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「マスター、キーマさんからメッセージです」
「あ、ログインしたのかな」
グラガンでアリジゴク相手に無双プレイしていると、シーナがメッセージの受信を教えてくれた。合体機の速度でアリジゴクに接近し、正面から高速振動剣を撃ち込んで撃破するタイムアタックみたいな事を繰り返して、最終的には近接モードで刺し貫いて撃破する様になっていた。
高速振動剣は、小惑星を溶融して切断する武器だけに、正面からの石つぶてもものともせずに突っ込んでいける事に気づいたからだ。
自由出撃するプレイヤーが基本的に少ない事もあり、宙域を駆け巡りながらアリジゴクを倒しているとかなりのコアを貯める事ができた。今度、ゲートオープンにコアが必要になった時は、結構貢献できるかもしれない。
「で、キーマさんの都合は夕方頃か」
中規模から大規模の間に位置する有名な連合のサブリーダーであるキーマさんは、基本的に忙しいはずだ。俺の相手をしている場合ではないのかも知れない。
特に今はレイドに向けての準備中。他の連合との連携などもあるだろうし、やる事は尽きないんだろうな。
「とても俺には務まらんな」
「マスターはぼっち属性ですからね」
「まあゲームは気楽なのが一番だよ」
仕事をしているとどうしても人間同士のしがらみに囚われてしまうのだ。ゲームの中ぐらい自由気ままに過ごしたい。
「その割にはキーマさんに依存しているような気もしますが」
「自分から利用するのはいいんだよ」
「酷いですねぇ」
「全くだ」
わかっちゃいるけど止められないっと。
「とりあえず、時間はあるし続けるかな」
「了解です」
アリジゴクを倒しながら、ハンマーヘッドの高性能レーダーで詳細マップを埋めていく。とはいえ小惑星がスカラベに丸められて運ばれてしまう星系、めぼしい発見はない。
「運営はこの宙域をどうやって遊ばせたかったんだ?」
「さて?」
アリジゴクの撃破は突き詰めるというほど奥深い遊びではない。重力場が邪魔ではあるがアリジゴクもスカラベも近づかなければ脅威ではない。
広々とした宙域は自由に探索できるけど小惑星もなく、採掘する楽しみもない。
スカラベ相手に時間火力(DPS)を計測するってのも楽しみとしては弱いしなぁ。
「目立つものといえば……惑星くらいか?」
グラガンの惑星は7つほど。その多くはガス惑星となっていた。太陽系でいうと木星の様な気体が凝縮されている惑星だ。地球などと違って岩盤で出来た明確な地表を持たず、体積当たりの比重が小さい。
しかし、惑星としてはサイズが大きく、その重力はかなり大きなものとなっている。
その大気は恒星の光に温められて絶えず対流していて、雷などを内包する乱気流となっているはずだ。
「成分を分析すると……」
重力に引っ張られないギリギリのラインから、ハンマーヘッドのレーダーで詳細を確認すると、大気の殆どは水素やヘリウムといった原子番号の若い物質で構成されている。
しかし、惑星の中心に近づくにつれて、比重が重い成分も検出されていた。そして中には地球上にはない成分、各種の有色鉱石と判断される物質が確認された。
「これってもしかして、惑星の中に飛び込んでいったら素材をゲットできる……とか?」
「アタ~ックチャ〜ンス」
シーナは右の拳を握りながら溜めを作ってそんな事を言ってくる。オリジナルというよりは、モノマネしている芸人風だな……。
それはさておき、惑星内部への特攻か。相手は気体とはいえ超重力で圧縮されている。深海に潜るようなものだろう。
そして何より超重力に引っ張られて中心部へ引きずり込まれたら、自重が何倍にも膨れ上がり圧殺される事になる。
更には大気の対流、積乱雲の中を飛ぶようなものだ。あらゆる方向から風を受けながら目的地へと到達し、重力に囚われないうちに脱出する。ある種の障害物レースとも言えそうだ。
「これは燃える」
各惑星を巡ってそれぞれの成分を分析。取れる鉱石の違いや重力の大きさを確認。なるほど、星系の外に向かうほど惑星が小さく重力も小さい。恒星の光も届きにくいので、大気の対流も大人しくなっていく。
つまりは恒星に近づくにつれて難易度が上がるシステムになっているらしい。
一番内側、難易度が高い惑星には、赤色鉱石が設定されていて、もしここを突破できれば攻撃力アップの武器が作り放題になりそうだった。
とはいえいきなり特攻はできない。虎の子の合体機が全損すると、合体パーツを始め付加装備の諸々をロストしてしまう。
地味にカニ装甲を揃えるのが面倒なんだよな、ドロップ率低いから。
ということで惑星内から鉱石をゲットするための機体を別に用意する事にした。
重力のかかる場所に突っ込む以上、軽い機体の方が有利なはずなので、ベースにはやはりハミングバードを用意する。
コイツをレーシングカーの様にチューンナップしていく。まずは武装として粒子砲はいらないが、高速振動剣は欲しい。ただ射出機能はいらないので、一番初期の先端にくっつけるタイプで問題ない。
装甲に関してはカニ装甲が理想ではあったが、ミスして全損する可能性も考慮に入れて、上位汎用素材を利用する。それも前方を厚く、後方は軽量化で機体の軽さは維持できるようにした。
そしてハミングバードの特徴は機動性だが、今回のガス惑星突入には機敏な動きはそれほど重要ではない。どちらかというと超重力を脱出できる推進力に重点を置き、ハンマーヘッドにしたように可動スラスターの一部を後方へと固定。前方への加速に特化させていく。
「製造コストとしては、ハミングバードの機体と高速振動剣、装甲の張り替えくらいで済むか?」
「そうですね。改装作業自体は工作機械で行なえます」
「ロストした時も必要なのは、剣と装甲のみと。材料は調達できるからそこまでかからないだろ?」
「はい、大丈夫です」
となるとまずは機体の調達だ。合体機の方を改装したんじゃ、色々と支障がでるんで新規購入する。
「……やっすいな」
「基本的に攻撃力がないので、新星系で通用しませんから」
ハミングバードの基本武装は中口径の粒子砲一門。初期星系でも貧弱だった武装は、新星系では無力としか言いようがない。
そのために市場価値が大幅に下落して、ハミングバードは底値となっていた。
「なんか愛機の価値が底辺とか、やるせないな……」
「マスター……お時間です」
「ん?」
「キーマさんとの約束」
「おおっ、忘れるところだった」
惑星への挑戦が楽しすぎてすっかり時間を忘れていた。慌てて作業を取りやめ、連合ロビーへと向かう。
「すいません、待たせましたか?」
「いや、今来たところだよ」
まるでデートの待ち合わせの様だが、相手は彫りの深い濃いインド人顔のおっさんである。
「レイドに向けてまたも秘密兵器かね?」
「今回は要塞砲の効果も怪しいですからね。新たな物を用意しました」
「ふむ、まるで越後屋のようだな。俺は代官役か」
「そのネタはもういいですからっ」
「んん?」
「あ、いえ、こっちの話でした」
越後屋の下りはシーナとのやり取りだった……。
「今回の品はこちらです。シーナ」
「はい、マスター」
攻撃力アップ10%に、上位素材で作成した連射性能も向上した逸品のスペックデータをタブレットに表示させて、キーマさんに提示する。
「くくく、下々の者が5%アップにあくせくする中、この様なものを持ってくるとは。そちも悪よのぉ」
「いえいえ、お代官様ほどでは……ってキーマさん!?」
悪ノリを被せてきたキーマさんにノリツッコミしてしまった。隣ではシーナが親指を立てつつ、ナイスツッコミとか言っている。
「いやいや、君の余裕ぶりから一段上のスペックは持っているだろうと予測はしていたが、それを遥かに上回ってくるとはね」
「偶然の産物ではありますけどね」
「しかし、これは狙撃手というかレールガン使いには垂涎の品だな」
一発辺りの威力が高いが、その機構的に連射性能は良くないレールガン。その威力を高めた上に、発射間隔を短縮しているコレは、かなり魅力的なものになっているはずだ。
「こちらをレイド戦で試用して結果をフィードバックして頂ければと」
「フィードバックも何も、見たらわかるんじゃないか。十分強いし売れる」
「ただ重たくなってますからね。その辺の実用性は使ってる人しか分からないんで」
「とはいえ使ったら欲しくなるだろう……正直、出費がかさんでいてなぁ」
「もちろん、お支払いはレイド後で大丈夫ですよ」
手もみしながら伝える。暗に借金を勧める悪徳商人の様に。もちろん、それに気づいているキーマさんは苦笑しながら答えた。
「実のところ前回で目を付けられてねえ。今回は『よしなに』とお願いされてるから、活躍はできないんだよね」
大手の連合同士だとそうした不文律みたいなのがあるんだろう。やっぱり人間関係は面倒くさい。
「じゃあ、これも使えませんか……」
「いや、ある装備を使わずにレイド失敗というのも情けないし、持ち込むだけは持ち込みたいとは思うんだが……ヤツがいるから、その点がね」
「BJですか……」
ブラッディ・ジョーカー。
ソロの海賊にして神出鬼没。自分の腕を試すように大手連合に仕掛けては被害をもたらす動く災害。個の実力ではSTGイチではないかと言われ、フウカの様な変な縛りもなく、自機をカスタマイズして獅子奮迅の活躍をする。
ある種のダークヒーローに成り上がっていた。
「Foodsも狙われてるからね、特に俺は。全損させられるとロストする危険があるんだ」
「……まあ、一度作れたものなんで、そこまでレアじゃないですよ。どちらかというと、BJとの戦闘データの方が貴重かなと」
手元に材料は残っていないが、取りに行こうとすれば取れるだろう。それよりトッププレイヤー同士の戦いの方が価値は高いはずだ。
「しょうがないね。じゃあ、レンタルしておいて、後はレイド後ということで。レアでないなら、そんなにコスト掛からないだろうしね」
パチンとウインクするキーマさん。
しまった、ぼったくられない様に言質をとられてしまった……まあ、元々ぼったくるつもりはないんだけど、まんまと誘導されたという敗北感は大きかった。