魔王について
「お久しぶりですお父様」
「昨日ぶりだな。私は忙しい。定期的にとは言ったが毎日とは言っておらんぞ」
「あらあら、悠久の時を生きる我等にとっては昨日の様なものでも世界の者にとっては寿命尽き果てるほどの歳月が経っているものですよ」
「たわけ。世の者にとっても昨日の事だ。そこまで耄碌しておらんわ」
「左様で御座いました。冗談はさておき、お恥ずかしながらお伺いし忘れたことが御座いまして…」
「何だ?」
「原初の魔王について、で御座います」
「ふむ。あやつか…あやつについてはよく憶えておる。何かあったか?」
「はい。どうも観察していると魔王らしからぬ性格が目につきまして。何と言いますか高慢な態度ではあるのですが妙に細かいというか小うるさいというか…貴方は私の母親ですかと。一つの種を束ね覇を唱えたにしては言う事が小さいのです。あの者だけは機構による自動選定ではなく私の手ずから選定した者でして。その後直ぐに私は封印されましたので今に至るまでの顛末を知らないままなのです。お教え願えませんか?」
「構わん。しかし貴様が選定しておったか。ならまぁ…、納得ではあるな」
「その口ぶり、あの者は何かやらかしましたか?」
「いや、そうでは無い。素晴らしい働きぶりであった。何せ単一集落の生活から国を興し文明を築いたのだからな。文字の開発、土着魔術の体系化等、功績を挙げれば切りが無い。もはや原型は留めていないが今の文明の基礎はあやつが作ったものよ」
「ほうほうそれはそれは、我が子を誉められている様で私まで嬉しくなりますね」
「貴様も親の気持ちが少しは分かったか?なら私の気持ちも少しは察しろ」
「お父様からの止めどない愛を感じております」
「大半は愛ではない何かだな。さて話を戻すぞ。歴代の魔王の行動を見ているとおおよそ二つの型に分かれる。将帥型と為政者型だ。前者は細かい事は部下に任せ、自身は戦場に立ち部下を奮い立たせ敵を蹂躙する。後者は居城に篭り戦略を練り内政を行い現場は部下に全権を与え委任する。あやつは後者、為政者型だった。そうならざるを得なかったとも言う」
「でしょうね。選定の際にもそちらの気質の者を選びましたし当時はほぼ原始時代。内政や戦略を任せられる者など存在しなかったでしょう」
「そうだな。そんな時代に世界を手に入れようとしたあやつは瞬く間にその版図を拡げていきおった。何せ敵対するような国など存在せん。他種の抵抗など村落規模。多少知恵のある獣と変わらん、破竹の勢いであったよ」
「しかし、その勢いも版図がある程度拡がると停滞すると」
「当然よな。拡がる版図に増え続ける同胞、管理を任せられる部下など何処にも居らぬあやつは種全体の運営に回らざるを得なかった。」
「魔王一人が如何に力を振るおうと個人の力で世界は動かぬと言うことですね。うんうん」
「…当時のあやつは観ていて気の毒な程であった。誤報や曖昧な報告、指示通りに動かぬ配下、動いても思い通りに行かぬ事業。その全てを背負い寝食を忘れたかの様に誰よりも働いておった。王であるにもかかわらずにな」
「責任感の塊ですね。素晴らしい」
「そして運営をこなしつつ同種への教育にも乗り出しておった。しかし、そこで種の特性が足を引っ張る事になる」
「ゴブリン種ですからね。肉体労働や単純作業はともかく事務仕事には絶望的に不向きです」
「原初の魔王にあの種を選んだ貴様の悪意が透けて見えるな。総数は多いが個体の脆弱さでは最低の部類だぞ?だがあやつはゴブリン種故の覚えの悪さ、忘れっぽさや教育を受ける事を罰だと勘違いした部下達のストライキ等様々な困難を乗り越え徐々に部下を教育していった。それはもう涙ぐましい努力であった」
「先達も無く全てが手探りの中で不安を押し隠し、これで良いのかと自問しつつも自信に満ちた姿で部下を導く魔王ってカッコいいですよね」
「そして部下達への最低限の教育が終わり漸く国としての体裁が整いつつあった時、奴は来た」
「勇者ですか!?いざ決戦の時です!」
「腰蓑と石斧装備の髭達磨勇者がな」
「oh…原始時代ぇ…」
「勇者は町と言える規模まで成長したあやつの村落を散々に荒らし回り目に入った者を悉く撲殺していった」
「勇者が蛮族…え?魔王は何をしていたのです?」
「開拓村への視察に出ておった」
「なんとも間が悪いですねぇ」
「急報を聞き駆けつけ戻ってきたあやつの前には惨たらしく積み重なった同胞の死体の山と半壊した町並みが広がっていた。」
「怒りに振るえる魔王と蛮族勇者の決戦ですね。伺いましょう」
「いや、勇者は居らなかった。少し強い個体、まぁあやつの弟なのだがそれを魔王と勘違いし瞬殺、戦利品としてその首とあやつが苦心して開発した機織物や食糧を大量に略奪し意気揚々と帰っていった後であった」
「あーこれは酷い。闇墜ち待った無しですね」
「暫くその場で呆然としていたあやつであったが嘆き悲しみに暮れる生き残った同胞を叱咤し再建に向けて指揮を取ったのだ。悔いや悲しみを圧し殺し皆を率いるその姿は王の威厳を備えておった。その後、幾度も勇者の襲来を防ぎ撃退しておる」
「なんと。魔王ですよね?何処の英雄ですか」
「うむ。今日までに幾つものゴブリンによる国が勃興しては廃れていったがその全ての国名にあやつの名が入っておった。ゴブリン種にとってあやつは伝説の英雄よ」
「はー才能有りと見込んではおりましたがそれ程とは。もっと呆気なく終わるとばかり思っておりました。成長するものですねぇ」
「とはいえこの事件で遺恨は残った。もはや歴史に埋もれ詳細を知る者は居らんが今日まで続くゴブリン種とヒト種の敵対関係の根源なのは間違いないがな」
「ああ、原初の勇者はヒト種でしたか。そちらは機構任せでしたがさもありなんです。当時は放っておけば絶滅待った無しの弱小種でしたし。しかし、勇者の生まれた種には『時が来るまで勇者を隠し守り強く正しく育てるのです』と神託が下るように設定していたのですが何故その様な蛮族に成長したのです?」
「当時は力が全ての原始時代だぞ?他種を必要以上に殺さず追放で済ませていたあやつが穏当なだけであれが当時の強く正しい姿よ。まぁあやつも他種の事は害獣程度にしかみておらんかったがな。勇者についても狂暴で危険な獣という目でみていたふしがある」
「まぁ大々的に世界に告知した訳でもありませんしさもありなんですが獣扱いですか…」
「実際、当時はどの種も獣並みの生活だったからな。さて話を戻すが勇者の襲来後、あやつは拡張路線から防衛路線に方針を切り替えた。勇者の様な害獣が後何匹いるか分からんからな」
「何の防備も無く勇者が何匹も現れたら滅亡待った無しですからね。仕方有りませんね」
「あやつは度重なる勇者の襲撃や略奪に悩まされつつも着実に事業をこなし首都の城壁で囲み、のみならず支配地域の防備も固めていきおった」
「略奪の旨味を知った蛮族勇者ですか。そして城塞都市。色々時代をすっ飛ばしていますね」
「まぁヒト種の視点からみれば勇者はまごう事なき英雄だった。何せ略奪により劇的に生活が向上したからな。奪った機織機等も瞬く間に普及し活動できる環境も大幅に拡がった。ヒト種にとっては良い事尽くめだ。そして喜べ元祖魔王城だぞ?当時の映像を見せてやる」
「ええ…これじゃない感が凄いのですが…。もっとこう魔王の威を示す為の不気味で威圧感のある能動的な奴でしてこういった武骨な防衛目的の物はちょっと違うと申しますか…」
「我が儘を言う。城塞とは外敵から身を守る為の物だろう?」
「いや、そうなのですがウーン。知りたくなかった歴史の真実ですね。まさか魔王側が奪われる側とは…」
「どの時代も似た様なものだがな。さて、防備を固めたあやつは神出鬼没の襲撃を繰り返す勇者に対し反撃に転じようと目論んだ。しかし、いくら魔王の強大な力を手にしているとは言え肉体はあくまでゴブリン種のままだ。勇者と比べ脆弱でありそのままぶつかれば間違いなく負けるのは目に見えていた」
「でございましょうね。素体が脆弱ではいくら強化しても高が知れております」
「そこであやつが目を付けたのが己が内包する膨大な魔素であった」
「おやおや、あの子は何処まで優秀なのでしょうね?」
「当代一だな。傑物であった。あやつは試行錯誤の結果、独学で内在する魔素を操作、放出する術を身に付けた。そして何の被害も出さずに勇者を撃退、完封して見せたのだ」
「お父様のお墨付きですか!流石私の見出だした魔王です!」
「しかし勇者もさるもの。あの時仕留め損なったのがあやつの運の尽きよ」
「そうですね。基本的に魔王は勇者と相性がよく有りません。そして勇者は際限無く成長していく。次に相まみえた時には対応した事でしょう」
「うむ。そして以後の抗争は次第に規模と激しさを増していきおった」
「それはそれは。周りの被害も甚大だった事でしょう」
「いや、戦いの場は徐々に魔王城から遠のいていった。あやつは同胞と城の被害を抑える為、勇者は戦利品が破壊されるのを嫌った為だ。もはや周囲は二人の戦いに関与出来なくなっておった」
「ふむ。そろそろ終局が近づいてきた様ですね…」
「そうだ。そしてそれは当人達も解っておった。あやつは己の術を同胞に遺す為、石板に様々な記述を書き込んだのだ。永い時の中で散逸したが現世でも残っている物がいくつかあるぞ。興味があれば探してみよ」
「当人に聞けば早いのでしょうが宝探しの様で楽しそうですね。そうします」
「そして次第に劣勢となっていく局面の中であやつは遂に転生の術に手を掛けおった。流石にあの時は直接介入せざるを得ないと思ったがあやつが満足な研究を出来ない内に終局を向かえる事になる」
「うわー。魔術を知らないところから師も無く転生の術まで辿り着いたのですか。もう我等の領分ではありませんか。化物ですね。いっそのこと同僚として勧誘しませんか?」
「能力だけ見れば許可したいがあやつは種への愛着が強すぎる。残念だが駄目だ。そして向かえた最終決戦当日、死を覚悟したあやつは同胞全てに向けて大規模魔術による音声放送を行った。『今この声が聞こえる我が同胞よ。生きよ、増えよ、何としてでも生き残れ!我はギ・ガー・クルヌス!魔王である!誇り高きゴブリンの魔術を究めし王である!我は絶対に同胞を見捨てない。必ず我は帰ってくる!幾星霜が経とうとも絶対に!絶対にだ!その時まで必ず生き延びよ!生き足掻け!命を繋げ!諦めることは認めない!これが最初で最後の勅命だ!反論は許さん!以上!』とな。そして魔王城に住む同胞に逃走を指示し、己は勇者の足止めの為に決戦に赴いた。そしてあやつは二度と魔王城に戻る事はなかった」
「あー現代のゴブリンの生き汚さはそこからですか…健気に勅命を守り続けているんですねぇ」
「そしてあやつは不完全な転生の術を己に掛け幾星霜の果てに見事、転生を成した訳だ。」
「魔素保有量と魔術適正が絶望的に低い獣人種となって、ですね。魔王と名乗っているのにやっている事は己の魔素を使わないパッシブソナーや解析等です。まんま盗賊かレンジャー職です。笑って良いですか?」
「やめてあげろ。鍛え上げた技術の大半は使えぬがその叡知とゴブリン種への愛着は本物だ」
「やめろと言いつつ笑わせに来ておりますね?頑強な獣人が嫌がるゴブリンを抱き締めニコニコしている絵面をご覧になられましたか?中々で御座いますよ」
「クッ…ともかく以上があやつ、今のクルスの前世よ。前世での偉業と苦労を思えば今世では幸せになってもらいたいが前世の記憶がある以上どう転ぶか解らん。注視はしておる」
「今、少し笑いましたね。はい。こちらも知りたい事を知れて満足しております。以後は何かの節目にご報告に伺いますので良しなに」
「うむ。そうしろ。また明日も来るでないぞ」