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「長期戦に持ち込んでも意味はない。蜃気楼システムを使うぞ。制御はシーナに任せる」
「はい、マスター」
俺はシーナに指示を出すと、小惑星の影から飛び出し、フウカのファルコンへと攻撃を行う。するとフウカはこちらの攻撃が弱いと判断して、避ける事なく、加速しながらこちらへと向かってくる。
反撃の正確な射撃に肝を冷やしながら、再び小惑星へと隠れるが、フウカも小惑星を通過しながら振り返り射撃を行ってくる。
通り過ぎるように直進しながら機首をこちらに向けての射撃は、小惑星を回り込んできての射撃に比べて、減速しなくて良い分、早くにこちらを捉えていた。
小惑星を回り込むように移動していたハミングバードを、ファルコンの粒子砲が貫く。
そこで試合終了。
のはずが、フウカは振り返ってこちらを的確に攻撃してきた。
「おわっととっ、撃破したら少しぐらい油断しろよっ」
「貫くのおかしい、シールドのエフェクトなかった」
「だってよ、シーナ」
「むぅ、小癪な」
小惑星に隠れるフリをして発動した蜃気楼システム。探査ポッドに3D映像の投写機を積んで、ダミーとして使っている。
予想外の攻撃に、小惑星を回り込んでの回避が間に合わなかった体で、ハミングバードのダミーを撃ち抜かせ、その間に反対側から接近する予定だったが、フウカはダミーを即座に見破り、こちらの動きを捉えていた。
「仕方ない、分身の術に切り替えだ」
「はい、マスター」
存在位置を誤魔化すのが、蜃気楼システムのポイント。死角を利用して入れ替わり、別の場所に潜むのが第一の空蝉の術。
それが通用しなかったので、次なる手に出る。
小惑星に撃ち込んだ探査ポッドから次々にハミングバードを表示させる。そんなに遠くへは映せないから、俺自身も小惑星の近くを飛翔して、映像に紛れて移動する。
しかし、フウカの目はそんな誤魔化しが通じないのか、的確に俺の位置をトレースして攻撃してきた。
映像の中にシールドエフェクトや、爆発を混ぜて視界を遮り、ポッドに内蔵させたチャフ……レーダーを撹乱させる金属片……を放出して、レーダーも眩ませているのだが、こちらの位置を見失っておらず、周辺へと着弾させてくる。
「ヤバイな、普通に撃たれる」
「流石に直撃コースは減ってます」
「とはいえ……きたっ」
粒子砲で牽制しつつ、本命はミサイルか。
一定距離に近づいて、短距離ミサイルの一斉発射。放射状に広がる面の攻撃には、逃げ場がない。
反転して正面に来るミサイルを粒子砲で迎撃、撃ち落とす事はできたが、そこにフウカが迫ってくる。
「落っちろー」
「まだだ、まだやらせんぞっ」
ハミングバードの機動力でジグザグに回避しながら、フウカへと接近を試みる。しかし、距離が詰まるにつれて、狙いは正確さを増す。シールドをかすめて耐久度が削られ、生きた心地はしない。
「こなっ」
「そこっ」
ついにフウカの粒子砲が、ハミングバードを捉えた。かに、見えた所で、機影がブレる。
「また!?」
「もらったぁっ」
蜃気楼システムは何も探査ポッドだけに仕込んだ訳じゃない。本体からも投影できるようにしておいた。僅かに機体を大きく見せる事で、直撃を避ける事に成功し、ついに高速振動剣の射程にまで接近した。
ハミングバードから射出された高速振動剣。相対する機体から僅か100mの距離で射出されたそれを、驚異の反射神経で撃ち返すフウカ。
剣は軌道を変えられて、僅かにファルコンの翼を掠めただけで、飛び去っていく。
「くっ」
そこですかさず機体を滑らせて、剣と機体の間をファルコンが通る様に調整。すると、機体に僅かな振動、掛かった!
タランチュラ戦で偶然に発見した戦法、剣のワイヤーを相手に絡める事で逃さずに仕留める方法。ワイヤーは、ファルコンに巻き付く形で、短くなっていき、最後は刀身が機体を捉える。
フウカもそれに気づいたのか、機体を回転させて振りほどこうとするが、剣に付けたスラスターでしっかりと巻き付けていく。
ただしそのまま巻き取っていくと、俺自身が剣に切られてしまうので、直前でワイヤーを分離してファルコンから離れる。
後は剣がファルコンに突き立ち、仕上げてくれるのを見守るだけ。勝っちゃったよ。
と、俺が離れるタイミングを待っていたのかファルコンが動きを変えた。ワイヤーが巻き付く軸を変えて、更にこちらに向けて加速する事で、剣が通過する軌道にハミングバードを巻き込んでくる。
ワイヤーが分離された事で、スラスターの調整はもうできない。
一瞬、勝ったと思った油断が、判断を鈍らせていた。
「あ……」
いつも頼もしく相手の装甲を切り裂いてきた赤熱の刃が、コックピットへと迫り、次の瞬間には画面が白くフェードアウト。
続けて、模擬戦敗北を示す『You Lose……』の文字が浮かんでいた。
「負けたかーっ」
「むむぅーっ」
シーナと2人で悔しがる。ほんのりと勝てるかと思ってしまったのが敗因だった。元々は勝てるはずがないと思っていただけに、勝利が見えたと思って手綱が緩んだのだろう。
勝ってなお兜の緒を締めるくらいの心意気がないと、対人戦では勝てないのだ。
「なんでやねん、なんでやねん」
映像付きの通信が入ってきたので、繋いでみると眠そうな半眼の無表情で、Vの字にした指を見せつけてくる。
「びくとりー」
「ああ、まけまけさまだ。結構、ネタを突っ込んだんだが、通じなかったな」
「面白かった……またやる」
「いや、勘弁してくれ……」
フウカの目の良さを逆手に取って、撃破したと思ったタイミングで、蜃気楼を使った機体のブレで接近。一撃を加えるまでは良かったんだが、あの至近距離で剣を弾かれた時点で、それ以上の計算はなかった。
ワイヤーを使っての一撃は、とっさの判断で上手く掛かってしまったがゆえに、浮かれてしまったのだろう。
「これ以上は、ネタがない」
「普通に戦っても面白い」
「それじゃあ、俺に勝ち目がないんだよ」
負ける前提ではあるものの、勝機の有無はモチベーションに関わる。もしかしたらと思える手は必要なのだ。
「明日、キーマさんに模擬戦組めないか聞いてみるから、それで許してくれ」
「仕方ない」
何が仕方ないのかわからんが、勝者の特権と言うことで、お膳立てはしてみよう。フウカの相手は精神が擦り切れる。
対人戦は疲れるというのは、年かねぇ。
フウカとの模擬戦を、ひとまずフウカに満足させる事に成功して、格納庫に戻る。明日、キーマ・ブラックにテストしてもらう要塞砲の準備のためだ。
「砲身とマンタを繋ぐアタッチメントはよしとして、出力供給は?」
「ケーブル配線なので、耐久性という意味では不安が残りますが、明日1日の運用なら問題ないかと」
ステーションの外装砲だけあって、その出力は大きい。結局、マンタ1隻ではまかないきれず、2隻を連結して、砲身を抱えるようになった。
上から見るとマンタの串焼き状態だ。
2隻使うことで、出力に余裕がでたので、戦闘機動は無理でも、通常航行する程度は速度を出せるようになった。
残る1隻は、クジラ戦の時に用意した防御シールドを積んだディフェンスモードに換装してある。一方向からの攻撃なら何とか耐えれる……かもしれない。
「後は放熱フィンと旋回用スラスターだな」
高出力の粒子砲は、荷電コイルに熱が溜まり、連射すると砲身が溶けかねない。宇宙空間は冷たいイメージだが、真空状態というのは熱を伝導する物質が無いため、熱を持った物はなかなか冷めない。
それを補助するための放熱フィンを作製中だ。熱エネルギーを電気に変える夢技術となっている。
旋回用スラスターは、機動力が大雑把な輸送船だと、細かな調整が効きにくいので、狙いをつけるのが難しい。そこで微妙な角度調整ができるような制御用スラスターも作っている。
この2つを砲身やマンタに取り付ければ、超遠距離狙撃機体の完成だ。
「部品ができるまでは時間があるし、明日の朝に作業だな……早く寝ないと」
「おやすみなさいませ、マスター」
思いの外、夜ふかししてしまった俺は、アラームタイマーを仕掛けて寝ることにした。