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新規ステーションの格納庫へと着地した俺は、パーソナルルームへと向かう。違うステーションのはずだが、格納庫もパーソナルルームも元のステーションと変わらない。それはゲームだからと割り切れる部分だろう。
というかステーションごとにレイアウトしたり、拡張したりは面倒臭いしな。
「さてと……」
すぐに打ち上げへと向かってもいいのだが、折角シーナを伴って交流ロビーにでるのだから、おしゃれさせたいと思うのが人間の性だ。
「といって、ゴスロリ系はまだないし、ハリウッドスターばりのナイトドレスも……」
胸元が大きく開いた魅せるドレスは、シーナの柄ではないだろう。スレンダーな体型にグラマラスなドレスは似合わない。
フウカはそれなりの物を持っているが、顔立ちも行動も子供っぽいので彼女も似合わないだろうな。
「何より、そんなドレスを着たパートナーを連れて歩く勇気はない」
視線のやり場に困るからな。
「ん……これは」
俺はシンプルなドレスの1つに目を留めた。
それはベトナムの民族衣装であるアオザイをモデルにしたものだった。身体にフィットするデザインは、スリムな体型をキレイに見せてくれるし、露出が少ないのでいやらしさを感じさせない。
シーナはアジア系の顔立ちをしているし、かなり似合いそうだ。
派手な刺繍柄がプリントされたものもあったが、無地の濃紺を選んでみた。素材の良さを活かさないとな。
「マスターもちゃんと着飾ってくださいよ」
そう言いながらシーナが取り出したのは、いつぞやの漫才用金色のタキシードだった。ラメラメでケバい。絶対、シンプルで落ち着いた雰囲気のシーナの衣装には合わない奴だ。
「こっちかな」
俺は無難にアメリカの軍服をベースにした衣装を購入する。勲章の類は付いてない正装という感じのもので、シーナに合わせて濃紺のジャケットに、白いワイシャツ風……実際は、プリントで厚みを誤魔化しているので、結構ペラペラだがシーナを引き立てるには丁度いいだろう。
「では参りましょうか、お嬢さん」
「アメリカの軍服でベトナムの衣装を着た私にフランス語で誘うのは、無節操すぎではありませんか?」
「ぐぬぬ……ふ、フロイライン」
「ドイツ語」
交流ロビーまでやってくると、既に会場は大いに盛り上がっていた。その中心にいるのは当然フレイアちゃんだ。公園の中は他のステーションと同じ構造になっていて、野外ステージが中心部にあり、そこでライブが行われている。
その背後にはプロジェクションで3D映像が流されていて、フレイアちゃんが搭乗するミサイル機が襲来する海賊PKに無数のミサイルを発射していた。
「結局、フレイアちゃんはミサイル機のまんまで参戦したのか」
実際にレイド戦を振り返ると、ミサイルがあればというシーンも多数あったので、活躍はできたのだろう。
フレイア機の周囲を高速で飛び回るシールド機はギターを引いてるフレイのものだろう。海賊をフレイアちゃんに近づけまいと縦横無尽に飛び回っている。
「あれでフレイアちゃんのミサイルには当たらないんだから、フウカばりに見えているんだろうか」
「友軍指定でミサイルの方も避けているとは思います」
「なるほど……」
遠隔制御ユニットによる編隊攻撃で、粒子砲の命中率が下がったのでミサイルの方が有効そうだな。補給コストは上がるが、ウチは自前で生産できるので安く抑えられる。
ステーションが増えた事で格納庫の更なる拡張もできそうだし、ミサイル機の導入を考えてもいいな。ハミングバードで飛び回っていると誤爆が怖かったが、ミサイル側に回避機構があるなら、試してみるのもいいだろう。
「すまなかった!」
俺が今後の構想を練っていると、唐突に謝られてしまった。そこには頭を下げるキーマさんの姿があった。
「ど、どうしたんです!?」
「君に借りていた要塞砲が撃破されてしまった」
「あ、あー、それは仕方ないのでは?」
要塞砲はその大きさから的になりやすいし、機動力も乏しい。あれだけ海賊が現れれば、守り切るのは至難だろう。
「自分の乗っていたマンタは回収したのだが、もう1機は要塞砲と共に……」
「いや、よくマンタ1機を生還させられましたね」
要塞砲よりは動けるとはいえ、マンタは輸送機。戦闘機動はできないので、正直生き残れるとは思わなかった。
「マンタ自体に攻撃力はないから、後回しにされただけだと思う」
「それでも要塞砲の撃破に巻き込まれずに済んだのは凄いですよ」
「それに、要塞砲のおかげで貢献ランキングで……」
そういえば、レイド戦の貢献度を確認してなかった。
「キーマ・ブラック特務曹長は、貢献度ランキングで1位を獲得されています」
「へぇ〜って1位!?」
「ああそうだ。今回の敵は動かないんで、狙撃に向いていたからな。かなりの撃破数を稼がせてもらった」
Bravoサーバーでキーマさんが所属するユニオンが配属された宙域は、中心部に近いこともありそれなりの数のアリジゴクが現れていた。
フウカの突撃戦法を見ていなかった彼らは、逆噴射でアリジゴクに接触する時間を稼ぐ間に、キーマさんが狙撃して撃破するという戦法をとっていたらしい。
そのためにその宙域の撃破数は、キーマさんが独占する形となって、かなり稼げたようだ。
「おめでとうございます」
「貢献度に対する報酬は、ユニオン内で共有するから、それに関する不満は出てないんだが、部外者である君への報酬は別途用意させてもらう」
「え、そんなの悪いですよ。こちらは試験運用に協力してもらった形なんで……」
「いや、今回の働きができたのは、要塞砲のおかげなんだ。ぜひとも礼をさせてくれ。もちろん、マンタや要塞砲の弁償代とは別だ」
キーマさんの背後にはユニオンのメンバーらしい数人が控えているが、その人達もコクコクと頷いている。
「マスター、ここはちゃんと受け取るのも礼儀だと思われます」
「そういうものか……でもお礼と言われても……」
「面倒事を押し付けてしまえば良いかと」
「面倒事?」
「戦闘狂のあしらいとか」
「あ、あーっ、そうか、そうだったな」
欲求不満を抱えたままログアウトしたフウカは、ストレス発散の為に襲ってくる危険があった。ちゃんとストレス解消させてやらないと、下手すりゃ海賊側に鞍替えなんて事もやりかねん。
フウカに狙われ続ければ心が休まることのない地獄が待っているだろう……。
それを避ける為には、適度なストレス発散をさせてやる方がいいだろう。
「では1つお願いがあるのですが……」
フウカの相手を依頼すると、キーマさんは快く引き受けてくれた。俺としては厄介事を押し付けた形なのだが、ユニオンとして手練との手合わせはありがたいと逆に感謝されてしまった。
……まあ、その感謝がいつまで続くかは分からないが。
「フウカの強さは、自分の下手さを突きつけられて凹むんだよな……」
「マスターは十分、強いですよ。もっと対戦してみたら自信もつきます」
「でも対戦は疲れるから面倒……」
対人戦は独特の緊張感があって、どうしても慣れない。できれば戦闘はNPCとの戦いを楽しむだけに済ませたいというのが俺の本心だ。
キーマさんと別れて会場をフラついていると、フレイアちゃんのライブも終わった様で、歌声は聞こえなくなっている。
それでもBGMは流れていて打ち上げの雰囲気は続いていた。
「食べ物がないとお祭り感には物足りないな」
「食べ物自体はありますよ?」
「でもVRゴーグルじゃ、食べた実感が湧かないからな」
STGで再現されているのは、視覚・聴覚・触覚までで、味覚・臭覚はまだ伝わらない。そのために飲食する楽しみは味わえなかった。
「一応、飲酒した際の酩酊感は、視覚として再現されています」
「それ、画面が揺れるだけで気持ち悪くなるやつじゃん」
「はい、人気はありません」
「科学の進歩に期待するしか無いな」