55
ピピピピピ……。
「んぁっ……」
スマホアラームの電子音で目覚めた俺は、寝ぼけ眼にシャカシャカと歯を磨く。フルグラの朝食をコーヒーで流し込んでいるうちに、ようやく目が覚めてきた。
午前7時は普段と変わらない朝ではあるが、久々に夜ふかししたせいか、まぶたが重い。
まだ鈍い頭でニュース番組を見ながら、昨日の事を思い出す。
新星系へのステーション建築を目指して、星系にある重力場を何とかするレイド戦。今日の夜に予定されるそれに向けての会議が行われた。
そこで思わぬ人物と遭遇することになった。
β時代から好成績を収め、現在はBravoサーバーでトップランカーとなっているキーマ・ブラック氏。
話してみると結構気さくで、驕った感じもなく接しやすい人だった。ユニオンのサブリーダーを務める人と言うのは、コミュニケーション能力も優れているのだろう。
また有名になった事で起こる誹謗中傷の類に関する意見を共有できたのも大きい。目覚ましい活躍をすれば、どうしたって妬む人間は出てくる。
シーナに対する動画にしても、大半は『羨ましい』という感情を、怒りに転換する事でより激しくなっているんじゃないかと言ってくれた。
『他人の活躍の裏にどのくらいの努力があるのかまで考えてくれる人は稀有だよ』
実際のところ、見目が良くてモテる人というのは、その外見を維持する為に努力をしている。いくらイケメンだろうが、下腹がでて丸くなっていけばモテなくなっていく。
逆に見た目がよくて第一印象が良い分、マイナスがすごく目立つ事にもなるのだ。
『君の場合は露出を抑えて謎が多い分、叩きやすい部分もあるだろうけどね』
本人を目の前に悪口を言える人は少ない。反撃がこない、安全だと思うが故に、声だけは大きくなっていく。
『まあ、変に萎縮するより、普通にしてたらいいと思うよ』
その様にアドバイスを受けた。
「まあ、一時的にでも騒がれるのが面倒なんだがね……」
キーマさんにせよ、色々と経験した結果、その境地に至ったと思うんだが、そのためには経験を積まないといけない。
わざわざ苦しい思いをしたくはないのが、人間だろう。
「現状、困っている訳でもないしな……」
そう思いつつ、外に出たからキーマさんとも知り合えた訳で、行動した事による恩恵があるのも確か。
困っていないというのは、結局のところ、次に進んでないから、不満に気づいていないだけというのもある。
「ま、ゲームは楽しむに限る。もやもや悩むよりは遊ぼう」
俺は気持ちを切り替えて、ログインした。
「おはようございます、マスター」
「ああ、おはよう」
シーナに迎えられて挨拶をする。
そして昨夜というか今朝に仕込んだ開発の状態を確認。要塞砲に取り付けるスラスターなどが出来上がっているので、それらの組み立てに入る。
並行して、オークションの様子を確認して、工作機械や服飾機械を出品し、新しく販売されている衣装を見ていく。
「徐々にレパートリーが増えてるな」
まだまだシンプルなのやら、エロ方面が目立つがシンプルな中にもワンポイントを加えて可愛く見えるワンピースなどが出てきている。
フラットなスカートに、影っぽい陰影をつける事で、ぱっと見はプリーツスカートに見えるようなデザインなど、ちょっとした工夫で見栄えを変えていた。
「創作意欲の為にも、新しいデザインには投資しておこう」
いくつか気になった衣装は購入して、次のアイデアの糧を得られるように応援する。自分がデザインした物が売れるというのは、存外に嬉しいものだ。
面と向かって褒められるという機会はないものの、閲覧数の増加や売上が伸びれば、それをモチベーションに頑張る事ができる。
「新作に期待してますよっと」
『昨日ぶりだな』
「今日はよろしくお願いします」
『こちらこそ』
午前10時、Foxtrotの宙域にキーマさんがやってきた。それまでに準備は整えてある。
「まずはその機体で標的を撃ってもらって、要塞砲との比較を行います」
『なるほど、了解だ。標的というのは……アレか』
チームを組んで情報共有した状態なので、遠方に設置した標的にはマーカーが設定してある。
「ステーションの外装として使われる装甲で、それなりに硬いです」
『そんな物も作れるんだな。一応、この機で最高の攻撃を見せよう』
ベア型狙撃用戦闘機、その主砲はレールガンだ。磁気の力で実弾を発射する武器は、レーザーや粒子砲よりも威力が高い。
その分、弾速が遅く回避されてしまったり、弾をレーザーで溶かしたりと対応が可能だ。
止まっている反撃のない標的を撃つ場合は、レールガンが最強だろう。その中でもキーマ・ブラックの愛機は、現行で最大口径の物を装備している。
真空で音の伝わらない宇宙では、発射音を聞かれることはなく、発光する訳でもないレールガンの弾は、レーダーを見ていないと発射された事にも気づかないだろう。
その隠密性も狙撃とは相性が良いのだ。
「着弾しました」
「え、もう撃ってたのか」
だから発射に気づかなかったとしても仕方ないのである。
ステーションの外壁は当然頑丈にできている。
表層は固く、その内側には侵入物を絡め取る繊維状の壁、更には緩衝材となる柔らかい層があり、更には固い壁でサンドイッチ状態だ。
対ビートル用の徹甲弾が撃ち込まれ、表層を貫通、繊維で絡められて勢いを減じた弾は、緩衝材で止まっていた。
「2弾目着弾、ワンホールショットです」
ワンホールショットとは、1発目が開けた穴に2発目も通すという狙撃手の腕を如実に表す撃ち方。レーダー圏外に設置した標的を撃つには、システムのサポートを受けずに正確に狙える目がないと無理なはずだが、キーマさんは簡単に当ててきた。
ただ2弾目も繊維と緩衝材を撃ち抜く事はできてはいない。蜘蛛の巣に掛かった虫のように、多少暴れても動きは止められてしまう。
『流石に固いようだね』
「隕石から他次元生物の攻撃まで、あらゆる想定がなされてますからね」
生物を相手にするため、溶解液のような酸にも耐えられるらしい。更には繊維層に潜むナノマシンが、自己修復もしてくれる。実に頼もしい外壁だ。
「では乗り換えて下さい」
『ああ、分かった』
キーマさんは手慣れた様子で、愛機を飛び出し、マンタのコックピットへと滑り込む。宇宙遊泳もすんなりこなせるのは、無力化した海賊船に乗り移ったりというのもやっているんだろう。
「火器管制は、デフォルトのままですから、好きなようにセットアップしてください」
『ああ、ちょっといじらせてもらう』
狙撃というのは、狙いを正確に捉える目と、そこに向ける操縦が一体となってはじめて成功する技だ。追加したスラスターで精密な旋回も可能なはずだが、操縦桿とのリンクが大事になってくる。
パソコンのマウスポインタの感度を調整するように、何度傾けたらどれくらい動くのか、そういった微妙な感覚を整えないと、自らの手足としては使えないのだ。
ちなみにハミングバードはかなり大雑把に動くように設定している。精密な射撃よりも、旋回する速度を重視した結果だ。
『まあ、こんなものか。後は撃ちながら調節しよう』
「では、お願いします」
『了解』
応答があってからしばしの間があってから、マンタが抱えた要塞砲が発光し、極太の粒子砲が発射された。
20mの砲身で向きを揃えられた荷電粒子が、まっすぐに標的へと向かう。微調整ができていないというが、外壁を外すことはなく命中。表面を赤熱させて破り、中の繊維を溶かして、緩衝材が焼かれる。
一撃で貫通とはいかなかったが、レールガンに比べるとかなりの威力が出ていた。
「3〜4倍の威力ってところですね」
『十分だな。ただチャージは30秒か、ちょっと長いな』
「ステーションでは複数の砲台を連動して使うみたいなんですが、単座だと冷却時間がどうしても必要で」
『いや、この性能なら仕方ない。戦闘機では出せない火力だ』
それから10発の試射を行い、耐久性を確認。心配されたアタッチメントと接続ケーブルも、大きな破損なく使えた。
キーマさんも微調整を終えて、最後には標的を移動させたが、しっかりと命中させてしまった。
『レールガンに比べたら弾速も速いし、粒子砲の幅もあるからな。等速運動してるのに当てるのは難しくない』
などとおっしゃる。俺には無理なんだが……。
『しかし、本当にこれを借りていいのか?』
「俺だと宝の持ち腐れで、下手すりゃ味方を大量殺戮しちゃうんで」
『ならありがたく使わせてもらう。万一、ヤバそうならこっちへ連れてくれば、撃ち抜くよ』
「その時はお願いします」
キーマさんは、自分のユニオンが担当する地域を、Foxtrotのはみ出しグループが担当するエリアの隣に確保したらしい。
おかげでピンチの時は、ある程度連携できる形ができた。最悪、他次元生物が倒せない時は、キーマさんに援護射撃してもらえる。
またキーマさんを狙ってブラッディ・ジョーカーがでるようなら、フウカを派遣できるだろう。
「俺は何するか……だなぁ」