16【紫陽樺】妹と一緒にお風呂に入りたいというわけじゃないわよ
「……喜夏、何をしに?」
わたしが脱衣所の鏡の中でもじもじ優柔不断しているあいだに、妹が入ってきてしまった。
彼女は雛美坂喜夏、2つ年下の妹でいまは中学3年生。髪はわたしと同じく背中まで伸びたつややかな黒髪。そしてわたしと同じような幼児体型で、身長は146センチ。これはやっぱり遺伝子だよね。一見するととても似ている姉妹だ。
「お風呂に入るに決まってる。お姉ちゃんこそ何をしてるの?」
「わ、わたしもお風呂」
「ただ鏡の中の自分の姿をジロジロ見て恥ずかしがってるだけのようだけど?」
「そ、それは……」
どうしよう。なんでこんなときに喜夏が……。
「お姉ちゃん、ケガしてるの?」
喜夏はわたしの体にある傷を見て心配そうな顔で訊いてきた。
「あ、うん。きょう学校で階段から落ちちゃって」
「階段から落ちたの!? 大変そう。そうか、いま傷痛がってるのよね?」
「うん、そうだよ。だからちょっと迷っている」
いきなり言い訳が勝手に発生してきてよかった。
「じゃ、一緒に入ろうか」
「は? なんで!?」
どうしてこういう展開になるの?
「お姉ちゃんケガをしているでしょう」
そう言いながら喜夏も自分の服を脱ぎ始めた。
「ちょっと、いま脱ぐの?」
「なんで恥ずかしがってるの? いままでよく一緒にお風呂に入ってたんじゃないか」
「そ、そう……だよね」
この家の湯船はずいぶん広いし、2入るくらいは余裕だから、子供の頃から姉妹でよく一緒に入ったことがある。
だけどいま状況は違う! このままではオレに見られてしまうよ。わたしは妹を守らないとね。
「いまのお姉ちゃん? なんか変だよ?」
「あ、きょう階段から落ちたとき、頭もぶつかっちゃって、それで」
つい考え事で夢中になってしまった。
「そうか。本当に大丈夫なの?」
「うん、平気だよ。ただ頭にいっぱい雑念が入ってきて」
雑念っていうか、前世のオレの記憶なんだけど。
「そうなの? ちゃんと病院に行かないと……」
「大丈夫、あしたになったらよくなると思う」
妹に心配かけちゃったね。
「なら、きょう私がお姉ちゃんの体を洗ってあげる」
「は!? 別にいいよ」
なんかおおごとになったようだ。一緒に入るだけでなく、妹に体を洗ってもらうなんて。これやばいかも。
「遠慮しないでね。こういうときは私に頼っていいよ」
「でも……」
「まさか、もう私と一緒に入りたくないの?」
「……」
優しくて面倒見のいい妹だ。そこまで言われるともう断ることなんてできないよね。別に下心あるってわけじゃないよ。本当に仕方ないのだからね。
「わかった」
「じゃ、私はお姉ちゃんの下着を脱いであげようか」
そう言って喜夏はすぐ接近してきた。
「自分で脱げるよ!」
わたしは反射的に自分の身を守るために前へ手を伸ばして彼女を止めた。
「でもお姉ちゃんはさっきからずっとうじうじして全然動いてなかったよ」
「わ、わかったよ! すぐ脱ぐから離して!」
自分で脱がなければ喜夏に脱がされそうだから、やっぱり覚悟を決めて自分で脱ごう。
「お姉ちゃん、遅い。やっぱり手伝おうか」
「結構だ! そんなに急かさなくても」
ということで、妹に促されて結局わたしも全裸になって、彼女と一緒にお風呂に入ることになった。
これでいいかも。そもそも喜夏が来なければわたしはいつまでここでうじうじしていくのだろうね?
믕음몽움뭉옴묭윰뮹욤믕음몽움뭉옴묭윰뮹욤믕음몽움뭉옴묭윰뮹욤
体を洗った後、いま湯船に入っている。もちろん2人一緒で。
ちなみに、さっき本当に喜夏に体を洗ってもらった。確かにこんな状況だと自分で洗うよりまだましかもしれないね。喜夏は女の子だから、やっぱり女の子の体を洗うことは任せたほうがいいよね。でもすごく恥ずかしくて気まずいよ。
いまでもお互い全裸で湯船に入っている。わたしは喜夏の体を見ないようにしている。
「お姉ちゃん、本当に大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ!」
普段ならただ女の子同士2人でお風呂に入ることだったはずなのに、いまわたしの中にオレがいるからやっぱりいままで通りなんてできない。
「私と一緒にお風呂に入るのはこんなに恥ずかしいの?」
「最近喜夏の体がずいぶん成長したような気がして」
「いや、ほとんど変わってないよ。お姉ちゃんと同じ幼児体型」
喜夏は拗ねた声で言った。
「喜夏、そんなに気になってるの?」
「別に! 私は中学生だし。まだまだ成長できるよ。お姉ちゃんよりも!」
やっぱり気になっているよね。わたしもそんなことで悩んだことがある。
実はわたしの体型だって中学生のときからほとんど変わっていないけどね。でもこんなことはいま言わないほうがいいよね。妹の夢を壊したくないから。
「そう……がんばってね」
どうせムダだと思うけど、一応近くから応援しておくね。
「お姉ちゃん、好きな人でもできたの?」
「は? なんで!?」
喜夏はいきなりまた変なことを……。
「だって女の子が変わる理由は、それくらい……」
これどんな少女漫画だよ!?
「そ、それは……」
なんか違うけど、違わない気もする。オレは本当にアオリのことが好きだから。でもこれは前世のことだし。
「否定しないよね。やっぱり……」
「いや、わたしは好きな人いないよ!」
アオリを好きなのはオレだけど、わたしではない。だから嘘ではない。
でもそれなら、わたしの好きな人って誰?
そう考えるといきなり楓幸くんの顔が浮かんできた。なんでだよ? まさか、わたしは彼のこと……。
いや、違うし。楓幸くんはアオリのことが好きで、わたしは彼の応援をしているだけ。
「お姉ちゃん、嘘下手。まあ、言いたくなければ大丈夫よ。気にしないで。でも言いたくなったらいつでも私がいるからね」
「……」
やっぱり全然信じてもらえなくて、勝手に決めつけられた。その上に気を遣ってくれている。
「喜夏こそ好きな人いるの?」
同じ質問で返すのもごまかす方法の一つ。
「まだいないけど」
「そう……」
喜夏は動揺なくはっきり答えた。この様子じゃどうやら本当にいないみたい。まだ中学生だしね。
「私のことより、お姉ちゃんは……」
「わ、わたしはさきに上がるね!」
もう限界、このままではわたしがダメになりそう。早く服を着たい。
「お姉ちゃん待って。こっち向いてきて」
「は? どうして?」
わたしが湯船から上がって、すぐ喜夏から背けて浴室から出ようとしたが、喜夏に呼び止められた。
「いいから、こっち向いて!」
「だーかーら、なんでだよ!?」
いまの喜夏はなんかさっきより強引だ。
「まさか、私の体を見ることができないの?」
「えっ!」
「やっぱり、お姉ちゃんはさっきから私の体を見ないようにしている」
やっぱり気づかれたのか。わたしの様子は不審者っぽいよね。
「は? それは……」
「女同士なのにあんなに恥ずかしいなんておかしいよ」
だよね。妹の裸を見て緊張するなんて、どこの変態だよ!
「それに、さっきから言葉遣いもいつもと変わったね。男っぽい」
「は? 男ってどういうこと? ここには別にオトコナンテイナイヨ〜」
ダメだ。『男』と聞いたらつい取り乱してしまった。
「わかってるよ。でもなんか喋り方が変だよ。本当にお姉ちゃんなの?」
「……っ!」
別に『オレ』じゃなく、ずっと『わたし』って言っていたが、確かに前世の記憶が蘇ってきてから全然女言葉使わなくなっていた。いまでも一人称以外は前世のオレの喋り方のままだ。
それは男だった前世の人格の影響で、無意識に女言葉を使うことに抵抗感を抱いてしまったからかな。
「そうかしら? そんなことないと思うわ。おほほっ……」
やっぱり、いつもの口調で言おうと思えばいままで通り自然に言えるね。
「お姉ちゃん、いまのはわざとっぽい……」
なんでだよ!? まさか、いまのもまだ変なのかしら?
「とにかく、さっき体を洗ってくれてありがとうね。本当に助かったわ。それじゃね……」
「お姉ちゃん、逃げるつもり?」
その通りよ。わたしは浴室から逃げて慌てて寝間着を着て自分の寝室に戻る。
今回のお風呂はマジでしんどかったわね。
2人の人格が混ざっているとこんなに大変ですね。
少しお知らせですが、新作の『百合ボクっ娘ㄋ世界線』は完結しました。
>> https://ncode.syosetu.com/n2898gx/




