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「何か懐かしい雰囲気になるな」
視界が闇に閉ざされたダクロン。黒で塗りつぶされたメインディスプレイに、レーダーで検知した障害物が粗いポリゴンで表現されている。
普段のCGもポリゴンにテクスチャを貼り付けたものだが、今はテクスチャもない灰色のポリゴンが浮かんでいた。
その姿はポリゴン3Dシューティングの先駆けであった『星の狐』を思わせる。
「マスター、いくつなんですか?」
「さすがに初代をリアルタイムでやるような歳じゃないぞ。大学時代のサークルでレトロゲームを嗜んでただけだ」
疑いの眼差しを向けてくるシーナを無視しつつ、俺は埋まってきたマップを確認する。星系の中心には恒星があるはずだが、その姿を見ることはできない。しかし、重力は計測できているので存在するのは確かなのだろう。
「近づきすぎたら引っ張られるのか」
光を遮断する謎の粒子で満たされた星系だが、電磁波や重力、磁力なんかは計測される。おかげで鉱石何かもある程度確認できていた。
「まあ、基本的には上位の汎用素材とLv2のレア鉱石だな」
他の星系で採れるものと大差はない。鉱石の色も各色あるみたいなので、落ち着いて採掘できればここが一番安定するかもしれない。
「ただ海賊がいるけどな」
待ち伏せ組はゲート付近に多いので、中に入ればそこまで遭遇はしない。ただ逆に巡回組が偵察しているので、落ち着いて採掘というのも難しそうだ。
「シーナの腕が上がって自動迎撃できるようになれば、採掘も捗るんだが」
「ファルコンの性能が私の才能に追いついてないです」
経験値を積んで多少は戦えるようにはなっているが、フウカはもちろん俺にも敵わないレベル。まだ遠隔制御ユニットの操作精度が足りていないということだろう。
海賊の動きを見ていると、宙域の一部の警戒レベルが高く、巡回数も多ければ編成も大型機が混ざっていて強そうだ。
探査ポッドによる走査でこちらが先に見つけられたので、危うきには近づかずで離れた。なのでその周辺の探索は進んでいない。
「ここに奴らの巣があるんだろうな」
ダクロンをねぐらにする海賊達が集まっているステーションだろうか。こういうのって、海賊プレイヤー達も襲われるのか、逆に利用できるのかどっちだろう。
「その辺、情報はないかな?」
「建前上、そちらの情報には海賊にならないとアクセスできない事になってます」
「建前上ってぶっちゃけたな、おい!」
ゲーム内からアクセスできる掲示板には、公式が運用しているフォーラムもある。そちらは運営が検閲している分、情報が制限されているが誹謗中傷などの無駄な書き込みも少なく、利便性は高いため利用者が多い。
その中には連合に加盟しているプレイヤーしか閲覧できない掲示板など、利用者を制限しているものもあるらしい。その中に海賊専用板があっても不思議はなく、運営としては把握しているが、一般プレイヤーには建前上アクセスできないって話になるのだろう。
「建前上って事は、クラックできたりもするのか?」
「可能か不可能かで言うなら可能ですが、それを行った時点で海賊プレイヤーに仲間入りするので、意味はないかと」
「……なるほど」
ゲーム内からユーザー制限を破壊して内部を確認する事もなんらかの方法で可能らしいが、それ自体が不法行為なので海賊になってしまう。となれば自動的にアクセスできるようになるので、クラックする意味はないという事か。
ゲーム外から本当のクラックした場合は、犯罪行為なので発見されれば訴えられたり、リアルが大変な事になるだろう。
「逆を言えば海賊側はクラックし放題なんじゃ……」
「禁則事項です」
「どういう倫理規定か分からんが、向こうからは見られてるって思って正解なんだろうな」
……となると、レイドに向けて色々準備している内容も筒抜けになっているって事か。前のレイドでBJがキーマさんに仕掛けたのも偶然じゃないって可能性が高いな。
一応、連絡を入れておこう。逆手に取って迎撃できるかもしれない。いや、いつも迎撃するつもりでやられているのか……わからないが当事者に任せるしかないな。
「さて、脱線は置いておくとして、この宙域を探索するかどうかだな」
海賊に守られた宙域、そこに何らかの施設があるのは間違いないだろう。探索ポッドを利用してこちらの所在をあやふやにしつつ、監視の網をくぐって探索となると、シーナのファルコン部隊は置いて行った方が身軽だ。
相手に見つかったとしても、合体機の加速力を活かせば逃げるのはできそうだし。
「探査ポッドの残りを考えると一度戻るのはいいとして、偵察巡回してる部隊と戦っておくか」
「了解です、マスター」
偵察機が巡回しているルートは確認していたので、見つけるのは簡単だった。しかし、安易に仕掛けると援軍を呼ばれる危険もあったので、不明宙域から一番離れるポイントまで尾行。そこで仕掛ける事にした。
「一応、周囲に探査ポッドを置いて援軍が来ないか警戒ね」
「わかってます、マスター」
「ほんじゃ、仕掛けますかね」
巡回中の偵察隊は自らレーダー波を出して警戒をしている。なのでこちらが近づいて行ったら、それに反応して臨戦態勢に入っていく。
「大型2、中型3か……シーナ、大丈夫か?」
「もちろんです」
なぜかシーナは戦闘に自信を見せるのだが、能力は高くないんだよなぁ。最初に無双したイメージを引きずっているんだろうか。
「とにかく時間を稼いでくれ。俺が仕留めていく」
「了解です、マスター」
とにかくシーナを信じて偵察隊へと突っ込む。大型機が正面で2機並び、その後のやや上側に3機の中型機が並んでいる。
互いの距離が詰まり、射程圏に入ると海賊船が一斉射。射撃に乱れが無いのは海賊としてどうなんだ。訓練された部隊みたいじゃないか。
内心で文句を言いながらも回避。先頭を行く俺に射撃は集まっていたので、シーナの方にも被害はない。一定間隔で射撃を行う海賊船に対して、俺は攻撃しないままに接近していく。
「レーダーのみの視界だから、イマイチ距離感が掴みにくいなっ」
旧式ゲームの様なのっぺりしたポリゴンの弾を避けながら、ちょいちょいと軌道を修正。大型機の正面に軸を合わせると、上下移動で敵の攻撃を避けていく。
「一斉射の精度が高い分、避けやすくはあるな」
俺の座標をしっかり狙ってくる攻撃を、ギリギリまで引きつけて避ける。シューティングゲームの基本だな。機体1機分をズラしながら攻撃を避け、こちらの攻撃圏へと突入する。
フワッと上昇したところで攻撃を誘ったところで一気に下降。大型機の影に入って中型機からは見えない位置から加速、接近していく。
「うう〜……右っ」
粒子砲の攻撃タイミングを考えながら、最後の回避。ちょっとシールドをかすったみたいだが、許容範囲内。次の発射までに肉薄する。
高速振動剣をクチバシの位置に固定して、衝角として構えながらの体当たりだ。
大型機は強固なエネルギーシールドを持っているが、物理攻撃である剣の勢いは止められない。しかし、装甲自体も思ったより厚かったようだ。一気に貫通とはいかず、ジリジリと剣によって溶断されていく。
高速振動剣は、装甲の分子を固有周波数の電磁波で揺さぶり、発熱させて結合を崩壊。焼き切る武器だが、大型機ほどの装甲となると、複合素材で作られていて、分子構造が複雑。さらには熱を逃がす機構も備えているらしく、剣が刺さったまましばらく停滞する事となった。
しかし、加速した状態でぶつかった勢い自体は残っている。大型船を下から押し上げる形で移動させた。
「折角だからぁっ」
スラスターを吹かせて軌道修正、後方にいる中型機へとぶつけにいく。中央で左右に逃げ場のない中型機を巻き込むことに成功。
と、コックピットに警告音が鳴る。
「何だ!?」
「迎撃用レーザーで撃たれてます」
戦闘機にはミサイルを撃ち落とせるようにレーザー兵器が搭載されていた。火力は低く、光を通さないこの星系では使えない兵器だったが、さすがに接触している距離では装甲に届いてしまったようだ。
「ならこれでっ」
レーザーの火力は低く、謎粒子で威力も減衰している。1点を集中的に攻撃されなければ、貫通されることもないだろうと、横回転を開始。自らドリルになって大型機を掘削していく。
やがて切っ先がコアへと到達、機関部を破壊してしまえばさしもの大型機も動きを止める。
「マスター、狙われてます」
「やべっ」
味方がやられたら遠慮は無用とばかりに、もう1機の大型機が粒子砲を撃ち込んできた。寸でのところで後退、事なきをえる。合体機の機動性に感謝だな。
「とりま、大型1機大破、中型も中破はいってそうだな。戦力は削げたから、殲滅するぞ」
「了解です、マスター」