13【紫陽樺】前世なんてそういうのはただの冗談に決まっているよね
「あ、楓幸くんだ。なんでここに?」
アオリの家から出て、オレはスマホでここからの自分の家への帰り道を調べた。いま帰るところだけど、途中で楓幸くんと会った。
「雛美坂先輩? ボクの家はこの辺りですから」
「そうか」
さっき家の近くまで一緒に歩いてきたから。つまりこの子の家も近くにあるよね。
「蒼莉姉の家から出たばかりですか? いま蒼莉姉がとっくに仕事に出た時間なのに」
やっぱりこの子もアオリの仕事のことを知っているよね。
「アオリが出た後、オレは弟さんとお話をしてた」
「青樹くんですね」
「やっぱり知り合ってる?」
「家にも行ったことがありますから」
「あ、幼馴染だからだよね。でもアオリのお父さんにも会ったか?」
「まあ、おじさんとは会ったけど、ちょっとね……」
そう答えながら楓幸くんは苦笑いをした。
「そうか。いろいろ大変だったよね」
「まあ……」
わかるよ。やっぱりアオリのお父さんは、娘に近づく男の子を警戒する典型的なお父様だよね。オレは(体が)女の子だから一応セーフ。
「そういえばいま先輩も蒼莉姉のことを下の名前で呼ぶようになったんですね」
「うん、アオリがそう読んでほしいって言ったから。そうだ、オレのことも下の名前、『紫陽樺』でいいよ。アオリもそう呼んでいるから」
「いいんですか。まあ、先輩もボクのことを下の名前で呼んでいるようですし」
「確かにそうだったね」
というか、オレはまだこの子の名字を知っていないよね。アオリも『楓幸くん』って呼んでいるから、オレもつい同じような呼び方をした。まあいいか。
「わかりました。紫陽樺先輩」
「ところでいまどこに行くところなの?」
「晩ご飯です。きょううちのお母さんが忙しいので」
「なるほど」
この子は家で普段お母さんにご飯を作ってもらっているようだね。オレの……じゃなく、わたしの家ではメイドが作ってくれているけど。
「そうだ。一緒にご飯食べに行こう。オレがおごるよ」
「え? いきなりなんで?」
「きょうのお礼だよ。助けてもらったからね。遠慮しなくていいよ」
「でも……」
「それに、キミのことにも興味があってもっと知りたいからね」
この人は前世のオレと似ているから、気になっている。意外と気が合うかも。もっと仲良くなりたい。
「え? ボクのこと?」
「いや、その……」
つい男の子相手に誤解されやすい言い方をしてしまったね。いまわたしは女の子だから言葉使い気をつけないとね。
「キミはアオリの幼馴染だよね。アオリの子供の頃のことがよく知ってるはずだと思って」
何とかごまかした。別に嘘ではない。これも理由の一つだからね。
「なるほど。いいですよ」
「よかった。じゃ、行こう。どこに行くつもりだったの?」
「まだ決まってません」
「そうか……じゃ、アオリが仕事をしているレストランとかどう? どんな料理を作ってるの?」
ちょうどアオリの仕事にも興味がある。彼女の作った料理も食べてみたい。
「中華料理です。でも蒼莉姉は料理人だから、店に行っても会うことはできないかも」
「そうか。なら仕方ないね。邪魔したら悪いよね」
本人に誘われたわけではないし。いまオレたちが行っても邪魔になるだけだろうね。
「じゃ、オレは美味しい台湾料理のお店を紹介してあげるね」
こうやって2人で一緒に晩ご飯を食べることになった。
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「……そうか。やっぱり楓幸くんは大変だったね」
一緒に晩ご飯を食べていながら、オレはアオリの小さい頃のことを楓幸くんからいろいろ聞いていた。
やっぱり楓幸くんはずっとアオリを見守っていたね。年下なのに。前世のオレと同じだ。
「確かに蒼莉姉の面倒を見るのはいろいろ大変で疲れていますけど、別にボクはいやじゃないですよ」
「そうか。好きな人の面倒を見るのはむしろ幸せだよね」
「はい」
おい、いまオレはわざと『好きな人』と言ってみたけど、突っ込まないのか? 気づいていないのか?
「蒼莉姉はあれだけど、すごくいい人です。ボクの困っているときも助けに来てくれました」
オレもそうだった。いろいろ彼女のために尽くしたけど、その代わりに彼女からもたくさんもらった。
「それに、高校生で家族のために毎日仕事をしているのもすごく立派です」
「そう。すごいよね」
いろいろ問答とか言ったけど、結局絶賛だな。やっぱりアオリのことを大切に思っているよね。
「やっぱりキミはそんなアオリが好きだよね?」
と、またカマをかけてみた。
「はい……は? す、好きって……どういう意味で訊いてるんですか?」
やっと気づいたか。顔真っ赤だ。わかりやすすぎるよ。少年。
「うん、だいたいわかった」
「何がですか!?」
「キミとアオリは似合ってると思うよ」
いまのオレよりもこの子のほうがアオリのことを可愛がって見守ってあげられるはずだ。だからこれでいいかも……。別に嫉妬なんか……。
「へぇ!?」
「隠さなくていいよ。バレバレだからね」
オレにはわかっているよ。不器用な幼馴染を見守り続けていれば、気がついたらそんな感情が生まれてきてしまったんだ。
「チガイマス。アオリネエガオサナナジミ……」
いまのは棒読みっぽいよ。
「まあ、いまはそういうことにしておく」
「……先輩、意地悪」
なんか可哀想だからこれくらいでやめておこう。とにかくいまこの子の気持ちははっきりとわかった。
「ね、ちょっと話が変わるけど、キミは前世のこととか信じるの?」
「は? なんでいきなり?」
「きょう一緒に下校したとき、キミとアオリはそういう話をしていたよね?」
あのときアオリはさり気なく自分は『前世がお嬢様』だって言って、楓幸くんも自分は『前世が女の子』と答えたよね。
「そんなこと冗談ですよ。蒼莉姉が前世お嬢様だなんてあり得ないんですよね」
いや、実際にあれは本当のことだけど。
「で、キミは前世で女の子だったって言ったのも冗談?」
「あれは……、秘密です。誰にも言わないでくださいね」
「何それ?」
いまのは冗談なのか? 本当なのか? 判断しにくい。てか、自分からオレに聞かせたのに秘密だとか言うのは矛盾すぎない?
「キミとアオリはこんなふうに前世とかのことをネタにしてふざけ合っているか?」
「たまたまですね。でも蒼莉姉は自分がお嬢様だと言ったのは今回始めて。蒼莉姉のあんな言葉使いは新鮮ですね」
まあ、本当に前世の記憶が蘇ってきたばかりだからね。つまりいままではただの冗談で言ってじゃれ合っていたけど、今回だけは事実だよね。
そしてアオリも本当に自分の前世のことを楓幸くんに伝えるつもりではなく、ただ冗談だと思わせるようにふざけたような言い方をしたようだ。
問題は、楓幸くんの前世のネタはただの冗談ってことなのか? アオリと同じように、楓幸くんもわざと冗談だと思わせるという可能性があるよね? でも何のために? そんなことはないよね? やっぱりよくわからない。まあいいか。
「実はオレ、前世は男性だったよ」
オレもこの遊びに参加してみた。
「だから『オレっ娘』ですね?」
「まあ、そうだよ。いまのは前世の喋り方そのままだよ」
いま言っているのは全部本当のことだけど、冗談っぽく言っている。こんな遊びも意外と楽しいかも。あ、でも本当にバレたらどうする? まあ、楓幸くんなら大丈夫だと思う。
「先輩は前世が男だったら、これってボクと逆ですね」
「そうだね。あはは。ね、キミも前世の喋り方をしてみてよ」
「いや、いまのボクが女の子のような言葉遣いをしたら可笑しいはずですよ」
「何それ? ならいまオレも可笑しいってこと?」
「いや、先輩はむしろ似合っているよ」
「どういう意味だよ……」
女の子は男のような喋り方をするといい評価をもらうのに、男の子は女っぽい喋り方をするのはダメだと? なんか不公平だよね。
「先輩は可愛いから……」
「え? か、可愛いって……オレを口説いているのか?」
「本当のこと言ってるだけですが」
「……」
いきなりこんな美少年にそう褒められると、さすがにわたしもついドキッとしたよね。
いままでのわたしはただ普通の女の子として生きていた。だからもちろん、普通の女の子と変わらず、男の子に興味を持っていたよ。
だけどオレの記憶が混ざっているいまは……どうだろうね。しょうじきまだよくわからない。複雑な感じだ。
いま体は女の子だから生理的には……たぶん普通に女の子と変わらないかもね。だからこのままオレはアオリと昔みたいな関係になれるかどうか、しょうじきあまり自信がないよ。
でも、もしこれから自分が普通の女の子として男の人と付き合ってあんな関係になると想像してみたら……。やっぱりダメだ! オレの意識はそんなこと許さないはずだ。いや、でもこのままじゃ……。
「紫陽樺先輩? 顔真っ赤ですよ」
「うっ……!」
変な想像をしたから顔に出たか。
「と、とにかくキミはアオリがいるから、他の女の子を口説くのはやめてよ」
やっぱり、オレは簡単に口説かれないぞ。
「だから違うって。蒼莉姉が幼馴染です」
「はいはい。そうだよね」
いまさらまだ隠し続ける気か……。やっぱり恥ずかしがり屋さんだね。
「そろそろ帰りましょうか」
「うん、そうだね。いろいろお喋りしていたらもうこんな時間か」
「こんないいお店に連れてきてくれてありがとうございます。魯肉飯はとても美味しいです。蚵仔煎も」
「気に入ってるのならここに連れてきた甲斐があるね」
わたしもここの料理が好きだからいつも来ていた。やっぱりいまのオレでも美味しく食べられる。前世のオレの好き嫌いとかはあまり影響ないようだ。これはわたしの体だからかな。
「でもキミにとってどうせアオリの料理のほうが美味しいに決まってるよね?」
「もちろんです」
「……そう」
アオリのことだと迷いなく褒めるよね。まったくこの子は……。本当に自分の気持ちを隠す気があるのか?
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「もう夜遅いです。ボクは家まで送ってあげましょうか」
お店から出て、次はそろそろ家に帰るところ。
「それって送りオオカミ?」
「違いますよ」
「冗談だよ。でもやっぱりオレ一人でも大丈夫だよ。ここからは違う方向のようだし」
「でも女の子一人では……」
「小さいからって舐めるなよ」
いまはこんなにちっちゃい体で悔しいけど、前世のオレはキミより体が大きかった……はずだよ。ほんの少しだけだけど。
「いや、そのつもりでは……」
「心配しないで。キミよりオレのほうが年上だから」
「はい、わかりました」
「それじゃ……」
「あの……、先輩」
オレは歩き出そうとしたら、楓幸くんに呼び止めた。
「また何か?」
「これから蒼莉姉のことよろしくお願いします」
「何それ? キミって本当にアオリの保護者っぽいよね」
このセリフはオレのほうこそ言いたい。前世のアオリの保護者はオレだったからね。
いまは確かにオレのほうが同じクラスで毎日アオリと一緒に過ごす時間が多いけど、もう何の力もないただの普通の女の子だ。客観的に見るとキミのほうが頼りになれるはずだ。
「蒼莉姉は勉強下手ですし、不器用なところも多くて、それにデリカシーなくてよく人に迷惑かけるから」
楓幸くんって過保護だよね。でも女の子のことを心配する気持ちはオレもよくわかっているから他人事言えないか。
「あはは、そうだよね。わかった。一緒のクラスだから学校でアオリの監視役はオレがやるよ」
いまのところ学校ではオレがアオリを見守ってあげるよ。でもこの後先は……わからないよね。
「じゃね。また学校で」
そのまま楓幸とはお別れを告げてオレは自分の家に向かう。
さっきまで楓幸くんといろいろ話し合えて楽しかった。いろいろわかるようになったし。楓幸くんのことも、アオリのこともね。
『……♩♪♫♬♩♪♪♫♬……』
あ、スマホが鳴り響いた。アオリからの電話のようだ。
「もしもし、アオリ……」
その後オレはアオリと電話していながら家へ向かって歩いていく。
いまタイトルを変えました。
元のタイトルは『恋人同士で一緒に異世界転生したのに、彼だけはTSだなんて……こうなったらもう百合しかないってこと?』。
やはりなんか長すぎて、結局簡潔なタイトルができればそのほうが望ましいと思います。




