バーチャル家族 ¥
主人公の俺はしがない男子高校生。と言っても、はつらつな性格の父親、厳し優しい母親、中学生の妹がいる割と裕福な人物である。
だが、それは本当に「俺」なのか…?
「誕生日プレゼントがプレ○テ5とVRゴーグルとは豪勢だな!」と父が笑う。
俺はもう高校生で、父から貰った誕生日プレゼントを素直に喜べるお年頃ではないが、これほどのものなら満更でもない。
「どうせ親父もバイ○ハザードとかやるつもりで買ったんだろ、俺を理由にすんなよ」と憎まれ口を叩いてみるが、
「何だ、気づいてたのか!小さい頃は気づかなかったのになぁ、成長したんだな!」とはつらつに切り返された。いやどんだけテンション上がってるんですかこの人は。
「こらこら男性陣、遊ぶのは後にして、食器を並べるのを手伝って下さいな?さもなくば晩餐抜きですよ?」
「ホンっと男どもって子供よね。現実にないものにマジになっちゃうわけ?ないわ〜。………私も気にならないことはないけど…?」
どうやらこちらの声が大きすぎて愚行がバレたらしい。母と妹がしびれを切らしてこちらを呼んでいる。俺の誕生日を祝うために家族総出で動いてくれるのはとてもありがたいことだ。けど俺今日の主役だよ?動かなくて良くない?
「うん?今働かない役立たずの蟻の声が聞こえたような…」
「はい!今行きます!すぐ行きます!」やべぇ、余計なことを考えた。母にこの程度の考えがバレないはずがないのだ。ならば行動でやる気を示さねばならない。俺はしぶしぶ父の首根っこを掴んで台所へ向かった。おい親父、アンタまだ動く気ないのかよ。
食卓に豪華な料理が並ぶ。買ってきたものもあるが、その殆どが母と妹の手作りだ。我ながら凄い家庭に産まれたと思う。料理の腕前は勿論のこと、妹が俺のためにつくってくれたと思うと涙が止まらない、いや、涙でないわ。
「こうやって並べると壮観ね!つくった甲斐があるわ〜」と母。妹はその隣で「うわぁ…いい匂い…美味しそう…」とだらしなくよだれを垂らしている。その顔は家族との食事の間だけにしておきなさい。俺がティッシュを何枚かとって渡すと、
「ん?なにこれ、どゆこと?」と本人に自覚はないご様子。然らば教えて進ぜよう。
「よだれ、たれてるぞ。」
「へ?うぁっ、ホントだ!もう早く言ってよバカ兄!」
「そんなに美味しそうか?」
「……美味しそうだから仕方ないじゃん…」
かわいいなオイ。これが妹とか俺の家族理想的過ぎるだろ。さて、俺も匂いを嗅いでみて、と…ん?
コレ、匂いするか…?
「なぁ、これホントにいい匂いするか?」と聞くと、妹は
「は?何言ってんの?お鼻もおバカになっちゃったワケ?いい匂いするじゃない!あれも、これも、それも……」と止まらなくなった。
母は「大丈夫?熱でもあるのかしら?」とガチトーンで心配してきたので首を横に振る。この時間を絶対に終わらせてはいけない、そんな気がした。
「「「「ごちそうさまでした!」」」」
「はい、お粗末さまでした」と食卓に終わりの合図が響く。食事の会話は俺の今までの思い出だったり、最近の話題だったりと、意外と家族で話し出すとそれぞれ違う方向性で止まらなかった。まぁ、妹の恋バナを聞けなかったのは痛手である。相手が分かったら潰す気でいたぞ、こっちは。
こんなふうにくだらない談笑を重ねつつ、俺はこうして夢のような時間を過ごしていた。
…但し、味覚を除いては。味覚と言うのも正しい表現ではないかもしれない。何か霞を食べているかのような…
ともあれ余計な心配は掛けられない。俺の心の内に留めておけばいいことだ。
「さぁ、片付けましょうか!」という母の声に俺は誰よりも早く動いた。今日の主役が動くことはないと思っていたが、今はそうは思えない。この違和感から、俺は一刻も早く逃れなければ。
「よしっ、腹もこなれたことだし、ゲームするか!」と父が言う。俺もこの手のゲーム機を触るのは不慣れなので、かなりワクワクしていた。ついでに言うと、先刻までの違和感も忘れるほどだった。
「本当は父さんからやりたいところだが、今日は主役がいるもんな〜、しょうがないよなぁ〜!」とわざとらしく譲られたが、全く気にならなかった。そんなことよりも、今はこのゲームに浸っていたいのだ。
ヘッドセットを手渡され、ゴーグルをはめようとする。
瞬間、何かが引っ掛かった。でも、引っ掛かった所を見ても何もない。だが、そこには間違いなく何かがある。そう思った途端に背筋がぞくっとした。
気づいてはいけない。
俺はなるべくその違和に触れぬよう、慎重にゴーグルを付けた。
ゲームにのめり込んでしまえばどうということはない。外からの音もほぼ聞こえない。ここまで熱中できるとは、最近の技術はすごいなと感心してしまう。ただ、そのリアルさ故に、選んだゲームがまずかった。このバイオやばい!マジで死んじゃう!リアル過ぎて殺されそう!
内心クッソビビリながら進めていると、不意にヤツが来た。奇襲だった。
「うあぁあぁ!!!」俺史上最高に情けない声を出しながら、もう限界に達した心臓を救うため、現実に戻るため素早くゴーグルを取った!
次に目を開いたとき、広がっていたのは、家族の笑い声ではなかった。そこには人は誰もいなかった。
無機質な箱の中、たくさんのコードに繋がれたグローブとソックス、ましてやマウスピースを、俺は装着していた。そして目の前には、さっきまでの家族を映したゴーグルがあった。
呆気にとられた俺が足元を見下ろすと、そこには「¥500」の文字と、コインを入れる穴、そしてカウントダウンが終わり切るタイマーがあった。
俺は恐る恐る自分の目元を確認する。無論ゴーグルなどついてはいない。詰まるところ、これが現実である。
俺は気づく。「俺は、金で家族を買っていたのか。」と。
現実の俺は一体なんなのか、それを考えるのが今の俺には恐怖でしかなくなった。
カウントが0になる。画面には「continue?」の表示。手元に無造作に置いてある財布には溢れんばかりの500円玉が詰められていた。
そして俺は、その甘美に再び浸るため、投入口に悪魔のコインを投じた。せめて、せめて今だけは幸せでいたいから…。
いかがだったでしょうか?
家族のキャラ回収が出来ず、申し訳ありません。一応、現実の「俺」が望んだ家族像があの一家ということになっております。
実際考えてみると怖いですよね、VRって。このまま技術が発達すれば、いずれ人間は現実と仮想の区別がつけられなくなるんじゃないかと思うと恐怖で夜しか眠れません。
ところで、目に手を当ててみていただけますか?もしかしたら、本当には当たってないのかもしれませんね…?