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ディスカバリーチャンネルを見ながら考えて……気づけば寝ている
「大きいな」
第5惑星はまさに木星といった感じの縞が浮かんだ大きな天体だった。気体の対流が縞となり、渦を描き、その身に示されている。
その大きさは先程までの天体に比べると10倍ほどもあり、それに応じて重力も強く、レア鉱石への距離も長い。
「これはまた違ったアプローチが必要か?」
「どうでしょう?」
惑星を構成する要素が軽い気体だとしても、数が集まれば巨大な質量を持つようになる。質量が大きければ、物を引きつける力は強い。
それを振り切って重力圏内を脱出するにはかなりの推力が必要となるだろう。ジェリーフィッシュは最軽量の機体なだけにコア出力も小さい。ちゃんと脱出するには、あらかじめの加速が重要になってくるだろう。
「その辺は今までの惑星と変わらないか」
速度が上がればレア鉱石を入手するのにかけられる時間も短くなる。ピンポイントに狙って、タイミング良くキャプチャービームを当てる技術も必要なはず。
「そこは苦手なんだが……相手が動かない分、頑張れるか」
うじうじ悩むよりは、トライアンドエラーの方が良さそうだ。
一度惑星から距離を取り、十分に加速してから惑星へと突入する。しかし、すぐさまアラートが鳴り始めた。
慌てて機首を起こして惑星外へと脱出する。
「何が起こった!?」
「気体の壁に当たりそうになりましたね」
「気体の壁?」
高速に飛翔する物体が空気を押しのけて加速しようとすると、前方に押された空気は急激に圧縮されて逃げ場がなくなる。そうなると大気の密度が上がりすぎた事により液化、固体化も発生し、物理的な壁として作用してしまう。
更には空気との摩擦熱も無視できなくなって、機体の表面が溶融しはじめたりしてしまうらしい。
「ああ、大気圏突入をしてるんだよな」
ガス惑星ということに意識がいっていたが、やろうとしているのは大気圏への突入。侵入角度がきつすぎたり、速度が速すぎたりすれば赤熱して燃え尽きるのは当たり前か。
「逆に今まではよく大丈夫だったな」
「そこはシールドとかでゴニョゴニョと」
具体的な技術うんぬんよりも、ゲーム的なシステムの領域かもしれない。何にせよ、重力圏を脱出する為に過度に加速したまま突入すると、機体が壊れるということらしい。
それを解消するには低速で突入するか、侵入角度を浅くするか、機体を改造するか……か。
今、この場で試せるのは侵入角度を変えるくらいだな。
スペースシャトルが大気圏突入を行う様に、滑空しながら侵入していく形を目指す。
「軌道計算とかできるか?」
「もちろん、そのためのサポートシステムですから」
シーナにダメ元で聞いてみると、あっさりと了承されて、画面上に突入ラインが表示された。まるであらかじめ用意していたかの様なスムーズさだが、そこは触れないでおくのがマナーだろう。
メインディスプレイにコースが、サブディスプレイに惑星に対するアプローチ角度が表示されている。
「徐々に減速しながら高度を落としていくわけだが……これだと脱出できなくね?」
「緑のラインに入ったら、加速OKって事になります」
赤い点線が惑星の中心に近づくにつれて、緑にグラデーション表示されていく。緑になると加速しなければ、重力に引かれて墜落するって事だろう。
角度の調整と速度の調整を同時に行いながら惑星中心を目指すというのは、今までとは違った技術を要求される。
「やってみるしかないな」
惑星への侵入軌道に合わせてスロットルを調整。速度を見ながら薄いガス層へと突入する。途端に減速Gが掛かって、スティックから振動が伝わってきた。
スロットルは変わらないのに、速度計は下がっていく。空気との摩擦でブレーキが掛かっているのだろう。
しかし、それでは減速は十分でないらしく軌道のラインがどす黒い赤へと変わっていく。あわててスロットルを下げて出力を絞り、軌道を修正する。
「おわっ」
機首が下がり過ぎると今度は一気にブレーキがかかり、下へと引っ張られる。侵入角度が大きくなると、摩擦熱が上昇。機体へとダメージが入ってしまう。
再度機首を上げながらスロットルを押し込み、軌道を修正。急な変化は軌道ラインからズレてしまいやすいので、繊細な操作が要求された。
何度か波打つように軌道ラインを上下にまたぎながら、姿勢を安定させて元のきれいな赤へと復帰。
機体の耐久度は半分ほど削られていた。
しかし、何とかコツが掴めてきたみたいで、そこからは大きくラインを外す事なく、やがて緑のラインへ。
視界は摩擦熱で赤熱していた状態から夕焼けのようなオレンジに変わる。
「無事に大気圏へ入ったって事か」
「お見事です」
「でもこっからも難しいよな……」
着陸するなら減速していって接地を目指すわけだが、そうすると地面のないこの星ではそのまま脱出不可能な重力の井戸に引きずり込まれる。
速度を維持しながら降下していき、採取可能なギリギリからキャプチャービームを発射。レア鉱石の入手を目指す。
操縦桿を握り直し、高度を徐々に下げていく。そこは地球より気圧の高い空。ちょっとした風が濃密に絡んでくる。
それがスティックへとフィードバックされて、もっていかれそうになるが、何とか軌道を維持。すると今度は逆に振られそうになって、慌てて戻す。
第6惑星でマカロニの継ぎ目で受けた突風の方が、勢いはあったのだろうが、ここのそよ風は機体全体が流される感じだ。
「空気が重い」
水の中にいるような、しかも流れのある海の中か。下手に逆らうとバラバラにされそうな感覚の中で、推力が落ちると高度が一気に落ちそうになる。
慎重かつ大胆に。
スロットルを吹かせて加速させ、流れの隙間に機体をねじ込む。
少し間違うと吸い込まれる。慌てて逃げる。それでも追いつかれる。重力の手からは逃れられない。
「こなっむおっ」
コアに近づくほどに強くなり、ほぼ垂直に推力を使いながらも引っ張られそうになる。そこにそよ風が吹けば、機体が一気に流されて……。
「あ……」
機体が縦に回転してキリモミ状態になると、もう重力からは逃げられない。あっという間に脱出不可能な領域へと落ち込んで、機体が圧壊してしまった。
気づくとそこは格納庫だった。
「やられたかーっ」
「遺憾です」
修理用工作機械でジェリーフィッシュの修復を開始しつつ、対策を検討する。第5惑星で必要なのはパワーの様だ。少し流されても自力で立て直せるような力強さが必要になってくるだろう。
軽快に気流を読みながらクリアを目指す第6、7惑星とはかなり違っている。
「サーキットレースとダートくらいの差があるな」
ある程度は流されても踏ん張って、蹴り出すだけの足回りが必要だ。これはもう小型機ではなく中型以上の船体が必要だろう。
「機体選びからとなると時間はかかるが……面白い」
「マスターはストイックなの好きそうですよね〜。ぼっちが楽しめる系」
「うっさいな」
しかし、中型機となると相場があがり、小型機の5倍ほどはコストがかかる。うちにある中型機はハンマーヘッドだけだが、あれは合体機で使用していて、機体としても第5惑星向きじゃない。
「4WDみたいな多少重量感があってもパワーで押し切るような機体はっと」
とはいえ戦闘機となると武装がメインで、機体性能はそんなに差がない。どちらかというと、オプションでブースターを付けて補うようなカスタマイズが主流らしい。
「機体の頑丈さも大事になりそうだからシールド機なんかが向いてるかも」
スペックデータを眺めて検討していると、思わぬ早さで時間は過ぎていった。