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「いやいや、戦いやすいように場をセッティングしてやろうって言ってるんだ。ご褒美をもらうのはこっちの方だろう?」
『むぅ……』
「ほら、Cポイントが手薄だから戦功を稼ぎやすいぞ」
『わかった、ご褒美考えておく』
チーム情報で共有した地図に、重力場の情報も表示している。レーダーからこの宙域のメンバーも把握しているので、手薄なところに最大火力であるフウカを派遣する。
一方で俺は他の重力場に向かっている戦闘機の様子を観察していた。ファルコンに搭載した光学望遠で、遠方の様子も確認できるようにしている。
重力場にそろそろと近づきながら中心点に粒子砲を発射していた戦闘機が、何を思ったのか急に加速した。
「ん?」
いや、戦闘機は向きを変えて重力場から逃れるようにエンジンを吹かしているが、徐々に重力場の中心へと引き寄せられているようだ。
「重力場の情報は?」
「はい、戦闘機が接近してから、急速に重力を増しています」
「引っ張り込むつもりか」
最初に発生していた重力場は本気ではなかったらしい。一定距離にまで近づいた者を引きずり込めるように、さらに出力を上げる事ができたようだ。
「ん……あれは?」
重力場の中心から2本の細長い物が伸びてきた。あれはスカラベの脚じゃないな、明らかに獲物を捕まえて離さない大顎の形。
「クワガタ?」
するとその顎から礫が発射されて、重力場に捕まっている戦闘機が揺らぐ。ダメージを与えて、中心部へと引き込むつもりか。
「そうか、ウスバカゲロウの幼虫だ」
『ウスバカゲロウ……?』
「別名アリジゴク、獲物を罠に落として捕まえるタイプの敵だ」
聞き慣れない名前に言葉を返してきたフウカに説明する。
「重力場で動けなくされて捕まったら終わりだぞ」
『ん、わかった』
捕まった戦闘機を助けようと周辺の戦闘機も攻撃を仕掛けるが、見えている部分が少ない事と、自身も重力場に引きずり込まれない様に注意しなければならないので、攻撃もかなり散発的で有効打を与えられていない。
その間もじわじわと戦闘機は重力場の中心へと引っ張られている。
「うわぁ、あんなの恐怖でしかないな……」
必死にエンジンを吹かして脱出を試みるも前には進めず、定期的に礫をぶつけられてダメージが蓄積していく。
どうやら礫は物理的なもの、小さな石らしく、エネルギーシールドでは防げず、直接本体へと届いていた。
やがてその中の1つがエンジンを直撃、出力が下がって引っ張られる力に負けると、一気に中心部へと落ち込み、大顎に捕らえられる。
モゴモゴと大顎が動き、やがて機体が真っ二つにされて、爆散してしまった。
そしてコアを回収したであろうアリジゴクは、次元の狭間へと潜っていく。そうなると攻撃はできなくなる。
「誰だよ、相手はスカラベで与ダメゲーだと言ったのは……」
会議でも情報の1つとして出されたのがスカラベだっただけで、誰も今回の相手がアリジゴクだとは思っていなかったはずだ。
いや、事前に重力場を調べるくらいやった人はいるか?
自分で調べておかなかった俺の失態か。
しかし、近づかないと頭を出さず、近づけば重力場で身動きが取れなくなる。どうやって攻撃すればいいのか。
囮を配置して姿を見せた所で、集中攻撃というのは先程の様に効果的ではなく、囮はそのまま餌とされるだけだろう。
代わりとなる何かを放り込むか?
ミサイルにコアを積んで餌として釣り出せれば、被害は小さくて済むかもしれない。ただ撃破するまでに何発のミサイルが必要になるのか……それでは大赤字になりそうだ。
そんな風に考えている間に、フウカがCポイントに到達する。やはりCポイントの重力場でも1機が犠牲になったところで、周囲のプレイヤーは手をこまねいている状態だ。
そんな中でフウカは、周囲のプレイヤーを尻目に重力場へと突進する。
「ふ、フウカ!?」
減速するどころか加速する勢いで、重力場の中心部への突撃。多次元生物のタフさを考えれば、ファルコンの体当たりでもびくともしないはず。一方的にやられる未来しか見えない。
しかし、フウカはそのまま重力場へと吸い込まれていった。
それを察知してアリジゴクの顎が飛び出て、フウカを捕らえようとワシャワシャと動く。
するとフウカはファルコンの機体を捻るようにして顎の間をすり抜けると、俺との対戦で見せたように前に進む勢いはそのままに、機体だけを振り向かせて至近距離から、集中砲火を浴びせた。ミサイルも一気に叩き込むと、アリジゴクの大顎が苦しそうに左右に振られる。
そして、フウカ自身は突撃した勢いを活かして、重力場を脱出していた。
ソロリソロリと近づくと、重力場の引力に逆らえないが、十分に加速していれば中心部へと引っ張られる力が、そのまま脱出への加速へと繋がる。
慣性の法則を利用した一撃離脱だった。
理屈としては分かるが、待ち受ける大顎に対して超加速して突っ込める人間がどれだけいるだろうか?
さすがに1回の突撃で撃破はできなかったが、既に攻略したと言わんばかりに、2度、3度と突撃をしてアリジゴク一匹を仕留めてしまった。
『雑魚』
ちょっとつまらなさそうに呟いたフウカ。
化物か……化物だな。しかし、倒し方としてありなのか……?
素人に真似できるとも思えないんだが、ゲーマーなら普通なのか?
戦法としての難易度は分からないが、撃破した情報を共有すべく、他の重力場へと偵察用ファルコンを派遣、蜃気楼システムを利用して、フウカが撃破する様子を宇宙空間に投影した。
宇宙空間に映像を映し出せる機能が、チームを組まない相手にも情報共有できる手段になるとは思ってもみなかった。それを見ていたプレイヤー達は、言いたいことが伝わったのか、周辺で待機していたうちの1機が、重力場に向けて加速した。
さすがにフウカの様に顎の間を通る様なコースは取れず、顎を迂回する形で重力場を抜けていく。反転して攻撃ということもできそうにない。
「やっぱり無理だよなぁ……」
しかし、その様子を見ていた他の機体も同じ様に突撃を開始した。しかも何機か続けて突っ込んでいく。
すると大顎が出た所で1機目が離脱、後続が大顎に攻撃して顎の手前で離脱、続く機体が更に攻撃して離脱と、連携してみせる。
アリジゴクが姿を見せた最初の時は、こわごわ近づいて、引っ張られる事に気をつけながらの攻撃で、まとまりがなかったが、今のは直進しながら近距離での攻撃で、命中弾が一気に増えている。
アリジゴクからの礫も粒子砲で相殺できるらしく、攻撃し続ける方が安全らしい。
その様子を見ていた周りの機体も次々に続いて一気に撃破してしまった。
「おおぉ、即席の連携とは思えない動きだな」
今の様子をもう一つのポイントのファルコンへ転送、映像を流すとそれに習ってほどなくそのポイントのアリジゴクも倒された。
「なるほど、雑魚なのか……」
アリジゴクは重力場の中心から動かないので、攻撃が面白いように当たっていた。
「思いの外早く片付いたが……これで終わりって訳もないよな」
ファルコン偵察隊のレーダーに、接近してくる影があった。フラフラと揺れる様に飛んでいるそれらを光学望遠で観測する。
「トンボの様にも見えるが……飛び方を見ると、ウスバカゲロウの親か」
確かトンボほど獰猛ではないが、肉食だった気がする。昔、昆虫図鑑でアリジゴクを調べた時のついでで得た記憶なので、かなり曖昧ではあるのだが。
「ゲームだしどんな攻撃をしてくるのか……フウカ、新手だぞ」
『ん』
担当宙域の外縁部に現れた影のデータを共有すると、フウカは矢の様に加速して現場へと急行する。レーダーの情報は、ファルコンを通じて他のプレイヤーへも通達した。
新手が来るということで現地に向かう者、その場で体勢を整える者、対応はバラバラなのだが、それはソロプレイヤーの集まりだから仕方ない。
そんな中で、俺の乗るハンマーヘッドに近づいてくる機影がレーダーに映る。他が他次元生物に向かう中、宙域の中心で動いていない俺に向かってやってくる。不穏な空気を感じていた。
すると案の定、一定距離まで近づいた所で、粒子砲を撃ってきた。
『見つけたぞぉ、成金王〜っ』
しまった、称号付け替えるの忘れてた……。