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予め攻撃を予想していたので回避行動をとることができて、直撃するのは避けられたが、それでもエネルギーシールドをごっそりと削られはした。出力の高い粒子砲のようだ。
ハミングバードなら避けられたようだが、ハンマーヘッドでは即座の回避は無理だった。
それでも十分に加速していけば、移動コースを変えるだけでかなりの回避距離を稼ぐことができるので、追加の攻撃を受ける事はない。
『今回は逃げ込む小惑星帯もないぞっ』
「そっちは味方もなさそうだな」
『お前1人、俺だけで十分だぁ』
襲ってきたのは1機だけのようだ。元になっている戦闘機に覚えがないので、なんらかのカスタマイズ機だろう。ハンマーヘッドのレーダーを駆使して、その性能を確認。
中型から大型に分類されるサイズで、メイン武装は大口径粒子砲で常時使用しているエネルギー量から、シールドも厚そうだ。
試しにこちらからも粒子砲を打ち込んでみるが、ろくな回避も行わず、シールドで受け止めている。ハンマーヘッドの中口径粒子砲ではなかなか有効打を与えられないようだ。
「もう気にしてる人はいないんだろ。そろそろ止めたらどうだ?」
『ならシーナちゃんを、F-S143を解放しろっ』
「F-……って何だ?」
「私の使っているアバターの識別IDですよ」
『そのアバターは俺が買う予定だったんだーっ』
「知らんがな……」
どうやら俺に粘着している奴は、単なる私怨だったようだ。
『β時代に一目惚れして、必死にコストを貯めたけど届かなくて、それなのに目の前で買われていって……製品になったら買えるかと思ったら、アンドロイド素体は1点ものでF-143はSOLD OUTのままだったんだぞっ』
「……」
その熱意は分からんでもないが、それで他人を攻撃するってどうなのよ。ぶっちゃけ、時間的余裕がなくて適当に選んだ素体だ。ちゃんと交渉してくれたら、融通の余地はあったかもしれない。
しかし、一方的に攻撃されて、更にはそれなりに時間も経過して愛着が湧いている。今からシーナの素体を変える気にはならなかった。
正義を大声で振りかざす人間というのは、やましい心を隠すためという場合も多い。それは自己暗示も含まれる。俺は正しいことをやってるから、悪いのはアイツだからと、自分をも騙そうとするのだ。
しかし、実際に正義を行うのに声高になる必要はなく、正しいことをやっていれば自ずと周りには同調者が増えていく。
逆に時間と共に人が去るというのは、そういう事だろう。
「お前とは縁がなかったんだろ」
『!?』
息を呑む音と共に、粒子砲が乱射されはじめた。
狙いは適当に撃っているので、脅威は感じない。
ただ思ったよりも連射間隔が短い。機体も大きめだし、コア出力に余裕があるんだろう。
しかし、カッとなって手の内を晒すとは、対人戦は慣れていないのか。となると戦い方はあるかもしれない。
『俺は、俺は、成金王を倒さない限り、一歩も先に進めない男になっちまったんだっ』
「私の為に争わないでっ」
「はいはい」
コアの出力を攻撃と防御に振り分けた機体は、機動力に乏しい。ハンマーヘッドは、ハミングバードと比べると動きが鈍いが、偵察艇という役割から普通の戦闘機に比べても機動性は高い方だ。
なので一撃離脱で攻撃を繰り返すタイミングはこちらに選択権があった。
しかし、相手は脚を止めてこちらを狙っているので、射撃自体はそれなりに命中コースにくることがある。そして射程距離も大口径の相手に分がある。
こちらの武器の有効射程へと接近するまで、一方的に攻撃を受ける覚悟が必要だ。
相手の方がリーチのある状況で接近する方法は、対フウカ戦で経験済みだ。
「蜃気楼システム起動、徐々に船体の周りにハリボテを膨らましていくぞ」
「はい、マスター」
相手の射程を確認する意味で、接近、離脱を繰り返しながら、徐々に船体の周りに映像を重ねて、それを大きくしていく。
約2倍くらいまで大きくしても、それなりに接近しなければわからないだろう。
あとは奴を攻撃する武器だが……。
「スカラベ用に準備したのが役にたちそうだな」
分厚いエネルギーシールドで身を守るアイツに、中口径粒子砲でダメージを与えるには何十発も攻撃を当てないといけない。しかし、今日の相手が分厚い甲殻を持つスカラベと想定して、攻撃手段を用意していたのが、功を奏したようだ。
「じゃあ、仕掛けるか」
俺はハンマーヘッドの向きを変えて、一気に加速する。当然、相手も狙って撃ってくるので向きをこまめに変えながら、安易には狙えないようにランダム移動しながら距離を詰めていく。
『落ちろ、落ちろ、落ちろーっ』
外部通信で絶叫されるとうるさいな。
「通信オフで」
「はい、マスター」
もはや語ることはないだろう。
距離を詰めるにつれて、至近弾も増えてくるが、蜃気楼システムのおかげで、本当の至近弾までは余裕がある。フウカの様に最小限の移動で最短距離とはいかないが、着実に近づいていった。
「閃光膜展開」
「はい、マスター」
蜃気楼システムの応用で、自分の正面に白いスクリーンを出現させる。
相手の目を焼くような白さは、ゲームの健康への影響に配慮した補正で、実際には淡いグレーで表現されていた。とはいえ、いきなり目の前が真っ白になるというのは、衝撃的なはず。
ちなみに閃光膜はこちらの視界も覆ってしまう諸刃の剣仕様になっている。
ただ視界を遮っただけで、レーダーを潰した訳ではないので、ターゲットマーカーなどは生きている。それでも相手は動揺を見せて、射撃が乱れていた。この辺、フウカなら動揺することなく当ててくるだろう。
こちらの武器の有効射程への突入に必要な数秒をしっかりと稼ぎ、こちらはレーダーで相手の位置を把握しながら最後の攻撃を行う。
「高速回転弾発射」
ハンマーヘッドに搭載されていた中型ミサイルを外して、代わりに付けていた切り札を射出する。高速振動剣の原理を利用した刺突能力に特化したミサイルだ。
前方に電磁波を照射しながら自らの推進力で進む武器は、徹甲弾に近いものになっている。
エネルギーシールドは物理的な攻撃を止めることはできず、ミサイルを迎撃するレーザー類は照射される電磁波によって捻じ曲げられて、直撃しない。難点は結構なエネルギーを使用するので、射程距離が短くなってしまう点だが、有線の高速振動剣よりは長くなっている。
大きめの頑丈そうな機体に、高速回転弾が突き立つと、接触面が赤熱して溶融、弾頭は回転しながら直進を続けて機体に大きな穴を開けた。
レールガンの弾よりも遅い武器なので、高速移動する相手にも使いにくい兵器だから、スカラベの様な高耐久で凌ぐタイプの敵くらいしか使い道はない。
今回の相手はシールドで防ぐのがメインの機体だったから流用できた。
「要らぬ事に時間をとられたな。レイド戦はどうなって……むぅ」
「見事な乱戦になってますね」
ウスバカゲロウの群れとプレイヤーが激突して、敵味方入り乱れての空中戦が繰り広げられている。ウスバカゲロウは陽炎の名の通り、その身体の輪郭が揺らいで見えている。
照準が合わせにくい上に、妙な力場が発生しているらしく、粒子砲が微妙に歪み、直撃させにくいようだ。
『なんでやねんの親戚』
というのはフウカの評。蜃気楼システムを思い起こさせるのだろう。
ヒラヒラと舞うような動きと合わせて、プレイヤーを撹乱して思うように撃破できていないようだ。そんな中で幼虫たるアリジゴクも唐突に出現、新たな重力場を発生させて、更なる混乱を生み出している。
レイドの進行状況を示すゲージは伸びているので、総合的に駆除が一定数に達すれば、ステーションの転移は可能なのだろうが、アリジゴクの数が増えてくればレイドゲージが後退することもあり得る。
混乱が続くようだと、色々と危うい。
「まずはアリジゴクが増えないように、確実に仕留めるのが先決だな」
ウスバカゲロウの攻撃は、粒子砲の様に見えるもので、攻撃力がそれほど高いわけではなさそうだ。その動きに翻弄されて、追い回しての撃破にこだわると、アリジゴクの増加を招くだろう。
「よし、アリジゴクの駆除に回るぞ」
「はい、マスター」