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小惑星帯と言っても、そんなに密集して小惑星が存在する訳じゃない。個々の小惑星はそれなりに離れているので、採掘が終われば次の小惑星へと移動する必要がある。
この移動をスムーズにする事が、採掘を早める方法の一つだ。
開拓ステーションから小惑星帯へと移動する間に、現地の様子を観察。3Dマップに展開して、目標となる航路を選定する。
「ここからこう入って、こう抜けていくかな。マーキングして」
「はい、マスター」
サブウィンドウに映るシーナが返答してくれる。今までは球体にカメラレンズが一つ付いた初期アバターだったので、新鮮に感じた。
チュートリアルではそのままだったのは、俺に対するサプライズ演出だったのだろう。
小惑星帯に着くまでは自動操縦で近づき、小惑星帯に入ればマニュアルで効率化を目指すのが俺のスタイルだ。
ぶっちゃけルートを確定してしまえば、そのまま自動操縦を継続してヒートブラスターによる照射するのも、自動で済ます事もできる。
ただそれだとせっかくゲームをしているのに勿体無い。少しでもプレイヤーが介在する事で、結果に差が出るのならそれを突き詰めるのが楽しみ方の一つ。
中型のヒートブラスターに換装したブラックイールに乗って、小惑星帯を縫うように進んでいく。目標とするのは小型の小惑星。ヒートブラスターの射程ギリギリから捉え始めて、接近しきる頃には溶融まで完了。キャプチャービームで必要成分を採取する。
極力加減速は行わず、真っ直ぐ小惑星へと接近して無駄を無くせるかが、操船の技術を問われるところだ。
「これでコンテナいっぱいっと」
「お見事です、マスター」
淡々と応じるシーナの表情は堅い。
「こう、笑顔とか無いの?」
「こうですか?」
口角だけがクイッと上がってニタァと笑うシーナ。目は瞬きもなく硬質なままで、より猟奇的な印象を与えてくる。
「わざとなの? わざとでしょう。ネットで鍛えた知識を使ってよ」
「すいません、笑顔のデータは集めていませんでした。今後とも精進いたします」
猟奇笑顔で殊勝に頭を下げるシーナ。その違和感は半端なかった。
「もういいよ、元に戻して……」
「はい、マスター」
初期の無表情に戻っただけで安心できる……ってか、夢に出そうな笑顔だった。なまじ整った顔が崩れると一気に怖くなるものだ……。
とりあえずコンテナに詰めるだけの素材を集めたので帰路につく。帰りも自動操縦に任せて、素材の確認。
まあ、初期の採掘場で採れるものなど大したものはない。殆どがステーションの外壁などで使われる質より量でカバーするタイプの鉱石だ。
宇宙船に使うような軽くて丈夫な鉱石なら多少買い取りが上がるんだが。
ひとまず採掘任務で納品する分を確保して、残りをどうするか検討する。素材のまま売り払うよりも、加工して外壁などにしてから売った方が金になるのだ。
「そのためには加工用の機械を買わないといけないわけだが、前回と違って余剰コストを全て武装に回すような事はしなかったから、加工機械が買えるはず……はず?」
βの時は、コンテナに小口径のヒートブラスターを積めるだけ積んで高速化を図った為に、採掘を終えて帰ってきても素材を売らないことには機械が買えず、再度採掘に向かう羽目になった。
その教訓を活かして、今回は武装強化は最低限にして戦闘機より安い輸送機の補填をする余剰コストを余らせていたのだ。
しかし、加工機械のリストを表示して首をひねる羽目になっていた。
「どの機械も高いんだが。それこそ宇宙船と変わらないじゃないか!」
「はい。マスターが富を築いたおかげで、工作機械の需要が高まり、品薄状態となって値段が高騰しています」
「俺のせいかよ」
というかそういう理由を付けて簡単には買えない値段にされたって事かよ。以前は宇宙船の10分の1程度の値段しかしなかった工作機械が、宇宙船と変わらない値段になってしまっている。
もちろん取っておいた余剰金では買うことはできない。
その上、βの時は1台あれば様々な物を作ったり、修理できたりしたのが、それぞれステーション用や宇宙船用、生産コロニー用などに分かれ、さらに製造、修理、開発など用途に応じて細分化されてしまっていた。
「生産なんてしないだろうとか、補助程度に考えていたけど、がっつりやり込む奴がいることに気づいて、無理矢理スキル化された感じがするぞ」
「マスター様々ですね」
「俺が一番割をくってるんだが、どうすんだこれ……」
加工する事ができない素材を抱えて開拓ステーションに戻ると、安値で買い取ってもらうしかない。加工方法を考えないといけないが、機械を買うことはできない。
「そうだ、ジャンクパーツは……何か普通に高い」
「ジャンク加工もブームになって、在庫が減っています」
「はいはい、俺のおかげ、俺のおかげ」
β終盤、製品版に引き継げる要素を購入する為に、一気に売却された壊れた宇宙船や多次元化合物などが、ジャンクパーツとして市場に並んだ。
溢れた品々の値段は下落し、それらを買い占めて修理する事で富を築く事ができたわけだが、その方法は便乗しようとする商人によって潰されたらしい。
そこまで市場の論理をゲームに取り込んでいるのが驚きではあるのだが、運営の作為的なモノを感じざるを得なかった。
「ちょっと待てよ。物流をシミュレートしてるって事は、ジャンクパーツがなくなった分、作られた物があるはずだよな。中古ショップを開いてくれ」
「はい、マスター」
俺の手法を真似て、ジャンクパーツを組み合わせて作られた船が並んでいる。見栄えはあまり良くないが、性能は悪くない。
「で、初期機体の売却価格は固定なんだよな」
「はい。ブラックイール型は、この価格で売れます」
市場に並んでいるものと、ブラックイールのスペックを見比べてみると、一目瞭然。コアの出力も加速性能、積載量でも上回る機体が普通に買えてしまう。
「ブラックイールに中口径ヒートブラスターは含まれないから外して付け替えるとして……工賃含めたらこの辺まで買えるな」
マンタ型輸送船は、腹の下にコンテナを抱えて飛ぶタイプの輸送船だが、直進加速と積載量でブラックイールを上回り、今以上に現場への到着を早く、たくさんの物を持って帰れるようになる。
「宇宙船なら安く買える……これに早く気づけば、もっと良いのが買えたか。いやまて、掘り出し物は他にもありそうだな……特殊性能を持った船とかないか?」
「光学迷彩を搭載したステルス艦や、多次元跳躍を積んだ船なども購入可能範囲にあります」
「いや、そういうのは思ったより駄目な気がする。こうあまり人目を惹かない感じの地味な能力。探査レーダー艦、これだ!」
武装も積載能力も乏しく、加速性能は高めで、機動力はそれなり。そしてレーダー能力だけが抜きん出て高い。基本的には敵地探査などを行う偵察艦だろう。
「これ……ですか?」
「こいつに付いている粒子砲を外して、ヒートブラスターに換装。粒子砲は売却でいいかな」
「多少は差額がでますが……」
「浮いた分で補助ブースターを付けるかな。その辺も中古であるよね」
「小型艇の補助ブースターは出品されています」
「ひとまずそれで組み上げてもらおう。加工機械があれば、自分で換装できるのに……まあ、仕方ない」
「はぁ……」
βの間はずっと初期のブラックイール型に乗っていて、ほとんどアップグレードもする事は無かった。多少、ヒートブラスターを増やしたりした程度か。
それを今回は思い切って乗り換えてしまう事にした。
ソードフィッシュ型偵察機。ソードフィッシュって、カジキの事なんだな。船首から伸びたレーダーアンテナが、カジキを思わせるシルエットになっている。
武装を粒子砲から中口径ヒートブラスターに換装。
加速性能は悪くないが、そこに補助ブースターを取り付けた事で更に加速しやすくしている。その反面、機動性はやや落ちた。
格納コンテナはほとんど無く、ブラックイール型のコンテナ1個よりも少ないくらいだ。
当然、今までの稼ぎ方はできなくなるが、その分別の稼ぎ方を考えていた。