまちょっと気になっているけど、まあいいか。
たとえ楓幸くんが前世の記憶を持って転生してきた人だとしても、たぶんワタクシとシヨカくんとは関係ないだろうね。
「で、楓幸くんはシヨカくんのことをどう思ってるの?」
「どう思うって?」
「好きなのか?」
気になっていたから、つい直球で訊いてしまった。
「は? そ、そんないきなり……きのう知り合ったばかりだし」
「でも朝保健室まで連れて行ってきたよね。放課後もあんなに仲良くお喋りしていたし」
「あれは……なんか気が合ったというか……」
やっぱり楓幸くんとシヨカくんはすぐ仲良くなってきたね。
「彼女が可愛いと思う?」
「な、なんでそんなこと訊くの?」
「可愛い?」
「だーかーら、何のための質問だよ?」
「うふふ、照れてるね? やっぱり下心ある?」
怪しい。やっぱり、楓幸くん、シヨカくんに気があるのかな? 確かにいまのシヨカくんはすごく可愛くて魅力的だから、男に奪われる心配があるのよね。
「そういうわけじゃないよ。とにかくいい人だと思うよ」
「でもシヨカくんをキミには譲れないよ。きのうも言ってたけど、もう一度言うね」
きのうのこの2人はなんか息ぴったりだった。だからあたしも楓幸くんをちょっと警戒してきてしまった。
「そんなことしないよ。てか、紫陽樺先輩はものじゃないし」
「シヨカくんの心はあたしのものだ」
「女の子同士何言ってるの!?」
「シヨカくんと結婚するのはあたしだからね!」
「いや、そんな冗談を堂々と言い出すのはさすがに……」
「あはは」
冗談じゃないし。あたしはすごく本気だよ。でもいまはそういうことにしておく。
いまのシヨカくんはまだあたしの恋人になれない。シヨカくんの心の準備が整うまで時間がかかるだろう。
だから表向きあたしとシヨカくんはただ仲のいい友達同士にしておく。楓幸くんにも、クラスメートたちにもそう認識させておこう。
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「おはよう、芽結ちゃん。稲畑さん」
あたしが教室に着いたとき、あたしの親友である新木芽結ちゃんとシヨカくんの親友である稲畑汐寧さんはすで教室の中にいる。
でもシヨカくんはまだ来ていないようだ。きのうもあたしよりシヨカくんのほうが遅く来たのだからたぶんきょうもそうだろう。
「おはよう、山葵野さん」
「おはよう、蒼莉」
「2人はなんかずいぶん仲良くなってきたようだね。きのう一緒にどこに行ったの?」
きのうあたしとシヨカくんが2人きりで話せるように稲畑さんは芽結ちゃんを誘った。その後は確かに一緒にどこかに行ってきたよね。
「稲畑さんと一緒に本屋に行ってお互いに読んでいる小説を紹介したの」
「うん、新木さんとは意外と趣味が合うよね」
「そうか」
ずいぶん仲よくなってきたみたいだけど、まだ名字で呼び合っている。わたしとシヨカくんの進歩と比べたら大違いだよね。まあ、あたしたちは前世の繋がりがあるから当然か。
「山葵野さんのほうは? きのう紫陽樺と一緒にどう?」
「すごく仲よくなったよ。やっぱりあたしがシヨカくんと出会えてよかった」
「シヨカくん……?」
あたしが『シヨカくん』と呼ぶと、稲畑さんが眉間に皺を寄せた。
「あ、きのうから下の名前で呼び合うようになったの」
「そうか。まあ2人の様子を見たらなんとなくすぐ仲良くなれるんだなと思っていたけどね。でも、なんで『くん』付け?」
楓幸くんと同じ質問ね。やっぱり変かな?
「シヨカくんは意外と男っぽいからね」
前世は男だったから……、と言いたいけどこれは秘密だから。
「紫陽樺が? いや、その逆だと思う。私は彼女と去年からの付き合いだけど、それはないと思うよ」
稲畑さんが不思議そうな顔をしながらあたしのこの意見について反論した。それはムリないか。稲畑さんの知っていたシヨカくんといまのシヨカくんはたとえ同じ人物だとしても、違う人物だとも言えるから。
「ウチもどう見ても雛美坂さんはお嬢様キャラにしか見えないよね」
芽結ちゃんもそう思うよね……。
「そうなの?」
まあ、確かにいままでシヨカくんはそうだったね。実はあたしよりも女の子らしかった。
「あ、でも確かにきのうの紫陽樺はいままでと比べたらなんか……変なところも多かったね」
きのうシヨカくんがいきなり変わったのだから、いままでずっと一緒にいた稲畑さんならその変化に気づいてもおかしくないよね。
「そう? どんなところなの?」
「普段は女っぽい喋り方なのに、きのうはなんか男っぽかった。『オレ』とかも言ったね。あまり紫陽樺らしくない」
その通りだよね。これは前世の記憶の影響だ。仕方ないことだと思う。
「は? 『オレ』って? あんなお嬢様が? 全然似合わないよね」
芽結ちゃんから見ればそうだよね。あたしだって、もしシヨカくんの中身のことを知っていなければ、あんなお嬢様が『オレっ娘』キャラだなんて違和感あるかも。
でもきのうの電話ではなんか女っぽい喋り方に戻ったね? どうしてだろう?
「あ、紫陽樺が来たよ!」
噂をすれば現れたね。シヨカくん。きのうの朝と同じように、凛々しく歩いて教室に入ってきた。
「「「おはよう!」」」
あたしたちは朝のあいさつを交わして、そしてシヨカくんも加わって4人でお喋りすることになった。




