15【紫陽樺】服を脱ぐことさえ難関だなんて
今回の後半はTS小説の定番の展開となります。
楓幸くんと一緒に晩ご飯を食べた後、家に帰る途中アオリが電話をかけてきた。
アオリはまだ仕事中みたいだ。ちょっとだけ話し合っていたら、休憩時間が終わってすぐ仕事に戻ってしまった。なんか結構忙しいようだ。
また彼女から『好き』って何度も言われた。でもこの気持ちはなんか重いよ。しょうじきいまどう扱えばいいかまだ迷っている。
やっぱり楓幸くんの恋を応援しようか? アオリにとってそのほうがいまのオレなんかよりいいはずだ。
それはさておき、いまわたしはやっと自分の家に戻ってきた。
「ただいま」
「おかえりなさいませ。お嬢様」
家に入ってきたらいつも通りメイドさんからのあいさつ。
わたしは自分の部屋に入って柔らかいベッドに体を倒して寝転がっていながら考え事をしている。
いまのわたしの家はかなりお金持ちで、メイドも数人雇っていて、一応わたしも『お嬢様』と呼ばれる立場だ。
なんか前世のアオリと似ているよね。現代日本は貴族っていうものが存在しないけれど、『お金と権力がある』というところはわたしの家も貴族と似ている感じだよね。
幸い、わたしは前世のアオリ(アフィユネ)のような『カゴノナカノトリ』という状態ではない。
両親の言いつけや社会の厳しい掟に拘束されているわけではない。むしろお金でほしいものが簡単に手に入れられて、自由気ままで生きていられる。
だけどその代わりに、いまのわたしを縛っているのは、わたし自身の心と周りからの期待だ。
成績優秀やお嬢様っぽい振る舞いで学校でも周りの人からの評価はずいぶん高い。わたしもあんなふうに見られることで満足している。
だけど、実のわたしはただ周りの人に流されていて、自分が本当にやりたいことはなんなのか、なんてよくわかっているわけではない。
勉強のことも実は好きってわけではない。しかも人と接することもしんどいと感じている。
けさ教室でアオリと初めて会ったときだって、すごくイライラって感じいっぱいで逃げたいと思っていた。なのに、気を取り直して笑顔を向けて何の不満もないように見せつけていた。
なんでそんな性格になっているのかな? 自分でも不思議に思っていた。
だけどオレの記憶が蘇ってきたいま、よく考えてみればなんかわかった気がする。
たぶん前世からオレは、前世のアオリを見てつい無意識にそう望んでいたかもしれない。
自分の意思とは関係なく、周りの人の望み通り生きていくアオリを見て、自分も同情してあんな気持ちを分かち合ってあげたいと思っていた。
だからわたしは『人の期待に応えるのが当たり前のこと』だと思うような人に育ってきた。人の不満を見ることがすごくいやだと感じるようになった。
さっきアオリにいきなり求婚されたときだって、わたしはできるだけ彼女を傷つけないような言い回しで言葉を絞り出そうとしていた。
実は彼女の求婚を受け入れたら彼女は一番満足するはずだと思ったけど、やっぱりこれだけはムリだ。早まってはダメ。
わたしのいまの身分では恐らく彼女を幸せにすることなんてできっこない。だからムリして付き合っていても彼女のためにならないかもしれない。
だけど友達として一緒にいて支えてあげることくらいなら全然問題ない。きっと毎日アオリに振り回されて大変疲れるだろうね。でもこれはいままでと同じで、いやではない。
それに汐寧が同じクラスにいることもわたしの救いになっている。
汐寧とは去年から同じクラスで知り合った。彼女だけはわたしの本音を見抜けた。だからわたしも自分の本音を彼女だけに打ち明けた。
わたしがいやな相手と話して困っているとき、いつも汐寧が話しかけてきてその場からわたしを救い出してくれていた。
わたしもついいままで彼女に頼りっぱなしになっている。けさだってわたしがアオリから逃げてすぐ汐寧のところに駆け寄った。
昼休みのときだって、わたしがアオリと仲よくできるように、汐寧は4人で一緒に昼ご飯を食べる誘いをした。
放課後アオリと二人きりで話し合おうとしたときも、汐寧は新木さんに邪魔させないように、彼女を連れ出してくれた。
だからわたしにとって汐寧は天使のような存在だ。汐寧のことがとても好き。もちろん、普通の大切な親友としてだ。
それはさておき、いまわたしはもう一つの問題にぶつからなければならないときが来た。そう、いまそろそろお風呂に入る時間になったよ!
믕음몽움뭉옴묭윰뮹욤믕음몽움뭉옴묭윰뮹욤믕음몽움뭉옴묭윰뮹욤
いまわたしが脱衣所の姿見の前に立ち尽くしている。
もう一つの難関……。それは……、これからお風呂に入るってこと。
学校で女子トイレに入ったときと同じように、いまわたしはすごく動揺している。
お風呂なんていままで毎日入っていたのに、なんでいまになって問題だと思うようになったのだろうね。
これは前世の記憶のせいだ。だから変な妄想はどんどん湧いてきた。
まずは制服を脱いで、下着だけ残っている。これだけでも覚悟が必要で普通より時間がかかってしまった。
鏡の中に映っている自分の下着姿を見て、やっぱり緊張してしまった。自分の体なのに?
しょうがないよね。だって、オレは一度も女の子の裸を見たことないし。付き合っていた彼女だって抱き合ったり接吻したりはしていたけど、それ以上は全然。
この体は華奢で、お嬢様らしく柔らかくて白くてあでやかで可憐な肌。だけど『ロリ』だと呼ばれるくらい幼児体型だよね。それでもとにかく俎板より起伏あるよ!
階段から落ちてできた傷も何箇所あるけれど、お風呂に入れなくなるほどひどいケガはない。絆創膏もちゃんと防水フィルムが付いているらしい。
わたし自身の体なので、わたしの記憶を探ればいくらでも見たことがあって詳しく調べなくてもわかっているけど、前世の記憶が蘇ってから見るのは今回始めてだ。
こんな状態でやっぱり罪悪感が湧いてきて収まらない。このままでは下着を脱ぐことさえできなくなってしまう。どうしよう? お風呂に入らないといけないのに。
「お姉ちゃん……何してるの?」
「……喜夏!」
わたしが脱衣所でうじうじしているあいだに、いつの間にか妹の喜夏が入ってきた。
どうやら彼女もいまお風呂に入るところのようだ。
いまの状況はなんかまずい。
次回もまた紫陽樺視点の続きで、お風呂イベント




