7
星系の探査を終えたところで一度ログアウト。
仕事終わりでそのままログインしていたので、流石に眠気がやってきていた。探査中はあんまりやる事がなかったので、単調な作業になりがちで、より眠気を誘っていた。
とりあえず頭をスッキリさせるために仮眠程度にと布団へと潜り込む。ほどなく睡魔にいざなわれるままに就寝。
「はっ」
微睡みから覚醒すると、窓からは明るい日差しが差し込んでいて、枕元のスマホを確認するとすっかり夜は明けて、8時になっていた。
体力の回復が昔ほど早くなく、夜通しゲームなんてできなくなっている。
特にVRは疑似体験できる分、集中して遊べてしまって、思ったよりも疲れてしまうようだ。
もぞもぞと起き出して、歯磨きを済ませ、朝食代わりに用意したフルグラで栄養を補給。洗濯機に入れっぱなしだった洗濯物をベランダに干して、ざっくりと家事を片付けると、ゲーミングチェアへとたどり着く。
深く腰掛け、リストバンド型コントローラーを手首に巻いて、VRゴーグルを着用。コントローラーにあるスイッチを押すと、視界が星空へと包まれていった。
「おかえりなさいませ、マスター」
パーソナルルームの椅子に座った状態でログインすると、それを察知したサポートシステム、シーナが声を掛けてきた。
声のした方に振り返ると、黒髪をショートボブに整えた女性が立っている。シーナのアンドロイドアバターだ。
β時代に頑張ったご褒美として、運営が用意していた等身大のサポートキャラクターは、そこに実在するように見える。
「ああ、ただいま」
一人暮らしが長くなり、挨拶をする人間もいない日々。ただいまと言うのも久しぶり過ぎて、どこかくすぐったい。
「マスター、何やら気持ち悪い波動を感じます」
「やかましいわっ」
クールな無機質系の外見で、実際はこちらの内面を的確に攻撃してくるサドキャラだ。
「そうだ。ゲーム内からネットにアクセスできるのか?」
「はい、可能です。手元のコントローラーのマップを開き、メニューからブラウザを起動するか、机の端末からアクセスできます」
「やっぱりか〜」
朝食を摂りながらスマホで掲示板を見てみると、ゲームの中からと思われる書き込みが散見されたのだ。
俺は机に据え付けられた端末に向かう。オフィスにあるような平机の正面にある壁が、はめ込み式の表示パネルになっており、手元にはキーボードとタブレットが置かれている。
ゲーマーやらオフィスワーカーならキーボードの方が馴染みがあるだろうが、最近の若者はキーボードよりもスマホでの入力に慣れてしまっていて、キーボードはポチポチでしか押せないとかもいるらしい。
もちろん、俺はキーボードの方が早い。
「外部掲示板等にもアクセスは可能ですが、違法サイトや成年指定サイトにはアクセスできません」
「そりゃそうだよな」
「VRの立体視を利用した成年動画の閲覧もご遠慮ください」
「いや、やらないから」
そういえばその手のビデオでVR対応してるのもあるんだよな。シーナみたいな立体感を伴って見れるとすると、かなりの迫力が……。
「マスター、不潔です!」
「おまっ、何も見てないだろうが」
「私を見る目が怖かったので」
「そ、そんなのわかるのかよ」
「わかりません」
ぐぬぬ……。
シーナを相手にしていると、無駄に時間が過ぎてしまう。俺はさっさと用事を済ませる事にした。
ゲームタイトルとまとめで検索すると、いわゆる攻略サイトが出てくる。wikiと呼ばれるブラウザ上で編集可能な情報サイトでプレイヤー達が情報を持ち寄り、皆で攻略を進めるページだ。しかし、最近は荒らしと呼ばれる連中が、ある事ない事書き散らかすので、自由に編集できないのが主流になっていた。
俺としては自身で攻略方法を探して進めたい質ではあるのだが、いかんせん時間がそんなに取れない。未知の探索は自力でやりたいが、細かなネタを探すのに時間は掛けたくなかった。
「称号っと……やっぱり出てるな。ルーキーか、チュートリアルのクリアが条件で30分も掛からないな」
シミュレーションルームで一通りのチュートリアルをクリアすればもらえる称号だ。シーナにいきなり高難易度のチュートリアルをやらされて、初歩の奴はやってなかった。
「マスター、残念ながらその称号は獲得できません」
「ん、なんで?」
「プレイ時間が100時間を越えているので、取得条件から外れています」
「な、何だって……βをやってると取れないのか……」
いやまて、100時間を1ヶ月でって事は、1日3時間以上プレイしなければならないはず。さすがにそんなにはプレイしていない、というか社会人にはできない。
「おかしいだろ。俺はそんなにやってない」
「β終了後もネットに繋げる為に起動していたので、プレイ時間が伸びてます」
「いやいや、駄目だろ、そんなの」
するとシーナは、眉をハの字に寄せ、悲しそうな表情を浮かべ、俺の手を両手で包み込むようにして訴えてきた。
「だ、駄目、でしたか?」
「うぐっ」
「ま、マスターの為に、頑張って勉強させて頂いたのですが、それが駄目なら、人格のリセットを、行って、下さい。そうすれば、目障りな、私は、消え、消えるので……」
「い、いや、別に、消えて欲しいとか、そういうんじゃないんだ。そのな、プレイ時間が加算されているのがおかしいってだけで……」
するとシーナは、普段の無表情に戻って、ぱっと手を放して距離を取る。
「よかったです。でも喜んで下さい。私のプレイ時間のおかげで新しい称号が、あと30分ほどで取得できます」
その豹変ぶりに呆然とする俺に対して、そんな事を告げるシーナ。嫌な予感しかしない。
「ちなみにどんな称号なんだ?」
「ゲーム中毒者です」
「やっぱりか〜」
成金王に覗き魔、ゲーム中毒者……どれも次元が同じだ。人から呼ばれたくない称号しかない。
「では私から『AI偏愛者』の称号を……」
「いらんわっ」
「そうですか、残念です。マスターとの恋人プレイに少し興味があったんですが」
「んんん?」
「例えばこうやって……」
俺の手を取り、指と指を絡め合わせるように、いわゆる恋人繋ぎをするシーナ。少しひやりとした指先は、握るうちにほんのりと暖かく、柔らかな感触を伝えてきた。
「手を握って、ロビーを散策したりとか。こうやって……」
ずずいと顔が近づき、一人掛けの椅子の隣に密着しながら寄り添ってきた。じっとこちらを見つめるその表情はどこか艶のあるものになっている。
間近に整った顔立ちがあって、瞳が潤んだように揺らめいているのを見せつけられて、否が応にも鼓動が高まるのを意識してしまう。
「甘い会話とか、してみたかったです」
と言った直後、ぱっと手を振りほどくように放して距離を取ると、いつもの無表情になっていた。
「安心して下さい。親愛パラメータはリセット致しましたので、今後そのように迫る事はありません」
「ち、ちなみに、その親愛パラメータというのはどうやって貯めるんだ?」
「色々と条件はあるようですが、私の場合はマスターを想いながら3ヶ月掛けて勉強するうちに、早く逢いたいという気持ちが蓄積されたようです」
「全然、そんな素振りなかったけどな!?」
「好きな人に意地悪したり、からかったりというのは、親愛表現の一つだと学習していました」
まあ、ふざけてじゃれ合ってるのは、そういうのもあるだろうね……しかし、3ヶ月か。それだけの思いを無碍にしてしまったという罪悪感ががが。
「今からその称号を獲得するには……?」
「ゼロから再びパラメータを積み上げる為に、私に尽くしてください」
「ですよね〜」
べ、別にAIとのいちゃこらプレイなんか期待してないんだからねっ。
「はぁ〜、とにかく近々獲得できる称号は無いんだな」
「禁則事項です」
俺は色々ともったいなかったという想いを忘れるべく、格納庫へと向かった。