オサレな文章を書く仕事を依頼されたんだけど、オサレと縁がない私が書く文章は全くオサレじゃなくてどうにかオサレになろうと頑張ってみたものの本物のオシャレさんに敵わず撃沈しました、誰か私にセンスを恵んで!
フ ィ ク シ ョ ン で す
「すみません、情報発信記事なんですけど…。詳細はメールにあるので、5000文字以上でお願いできますか?」
「はい、了解しました、少々お待ちください。」
仕事の依頼が飛び込んできた。月末、締め切り前の少々立て込んでいる時期に5000文字か、まあ、なんとかいけそうだな。よし書くか。
ふうん、地域情報誌のオシャレなカフェオープンの紹介ね、記載必須事項は…ふんふんなるほど。時代の先端を行くモダンで落ち着いた空間の紹介、メニューについて美味いという断言は無し、既存店舗を思わせるような表現不可、場合によりにおわせる程度なら可…窓際の席、優しいスタッフ、オーガニックを前面に出したい、フムフム…。閲覧年齢指定していないなあ、とりあえず二十代向けに書いて出すか。さっさかさー…うん書けた。私は文章作成に時間をかけない方でね、早々に依頼元に返信を心がけているのさ。
ぺるっぺぺるっぺぺっぺけぺー♪
あ、電話かかってきた、文章見てくれたのかな。
「記事ありがとうございます、ええと、誤字脱字はこっちで訂正修正かけました、最終文字数は5012、もうちょっとボリューム欲しいんですけど、窓辺のとこ膨らませてもらっていいですか?あと、モーニングのところ、ギャグが利いてて面白かったです、このノリ僕大好きなんですよね、またお願いします。」
「はは、ありがとうございます。」
…やけにサクサク進むなあ、大丈夫かな。今話してる営業さんは、実は新入社員さんで、まだあんまりこう、雑誌の内容とかうーん、微妙にこう、ヌルい理解しかしてないっていうか…。前任者の濃すぎるやり取りになれている私にとってはですね、ええと、相当そのう、不安が残るのですが…ううーん、まあいいか、とりあえず請求書だけ書いておこう。
夕方、請求書を送信して猫とのんびり遊んでたら。
♪♪ズンズンガーズンズンガーガッチャン!!!♪♪
こ、この騒がしい着信音は!!!
「遠藤さん!!!お久しぶりです!!どうしましたか!!!」
「どうしたもこうしたもねえよ!!!なんだあの文章は!!!無しナシ!!」
はい、私の心配、的中―!文学の鬼直々の襲撃だよ!!!
電話の主は文章依頼元のちょっと偉い人、遠藤さん。地域情報誌の立ち上げの時に知人から紹介されて、かれこれ5年ほどお仕事を一緒にさせて頂いている人である。コラムの依頼やショートショートの依頼、広告用コピーライトにネーミング、その他いろいろ書かせていただいているのだけど、まあなんて言いますか、年月を重ねますとね、遠慮ってもんがね、気遣いってもんがね。
「ええー、でも駿河さんは良いって言ったよ、これでいいじゃん!」
「バカ!!情報誌の記事なめんなよ?!あんなんおしゃれどころが田舎もん、場合によっては原住民だ!!」
また意味不明な理論を持ち出しやがって!!
やけにこだわるタイプの文学の鬼は、それはそれは細かい指定や指示や無茶ぶりやごり押しがひどいのなんのってね、まあね、私全部こなしてきましたけどね!!!
「私はダサい部類の人なので、お洒落な文化はいまいち理解できません、一般的を装った個人的センスを盾にとって説教かますのはやめていただきたいですね!!!」
「だから俺が乗り込んできたんだろうが!!いいか、まずあの心の動きのない上っ面の薄い表現はダメだ、居ても立っても居られない焦燥感にかられた訪問意欲につながらない!しかもあの窓辺の採光についての比喩表現は何だ、アレじゃあ自然光の中微睡む癒しの空間が目に浮かばないだろう、アレはただのLEDだ、もはや人工物だ!!不要、不要!もっと心の琴線震わせるような文字書けよ!!あと文章の流れがダサいんだよ!!シャレオツな情報誌に流行のかけらもない笑える物語なんか必要ねえんだって!!文字列に爆笑する要素があっても店ってのは話題になんないの、わかる?!」
目を引く記事だったらいいじゃん。記事って読まれてなんぼっていうか。そもそも行ったことない場所のレビューなんか風呂敷を広げざるを得ないっていうかさあ。
「じゃあせめて取材させて下さいよ、こんなん写真だけでオシャレを表現とかさあ、土台無理なんだって!そもそもさあ心に響くとかうるさいけど、結局奇麗ごとなだけじゃん!時代は現実味だって!見た目よりも安い早い美味いがいいんだって!お笑い要素で引き込むのもありだって!」
「ダメダメ!!現場に行ったら見たくない現実に目がいくだろうが!お前プロが全力で仕上げた写真見たんだろ?おしゃれな空間だと思わなかったのかよ、あの写真に庶民感は存在しない!お笑い要素は存在してはならん!!むしろふんだんに資金を注がれて成金趣味に負けじと虚勢を張るかの如く前に踏み出した、一歩間違えば足を踏み入れる事すら躊躇せざるを得ない空間だ、その微妙な境目を確実に表現しないで何がおすすめ情報だ!!あれはただの文字列だ!!文章を名乗るなど言語道断!!書き直し!!!」
げえ!!!追加分も含めて書き直しだと?!ちょ、今晩の睡眠!!!
「ええー!今から書き直し?!締め切りいつ!!間に合わなくなるかもしれないけど。」
「できるだろ!!あんたの筆の速さは業界一なんだぞ!!万が一のことがあっても一日くらいならどうにでもなるから!紹介するポイントはあれでいいんだ、震撼させる洒落た表現だけ盛り込めばいい。」
盛りこめと言われましても、どう盛り込んでいいのか。
「盛り込むって。まあやれるだけがんばるけどさあ…またダメ出し食らうのやだなあ。」
「喰らわないくらい洒落た誇張表現を前面に出せばいいんだって。そもそもお前の文章はセンスが足りないんだよ。」
そうなんだよね、私いろんな文章を書かせてもらってるんだけど、どうも、こう…センスの光る文章が書けないっていうか、お洒落じゃないっていうか、いも臭くなるっていうか、無理してる感が強いっていうか、見ていて痛々しいというか、場違いっていうか、締め切り間際で誰も書いてくれないから筆の早いこいつに書かせとこうってのが丸見えっていうか、単価安いからこいつにしとこうってのが筒抜けというか…。
「語彙力に枯渇していた時代を思い出せ!!文章とは何たるものであるか見当もつかず、物語に夢と希望と情熱をのせて妄想を繰り広げていただけのあの時代を!!!まだ書き記すことができない自分の中にある物語をいつか書き上げると誓ったあの日の事を思い出せ!!書ききれない物語にどうしようもない無力感を抱き、いつか文字にすることができると信じて孤独に頭の中で文章の形を濃縮させていたあの時代を思い出すんだ!!!」
「何言ってんだかさっぱりわかんないですね、私別に頭の中の物語を書くこと目指したことないし、そもそももともと楽しんで文章書いてただけだし、盛り込むべき要素が私の中に皆無なんですけど、妄想力だけはまあまあ自信あるんで書いてみますよ。まあ、限度はあると思いますけど。」
なんかさあ、こういう時、向上心ある人っていいなあって、心底尊敬しちゃうんだよね。私いろんな文章は書くけど、こう、おもしろい文章とかばっかり書いちゃってさあ、ひたむきな情熱とか美しい表現とか語彙力の塊を文に叩きつけるタイプじゃないんだよね。みんなが笑ってなんぼの世界を書きたいというか。
「バカ!!お前読者なめんなよ?!言葉を知らない流行に囚われた流行りから遠い位置にいるおしゃれに恐ろしいまでの執着を持つ存在に最新の情報をぶち込む責任を持てって言ってんだ!!!あいつらはな、正に神なんだ、現実のただれた最新のオシャレ情報を何も疑いもせずに鵜呑みにする純真無垢な存在なんだぞ!!いいかライティングってのはな、お前が満足する物語を書くんじゃないんだ、たくさんの人が理解できる、賛同できる紹介文をきっちり盛り上げて仕上げなきゃ意味がねえんだ!!!」
「あんまり盛ると誇大広告になっちゃいそうだし、美しくまとめようにも文学的表現の知識ないし…。」
勢いの付いた暴走するおっさんを止める術はない。理解できない文章作成にまつわる薀蓄がどんどこどんどこ押し寄せてクールー!
「はあ?!お前ナニ言ってんだ!!いいか、読者がみんな文学者なわけねえだろ!、むしろ逆、難しい単語や四文字熟語盛ったところでそれを理解できるやつが何人いると思ってんだ!自分の知識ひけらかして自己満足とか何、それともまさかとは思うけど、難しい言葉持ち出さなきゃ物事を紹介することができないの?ライターなのに?ふうん、文字を書く仕事してるくせに、書けない文章があるんだ、へえ・・・。」
「ちょ!!あんた何言ってんだ!!!くっそー・・・やったるわっ!!!」
かくして書き直した文章は、まあそれなりにわかりやすくは書けたものの。三ページ先の読者投稿コーナーに掲載されていた、恐ろしい程語彙力のない風刺の効いたオシャレなショートショートの方が数億倍心をわしづかむ物語にまとまっていてですね。難しい言葉を知らない人の物語にパワーってのを目の当たりにしたといいますかね。うん、私おしゃれじゃないし着眼点がずれてるからセンスのいい文章は書けないわと撃沈した日々が確かに存在していたわけですよ。ずいぶん頑張って、そのたびにセンスを喉から手が出るほど欲しがっていた自分が、一時期存在していたわけですよ。
♪♪ズンズンガーズンズンガーガッチャン!!!♪♪
…やけに騒がしい着信音は、今だに健在だったりするのだな。
「よう!久しぶり!!!」
「そうでもない。」
つい先日地域特産品のネーミング会議で会ったばっかじゃん。食品開発事業部の皆さんに囲まれて試食しながら、散々あーでもないこーでもないとうんうん唸ってたのをお忘れか!!
「こないだのさあ、まずすぎる特産品、メシマズはまずいって社長からNG出ちゃってさあ。商品説明欄使えなくなったらしいんだわ、加算無しで裏側だけ書いてもらえる?」
「ああ…良いですよ、じゃあ今から送ります、不愉快フレーバーの方でいいんですね?」
なんだかんだで無茶振りされつつも、勢いのあった日々は過去の出来事になった。
今も地域情報誌を手掛け、それはもうきっちりと予定された流行を洒落た文章で飾り立てているおっさんは、堂々と重鎮として君臨していたりする。
「そうだな、30分以内でいいや。」
「また無茶ぶる!!!」
なお、そのゴリ押しっぷりは微塵も変わっていない。
「あれ、できないの。」
「・・・やったるわ!!!」
そして私の負けず嫌いも未だ健在である。
「個包装バージョンも欲しいってさ、さくっと追加頼むわ!!」
「昔あれほど文章にこだわった遠藤さんが…変わりましたね!!!」
少々嫌味を乗っけて返すと。
「あんたは相変わらずセンスのかけらもない文章を書くけど、完成までのスピード感はピカイチだからな、安定感が違うわ!!ギャハハ!!!」
昔からオシャレでなかった私は、ハイセンスになりたいと願ったこともあったけど、結局どんだけ文章を書いたところで、光り輝くオシャレな記事を書いて褒められることはなく、今もわかりやすい言葉を選びながら平凡な紹介記事を猛スピードで書き続けている、というお話。
しつこいようですが、
フ ィ ク シ ョ ン で す