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「次のメールは……ポチョムキムキンからか」
前回のレイドで一緒になったシールド機を操縦していた彼だな。
『先日はお世話になりました。またどこかのミッションで遊びましょう』
初メールらしい挨拶といった内容だな。シールド機の運用というのも気になるから、そのうち一緒にミッションをするのも良さそうだな。
「そのうちは、日本人的にノーセンキューってことですよね。わかります」
「いやいや、今はやることが色々あるから、それが落ち着いてからって意味で、ちゃんと行く気はあるよ!?」
「で、片付いたら更にやりたいことが見つかって、忘れていくんですよね」
「ぐぬぬ……」
ポチョムキムキンとの予定をどこかに組まないとネチネチ言われるパターンだな。しかし、やりたい事が多いのも確かで……保留。
『ご褒美考えた。遭いたい』
シンプルなのはフウカだな。メールだと饒舌になるようなキャラではなかったようだ。しかし、女の子からの誘いなのに、どうしてかワクワクしない。
「とはいえ特務曹長からの依頼もあるからな」
レイド中に襲ってきた真紅の海賊ブラッディ・ジョーカー。分離式の戦闘機も驚かされたが、やはり操縦技術が卓越していた。特務曹長が所属するFoods連合はBravoサーバー時代から何度もやりあって被害が大きいらしい。
何とか対抗しようとエースチームを作って挑んだが、それでも防ぎきれなかったようだ。
送られてきた動画も対抗策を検討して欲しいという依頼の資料。俺としては分離機構の方に興味が出てしまったが……。
しかし、BJの動きはフウカと重なる部分もある。彼女との模擬戦は、チームの練度アップに貢献するはずだ。もちろん、俺が彼女に模擬戦をねだられるのを避ける意味合いもあるが。
「ひとまず予定を組んで会いに行くか」
ハミングバードの分離機構を考えるのに思った以上の時間を使っていた事もあり、先に昼食を済ませて再ログイン。すると丁度フウカもログインしていたので、直チャットを繋ぐ。
『ん、分かった』
「じゃあ会議の時に特務曹長と会った辺りで」
フウカと待ち合わせてパーソナルルームを出る。今回はシーナも一緒だ。ドレスアップなアオザイ風衣装ではなく、普段の受付嬢の色違いの制服姿だ。
アンドロイドアバターが値下げされたことで、少し無理したプレイヤーが、ポツポツとアバターを購入し始めているらしい。
そのためシーナを連れていても注目を集めるほどではなくなった……はず。
「じゃあ、行こうか」
「はい、マスター」
交流ロビーとなっているステーション中央の公園は閑散としていた。昼間はみんなアクティブに任務をこなしているのかな。
先日、特務曹長と出会った場所のベンチに腰掛け周囲を確認する。リアルと時間がシンクロしているのか、麗らかな日差しの午後の公園という感じ。
「何か癒やされるな」
「VRでできる事を色々と調査していますので、リラクゼーション空間の演出などもその一環です」
現実で昼間の公園でのんびり過ごすというのは、意外と難しい。天気が良いと強すぎる日差しは人の肌を焼くし、曇りだと爽快感も乏しくなってしまう。無風だと暑かったり、ムシムシしたりするし、逆に風が強いと砂埃が舞ったりして困る。
ゲーム内でくつろいだ雰囲気を味わえたら、短時間でリラックスする事ができるかもしれない。
「まあ、本当の自然には敵わないけどな」
「そこは仕方ないですね」
「なんでやねん」
何故かツッコミが入った……わけではなく、フウカがやってきたようだ。
「なぁ、フウカ。そろそろその呼び名は何とかならないのか?」
「?」
「いや、その『なんでやねん』っての」
「なんでやねんは、なんでやねん」
「一応、霧島遊矢っていう名前があるんだが?」
「?」
そこで首を傾げられては、こっちも困るわけだが。
「霧島なんでやねん遊矢……長い」
「いやいや、全部繋げる必要ないだろ、霧島でも遊矢でも呼びやすいとこで切れよ」
「じゃあ、なんでやねん」
「なんでやねん!」
あれか、テンドンって奴か。ボケの繰り返しに疲れる……。
「ご褒美考えた」
むんと胸を張って切り出したフウカ。シーナと違って立派なものを持っているので、ちょっと目のやり場に困ってしまう。
「私と模擬戦自由権」
「却下」
「?」
不思議そうにこちらを見返すフウカ。
「それ、自分がやりたいだけだろ。俺のメリットがないよ。逆に模擬戦拒否権なら分かるが……」
「模擬戦、楽しい。なんでやねんも楽しい」
「いやいや……」
「というのは冗談」
いたずらが成功したと言わんばかりに笑みを浮かべるフウカ。アバターとはいえ、美少女に笑いかけられるとちょっとドキドキしてしまう。
「デート権を用意した」
「?」
「私と好きな任務や自由出撃できる権利」
「ふむ?」
模擬戦だとフウカの相手をするので疲れる要素が大きいが、フウカを戦力として借りられるというのはメリットか。
今考えているスカラベ撃破もフウカの火力があれば楽になるかもしれない。
「歯ごたえのある敵も倒せる」
「……それ、お前がレア敵と戦いたいだけだろ」
とはいえ魅力的な提案ではあるな。この宙域のレア鉱石を攻撃して出てくる敵は、初期宙域より強くなるだろうし助っ人を呼べるのは助かる。
「まあ、ありがたく受け取っておくかな……」
渋々了承すると、それを見越していたかのようにフウカは勝ち誇った様にVサインを突き出してくる。ちょっとイラッとするが、アバターが可愛いので許せてしまうのが悲しい。
「それはさておき、フウカにちょっとお願いがあるんだが」
「早速デート権を使う?」
「いや、俺じゃないんだが、この前会った特務曹長からの依頼でな」
真紅の海賊の動画を見せながら、チームと模擬戦をやる気はないかの意思を確認してみた。
「面白そう」
「そう言ってくれると思ったよ」
フウカも前回のレイドで海賊相手に撃破を奪えずに苦心していたから、多対一の戦いは得るものがあるだろう。
ただ興味を持ったのが、特務曹長のチームの人なのか、海賊の方なのか分からないが。まあ戦えたらどっちでもいいのか?
「じゃあ、連合のロビーに行ってみようか」
連合は、ゲーム内でプレイヤー達が作るグループの事で、任務などで人を集めたりする時に便利な機能だ。
他にもチーム共有の財産や特典が設定されていて、個人では持ちにくい修理用の工作機械を共同購入したり、レイドの貢献度でロビーの設備を豪華にできたりする。
特務曹長が所属するFoods連合はβ時代に作られた物で、規模としては中規模だろうか。特務曹長の知名度を活かして募集をかければ大規模にもなりそうだが、そうした大々的な募集は行っていないらしい。
ただ連合ロビー自体には出入り自由で、他の連合との共同任務なども行っているらしいので、メンバーにならずとも気楽に交流できるようにしているそうな。
その連合ロビーはBravoサーバーにあるはずだが、グラガンのステーションからでも転移が可能。この辺はパーソナルルームと同じ仕様なのだろう。
転移を行いロビーの入り口に出ると、受付が目の前にあった。
「いらっしゃいませ、こちらはFoods連合のロビーとなっています。ご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
オレンジのクリクリとした巻毛ショートカットの女性が声をかけてきた。よく見ると頭の上に丸っこい耳が付いている。たぬき?
「えっと、キーマさんに用事があるんですが、いらっしゃいますか?」
「……すいません、現在は撃破任務に出撃なさっているので、戻ってくるまで10分以上かかるかと思います」
「そうですか。待たせてもらっていいですか?」
「はい、ロビーの空いている席をご利用ください」
「ありがとうございます」
受付の横を通ってロビー内へと入っていく。バーカウンターやファミレスにあるような4人がけのテーブルなどが並んでいる。そして一角には、百貨店などで見かけるプレイルームの様な、ぬいぐるみやボールが転がったスペースがある。
「子供がいるのか?」
しかし、VRは12歳以上推奨なのであの様なスペースで遊ぶ子供はいないはずなんだが。
とりあえず4人がけのテーブルで待ってみるかな。