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帰宅後、アルと亜空間にて。
「ねえ、魔力をぶつけたくらいじゃ嫌がらせにならなかったのかしら?あの涙も演技?」
「いや、あれはお前がやりすぎたんだろう。髪の毛は治癒でも治らないからな」
「じゃあやり過ぎたからご褒美がもらえなかったってこと?」
「…まあそうだな」
ため息と共にそう言われて気が付いたのだ。
初対面の時は何もしていないことを怒られ、手の痛みと共にハインツまで連れてきてくれた。
やればいいってものでもないなら、何もしなければいいのではないだろうか。
やれと言われて素直にやったからお仕置きがなかったのだろう。
もっと頭を働かせるべきだった、と反省し迎えた翌日。
馬車に乗り登校しようという10分程前に王室の馬車が玄関に着いた。
公爵家はざわついたものの素早い動きで王太子を出迎え、私を馬車に押し込んだ。
優雅な仕草で足を組んだ王太子はにこやかに挨拶をしてくださった。
「突然の迎えになってしまってごめんね。少しビアンカ嬢に聞きたいことがあって、登校時間を婚約者と共に過ごす時間にすることにしたんだ」
突然も突然だが、王太子がそう決めたと言われればそれに従う他ないのだ。
ビアンカが笑顔で嬉しいと頷けば、王太子はいつも満足そうに笑うのに今日は違った。
「君と同じ学年に、メリーアン・ベリアルという男爵令嬢がいるのは知っているよね。その女子生徒が、君から嫌がらせを受けたとグリードに泣きついているんだ。何やら髪の毛を切られたとか」
そう言いながらジッと私を見つめる眼差しは、ハインツよりも背筋に甘美な痺れをもたらした。
その感覚に困惑する私を王太子は図星だと踏んだらしい。
大きなため息と共に、普段より低い声が馬車の中に響いた。
「困るんだよ。君は優秀だし、将来は伴侶として上手くやっていけると思っていたのに。やるならとことんやらないと。中途半端だから告げ口なんかされるんだよ」
「中途半端ではありません!私は…」
中途半端という言葉に反応して、うっかり反論してしまったが王太子に目線で制されてしまった。
「中途半端だろう。ビアンカ、卒業後私の隣に立つのは君だと決めているんだ。君がグリードのことを想っていてもね。それに、グリードよりも私の方が君の欲求は満たせると思うよ」
突然の呼び捨てよりも、気になる言葉だらけだった。
(ハインツ様のことを邪な目で見ていたのがバレているの…?!それに私の欲求って、まさか)
「君は被虐趣味があるんだろう、ビアンカ」
(バレてますわ!!)
ぽかんと口を開けた私の頬をゆっくりと撫でながら、普段の優しさ満点王子はどこへやら、色気たっぷりに微笑む王太子。
(あれ?!ウォルシュタイン様ってこんな感じだったかしら?ハインツ様よりもなんというか、もっと、もっとこう、くるものがありますわ…!)
「大丈夫、誰にいうわけでもない。私たち2人だけの秘密だよ。ビアンカはただ認めればいいんだ」
「っは、はい…。あの、何故ウォルシュタイン様は私の嗜好をご存知なのでしょうか?もしかして私が知らないだけで周知の事実なのでしょうか…?」
そうであったら大変だと思いつつも、それで内心皆に蔑まれるのも悪くない。
しかし王太子はゆっくりと首を横に振り、知っているのは自分だけだと言う。
「ここだけの話、私には嗜虐趣味があるんだ。だからかな、君には特に惹かれるものがあったんだよ」
にっこりと暗い目で言われた瞬間、体に稲妻が走った。
(もしかして、これが恋――?)
もしここにアルがいたならば、チョロいなお前と言われたところだろう。
しかし、今までハインツに感じていたものとは明らかに違う何かが、確かに自分の胸の中に渦巻いていた。
チョロいのも上等、ドM上等である。
そこで先程の王太子の言葉を思い出し、必死に否定する。
「あの、ウォルシュタイン様!ハインツ様のことをお慕いしているわけでは、決してそのような不義理なことはしておりません…!ただ、眼鏡の奥の視線がその、堪らなくて…」
あの冷たい視線を思い出し、思わず頬を染めかけたところで王太子の笑い声が聞こえ、慌てて現実に戻る。
それはそれは禍々しいというのが相応しいオーラが滲み出ており、今まで自分が王太子について勘違いをしていたのだと思い知った。
そう、王太子はドSだったのである。