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「先生、お願いします」
「任された」
短い通信の直後、極太の粒子砲が宙域を薙ぎ払った。レールガンの直撃を受けたシールド機を中心に、照射時間で振り回された光の帯。シールド機の残骸が爆発を起こした。
「ありがとうございますっ」
「こっちにも出始めたから、あまり援護はできないかもしれん」
「いえ、遠方から狙撃があるってのを見せられたんで十分です」
海賊側からすれば、反撃不能な距離から狙われているとなれば、受けるプレッシャーは半端ないだろう。
いつ次の狙撃があるかを考えながら、俺達に対する必要がある。目の前の敵に集中できないというのは、それだけで相手の戦力を削いでくれる。
「……けど、思ったより被害がないな」
シールド機に守られるようにして接近していた海賊達。そのシールド機を無力化した直後に狙撃してもらったのだが、記録された被害は大破が3機だけだ。
他は見事に狙撃を避けたらしい。
フウカが3機倒して、今も3機を引き止めてくれている。シールド機と狙撃の3機を含めて、10機が戦力外になった。
これで数の上では30対20と、有利になっている。
しかし、相手は機体も腕も上。まだまだ油断はできない。
「戦い方はオーソドックスに。シールド小隊で防いで、火力を叩き込みます」
『『了解』』
まずは先手を取れた。相手が立て直す前に攻勢をかける事にした。
「回り込まれない様に注意してっ」
『は、はひぃっ』
「上方に回ってる機もあります、そっちもケアを」
『うごごーっ』
海賊集団といっても、PK連中は基本的に個の集団だった。レイドの為に集まったというのは、俺達ソロ組と同じだが、個の判断力という意味ではPKの方が、一枚も二枚も上。
シールド機を失った瞬間、個々の判断で散開したから、被害が少なかったようだ。そして、号令を待たずに狩りへと意識を切り替えている。
一方のソロプレイヤー達は、俺の指示を待ってしまった。俺が声を発して、それを彼らが理解し、行動に移すまでの10秒、20秒のタイムラグ。こちらが攻勢をかけようとした時には、既に手遅れ。
その間に海賊達は散開し、そのまま包囲殲滅陣を展開しはじめていた。
少数が多数を囲むという本来なら戦力の分散となって、各個撃破されてしまうような作戦。しかし、個の技量で上回るPK集団は、己が活躍できる場所を見つけるのに指示を仰がない。こちらの死角となる位置を的確に狙ってくるのだ。
包囲殲滅というよりはゲリラ戦法に近いのか。
ただ遮るもののないこの宙域、どこに動いているかが分かったので、致命的になる前に対処はできた。
シールド機で円陣を作り、攻撃部隊を内包する事で守る形を整える。しかし、これは時間稼ぎにしかならない。いくらシールドの内側から攻撃したとしても、相手の方が広い空間を使って回避できる。
一方のこちらはシールド機も十分にないので、攻撃に合わせて移動してもらいつつ、俺が持ってきたリペアキットでシールドを回復している状況。
『どどど、どうするんですかっ』
「今は致命傷を受けないように守りに徹して」
『でもでもでもでもっ』
にわか指揮官の信頼度などたかが知れている。包囲されて四方八方から攻撃を受ける重圧に耐えられない人は出てきた。
シールドの影から飛び出し、単機逃亡を計るのだ。しかし、そんなのは海賊からするとカモ。一目散に逃げようとする戦闘機に性能差で追いつき、一気に撃破してしまう。
シールド機は逃げる事はできないので、そうした行動をとるのは内側で守られていた攻撃機。守る機が減った事でシールド機の円陣を絞ることができ、防御力が上がったので、なんとか生き延びているが数的有利もなくなっていく。
反撃の手はフウカを呼び戻したり、キーマさんの狙撃になってくるが、それぞれに相手を抱えていてすぐに援護は望めない。
こちらで使えるのは蜃気楼システムと高速回転弾くらいか。蜃気楼は撹乱に使えるとしても、高速回転弾は残弾も少なく、機動力の高い相手には使えない。
「移動します……ここへ」
『そ、そこッスか!?』
「こちらが不利な状況の中、打開するには第三勢力に頼るしかないです」
俺が選んだのは、ウスバカゲロウが集まり始めたポイントだった。
海賊が攻めてきた事で、自由になったウスバカゲロウはアリジゴクを呼びつけたようで、既に2つの重力場ができていた。
そこを目指してシールド機を動かしていく。
もちろん、海賊の攻撃は止むことがないので、必死に防衛しながらの移動で、かなり動きは鈍い。それでも中心点が移動して、俺達の動きが分かると、海賊達の動きも変わる。
重力場に向かう俺達に対して、阻止を目論むものと、包囲を続けると先にウスバカゲロウに接敵すると追いかける側に回る者。
その偏りに隙ができている。
「ここからこう回って、ここへ」
『り、了解ですっ』
シールド機それぞれに動くべきポイントを指示して、速やかかつ防御が手薄にならないように移動していく。
ファルコン偵察隊は海賊達の更に外側からこちらの動きを監視させているので、周辺の状況は詳細に掴める。その情報をチーム内で共有する事で、逃げ出した者が早々に撃墜されている事も伝えて、かろうじて密集を保っている。
一方の海賊には焦りが見え始めた。
こちらが防御に徹した事で、思ったような戦果が出ない中、徐々に重力場が近づいてくる。
こちらはウスバカゲロウやアリジゴクと戦った経験があるが、海賊達にはない。海賊の方が技量で勝ろうとも、経験というアドバンテージがこちらにはあった。
特にアリジゴクへの対処法などはフウカの閃きを見ているかどうかで大きく変わるだろう。
その手の内はできるだけ晒したくないので、重力場を盾にしつつ、自分達は重力圏内に入らない様に移動していく。
「という事になります」
『な、なるほど……』
そして考えている事は言葉で説明する。信頼関係が築けていないので、少しくどいくらいに意図を説明して理解を求めている。シールド機は忙しいが、中の攻撃機は比較的やることがないので、詳しく説明する事ができた。
やがて重力場に近づくに連れて、海賊の攻撃も散発になってきて、防御に余裕が出てきた。その要因は海賊側に離脱者が出始めた事に起因する。
海賊達はこのレイド戦で撃破数を稼ぐ為にやってきているので、防御に徹する俺達の撃破を狙うか、多少移動してでも他の宙域で撃破を狙うかを天秤にかけていた。
そしてこちらの重力場を利用する戦法が形になりつつある中、移動を選択する者が出てくる。
そして、撃破数を稼げない任務に割り振られた者が、痺れを切らすのは早かった。
リペアキットが底を尽き、シールド機のローテーションで何とか凌いでいるのを、海賊達も理解しているのだろう。攻撃を途切れさせないように、相手もローテーションで波状攻撃してきている。
その後方で爆発が起こった。
『ストレス、解消』
海賊に離脱者が出始め、フウカを包囲していた海賊達も自分の利の為に早々と移動を開始したのだ。包囲が解かれ自由を得たフウカは、それまでの鬱屈を晴らそうと残った海賊へと牙を剥く。
背後からの急襲にPK集団にも乱れが出てきた。
反転攻勢……といきたいところだが、こちらの疲弊も大きい。特にシールド機はみんなボロボロだ。
「海賊はフウカにまかせて、俺達はウスバカゲロウとアリジゴクを始末しましょう」
『大丈夫なのか?』
「下手に手を出すと、噛みつかれますよ?」
『うへぇ』
実際は目のいいフウカが誤射する事はないと思うが、戦力の分散は避けたかった。いくら乱れているとはいえ、PKの乗っている機体は中型から大型で攻撃力が高い。それらを便乗攻撃しようとして、返り討ちに遭うと、致命傷を負うリスクが高い。PKの嗅覚を侮ってはいけないのだ。
それよりもレイド任務であるアリジゴクの排除を優先したかった。
守られる一方だった攻撃隊は、アリジゴク相手に見事な連携で撃破していく。新たに現れたもう一匹を含め、一連の流れで片付けてしまう。なんだかんだでゲームをやり続けているメンツなので、下手という訳ではない。
ただウスバカゲロウの相手は面倒臭い。
トリッキーな動きに陽炎が目に優しくない。目で追いかけていると、焦点が合わない気がして疲れやすかった。
「いっそ目で追わない方がいいのか……?」
陽炎の揺らぎでターゲットカーソルも見づらくなっている。それがよりウスバカゲロウへの直撃を妨げているようだ。
「秘技心眼戦法っ」
そう言いながら閃光幕をハンマーヘッドの正面に張る。宇宙が白いカーテンに遮られ、レーダーで捉えられたカーソルだけが浮かび上がる。
「おお、マジで見やすくなったし」
とはいえ動きはトリッキー。仕留めるのは簡単ではなかったが、直撃弾は増えていった。
そうやってウスバカゲロウに対処している頃、フウカは思わぬ苦戦を強いられていた。
不意を討って1機撃破したものの、すぐに反応したPK達は、新たな敵へと牙を剥く。遠距離狙撃に注意しながら、シールド機相手にちまちま攻撃していたので、PK達にもストレスが溜まっていたのだ。
そしてPKをする連中は元々対人戦が好き。
稼ぐのを諦めてしまえば、強敵の出現に燃えないわけがなかった。
大型戦闘機のシールドを、ファルコンの中口径粒子砲で破るには、連続したヒットが必要だが、PK達の動きは鋭い。何発か当てられたとしても、射線から逃れて反撃してくる。
フウカもそれを見切っていくが、反撃の手は止まってしまう。そこへ新たなPKが迫り、対応に追われるとシールドへのダメージは回復する。
「面白い、全滅させてやる」
フウカもまた戦闘狂の血が滾り、激しい攻防へと突入していった。