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「何とか追いついたな……」
ハンマーヘッドとドッキングして計器をチェックする。中々に酷い状態になっていた。
小惑星帯の中でほぼ最高速での分離。後方にジェットノズルを集中していたハンマーヘッドは、進行方向への減速能力が低い。
コントロールしていれば向きを180度変えて、ノズルを逆噴射に使っての減速ですぐに止まれたんだろうが、戦闘中にそんな余裕はなかった。
結果として減速しきる前に小惑星にあちこちぶつけていて、下手するとアンコウの散弾よりも深刻なダメージを受けている。
「大破しなかっただけましかぁ。とりあえず帰るしかないな」
ファルコン達は先に帰るように指示していたので、俺は合体機でゲートを目指す。さすがに満身創痍の状態で最大加速する度胸はないので、行きよりも時間が掛かってしまった。
ゲートをくぐり、Alphaサーバーでファルコン達と合流。グラガンのステーションへと帰投する。ハンマーヘッドを修理しつつ、戦利品の確認だ。
一番の目玉は赤色鉱石の上級品。これがあれば更に攻撃力を増した兵器が作れるはず。開発機でそのスペックを分析していく。
「汎用素材の上位版はどうなんだろうな?」
こちらも解析に回す。先日のFoods連合とのやりとりで、工作機械が足りない状況になったのでそれぞれ2台ずつLv2の工作機械を用意していたのが役に立つ。
「後は解析を待つとして、オークションのチェックかな」
この一週間で攻撃力アップ武器が飽和状態になっているオークション。攻撃力アップ武器は宇宙船が全損すると壊れてしまうので買い直しが必要だが、値段が赤字価格になっている事もあり、買い直し需要もあって流通自体はかなり活発に行われているようだ。
「まあ、ここに参戦してもジリ貧だけどな」
俺の知らない赤色鉱石を大量確保できる鉱脈でもあれば、一見赤字販売しているこれらの武器も実は利益が出ているのかもしれない。
他のMMOだとプレイヤーキャラのスキルを上げる為に、赤字でも作り続ける人が出てくるが、STGはスキルの概念がない。
工作機械に頼りっきりなので、レベリングするために大量生産された物が溢れる事はないはず。
「まあ、工作機械のレベリングがあるかもと作ってる人達もいるかもしれないけど」
プレイヤーにスキルがなくても、機械で作り続けることで成長すると考える人が出てもおかしくはない。というか俺もβ時代は大量生産して試していた。
工作機械の成長は鉱石を使ってアップデートを行う必要があるという情報はまだ出回っていないはずだ。俺が教えたのは、キーマさんくらいだが、彼が吹聴して回るとも思えない。
まだLv2の工作機械が氾濫するという事はないだろうが、攻撃力アップが鉱石でできるんだからと気づく者も遠からず出てくるだろう。
「おおっ、ちょっといい感じの服が出始めているな」
以前はTシャツの様なベーシックな服に、テクスチャを貼り付けたプリントがほとんどで、たまにアオザイの様なシンプルだけど形が違う服なんかが混ざっている感じだった。
しかし、徐々に布を重ねて装飾しているような服が出てきている。ストールだったり、マントといった物が追加されていたり、ボタンや勲章もテクスチャプリントから厚みのあるアクセサリーとして服に付けられる物が出始めていた。
「まだフリル系はないなぁ」
「処理負荷が高くなるので制限内に収めるのが難しいのかと」
ヒダやリボンをポリゴンで再現するにはかなり複雑な形にしなければならない。そうなると計算も複雑になって、CPUのパワーが必要になってくる。
VRでは酔いを防ぐために、フレームレートの低下、処理落ちをしない範囲でしか装飾できない。
とはいえテクスチャを貼り付けただけでは可愛さは出ないので、プレイヤーメイドを追求する職人には期待したいところだ。
『なんでやねん、暇でしょ、対戦してあげる』
『宇宙船壊れてるから無理』
『強い奴と戦った?』
『自分で小惑星帯に突っ込んだ』
『下手くそ』
フウカからメッセージが来ていたが、ハンマーヘッドが壊れてるから仕方ないよね〜と返信。下手くそと思われている方が絡まれなくていいだろう。
ここで腹を立てるほどガキじゃあない。
『私が鍛え直してやる』
『宇宙船が無いから無理』
うん、この返し最強。でもフウカの事だから宇宙に飛び出すと途端に見つかりそうだから、ハミングバードでの出撃も控えたほうが無難だな。
『攻撃力アップ武器について話したい事がある』
今度はキーマさんからのメッセージだ。まあ、これだけ武器が出回ってしまったから、以前の話はお流れでも仕方ないよな。
『そっちに向かいます』
『了解』
「すまない、君から装備を仕入れるのは難しそうだ」
「ははは、僕も一週間でこうなるとは予想してませんでしたよ」
「君に提示された値段からして、今の相場ではキツいだろう。となると連合のメンバーに無理強いする事はできなくてな……俺の分は買わせてもらうよ」
「いえ、それも悪いですし構いませんよ。工作機械で十分稼がせてもらいましたし」
俺のセリフにキーマさんは首を振る。
「しかし、攻撃力アップの恩恵は大きいからな。この一週間の動きにしろ、元々は君が発端な訳で多少稼いでもバチは当たらんぞ?」
「まあ、オークションで売り始めたら遅かれ早かれ追いつかれるのは覚悟してましたから……ちょっと早すぎですけど。それにこれで終わりでも無いですしね」
ニヤリと笑う俺に対して、キーマさんは一瞬きょとんとしたものの、そうかと頷いた。
「君は成金王だったな。まだまだ市場は手のひらの上か」
「そこまで予想通りってわけではないですけどね。まだマージンはあるつもりです」
「なるほど、それは楽しみだ。次のレイドには間に合いそうかね?」
「レイド……?」
オークションの攻撃力アップ武器の氾濫対応に追われて、公式サイトのチェックがおざなりになっていた。
「次のレイドはデフシンへのステーション移設。Alphaサーバーのステーションが建設できたみたいだ」
「なるほど、それはいつです?」
「明後日の日曜日、13時からだな」
シーナが公式サイトの情報をタブレットに表示させて見せてくれた。その情報の配信日は水曜日になっている。レイドというプレイヤー参加イベントの告知として、一週間も準備時間がないのは短い気はする。
「イベント告知としては急ですけど、ステーションの建築時期である程度は予測されていたから、人は集まるんでしょうね」
「ああ。明日、レイド会議が行われる。Alphaサーバー主催ということで、フレイアファンの熱気がすごいだろうな」
「そうですね……」
うう〜ん、どうしたもんかな。予定してなかっただけにそこまで乗り気になっていない俺がいる。それより普通にデフシンの探索を進めたかった。
「デフシンならレールガンが主体になるからな。攻撃力アップの武器は重宝だ。逆に前回の要塞砲は使えないだろうな」
「でしょうね」
デフシンでは粒子砲の収束率が下がり、すぐに拡散して射程が短くなる。それはステーションの要塞砲でも変わらない。超大口径だけに多少の距離は出るだろうが、その威力はレールガンに及ばないだろう。
「後はフレイアの様にミサイルで戦うかだな」
俺の高速振動剣もデフシンの影響は受けないが、周りにプレイヤーがいる中で接近戦をするのは、誤射をしてくれというようなもの。
ファルコンの代わりにミサイル機を購入するのもまだまだ無理だし、今回はスルーかなぁ。
「ありがとうございます。ひとまず持ち帰って検討しておきます」
「またBJが出る可能性も高いからね。君やフウカ君の活躍には期待したいんだよ」
「まあ、フウカは参加するでしょうから、せいぜいこき使ってやってください」
俺以外のやりがいを早く見つけて欲しいものだ。
Foods連合を後にした俺は、格納庫に帰り鉱石の分析結果を確認した。赤色鉱石はやはり攻撃力アップの2段階目、10%の上昇がある。これなら量産品との差別化が可能かな。
とはいえオークションを利用するとまた分析されて量産される危険があるから、販売には慎重になる必要がある。
更には工作機械がバージョンアップできる情報が出回れば、今後の開発で先を越されていくのも想像できる。
その情報の暴露には次の先行要素が得られるまで、できるだけ遅らせたいところだ。
「まあ、俺だけが知れる情報なんてないから、何事も時間の問題なんだけどね」
そして上位汎用素材の分析結果も確認する。純粋に強度が増す素材ということだが、その恩恵は色々な場所に出ていた。
ステーションの外装に使用すると、納品時に得られる報酬にボーナスが乗る。宇宙船の装甲に使うことで耐久力が増す。
更に武器の素材として使った場合は、武器自体の耐久性の上昇の他に、連射性能にボーナスが発生していた。
「これは何でだ?」
「銃身が補強される事で、発射時のダメージ分散が行われるので、継続的な射撃に強くなるみたいです」
粒子砲にしろレールガンにしろ弾を発射する時には多大なエネルギーが使われる。それが純粋に弾だけに作用することはなく、それを支える銃身にもダメージを与えてくる。
そのために連射しすぎるとオーバーヒートして、クールダウン時間が必要になるが、そのオーバーヒートまでの容量が上がるようだ。
「これはデカイな」
攻撃間隔が早くなるというのは、弾の威力が上がる以上に攻撃力を上げる可能性が高い。更には攻撃力アップ鉱石と併用できる。
「攻撃力アップ10%に連射性能アップのカスタム武器、これならキーマさんに売れるか」