なろう大学物語 ~異世界恋愛学科の俺に、現実世界の天使が舞い降りた~
「……ねえ、王子」
「……なんだ、耕助」
「……暑いね」
「……40度くらいだな」
「……さすがにないでしょ」
夏真っ盛りの休日。猛烈な日差しが降り注ぐ中を二人の若者が肩を並べて歩いている。彼らは近隣にある『なろう大学』に通う学生だ。
異世界恋愛学科を専攻する『王子』と、推理学科を専攻する『耕助』。二人はそれなりに仲の良い友人同士だ。
「テレビもスマホも使えないと気温すら分からなくなるな……」
「電気がなくても使える温度計はあるけどね……」
彼らの目的地は徒歩10分の場所にある森林公園だ。二人のお気に入りの場所という訳ではなく、何か用事があるということもでない。それにも拘らず、猛暑の中を外出しているのには理由がある。
「この停電いつ復旧するんだ……」
「知らないよ……」
現在、二人の住居がある地域一帯が停電に陥っている。電気は一切使えず冷房も動かない。二人は蒸し暑さに耐えきれず、なけなしの涼を求めて森林公園に向かうことにしたのだ。
停電は前日の夕方。彼らが大学から帰ってきた時間帯の出来事だ。突然のことに近隣中が騒がしくなる。スマホも圏外表示で使えない。暫くすると、防災行政無線(屋外スピーカー)による情報周知があり、地域一帯が停電に陥ったこと、現在復旧作業中であることが伝えられた。
彼らはすぐに復旧するものと考えていた。しかし、一晩経過した今も復旧の兆しは見えていない――
「原因はなんだ。推理学科」
「知らないよ……どうせ電線でも切れたんじゃ……」
そこまで言って言葉を止めた耕助。
彼は斜め上空を見上げている。
「どうした?」
「……ねえ、王子」
「ん?」
「停電の原因、アレじゃない?」
王子は友人が指差した先を見る。普通に電線が張られている。特におかしな所は見当たらない。
「……どこ?」
「あそこ。電線が繋がっていない」
「……ああ、アレか」
よくよく見れば確かに繋がっていない。支柱の部分から先は電線が通っているのに、その手前には電線がない。
「他が繋がっているし、あれで良いんじゃないのか?」
「日本は三相三線式なんだ。送電線は三本セットで施設されていて――」
耕助がうんちくを語り出す。推理学科の彼は多方面の知識を持っており、ことあるごとに説明を始める。今回のテーマは『電気』らしい。異世界恋愛学科の王子には興味の持てない内容だったが、要約すると、送電線は三本セットでないと駄目という話だ。
「あれが原因なら、切れた電線があるはずだろう?」
「電線泥棒だね。犯人は人知れず深夜の内に……」
「停電は昨日の夕方だな」
「なら、一昨日の深夜に仕掛けを準備して……」
「何のためだよ」
稚拙な推理を論破する王子。もちろん、耕助も本気で言っているのではなく、冗談の類だ。
「文学部のくせに面白味がないね」
「俺の専攻は異世界恋愛だからな。大体、電線泥棒とか……」
「どうしたんですか?」
取り留めのない会話をする二人に声が掛けられる。
二人の視界に現れたのは整った顔立ちの若い女性。白い肌に茶色い髪のショートボブ。夏らしい薄手の服装をしている。端的に言えば『美人さん』だ。
「えっ……」
「あ……その……」
突然現れた女性に動揺する二人。相手は同年代の若い女性。しかも美人さんだ。二人はまともに返事も出来なかった。
耕助の専攻する推理学科には女性が少なく、学内で女性と交流することはほとんどない。学外でも同じようなものだ。彼は同年代の女性に対する免疫がないに等しい。
王子の方は異世界恋愛学科なので女性も多い。しかし、彼は見た目が陰気なので女性から避けられがちだ。「あの顔で恋愛って……フフフ」などと陰で笑われており、同年代の女性に対する苦手意識がとても強い。彼の口癖は「現実の女なんてクソだ」である。
言うまでもなく、彼女いない歴=年齢のモテない系男子だ。
そんな二人に屈託のない笑顔を向ける美人さん。
当然、彼らは挙動不審になる。
「泥棒って聞こえたけど?」
「あっ……それは……」
「えっと……こいつが停電の原因はアレじゃないかって」
「!?」
言外に『俺じゃない』と主張する王子。彼は先程の電線を指差す。
焦る耕助だが、女性の前では上手く言葉が出て来ない。
美人さんは耕助の様子を気にすることなく、王子が指差した先に視線を向ける。
「……どこ?」
「あそこの間。あっちから三本来ているのに、こっちが二本で……」
「あー、アレ」
「こいつ、そういうの詳しくて……」
美人さんが耕助を見る。
「あれが原因なの?」
「いや、そうかも知れないくらいで……別に詳しくないし……」
耕助がボソボソと言い訳じみたことを言い、王子がニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべる。彼は美人さんと会話が出来て調子に乗っているようだ。本人は軽快に会話をしているつもりだが、語尾に……が多いことには気付いていない。
「もう通報した?」
「いや、スマホ使えないし……」
「電話復旧しているよ」
「「えっ!」」
二人が慌ててスマホを取り出す。
「あっ、電池切れ……」
「俺は残っているけど圏外」
「ん、本当?」
「!?」
王子に最初の衝撃が走る。彼女がスマホを覗き込んだことで、彼の鼻腔に甘い香りが流れ込んで来た。男を惑わす若い女性の香りだ。
「携帯会社が違うからかな?」
「そ、そうかも」
王子の胸の鼓動が早くなる。普段では考えられない距離に居る女性。動揺に拍車がかかる。
「!?」
更に重大なことに気付く。彼女は正面から覗き込んでいるため、ゆったりとした夏服の襟刳りが広がり胸の谷間を鮮明に露出させているのだ。王子の眼は谷間とその周囲に釘付けとなっている。
白……白……白…………
時間にして僅か数秒。彼女が頭を上げたことで、王子の至福の時間は終わりを告げる。彼はボーっとした表情で彼女に見とれている。
王子は陥落した――
女性に慣れていない若い男はこんなものだ。笑顔を向けてくれた、側に来てくれた、良い匂いがした――そんなことで簡単に好きになってしまう。
頬がだらしなく緩む王子。真夏の猛暑と相まって、彼の思考回路は機能停止状態に陥っていた。
「じゃあ、私が代わりに……」
「うん……そうだね」
「えっ?」
優し気な微笑み、透き通るような白い手、心地よいリズムで動く指――
何もかもが彼を魅了する。
「もしもし、○○市の停電の件なんですが……」
「あっ、ちょっ……」
「停電の原因っぽいのを見つけて……」
「ああ……」
隣から聞こえる雑音に王子は僅かに不快感を覚える。しかし、彼女の声はそのすべてを洗い流してくれる。
彼女が側にいる――それだけで彼の心は満たされていた。
「……えっ……あ、そうですか……いえ、お手数をお掛けしました……はい、失礼します」
彼女は電話を切り、苦笑気味の笑顔を二人に向けた。
「違ったみたい」
「……? あっ! そうなんだ」
「……ごめん」
「お前、知りもしないくせに適当なこと言うなよ」
耕助を責める王子。彼を見下すことで、無意識のうちに『自分は出来る人間』だと彼女にアピールしているのだ。
「気にしないで。あっ、もうすぐ停電復旧するって」
「そうなんだ。教えてくれてありがとう」
「あはは、どういたしまして」
王子は彼女に夢中になっている。仲良くなりたい、付き合いたい、どうすれば付き合えるだろう、彼の頭の中はそんな気持ちで一杯だ。
出会いは一期一会。彼女と話す機会は二度とないかも知れない。彼は女性と付き合ったことがなく、遊びに誘ったこともない。どうやって誘ったらよいのかも分からない。
焦る王子。
そんな彼に幸運が舞い降りる。
彼女の方から話し掛けて来てくれたのだ。
「二人は学生?」
「あっ、うん。なろう大学」
「やっぱり! 私も一緒。現実世界恋愛学科二年の『ジャクリーヌ遥』。遥で良いよ」
「あっ、俺は異世界恋愛学科二年『遮二無二王子』」
「……推理学科二年『明智耕助』」
「あはは、まんまだね」
「うん……好きだから……」
今更だが『王子』や『耕助』は本名ではない。彼らのペンネームを省略したものだ。互いをペンネームで呼び合うのが、なろう大学の慣例となっている。遥がまんまと言ったのは、推理学科で『明智』『耕助』だからだ。
遥が耕助に話しかけたことにムッとする王子。
しかし、それも一瞬のこと。
「二人は何処かに行く途中?」
「!?」
王子に二度目の衝撃が走る。
千載一遇の機会。すぐさま彼の脳内で物語が展開された。
遥「二人は何処かに行く途中なのですか?」
王子「ああ、森林公園で執筆活動をね」
遥「まぁ、すてき」
王子「良かったら一緒にどう? 木漏れ日の下の執筆も一興だよ?」
遥「本当ですか? 嬉しい!」
彼の妄想は僅か数秒。しかし、現実では無視できない時間でもある。
返答がないことに、遥が戸惑いの表情を見せ始めている。
王子は慌てて返事をする。
「あの、森林公園に執筆で……」
「課題?」
「あっ、うん……もし、良かったら……」
「ごめん、ちょっと待って」
遥が鞄の中を探り始める。
数秒後、彼女はスマホを取り出し通話を始めた。
「もしもし、彼方」
「!?」
王子に三度目の衝撃。
「今どこ……え? あっ、いたいた」
彼女は一台の車を見つけ笑顔で手を振る。運転席の窓が開いており、爽やかな雰囲気のイケメンが顔を覗かせていた。彼女はそのまま駆けだそうとして、思い出したように振り返る。
「あっ、ごめん。なんだっけ?」
「……なんでもない」
「そう? あっ、待ち合わせが来たから行くね!」
「うん……」
遥は小走りで駆けて行く。助手席に乗り込んだ彼女が嬉しそうな笑顔で何か話すと、イケメンは二人に視線を向け微かに笑顔を見せた。
「笑われているよ?」
「……」
耕助の言葉に反応せず呆然と遥を見つめる王子。三度目の衝撃は彼に幸運を運んではくれなかった。
自動車が動き始め、助手席から遥が手を振っているのが見えた。耕助は普通に手を振り返すが、王子はただ立ちつくしている。
「ほら、手を振られているよ? ああ、振られたのは手だけじゃないね」
「!?」
核心を突かれ、焦りの表情で耕助を見る王子。
耕助はニヤリと笑うと、芝居がかった口調で話し始める。
――名探偵『明智耕助』の時間だ。
「ねえ王子。さっきの会話……君は何を言おうとしていたんだい? 『もし良かったら』……その先に続く言葉は何だったのかな?」
「……」
「黙秘か……それも良いだろう。謎を一つずつ解いていけば、いつか真実に辿り着くからね」
「……」
「まずは、これまでの君の行動について検証しよう」
耕助は王子の周りをゆっくりと歩き始める。
動きが探偵っぽいだけで特に意味はない。
「君はよく言っていたね。『現実の女なんてクソだ』……酷い言葉だ。まあ、君の境遇を考えれば、分からなくもないけどね」
「……」
「でも、先程の君はどうだろう? 彼女に対する君の態度は、とても『クソ』を相手にしていたとは思えない」
「……」
「面識もないのに馴れ馴れしく話しかけて来る女性……君の大嫌いなタイプだ。けれど、君は慣れない笑顔を必死に作り、彼女と会話をしようとしていた」
「……」
王子は無言を貫く。耕助に言いたくない気持ちも確かにある。しかし、それ以上に自分が認めたくなかったのだ。彼女に抱いてしまったあの感情を――
そんな王子を嘲笑うかのように、耕助の追及が鋭さを増す。
「……彼女、君のスマホを覗き込んでいたよね」
「あ……!?」
焦る王子。
「焦らなくて良いよ。大丈夫。彼女が見ていたのは君のスマホだ。――いやらしく歪んだ君の顔なんて見ていない」
「!」
王子の反応に笑みを深める耕助。
「責めている訳じゃない。あの状況なら仕方がないと僕も思う。彼女の強烈な匂いはこちらにも届いていたからね」
「う……」
「君は僕の比じゃないだろう? 至近距離であの匂いを嗅いだんだ。理性を抑えるのも大変だったんじゃないかな?」
「それは……まぁ」
赤面しながら俯く王子。
自分で聞いておいてイラっとする耕助。
名探偵の推理は続く。
「それに……見えていたんだろう?」
「!?」
王子が思わず顔を上げる。
「羨ましい話だ。僕の位置からは何も見えなかった。僕に見えたのは、彼女の胸元を凝視する君の必死の形相だけだからね」
「いや……ちがっ……」
「あの様子だと、もしかして全部――」
「それは見ていない!」
思わず強い口調で否定する王子。
少し表情が緩む耕助。
「そうか……さすがに全部は見えなかったか……」
「……見えたのは下着までだ」
「……何色だったんだい?」
「……白」
耕助は歩みを止め「白か……」と呟く。彼は一瞬だけ憂いの表情を見せ、気を取り直し話を再開する。
「……少し脱線してしまったね。彼女が頭を上げた後、君の表情は明らかに変わっていた。アレを見れば誰にだって分かる」
「あ……」
焦る王子。
耕助が笑みを深める。
「あの時――君は彼女を好きになった」
「!」
「そして、君の気持ちは彼女にも伝わった」
「え?」
「気付かない訳がないだろう? あんなに分かりやすい態度で」
愕然とする王子。
耕助がクスクスと笑う。
「嘘だ! 気付いていたなら……」
「気付いていたならなんだい?」
「……あんなに親し気に話しかけてくるはずない」
「何故? 会話くらいするさ」
「だって、彼氏がいるなら……!」
「忘れたのかい? 君は告白をしていない」
「……!」
「告白されていないのに、「彼氏が居るので付き合えません」とでも言うのかい? あり得ないだろう?」
「それは……」
悔しそうに黙り込む王子。反論したいのに、反論する言葉が出て来ないのだ。だからと言って納得出来る訳でもない。
「彼氏がいるならなんで……」
「あんなに親し気に話しかけて来たんだ……かい?」
「そうだよ! あいつは俺を弄んだんだ!」
感情を露わにする王子。
耕助は呆れた態度でため息を吐く。
「……逆だよ。君を傷つけないための配慮だ。彼女、自分からペンネームを名乗っただろう? 『ジャクリーヌ遥』って」
「それがなんだ!」
「君は気付かなかったみたいだけど、彼女、今年の『エイリス大賞』の受賞者だ」
「えっ!?」
エイリス大賞はなろう大学のコンペティションの一つ。出版社が共催しており、受賞作は書籍化が約束されている。落選こそしたものの、異世界恋愛学科の王子も参加していた。
「そして、ジャクリーヌ遥に恋人がいることは学内では有名な話だ。尤も、有名なのは相手の方だけどね。『妄想の彼方』……聞いたことくらいあるだろう?」
「妄想の彼方!?」
驚愕の表情を浮かべる王子。
「さすがにそちらは知っていたか。ハイファンタジー学科四年の妄想の彼方。一年生で作家デビューを果たし、刊行した作品は20冊を超える。累計100万部の販売実績を持つ超有名作家だ。ルックスも良いから、メディア露出が多いことでも有名だね」
「……」
「分かったかい? 彼女は君の気持ちに気付いたからこそ、真っ先にペンネームを名乗った。それなのに君は気付かなかった。彼女も困ったと思うよ」
「……」
「それにあの電話。彼氏から掛かってきたような態度だったけど、実際は彼女から掛けていたんじゃないかな? スマホを取り出すにしては手間が掛かりすぎていたからね」
「あ……」
王子はその時の様子を思い出す。確かにスマホを取り出すのに随分と時間が掛かっていた。
「彼氏が到着していて幸いだったね。見て分かっただろう? 妄想の彼方は君の敵う相手じゃない」
「クッ……」
悔しそうな王子に満足そうな笑みを浮かべる耕助。すべては彼の台本通りだった。彼は王子の隣に立ち、その肩にゆっくりと手を置く。
決め台詞の時間だ――
「大丈夫――君には『悪役令嬢』がいるさ」
「!」
「決まった」とばかりに会心の笑みを見せる耕助。彼はこのセリフが言いたかっただけだ。実は謎解きは何も出来ていない。
プルプルと震える王子。
そして――
「あー! 現実の女なんてクソだー!」
真夏の空の下、モテない男の悲痛な叫びが木霊する。
彼を救えるのは悪役令嬢だけだ。
チャンチャン♪
最後までお読みいただきありがとうございます。
如何でしたでしょうか? 楽しんでいただけたなら幸いです。
本作は、遥彼方さま主催「イラストから物語企画」参加作品です。興味がお有りの方は、下部のリンクから遥彼方さまの活動報告へ行けます。よろしければどうぞ。
作中のペンネームは、本作公開時点で『小説家になろう』に登録されていないユーザー名にしています。一応補足しておきますと、遥ちゃんも、彼方くんも、とても良い子です。王子をバカにするような子ではありません(何のフォローでしょう(笑))
続編とは違うと思いますが、『なろう大学物語』はまた書くような気がしています。目に入ることがありましたら、読んでいただけると嬉しいです。