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宙域に侵入してきたウスバカゲロウとのバトルは領域を広げている。そのトリッキーな動きと、本体がブレて見える陽炎の様な防御の為に、撃破がままならないからだ。
幸いなことに攻撃力は高くないので、プレイヤー側の被害もそれほどではない。互いに致命傷を与えられない中、ウスバカゲロウの動きに釣られて、戦線が広がっていく。
そうしてできた空隙に、新たな重力場が発生。ウスバカゲロウの幼虫、アリジゴクが生み出されたのか、招き寄せられたのか、再び宙域内に出現したのだ。
俺はそれらの新たなアリジゴクを優先的に撃破する事にした。
「倒し方は見せてもらったからな」
アリジゴクの攻撃は、基本的に重力場に引き込んで礫を浴びせ、重力に負けたところで大きな顎で粉砕するというものだ。
弱点となるのは大顎の付け根にある頭。そこをしっかりと攻撃できれば、撃破することができる。
ただ重力場に引きずり込まれない様に外向きに加速しながら、頭を狙うのは至難となる。そこでフウカが見せたように自ら重力場に突っ込むことで、重力場への引力をそのまま脱出への加速に使用する方法が確立された。
アリジゴク自体は、重力場の中心から動かないので、真っ直ぐ向かっていけば攻撃は可能で、顎に捕まる手前で直進のベクトルを脱出方向へ向ければ、追撃の礫もそれほど受けない。
フウカの様に集中的に狙い、ギリギリまで攻撃できれば、2往復くらいで撃破でき、複数のプレイヤーで波状攻撃を仕掛ければ、10機もかからず撃破できていた。
「I have this」
そして俺には、静止目標に対して大打撃を与えられる高速回転弾があった。
重力場に対して、最大加速しながら突っ込む様な真似はできず、やや減速しながら突入。重力に引かれ始めたら、制動を掛けながら距離を調整。大顎が出現したら、中口径粒子砲を連射。ジリジリと引っ張られながら、できるだけの攻撃を行い、射撃の精度を上げる。
アリジゴクの方も礫を発射して、こちらを攻撃してくるが、ダメージ自体はそこまででもない。物理攻撃なので、エネルギーシールドを突破してくる石が、カンカンと機体に当たるのは精神的に来るものがあるが、実ダメージは無きに等しい。メインノズルにぶつかったりすると、バードストライク的なエンジン不調をもたらすかもしれないが、今は正面の最も固い部分を見せているので大丈夫。
重力場の中心に近づくにつれて、引っ張られる力も強くなり、逆噴射で制動しても加速しながらアリジゴクに近づいていく。
カシャカシャと顎を動かし、こちらを捕らえようと待ち受けるアリジゴクに対して、高速回転弾を発射、頭部に命中すると見事に撃破できた。
「よしよし、俺でも倒せるな」
「ドリルが外れると終わりますけどね」
「プレッシャー掛けないでくれよ」
等加速で近づきながら照準を合わせている上に、重力場によって吸い寄せられもするので、滅多な事では外れないはずだが、万が一にも弾かれる結果になれば、もはや脱出に必要な加速はできないので、大顎に特攻する結果になってしまう。
細心の注意が必要だった。
そんな冷や汗カキカキ、実績を重ねていると、宙域全体チャットが響いた。
『海賊だー、PK集団がくるぞーっ』
「本当に出たのか……厄介だな」
レイドの進行ゲージは半分を越えたものの、まだまだ決着までは時間が掛かる。ウスバカゲロウの撃退も一進一退で、戦力が分散しているところにPK軍団襲来の報。
戦場が広がっているので、ファルコン偵察隊も宙域の各所に配置していたので、情報を集めていく。
「その勢力は……ん、多くないか?」
ゲートから離れた位置にあるこの宙域の更に外側から多数の機影が接近している。その数は、現在ここにいるプレイヤーと同じ30機ほどだ。
PK連中のスキルが、平均的プレイヤーより上だと予測すると、かなり不味い状況だ。
「シーナ、広域チャットに切り替え」
「はい、マスター」
『こちら、レーダー班。海賊の数は約30機、こちらとほぼ同じ。繰り返す、敵の勢力はこちらと同等だ』
チームを組んでいないので、レーダーの情報は共有できない。ファルコンの近くにいるプレイヤーには、レーダー情報を投影することで共有できるが、ウスバカゲロウと交戦中の機体には、遠隔制御で近づくと撃破される危険が高いので近づけない。
「フウカ、まだ行けるか?」
『なんでやねんモドキ倒すの、飽きてきたから丁度いい』
「なんか俺が倒されてるみたいな気分になるな……それはさておき、この辺が襲来ポイントだ」
『おっけー』
『成金王さん、俺たちはどうしたら?』
「ん?」
『指示を下さい』
広域チャットを使って、俺に指示を仰いてきた?
『成金王さんのおかげで、アリジゴクも倒せましたし、ウスバカゲロウの情報も早くて助かりました』
『参謀として指揮してもらった方が安全そうだし。俺たちはどう動くと良いですか?』
人に頼られているという実感に、鳥肌が立ってしまった。俺、そういうキャラじゃないんだが……のしかかる責任感に身震いするが、それでも頼られる事自体には悪い気はしない。
なんだかんだで、ぼっちプレイを強いられている状況に、精神が削られていたようだ。人と繋がっている感触に、安堵している俺がいた。
「悔しいがPKやるような連中は強いと思う。フウカ、あの突撃ファルコン乗りの腕は桁違いだが、一人で海賊全機は抑えられんと思う」
俺の所見を野良プレイヤー達に共有する。
「ウスバカゲロウの残数を考えればしばらくはアリジゴクも増えないだろうし、海賊をメインに考えれば……Bravo担当宙域の近くで集まろう」
『Bravoですか?』
「ああ、あそこには特務曹長がいるからな。力を借りる」
ウスバカゲロウとの交戦を一時中断して、担当宙域の端で集合する。動きやすいように同タイプの機体ごとでチームを作ってもらい、連携して海賊に対処する事にした。
『こいつら……逃げるなっ!』
フウカとの遭遇戦で一気に3機を撃破された海賊達は、フウカを撃破するのは早々に諦めたようだ。散り散りに逃げて、まともに相手をしていない。手強い1機にこだわるよりも、より多くのプレイヤーを狙って撃破数を稼ぎたいのだろう。
海賊にとってみれば、レイドイベントは多くのプレイヤーが集まっている分、難易度は高いものの稼ぎやすい状態でもある。
カスタマイズしていないフウカのファルコンに対して、高機動の中型機で取り囲み、逃げの一手で撹乱しているらしい。
まともに戦えば中型機相手でも負けないのだろうが、ファルコンより速度も防御も高い機体で回避を優先にしながら遠巻きにして、背後に回った機体が遠距離から攻撃してくると、さすがのフウカといえども撃破は容易ではない。
そうやってフウカを切り離した本隊は、真っ直ぐにこちらへと向かってくる。
海賊達の機体は、個々の戦闘力を引き上げた中型から大型の戦闘機が大半を占めていた。まともにやりあえば、火力で圧倒されかねない。
「情報共有、同じターゲットを集中攻撃します」
『『了解!』』
探査艇であるハンマーヘッドは、情報共有機能に優れているので、疑似的に指揮機体として運用可能だった。
タイプごとにチームに分けた分隊を、ハンマーヘッドを旗艦に連隊として運用する。
共有したレーダー情報の海賊群の1つにマーカーを付ける。海賊の先頭にいるそいつはシールド機だ。大型の高出力タイプで、他の海賊達はその影に入って接近してきている。
「発射!」
俺の掛け声と共に発射されたのはレールガンの弾。高出力のエネルギーシールドといえども、実体弾は止めてくれない。とはいえ遠距離から狙撃したら、接近する前に迎撃されてしまう。
更にはこの宙域が重力場でレールガンが使いにくいと言うことで、レールガンを装備したままの機体はそう多くなかった。一気にシールド機を撃破するには、極力無駄弾なく、全弾命中を狙いたい。
「蜃気楼システム起動」
「はい、マスター」
そこでレールガンの弾に、映像を重ねる事にした。アリジゴクを始末したことで、探査ポッドが使えるようになったので、海賊の予測進路にポッドを射出。レールガンの弾を複製して投影する。
本来の弾は、正面のやや下方から発射して、投影した弾は正面から少し先行させて接近させる。
そうなるとまずは正面から迎撃したくなるのが人の性だ。いくらレーダーが下方からの弾に反応したとしても、同じ方向の正面から迫る弾を無視する事はできまい。
海賊達が粒子砲で正面から迫るレールガンの弾を迎え撃つ。かなりの密度で照射された粒子砲は、本来ならレールガンの弾を溶融し、無効化する事ができただろう。
しかし、その弾は幻影。
粒子砲はことごとくすり抜けて、レールガンの弾はシールド機へと迫り……そのまま突き抜ける。
『は?』
間の抜けた声が外部音声として聞こえたが、次の瞬間、シールド機へとレールガンの実弾が次々と着弾した。