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「ふぁぁぁぁぁっ」
「おかえりなさいませ、マスター……」
ログインするなり大あくびをかました俺に、いつもの挨拶をしながらも呆れた目で見てきたシーナ。
昨日はカニ狩りをしていたが、ほどなく睡魔に襲われ、無理はせずにログアウト。以前、無理して全損の憂き目に遭っていたのでそこは自重した。
その分、仮眠程度で起きて再ログイン。午前4時から続きをやってドロップ率の低い甲羅を何とかゲットしてから、再度仮眠をとって今に至る。変な周期で睡眠をとったので、まだ頭は半分寝ている気もするが、やりたい事が気になって二度寝もできずに起きてきた。
しかし、細かくログインしたおかけでハンマーヘッドの機体も無事にカニ装甲を装備して、ハミングバードとのジョイントパーツも組み込めた。寝ている間に、ハミングバードの方も加工が終わっていたので、後はドッキングを試すだけだ。
そして工作機械も徐々に増えて来て、アップデートも進んでいる。Foods連合への2台目の納品も可能だが、もうしばらく待った方がいいかな。
となればやる事は決まった。
「合体機の試運転だ」
「どんどん、ひゅーひゅー、ぱふぱふ」
平坦な声音で盛り上げる気のない合いの手にもめげず、俺はハミングバードへと乗り込む。別にコックピットが変わった訳もなく、外観が見えるわけでもないので、合体機という実感は湧かない。
「コンディショングリーン、格納庫開きます」
シーナの声とともに発進シーケンスが進んでいく。格納庫の扉が徐々に開いていき、無数の星々が視界に飛び込んでくる。電磁レールに載せられた機体は、宇宙空間へと押し出されていき、そこから加速していく。そこまではステーションの機能なので変化はない。
ステーションから一定距離を離れた所で、後部ユニットのブースターが点火。そこから加速を開始する。
「う、お、おぉーっ」
後部にまとめられたハンマーヘッドの推進装置は、今までにない加速を機体に与えてくれる。カニ装甲に置き換えて、機体が軽くなっている影響もあるだろう。
もちろん、宇宙空間で多少加速しても星々はあまり動かないし、実感は湧かないはずなのだが、ゲームであるSTGは、加速をプレイヤーに感じてもらうために、機体の周囲を取り囲むような光の粒子が後方に流れていく効果がつけられている。その動きが今までで一番速く動いていた。
まるで椅子に押し付けられるような錯覚を起こすほど、速さを体感できてしまう。
「何か、すげーっ」
「語彙が乏しいです」
「うっせーよ」
今までの半分ほどの時間でゴブリンの湧く第3惑星の輪を形成する小惑星帯に到着した。ここでハンマーヘッドのレーダーを使えば、レア鉱石を含む小惑星もすぐに見つかる。
そこで前方のハミングバードを切り離して、小惑星帯へと突っ込むと、今までと同じ感覚で探索が行える……いや、分離したハンマーヘッドからの情報が入ってくるのでゴブリン達の位置がより正確に察知できるようになっていた。
「戦いやすくなってる」
「私のサポートのおかげです」
「ありがとなっ」
「っ」
素直に感謝を伝えると、シーナは驚いた様な顔で固まった。
「ど、どうしたんだよ」
「いえ、素直に礼を言われるとは、どこか体調が優れないのかと……それを見落とすとはサポートシステムとして重大な過ち……」
「うっせーよっ」
ゴブリンとの戦いは先日復習したばかりだし、ハミングバードの機体性能があれば何の問題もない。ハンマーヘッドの情報で、ボスの出現も即座に掴めるので一気にクリアした。
その後、レア鉱石を掘り出してカニも始末していく。ハンマーヘッドをカニ装甲に替えた事で、積載量にも余裕が出ているので、レア鉱石を採取する程度だと十分に持ち帰られるようになっていた。
「色々と嬉しい誤算もあったな」
往復の時間が短縮され、レーダー性能が探査ポッドよりも高く、積載重量も増えたとなれば、星系の探索途中で採取なども捗りそうだ。
「俺達の冒険はここからだ!」
「まだちょっとだけ続くんじゃよ」
「それ、全然終わらないって意味じゃ……」
くだらない会話をしながら格納庫に戻ると、Lv2の工作機械の作成を続けて指示しつつ、出来上がっていたFoods連合用の工作機械を持って、連合のロビーへと向かった。
「いらっしゃいませ、霧島様」
受付のくま子……じゃなかったベティが俺の事を覚えていてくれた。案内されるままに交流ロビー内に入っていくと、大きなディスプレイが空中に浮かんでいて、バトルの様子が映されていた。
初期型ファルコンの不気味なほど小刻みな機動はフウカのようだ。それを4機ほどの戦闘機が取り囲んで攻撃するが、最小限の動きで見切っている。
「あ、霧島さん、ちーっす」
「こんにちは。フウカが来てるんですね」
「はい。今回は純粋に対決なんですが……やっぱりサーバー1のエースは違いますね」
前回はミッション形式で、視覚トリックを利用した突破で完敗していたエースチームが、純粋なバトルを申し込んだ様だ。といって、4対1のハンデ戦でも場を支配しているのはフウカだった。
2機ワンセットのデュオで行動するチームに対して、1機を盾にするように死角へと動き攻撃を阻害。射撃の本数自体を減らしつつ、直撃弾のみ最低限の動きで回避を繰り返す。
前回のCOM慣れしたFoods連合のアタッカーを煙に巻いた戦いではなく、反射神経と操縦テクニックで凌駕してみせる動きに、観戦しているパイロットまで動揺させている。
「まあ、化け物なんで張り合うのは危険ですよ」
「でも霧島さんは、タイマンでいい勝負だったんですよね?」
「小細工もりもりだったから、タイマンとは言わないんじゃないかな」
俺がフウカと戦った時は、蜃気楼システムを使用して、分身を作ったり視覚情報をごまかしたりしながら戦った奇襲の連続だった。
それでもフウカの反射神経に負けた。
不規則に投影される分身を見極める目は異常だ。かなり連携に慣れてそうなエースチームだったが、フウカの目は4機を正確に捉えているのだろう。巧みに位置を替えている4機のうち、1機に攻撃を集中している。初期型ファルコンのため、中型戦闘機相手に攻撃力不足は否めないが、なまじ攻撃に耐えられてしまうだけに、ペチペチと攻撃を当て続けられているパイロットはたまったものじゃないだろう。
やがてその1機がコンビネーションを乱しはじめて、戦線を離脱。4対1で保っていた均衡が崩れるとミサイルも使用した集中攻撃をはじめたフウカに次々と撃破されていった。
「いやはや、どこから改善していけばいいのやら……」
「嫌な攻撃がない」
「嫌な攻撃ねえ……」
「なんでやねんが得意」
「なんでやねんって霧島さんか?」
「性格がねじ曲がってる」
何か人聞きの悪いことをいいながら模擬戦を行っていた面々が帰ってきた。
「あ、霧島さん、こんちわ」
「こんにちわ」
「なんでやねん」
よっとばかりに手をあげて挨拶してくるフウカにチョップをかます。
「誰が性格ねじ曲がってるだ?」
「なんでやねん」
なぜ当たり前の事を……と不思議そうに首を傾げるフウカ。再度チョップをかましておいた。
「霧島さん、相手が嫌がる攻撃ってなんですか?」
そんなやり取りを意にも介さず質問してくるパイロット達。手の内を晒すのはあまり得策ではないんだが、この人達と対人するわけじゃないし、この人達が強くなればフウカの相手をしてもらえるのか。
「基本的に自分が嫌な事を積み重ねることですね」
俺は前にフウカとやった時を振り返りながら、説明することにした。プレイヤーが嫌がるというのは、情報への阻害だ。相手が見えなくなれば不利になる。そのために急激な移動を行ったり、視界を遮る行動を取る。
COM戦だとその辺の妨害意識はさほど気にしなくても、予想した位置に移動してきたりするので、対人戦に慣れてないとその辺の読み合いが甘くなってしまう。
「対人戦で相手の行動を予測するのは難しいんですが、それでもやり続けてる人にはパターンが見えてくる。その読みの精度を下げてやれば、相手の攻撃が当たりにくくなるんですよ」
「なんでやねんとやると、目がシパシパした」
蜃気楼システムで分身を作ったり、輪郭をごまかしたり、爆発を派手にしたりと視界に入るものに情報を増やしたり、逆に減らしたり。閃光弾で一度目を潰すとか、ゲームにおいて最も情報量の多い視覚をごまかすのが一番の常套手段になる。
「例えばデュオで行動する時、射線を確保するためにズレて飛ぶのが普通だと思います」
2機編隊で行動する時、リーダーの斜め後方にサポート機がついて攻撃に厚みをもたせるのが普通の行動となっている。
「そこをあえて相手から見て戦闘機の陰に移動する。射線が通らなくなり、前に機体がいる間は攻撃できなくなります。しかし、相手にとってもどんな攻撃をしてくるのか、いつ攻撃してくるのかという情報が減るため、相手の反応が遅れます」
フウカクラスになると銃口の向きでどこを狙っているかを正確に把握してくる。その銃口を隠した状態から、前の機体が横に避けつつ背後の機体が即座に攻撃すれば、銃口を見ての回避は難しくなるのだ。
俺の場合は蜃気楼システムで映像を重ねる事でごまかしたりしていた。一人でやれた方が楽ではあるが、2機が連携すれば前の機の牽制攻撃で相手の行動を制限する事もできる。やはり有人2人で攻撃した方が、効果は大きくなるはずだ。
「その辺はCOMも狙ってくると思うんで、自分がやられて嫌だなと思う事を探して、対人戦で相手にしてやればいいんですよ」
「な、なるほど……」
「嫌がらせの応酬か……」
「性格曲がりそうだ」