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「おや、見ない顔ですね」
Foods連合の共有ロビーでキーマさんを待っていると、銀髪を後ろでひとくくりにした糸目の男が話し掛けてきた。
柔和な笑みを浮かべながらどことなく油断できない雰囲気を漂わせている。
「は、初めまして、霧島といいます。キーマさんを待たせてもらってます」
「霧島……ああ、キーマくんがお世話になったそうだね」
「あ、いえ、俺……自分も助けて貰ってるので、お互い様です」
「いやいや、あの娘がうちに来てくれたのも、君のおかげだって聞いてるよ。ああ、申し遅れた、僕はヤキソバっていいます」
ヤキソバ……Foods連合の連合リーダーだった。
彼があの娘と指差したのは受付を務めている女性アンドロイドアバターだ。レイドの貢献度で購入できたと聞いている。
「くま子と名付けようとしたら皆に不評でね、ベティに決まったよ」
と、どことなく悲しそうに言う彼はどことなく憎めない印象を抱かせる。しかし、くま子はないよね。
「私はさし子にされそうになりました」
「それは自分で却下しただろ」
サポートシステムだから縮めて『さし子』は、安直過ぎるから自分で却下した。そんな独り言程度の呟きを覚えているとは、シーナにとって大きな事だったのか。
「その子が噂のアバターだね。確か、シーナちゃん。で、こっちは……?」
「フウカっていうプレイヤーで、キーマさんの案件に絡むんで連れてきました」
「なるほど……両手に花とはいい身分だね」
「いや、そういうのじゃないです、精神的に追い詰められるのはいつもこっちというか、苦労ばかりで」
「モテる男はいつもそう言うんだよね〜」
などと批難っぽい響きで追い打ちを掛けられる。しどろもどろに言い訳をしていると、ヤキソバさんは笑みを浮かべる。
「キーマくんが帰ってきたようだ。それじゃ失礼するよ」
「え、あ、はい……」
俺をからかっていたのは、時間を潰させるつもりだったのか?
批難気味だったが攻撃的ではなく、不思議と嫌悪感が沸かなかったのは、目的が客の暇な時間を忘れさせるためのものだったからのようだ。
ヒラヒラと手を振りながら去っていく男は、コミュニケーション能力が高そうだった。
「やあ、霧島くん。来てくれてたんだ」
「いえ、突然お邪魔して申し訳ないです」
「うちの連合は来る者拒まずだから暇つぶしにだべるだけでも歓迎だよ」
そう言いながらキーマさんが目の前に座る。あれ、フウカがいたはずなんだが……キョロキョロと視線を動かすと、プレイルームに座り込む姿を見つけた。目の前には白い毛むくじゃらの物体がある。
「あ、キーマさんの白熊」
「ん? ああ、プレイルームが戯れ場所になっていてね。任務から帰ると可愛がられるのが日課だね」
なるほど、子供がいないはずのSTGでプレイルームがあるのはそのためだったのか。見ると白熊以外にも子犬や子猫の姿も見える。
「俺の影響からサポートシステムのアバターに動物を選ぶ奴が増えてね。今やアニマルカフェの様相だよ」
「へぇ……」
手に猫じゃらしを持った女の子が楽しそうに遊んでいる。その中にフウカも溶け込もうとしていた。不思議系少女だと思ったが、普通に動物と戯れるのは楽しいらしい。
「で、霧島くんが来たってことは、例の件かな?」
「ええ、海賊対策に関してです」
視線を白熊と睨み合っているフウカへと送る。
「ああ見えて、ウチのサーバーでトップだと思われるプレイヤーです」
「Foxtrotで有名どころにフウカという名前はなかったが……それを言うと成金王も戦果と言う意味では知名度がなかったな」
「それは置いといて、孤高のファルコン乗りって通称があるんですが……」
「確かにチラホラ見かけるな。それが彼女だと?」
「まあ、噂の正体がそうかは分かりませんが、先のクジラ戦などで上がってる動画は彼女です」
ネットに上がっている動画で見つけたものを再生する。クジラに向かって攻撃しながら、コバンザメの突進を避け続けている動画だ。
「これか……確かに凄いな」
フウカは最小限の動きでコバンザメの突進を避けているのに、クジラへの攻撃は続けている。それがどれだけ難しい行為なのかは、一線で戦うプレイヤーには理解できるだろう。
「真紅の海賊船、多分ブラッディジョーカーですよね。彼の回避を見てると、彼女と重なる部分もあるかなと」
「それで彼女を仮想BJとして戦う……か」
クジラ戦の動画を見ながらキーマさんは思案する。
「まあ、ぶっちゃけた話。アイツは戦闘狂なんで、対戦相手を欲してるんで、相手してもらえると助かるなぁと」
「いきなりぶっちゃけたな。何だ、君自身が相手してるのか?」
「相手したのは一回だけで、こっちが負けたんですけどね。でも狙われてるみたいで獲物を見る目になることが……」
「相手をせがまれるというのは、君自身も強いと言うことか」
「俺の場合は、機体に小細工して何とかなんで、ネタが割れると勝負にならないんですよ」
蜃気楼システムももう通用しないだろうからな。BJの機体を参考に作ってる合体機も、フウカの望む戦闘力ではないだろう。
「ふむ。事情は分かった。こちらとしても強者とのバトルは願ってもない事。とりあえず、ウチのチームでやらせてみよう」
キーマさんはログインしているメンバーに招集をかけた。
「勝ったら白熊をもらう」
「いや、それはダメだろう」
白熊を抱きかかえすっかり気に入ったらしいフウカは無茶を言い出す。
「その熊は、キーマさんのサポートシステムだから。お前もサポートシステムのアバターを替えてみればいいんじゃないか?」
「サポートシステム?」
「そこからかよっ!?」
フウカのサポートシステムを呼び出すと、初期の宙に浮く単眼カメラの球体が現れる。
「ありがとうございます。マスターに呼ばれず、そのまま終えるのかと思いました」
「お、おぅ……」
その球体に感謝されるという一幕もありつつ、フウカにアバターの話を伝える。
初期型ファルコンにこだわり、武装の強化も行っていないフウカは、多数の任務をこなしているので、使用できるコストがかなり余っている状態だった。
「じゃあ、コレ」
「え、本当にソレなのか。パンダとかもあるぞ?」
「タレ目でかわいい」
そして即決したのは、ナマケモノだった。球体アバターに光の粒子が集まって、徐々に大きくなると50cmほどの手の長く丸顔な動物が現れる。
するとフウカは、抱えていた白熊をペイっと投げやると、ナマケモノに抱きついた。
「おいおい、ダメだろう……」
「いえ、いいんですよ。私は慣れてますから」
投げ捨てられた白熊の達観したセリフに、哀愁を感じてしまう。もしかしたら連合メンバーにも、自分達の子猫や子犬を手に入れるや、見向きもされなくなっているのかもしれない。
「何というか、頑張れ」
「私の使命は、キーマ様をサポートすることなので、自由になれるのが一番ですよ」
「マスター、マスター」
白熊を慰めていると、シーナが近寄ってくる。
「私の使命は、マスターをサポートすることなので、これからも全力でいじり倒しますよ」
「途中までは良かったのに、最後で落とすのな」
ドヤ顔で胸を張るシーナは、どんどんアホの子になっていく……。
「くくく、早く帰ってスロスを愛でる」
「おいおい、キャラが変わってるぞ」
ナマケモノの名前はスロスになったらしいフウカは、殺る気を瞳に浮かべていた。
「ひとまず、レイド戦でBJとやった時を再現しようと思う。集まったのは4人だけだから、ディフェンスは半数にはなるが、テストとしてみれば十分だろう」
キーマさんの乗るブラックベアを目標に、フウカが接近するのを、4機編成のチームが防ぐという形だ。
俺はそれをモニターで見て気づいたことがあればアドバイスするという立場になった。
各々が格納庫へ向かい、俺は連合のロビーでモニターを確認する。
「解説のマスターさん、今回のバトル。見どころはどこになるでしょう?」
「そうだな。フウカの戦闘力に関して、俺は熟知しているがFoods連合のメンバーはまだ半信半疑。そこに油断があるとワンサイドで終わるかもしれない」