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「ここからはチームチャットに切り替えたいんだが、いいかな? 折角の秘密兵器ならみんなをびっくりさせたいからね」
「え、ええ」
交流ロビーで声を掛けられ、やや緊張気味の俺は相手の要望を聞き入れた。
『キーマ・ブラックさんからチームチャットに招待されています。参加しますか?』
はいっと。
チームを組んだことで、チームウィンドウが視界に現れ、ほどなくフウカも入ってきた。
……ん?
キーマ・ブラック?
見覚えのある名前に小首を傾げる。このゲームに知り合いは数えるほどもいない。ゲームの外で聞いたのか?
久々の交流で思考回路がやや鈍っているのか、何かが引っかかっているのに、答えにたどり着けない。
「ほぅ、キリシマユウヤ……」
その声にはっと顔を上げる。チームチャットに参加して、こちらが名前を確認できるという事は、相手からも見えているという事。そしてその声音から、俺の名前を知っているようだった。
褐色の肌に大きめの鼻、彫りの深い顔立ちは日本人ではない。頭に巻いたターバンから、インド人のようだ。
もちろん、アバターがそうだからといって、中身は日本人なのだろう。日本語は流暢だ。
そして、インド人とキーマ・ブラック、更には視界に入った称号でようやく答えにたどり着く。
「特務曹長……!?」
「ああ、運営も大層な称号を付けてくれたもんだよ。なぁ、成金王くん」
有名人との遭遇にしばし言葉を失う。
「そちらの彼女は、ウワサの美人秘書……ではないよな。プレイヤーだし」
「特務曹長……強い?」
「そりゃ強いだろ。Bravoサーバーのトップランカーだぞ!?」
いつも通りのフウカに、思わず突っ込んでしまう。が、おかげで妙なフリーズ状態を脱する事ができた。
「俺の事も、知られてるんですね……」
「まあね、STGで5本の指に入る有名人じゃあ、ないか?」
βで称号を得た人間というだけでも希少。その上でやらかした俺は、それなりの知名度という事か。
「まあ、苦労するよな。名が売れると」
「俺の場合は、悪名ですけどね……」
「変わらんさ。俺の場合は自力で攻略してても『β知識だろ』で済まされるからね。自由出撃したら襲われるし」
「でも返り討ちじゃないですか?」
「俺のは探査強化の狙撃型だからな、正面から来られたら……」
肩をすくめて両手を広げる。お手上げって事なのか。
「まあ、背後から不意打ちしようとしてくる輩は、返り討ちにしてやるがね」
パチンとウィンクしながら返してくる。やっぱりかっけーじゃねぇか。俺とは違うな。
一方のフウカは、眉を寄せて何かを考えている。
「おいおい、特務曹長を襲撃するつもりじゃないだろうな」
「狙撃、避けながら近づけば倒せる」
「まあ、その通りだな」
キーマさんは苦笑しながらそれを認める。
「こいつ、ちょっとバトルジャンキー入ってるんで、すぐに強い弱いで判断するんですよ……すいません」
「なるほど、生粋のゲーマーなんだな。だったら、ウチのサーバーにブラッディ・ジョーカーって海賊がいるから、探してみるかい?」
まさかのキーマ・ブラックからの誘惑。フウカは目を輝かせて食いつく。
「そいつ、強い?」
「ああ、俺はまだ勝った事がない。レッドネームだから、見つけたらこっちが先制するんだが、遠距離からの狙撃をきっちり避けながら近づいてきて、こっちが落とされてしまう」
自由戦闘で、プレイヤーや輸送船などを襲う海賊行為を繰り返すと、プレイヤーキラーの称号が強制的に付けられ、名前が赤く染まる。
普通はプレイヤーを攻撃したらペナルティが発生するが、レッドネームは例外だ。運営としても、積極的に攻撃することを推奨している。
キーマ・ブラックは、探査に特化した狙撃型。超遠距離から敵を見つけて、レールガンによる狙撃で先制して有利を取るのが基本戦術だ。
レールガンの弾は視認しにくくなっているが、レーダーには映る。弾速もレーザーや粒子砲に比べると遅いため、レーダーが捉えた瞬間に回避行動をとれば直撃はしない。
とはいえ、それを防ぐために多弾頭に分裂する弾や曲線を描いて飛ぶ弾、回避を読んで先撃ちするなど、攻撃にバリエーションもあって完全に回避するのは難しい。
キーマ・ブラックもその辺の工夫して近づいてくる間に、様々な攻撃を行うがきっちり避けながら近づいてくるらしい。
「面白そう」
「多分、明日の任務に絡んでくるんじゃないかな」
「え!?」
「先のクジラ戦でも、コバンザメに混ざってプレイヤーを狩っていたからなぁ」
「迷惑なヤツ……」
フウカがプレイヤーサイドで良かった。もしブラッディ・ジョーカーの様にプレイヤーを襲っていたら、クジラ戦は負けていただろう。
「その辺の対策も……今、話されているね」
『一部のサーバーで、レイド戦中にPKが現れる事態が確認されています。敵味方信号はしっかりと確認し、プレイヤーであっても敵性であれば注意してください』
Foxtrotは意外と平和なサーバーだったんだな。
「さて、そろそろ超長距離の武器の話を聞いてもいいかな?」
「あ、はい。特に秘密って訳でもないんですけど……」
俺が準備しているのは、ステーション外部装備に分類されていた要塞砲だ。ステーションの防衛機構の一つで、十分にある出力を活かして、大口径、長射程を実現していた。
そのため、通常の戦闘機では出力が足りず、発射する事ができない。そして砲塔部分だけなので、自走もできない。
「これがステーションの砲台です」
「こんなものがついていたのか……」
「見覚えない」
「普段は格納されてて、有事の際にせり出すみたいです。コイツを輸送機に載せて運用する予定です」
マンタが腹側に抱えているコンテナを取り外し、砲身を抱えさせている。マンタが10mほどの全長なのに対して、砲身の長さは20m以上ある。マンタの方が木にしがみついているような感じだ。
「マンタは輸送船だから、機動力に乏しいのであまり動かずに、遠くから狙い撃つことになります」
「ふうむ、まあ狙撃中は無闇に動かないし、動かないといけない事態になったら、守ってもらうしかないな」
「探査ポッドと連動して射撃補正を行えるはずですが……この辺はキーマさんの方が詳しいですよね」
「そうだな。送られてくるデータを何件か統合して誤差をなくして射撃を行っている」
探査ポッドを使って広域を探査して、遠距離から狙撃する方法で活躍している特務曹長。β時代に確立された方法は、製品版でも狙撃手の基本戦術になっていた。
「後はちゃんと狙い通り撃てるか……だな」
「そのために事前テストはやりたいんですが、まだ作製中なので明日の午前中に時間を作れますか?」
「ああ、それは大丈夫だが……作っているのか?」
「はい。ステーション外装用のレシピから開発用工作機械へデータを移して、マンタに接続できる形にアタッチメントを変更。その場で旋回しやすいように、スラスターを追加してます」
「……」
特務曹長は、熱心に表示されたパネルを確認し、角度を変えながら備わっている機能も見ていく。
「……じっくり見ておいて言うのも何だが、こんな物を部外者に見せていいのか?」
「テストに協力してくれるなら部外者ではないでしょう」
「いやいや、今日会ったばかりの口約束の人間だぞ。俺がばっくれて身内にバラせば……そうか、この程度はバラしてもいい情報って事か……」
途中で自分なりに納得できる理由を見つけたようだ。
俺としては、当たり前にやってきた事だから秘密にするとか考えてもいなかったんだが、ここは相手の結論に乗っかろう。
「そうですね。これは既製品を改造した程度なんで、知ってさえいれば誰でも思いつくかなと」
「……なるほど。ただ兵器を作れるという点が、かなりのブレイクスルーだと思うんだが」
「兵器開発自体は広まって欲しいんですよ。自分の発想だけじゃ限界は見えてるんで」
「そう言えば、服飾機械を売り出したのも成金王だったか」
「まさにそれですね。俺は服のデザインとか全然わからないんで、やれる人に作って欲しいんですよ」
「わかった。ウチのユニオンに話を広めてみよう。SFゲーだけに武器マニアもちらほらいるからな」
「それは心強いですね」
数種類の工作機械を利用して、武器の開発、生産が行える情報を共有する。
俺が稼ぐ肝になっている内装用工作機械で、他の工作機械を生産する部分だけは、教えなかったが兵器開発から気づく人は出てくるだろう。
それまでにアドバンテージは稼いでおかないとな。
それよりも、新たな兵器、服飾が広まって、様々な物が出てくるのが楽しみだ。