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交流ロビーへの転移を行うと、普段なら一瞬暗くなる程度の暗転時間が、長く感じられた。10秒ほどだと思うが、いつもと違うと少し不安になる。
そして視界が元に戻ると、そこはパーソナルルームのある居住区の一角。正面にはプレイヤー同士の交流の場となっている公園への入り口がある。
「それじゃ行ってみるか」
「あーい」
初期アバターのスニを連れて俺は公園へと足を踏み入れた。
「ん……思ったより人がいない?」
「いえ、かなりの人数がいらっしゃいます。描画負荷の軽減処理で、姿が消えているだけです」
「ああ、なるほど」
VR機器では表示がカクついて見える処理落ちはご法度となっている。視野全体を覆うVRゴーグルで、描画のコマ飛びなどが発生すると、3D酔いを起こしやすいためだ。
そのため、画面上に表示されるキャラクターは最低限に抑えられ、ごく近くの人だけが目に見える形になっているらしい。
なので公園中央に据えられたライブなどを行えるステージ上も今は無人のように見えるが、誰かが喋っている声は聞こえてきている。
『本日は多くの方が来場されています。意見のある方や、チームのリーダーなどは事前に発言許可を出すように登録させていただきます。ステージ近くのスタッフまでお願いいたします』
数百人単位で皆が意見を言い合うと、収拾がつかない事態が予想されるので、発言できる人を絞って会議を行うらしい。確かに情報の少ない中でできる話というのは、限られている。明確な攻略法も無い中では、役割分担も難しい。
やれるとしたら、宙域を分割してどのチームがどこを引き受けるかといった、人員配置に関する事柄がメインだろう。
「さて会議時間までどうするかな」
「あ、もしかして、ツッコミさんですか!?」
「んあ?」
唐突に話しかけられてびっくりする。振り返ってみると、20代の好青年が立っていた。
「ええっと……?」
ほとんど交流していなかった俺にとって、知り合いと言えるような人はいない。悪い意味で有名人である自覚はあったが、今は称号や顔を変えていてシーナもいない。バレるはずはないんだが……。
「あの、クジラのレイド戦の時に、コバンザメから助けてもらった者です」
「ああ、あの時の」
防衛基地(ただし一撃で粉砕された)を設営した後、クジラを確認に行った際にコバンザメに襲われているチームがあった。そこからコバンザメを引き剥がして連れて行った事を思い出す。
「おかげでうちのチームは全滅を免れて、クジラへのダメージもそれなりに稼げました」
「そりゃよかった」
「あの後、どうだったんですか?」
「いやぁ、少しは粘ったけどやられちゃったよ」
「そうだったんですか……すいません。あの後、1匹減ってたから、もしかしたらと思ったんですが……」
「一矢は報いたんだがね」
この時、感謝された事で気が緩んでいたかもしれない。油断大敵という奴だ。
「一矢というと?」
「最後の攻撃がクリーンヒットしたみたいでさ、格納庫に戻ったら撃破扱いになっててさ」
「という事は、全サーバーで唯一コバンザメを撃破したのはツッコミさんなんですね!」
「いやぁ、撃破と言ってもラッキーヒットだし、実力とは言えないけどね」
「いや、コバンザメ相手に粘れるだけでもすごいですよ。うちのメンバーは攻撃するチャンスすら見い出せなかったですから」
「そ、そうか……いやぁ、それほどでもないんだがね」
「孤高のエースはクジラに張り付いていたんで、誰が撃破したのかと話題になってるんですよ」
「孤高のエース……?」
「はい、うちのサーバーのトッププレイヤーだと思うんですが、ユニオンには所属していなくてほとんどマルチには出てこないプレイヤーがいるんです。たまに自由出撃で野良バトルをやってる映像があったりするんですけど、プレイが神業で……」
いや、その存在に心当たりはあるというか、今ここでそれを思い出すと良くない事が起こりそうで……。
「なんでやねん?」
聞き覚えのある抑揚が抑えられた涼やかな声が背後から聞こえた。
ウワサをすれば影という言葉を実感する事は意外と多い。まあ、レイドに向けた作戦会議の場、そこに現れたとしても不思議はないし、フレンドキャラには名前が出るので、人が多い中でも見つけやすい。
過密状態で描画されるキャラが減ってる中で、知人は優先順位を上げて描画されるというのもあるだろう。
つまりは遭遇率が高いと分析できる……。
「なんでやねん?」
「お、おぅ……」
意を決して振り返ってみると、20歳くらいの蒼い髪をした美少女が立っていた。卵型の整った顔立ちと、少し眠そうにも見える半眼の瞳。レザーのライダースーツの様に、ボディラインがしっかりと出てしまうパイロット用の宇宙服に、メリハリのある身体を包んでいた。
フレンドとしてネームが表示されているので、間違いようもない。
「ふ、フウカか……」
「なんでやねん……?」
それはアバター姿で初めて会った相手を確認する問いかけで無い。多分に不満を伝える気配が滲んでいる。
「そ、それじゃあ、今度はこちらが助けられるように頑張りますんで!」
話しかけて来た青年は、不穏な空気を感じたのか後ずさりする様に離れると、人混みの中へと消えていった。
今、助けてほしいんだが?
「探してた、コバンザメ倒した人」
「そ、そうだったな。俺の場合は相打ちだから、倒したうちに入らないかな〜と」
「サーバーで唯一の撃破」
「ど、どうだろうか。俺のはノーカンかもしれないし……」
「全然、見つからなかった」
「そ、そうか……」
どこまで必死だったのかは分からないが、無駄足を踏ませていたのはあるだろう。その点は申し訳ないと思う。
「す、すまん」
「なら戦って」
間髪入れずに切り返された。
「それが嫌だから黙ってたんだが……」
「戦って」
実力的に敵わないのは分かっていて、それでも一方的に負けるのは嫌だし避けたい事態。そんな一方的な展開で、フウカが満足するとも思えない。
「俺はそんなに強くなくてだな……」
「戦ったら分かる」
『皆さん、お待たせしました。これよりステーション建築ミッションのミーティングを……』
「ぼ、ほら、始まるみたいだぞ」
「見つけて襲う」
「ぐぬ……」
そう言い残して去ろうとするフウカを俺は引き止めた。
「わ、わかった、も、模擬戦でいいなら、やろう」
謎の嗅覚を持つフウカは、自由出撃していた俺の所に、何度も現れた。新星系が解放されて探索範囲が広くなったとしても、どこからともなく現れそうな雰囲気がある。
何よりいつ襲われるかという危機感を持って探索する勇気が沸かない。
「約束……」
そう言って拳を出して小指を立てる。
「ん……」
「指切り」
「あ、ああ」
社会人になって久しい俺は、長らくそんな事をしたことがなくフリーズしてしまった。自然とそんな仕草が出るフウカは思っていた以上に若いのか。
ナイスバディなアバターからは想像しづらい。
「指切りげんまん、嘘ついたら、地獄の果まで追いかけて撃沈する……」
「おいおい、物騒すぎるだろっ」
「指切った」
ふふん、とフウカは不敵な笑みを浮かべる。美少女アバターに微笑まれると、歌の内容の物騒さも薄れてしまうから、男は悲しい。
「約束」
「ああ、わかったよ。いつ襲われるかビクビクするのは嫌だからな……それより、会議が始まるぞ」
「ん」
ゲームのアバターなので、立ったままでも疲れはしないのだが、俺は近くのベンチへと腰掛けた。隣にフウカも座ってくる。
視線の先には、ライブステージがあり、そこには何人かの人影が見えた。ステージの後方にあるスクリーンには、ステージの様子がアップになって映し出されている。
「マスター、ステージ上の描画優先を上げますか?」
「ああ、そうしてくれ」
すると周囲の人影が減って、ステージの様子がより鮮明に表示されるようになった。司会を務める人や各ユニオンの代表者などが十人ほど。そして思ってなかった人物がスクリーンに映し出された。
『今回のレイド戦、ビックゲストが参戦してくれる事になりました。皆ご存知のフレイアちゃんです!』