18【紫陽樺】お姉ちゃんはいきなり消えたりしないよ
「いまの電話、お姉ちゃんの友達?」
さっきアオリが電話かけてきたけど、途中で妹……喜夏が入ってきて余計なことを言ってしまったから、電話を切ってしまった。アオリ、本当にごめんね。
「うん、きょう同じクラスになった友達よ」
「お姉ちゃん、その……さっきごめんね。邪魔しちゃって」
「いや、大したことないわ」
でもいきなり『妹と一緒にお風呂に入った』っていう事実はアオリにバレてしまったね。変なこと思われなければいいけど……。でもアオリの性格から考えれば……、やっぱり心配しかねない。放っておけばまずそうだから、後で早く誤解を解かないとね。
「喋り方はいつも通りのお姉ちゃんに戻ってるね」
「うん、だからもう大丈夫よ。心配かけてごめん」
さっき喜夏に言われて気づいてしまったから、いままでみたいに女っぽい喋り方に戻した。
中身は男だから最初はちょっと抵抗感があるけど、やっぱりこの体では違和感なくこんな喋り方が自然と出るわよね。
「お姉ちゃん、いきなり消えたりしない?」
「は? なんでいきなり?」
どうして突然喜夏がこんな怖いことを言い出したのよ?
「だってきょうのお姉ちゃんの様子を見て、なんとなくね……。なんか……おかしいというか……距離感あるというか」
「そんなことないわよ」
やっぱり薄々気づいたよね。わたしはもういままでのお姉ちゃんではないってことは。だから不安になっているよね。
確かにいままで姉妹として過ごしていた記憶はそのまま残っているけど、いま前世の記憶が混ざった以上、わたしの態度はもういままでと同じではいられるはずがない。お風呂の時の様子から見ればそんな事実を認めるしかない。
喋り方は元に戻せたけど、まだいろいろ問題が残っている。
少なくとも女性の裸を見て変なことを考えるという失態は避けたい。何とかしないとね。
「たとえわたしが変わったとしても、喜夏のお姉ちゃんであることは変わりないわ」
前世のオレは姉弟なんていないからね。いまはこの大切な妹をできるだけ大事にしておきたい。
「また一緒にお風呂に入る?」
「それは……」
なんでまたお風呂にこだわるの? しつこいよね。
でも、日本では銭湯とかの場所が一般的で、同性なら一緒に入ることが普通のことだよね。もしわたしが妹の裸を見ることさえダメだったら、これからの人生はいろいろ問題ありそうなので、早く克服しないとね。
だからやっぱり今度もまた喜夏と一緒にお風呂に入る!
「えー、もちろんよ」
別にわたしはいやらしいこととか考えているわけではないわよ。これはただの練習だ! わたしの未来のためだ。……なんか言い訳くさい。
「ところで、お姉ちゃんはなんでいきなり階段から落ちたの?」
話が変わったね。これはよかった。
「けさちょっと不器用な友達を助けたから」
不器用だけではなく、空気読めなくてわがままな人だ。
「へぇ? じゃ、いまあの友達はどうなってるの?」
「大丈夫。無事だったよ。さっき電話していた相手」
元気すぎて困るくらいだ。
「じゃ、お姉ちゃんは彼女のヒーローね?」
「ヒーローっておおげさだな。でも感謝と謝罪の言葉はもらったよ」
実は感謝と謝罪だけでなく、求婚までされたけどね。
「お姉ちゃんったら、いつも自分より他の人のことばっかり心配して」
喜夏は責めるような顔と切ない声で言った。
「あはは、確かにそうよね」
否定できない。本当に自分はムチャをしたと自覚しているから。
「このままいつか自分が死ぬかもしれないよ」
「なんでこんな怖いこと言うの!?」
悲観的すぎだろう。わたしだって、せっかく生まれ変わったのだから簡単に死にたくはないわよ。誰よりも命を大事にしているつもりよ。すでに一度死んだからね。
「そうよね。変なこと言ってごめん」
「心配してくれてありがとうね」
わたしが時々ムチャなことをして、喜夏に心配かけていた。
「お姉ちゃんの恋も応援するね」
また突然の話題変換!
「さっきも言ったけど、違うからね!」
「はい、はい」
この様子では全然信じていないよね。いつか喜夏にも真実を言っておいたらいいかしら?
でもさっき一緒にお風呂入ってたし。いきなり前世が男だと知られたらまずいよね。一生許されないかもしれない。やっぱりいまは黙ってこのままにしておいていいよね。喜夏には絶対秘密だ。
「じゃ、私はもう邪魔しないよ。おやすみね、お姉ちゃん」
「うん、おやすみ」
話はここで終わって、その後わたしは少しきょうの授業の復習をしてから寝た。
믕음몽움뭉옴묭윰뮹욤믕음몽움뭉옴묭윰뮹욤믕음몽움뭉옴묭윰뮹욤
わたしはベッドでゴロゴロ寝ている。やっぱり今夜よく眠れないわ。困ったな。
きょう保健室でたくさん寝たせいでもあるかも。それにいまでもまだいろいろ考え事している。
本当にいろいろあったよね。けさ階段から落ちて、前世の記憶が蘇ってきて、楓幸くんと出会って、喜夏と一緒にお風呂に入って……いや、あれはいま考えなくていい。
でも一番大変なのは、記憶が蘇った瞬間はまるで自分が崖から落ちたばかりのような感じになったってこと。なんかまだ新鮮な記憶だ。あの日の出来事はきょう起こったばかりのように感じている。実際に10年以上経ったはずなのにね。
あっちの世界の人たちはいまどうなっているのかな? あっちにはもう戻れないのかな? いくら考えても仕方がないよね?
未練とか、特にないかもね。そもそも町から出てアフィユネと一緒に幸せな生活を始めるつもりだったから。前世の両親ももうとっくに亡くなった。
まさか本当の意味で新しい生活を初めたとはね。でもなぜこうなったのか? 神様はオレたちを同情してくれたから?
アオリによれば、これは『運命』だと信じているそうだ。でもこんな運命は誰に決められたものなの? 神様なの? それに、なんで女同士になったの? まさか神様は百合なのか?
オレたちはこれからどうなるの? 本当に結ばれるのか? 不安ばかりだけど、いま考えてもしょうがないことだよね。
世の中には理解できないことがいっぱいある。わたしたちはいつまでも未知の道を歩んであしたへ進んでいく。
もしかしたらあしたの朝、目覚めたらオレが元の世界に戻っているかも? なんちゃってね。そんなことはないだろうね。
そんなことを考えているあいだに、いつの間にか寝落ちした……。




