1 【紫陽樺】わたしととんでもない彼女との出会い
わたしは雛美坂紫陽樺、きょうから高校2年生になる女子高生。
いまは新学期初めての日の朝、わたしは登校して、今年の新しい教室に入ってきた。
「おはよう。また同じクラスね」
「雛美坂さん、おはよう。また一緒で嬉しい」
「ええ、わたしもよ」
いつものように凛々しく振る舞いながら、わたしは去年から同じクラスの女の子とあいさつを交わした。
新学期が初まって新しいクラスになったので、去年わたしと別のクラスでまだ見慣れていない人も多い。
わたしは新しいクラスメートのことで少し不安になっている。まともな人ならいいけど、『いやなやつと会わないように』という願いも込めている。
特に隣の席の人ね。もしうるさい人だったらめんどくさそう。バカなことをするようなやつだったら、わたしはいつもイライラして居心地が悪そう。
今年の教室での席は姓名の順で決めたようだ。わたしの席は一番後ろで廊下のほう(右側)から二番目。
「席、あっちね」
よりによってなんで一番後ろだろうね。わたしはあまり背が高くないのに。たった147センチしかないから困るよね。なんか運が悪いわね。
わたしが席に着いたときに、わたしの右側の席(つまり教室の一番後ろで一番右側の席)の人はすでに座っている。笑顔いっぱいで元気そうな女の子だ。
わたしは席に座って、彼女をちらっと見てみた。背はとにかくわたしより一回り高いみたい。
茶色……いや、栗色に染められた髪で首くらいまでの長さ。左側の髪は意味不明なサイドテールにされている。まさか本人はそれがかっこいいとでも思ってるのかしらね?
確かに彼女の顔立ちから見れば可愛いけど、なんかギャルっぽいって感じもする。
「おはよう、キミは雛美坂紫陽樺さんだよね? はじめまして」
彼女は笑顔でわたしに声をかけてきた。
「わたしのこと知っているの?」
去年は違うクラスだったはず。わたしも彼女の名前なんて知っていない。
「キミは結構有名人だよね。優等生でお嬢様で美少女だから」
「あ、そうか……」
まあ、確かにそうね。わたしもその自覚があるわ。
「噂通りロリ美少女。ちっちゃくて可愛いね。サラサラ長い黒髪は綺麗」
「……」
彼女はわたしのことを褒めているようだけれど、ロリとちっちゃいってのは余計だわ! この人は全然デリカシーがないようだ。
「あ、あたし自己紹介はまだだね。あたしは山葵野蒼莉」
山葵野さんね……。なるほど、名字が『わ』だから一番後ろで一番右の席ね。『あ』なら窓辺(左)のほうで『わ』なら廊下(右)のほう。そしてわたしは『ひ』だからかなり廊下に近いほう。
「あ、いま『おかしな名字だ』とか考えているでしょう?」
「は? いや、そんなこと考えていないわ」
全然違うわ。確かに名字のことについて考えているってのは当たっているけれど。
「違うの? 普通はあたしが自己紹介すると、よくそう訊かれたよね」
「そうか……」
まあ、確かに『山葵』って名字はわたしもいままで聞いたことないわね。
「キミの隣の席にいられるなんてすごく嬉しいね」
「そうか……まあ、光栄だわ」
だがわたしは全然嬉しくないわ! この人、なんかテンション高すぎて一緒にいると疲れそう。わたしの苦手なタイプね。こんなやつが隣の席だなんてやばいかも。
「キミは成績優秀だよね。ときどき宿題を写せばいい?」
「いや、その……」
自分でやれよ! それに喋り方はなんか馴れ馴れしすぎ……というか、上からの目線ね。
「ただの冗談だよ。あはは」
「そう……か」
もう話に付いていけないようなので、わたしは席から立ち上がった。
「わたしはちょっと友達の席に行ってくるね」
「あ、うん。まだいろいろ話したいけど、席は隣だからいつでも話せるよね」
「まあ、そうね……」
そう言われると落ち込むわ。いま逃げてもその場しのぎしかないという事実は……。
わたしは自分の席から離れて、窓際の席に座っている女の子のほうに向かった。
「汐寧、おはよう」
「紫陽樺、おはよう。また同じクラスでよかったね」
彼女は稲畑汐寧。去年からのクラスメートで一番仲がいい。メガネっ娘で、背中まで長い髪の毛はみつあみにしていて可愛い。背はわたしより高いが、山葵野さんほどではない。
外見だけ見れば彼女はわたしより優等生っぽいけど、わたしのほうが成績いいんだからね。
「ね、わたしはあの人が苦手かも」
わたしは山葵野さんのことを汐寧に相談してみた。もちろん、本人が聞こえないように小さな声で。
「さっき私も見たよ。彼女からグイグイ話しかけられたよね」
「うん。ね、もしわたしが彼女に付きまとわれたら助けてね。わたしに用事があるとか言って連れ出して……」
いつもわたしは汐寧に救われていたから、これからも同じように頼ることになりそう。
「そんなに彼女がいやなの?」
「まあ、初対面であんなに馴れ馴れしくされるとはちょっとね。わたしは一番心地よくお喋りできる相手は汐寧だけだよ。また一緒のクラスでよかったわ」
いますぐ席を替えたいくらいだ。
「でも、紫陽樺は私以外の友達をちゃんと作らないとね」
「わたしは汐寧さえいればいい」
「そんなわけないでしょう。おおげさ」
おおげさではないわ。本当に汐寧と話したらちょっと安らいできた。
本当にもし汐寧が隣の席だったらよかったのに。でも彼女の名字は『い』だから窓際の席で、なんか遥か遠くの存在って感じだよ。
さっき山葵野さんにも言われた通り、学校でわたしは周りからの評価がかなりいいみたい。それは、わたしがいろいろがんばっていたからね。成績のことも、人間関係のことも。
別に人に手伝って喜ぶようなお人好しなんかじゃない。ただ人に言われたまま流されて自分のできるだけのことをやってきたら『優しい人』だとか褒められた。
実際にわたしは人付き合い苦手で、いつも距離を取ろうとしている。
だけど、汐寧だけは特別だ。彼女はわたしの本心をちゃんと理解できた上で付き合ってくれた。わたしの天使だわ。
そんな彼女とまた一年同じクラスで過ごせることはわたしの救いの一つだ。
結局わたしは授業が始まる時間までずっと汐寧とお喋りしていた。
席に戻ったら山葵野さんは「ただいま、これからもよろしくね」と、めげることのない笑顔で話しかけてきた。
そしてクラスの担任先生である40歳くらいの女性が入ってきて、ホームルームが始まった。が、たった数分後……山葵野さんは眠ってしまった!
「すやすやー」
「……」
さきほどあんなにうるさくはしゃいでいたのに、ホームルームが始めたとたん居眠りするとはな……。
まあ、このまま眠っていればいい。わたしには関係ないからね。
「おい! あそこの君、居眠りか!」
その行動はすぐ担任先生の目に入って、すごく怒られた。
「……ご、ごめんなさい。先生の声聞いたらなんか眠気が……」
彼女が目覚めてすぐ口から出した言葉を聞いて、クラスメートたちが笑ったが、先生の顔は……とにかくやばいわ。
「ちょうどいい、いま教務室から必要なプリントがある。君は持ってきて」
「え? なんでですか?」
先生に命令されたら山葵野さんが頬を膨らませながら文句を言った。
「眠るくらいなら体動け!」
「はーい。そこまで言うのならしてあげなくもないけど……」
そんな口振り、何様のつもりだよ、あなたは……?
「まあいいか。教室なんて窮屈だしね……」
と、山葵野さんは小さい声で呟いたが、隣の席のわたしははっきり聞こえているよ。
そもそも窮屈とか思っていたら来なくてもいいのに……。
少し不満そうな顔だけど、先生に言われた通り山葵野さんは立ち上がった。
これでうるさいのがいなくなってここはしばらく平和ね。
「で、隣の席の人も一緒に手伝って」
と、先生が言った。隣の席……、山葵野さんの隣って、つまり……。
「は? わたし……ですか?」
最悪だわ! わたしが全然悪いことしていないのに。なんで巻き込まれてしまう。やっぱりこの人といるとしゃれにならないわ。
てか、わたし力仕事が苦手なのにね。こういうときは男子生徒にやらせたほうがふさわしいのではないのか?
心の中ではいすごくいやがっているけど、口から出すわけにはいかない。わたしは何があっても断らない性格だからね。
「はい、わかりました。任せてください」
その後クラスメートたちから「さすが雛美坂さん優しい」とか、「山葵野さんまた問題起こしたね」とか、「山葵野さんと一緒だなんて雛美坂さん可哀想」とか……様々な呟きが聞こえた。
とにかく周りの人はわたしの味方みたいでよかった。そして『山葵野さんがやばいやつだ』という事実は、さらにはっきりと実感した。
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「あの、雛美坂さん、本当にごめんね。あたしのせいで」
教室から出て一緒に並んで歩いているあいだ、山葵野さんはわたしに謝った。
「いいえ、わたしは問題ないわ」
でも内心でわたしは『あら、自覚があってよかったね。そう、全部あなたのせいよ。迷惑なのよ。このバカ!』と悪態をついている。
わたしは彼女みたいな人が苦手だけど、誰にも敵に回したくない。たとえ嫌いなやつでも、わたしはできるだけ言葉遣いに気をつけようとしている。
「キミと2人きりになれるなんていいかもね」
「そう……」
わたしは全然よくないわ! こいつどうやら全然反省していないみたい。
「まさか、これは運命……なんちゃってね」
「そんな、おおげさだわ……」
運命……そうね。わたしはいま運が悪かったわね。
「そうだ。あのね、あたしは……あっ!」
階段の前まで歩いてきて山葵野さんは何か言おうとしたそのとき、不意に足が踏み外してしまった。
「危ない!」
反射的にわたしは階段から落ちようとする山葵野さんの手を掴んで引っ張ろうとしたが、当然小柄でか弱いわたしの力なんて山葵野さんの体を引き上げられるはずがない。逆にわたしも巻き添えに、階段から落ちていく……。
やっぱりこの人と一緒にいるとわたしは不幸!?
考える余裕もなくわたしたちの体はどんどん階段の下へ向かっていく。
頭が何かとぶつかって、そのときわたしの意識は突然途切れた。