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ステーションへと帰還した俺は、新星系の情報をステーション外装用工作機械へと読み込ませる。これにより星系に特化した外装が作れるようになるはずだ。
しかし、重力場が多数ある星系のステーションはどんなものなのだろうか。左右から別々の方向に重力が掛かるとすれば、ねじれていってしまう。それに耐えうる強度を持たせようとすると、外壁が厚くなり、その分また重量が増えてねじれを受けやすくなってしまう。
となるとあえて踏ん張るのではなくねじれさせる構造のステーションとかになるだろうか。例えば回転式のステーションだ。葉巻型で中央で左右バラバラに回転するステーションだと、ねじれたとしてもその部分で、ストレスが解消される。
と、そこまで考えた所で、帰る直前に気付いた重力場が移動するという事を思い出した。不動の重力場であればその力を逃がせる機構を持っていれば、対処は可能だろうが、その重力場自体が動くとなれば力のかかり具合も変化する。
一定方向だけで考えていては、破綻する可能性があるか。どの方向に引っ張られても大丈夫な設計とはどういうものなんだ?
「そんなに深く考えても何も出ませんよ?」
「思索する事が人に与えられた最大の自由なのだよ」
「マスターは哲学者でしたか」
「そんな大層なもんじゃないがね。いろいろと予想して、その通りになればよしだし、裏をかかれたらそれもまたよし。ぼーっと与えられるままに受け入れるより、より楽しめるというものだよ」
「ふむむ……私には難しいですね。まずは楽しいというところから学ばねば」
AIであるシーナにとっては、感情自体が数式で表せる代物なのだろうか。貪欲な知識欲が正しく機能していけば、感情の再現もできるのではないかと思わせてくれる。
願わくば自然な笑みを早く習得して欲しい……。
ステーション外装の納品物で、Lv2が必要な物を優先的にセッティングしてその日はログアウトした。
平日はあまりログインできない日々だが、毎日の納品は欠かさない。増設した工作機械で納品依頼がある分以上を納品していけば、新星系のステーション建築も早まるはずだ。
最低限の素材回収と納品、服飾機械の出品を繰り返して週末の金曜日夜を迎える。
「きたっ、きたきたっ」
「みなみっみなみみなみっ」
「いや、意味分からんし……それよりも、ステーション建築完了のお知らせが来てるじゃないか」
「はい、マスター。新星系用に建築されたステーションが完成しています」
「じゃあ、早速新星系のステーションへ移動だな」
「まだ新ステーションは、初期星系にあります」
「ん?」
他のサーバーに先駆けて新星系用のステーションが完成したのは、Lv2の工作機械による納品のおかげだと思いたい。まだまだ生産方面ではリードしているはず。
ただ先行すると情報は少ない。
パーソナルルームのディスプレイで、改めてお知らせを確認する。そこにはステーションの完成と、新たな任務の発令が発生していた。
「任務?」
「はい。ステーション移設に向けた無重力地帯の確保が必要となります」
任務の詳細を読んでみると、新星系の重力場を発生させている他次元生物の駆除依頼となっていた。ただし個人で排除しても他の個体を駆除している間に、再び現れる可能性があるので、一定宙域を一斉に排除する多数のプレイヤーが同時に参加できるレイド任務となっていた。
「土曜の夜20時からか……丸一日あるな」
休日の夜ということで、参加しやすい時間を狙っての開催だとは思うが、もう少し早くならないものか。
「マスターみたいにぼっちなら問題ないでしょうが、普通の人は予定を調整するのに一日でも短いですよ?」
「うるさいわっ」
まあ、実際の所、戦うための準備も必要だから時間は要るか。スカラベの相手をするとなると、火力が問題となる。ハミングバードの高速振動剣でも一撃必殺どころか、まともなダメージが与えられるかも分からない。
更には接近する事によるデメリットも大きい。
重力場を発生させている元凶に近づくとそれだけ重力に引っ張られる事になる。行動に制限がかかるだろう。ハミングバードといえどもその影響を無視できない。
機動力を殺された状態で敵に接近するのは自殺行為だ。
となれば離れて攻撃できる手段が必要となってくる。
「大型の戦闘機を買うか……?」
しかし、採算度外視で足りない素材を買いながら、ステーションの納品任務を行っていたので、余剰コストはかなり目減りしている。
ステーション外装用の工作機械を売りに出す手もあるが、何となく戦闘機に頼るやり方は俺らしくない気がした。
「要は火力を用意できればいいはずだから……」
高出力のコアを持つ機体に、大型の火器を搭載すればいいはずだ。そしてうちには出力だけは高い機体がある。
「マンタのコアで火器を運用すれば、出力的には問題ないはず。あとは固定砲台として射程範囲に敵を誘引できれば……」
以前、ゴブリン戦にマンタを固定砲台として投入した一戦を思い出す。あの時は誘導が思った以上に難しかった。結局は、襲ってくるゴブリンではなく、小惑星上から攻撃してくるゴブリンの駆除に切り替えて何とかしたはず。
「しかし、今回は俺自身が固定砲台の操縦すればいいだけの事だ」
ソロプレイではなく、レイド戦となるのであれば、俺は遠距離から狙撃プレイをすれば、前線は他のプレイヤーが支えてくれるだろう。
「マスターが狙撃……フレンドリーファイアしまくりな未来が……」
「ぐぬぬ」
このゲームは、味方には攻撃が当たらないとかのセーフティ機能はついていない。高出力の粒子砲などを発射して、味方を巻き込めば批難の嵐だろう。
そして俺はお世辞にも射撃が上手いとは言えない。
「……射撃が得意な人に任せるのがベストか」
唯一のフレンドは喜々としてレイドにも参加してくるだろう。彼女の射撃は精密で、一点集中でクジラの厚い装甲も撃ち抜いていた。
今回は敵の数が多いので、近づいての攻撃よりは、遠距離からの狙撃がいいのだが、彼女の戦い方は中口径粒子砲によるミドルレンジが基本のはず。
狙撃タイプの機体は使えるんだろうか?
「まあ、彼女に頼るよりも他に適正のある人を探すほうが賢明だな」
「マスターが他人を探す!?」
「驚きすぎだろ、おい。別に俺は他人と話せないって訳じゃないぞ。状況が許さなかっただけで……」
例の動画騒ぎも流石に下火なはず。直接攻撃してきた奴らは撃退されたことを根に持っている可能性はあるが、その他の人々はそこまで興味はないはず。
ピンポンパンポーン。
『これより、中央広場にて明日のレイド戦に向けたミーティングを行います。参加予定でお時間のある方はお集まり下さい』
どうやって人を探そうかと思った矢先に、館内放送が流れた。どうやらプレイヤーの有志が作戦会議を行うらしい。
そういえばクジラ戦の時も指揮をとっていた人がいたはずだ。
「いよいよ俺も社交デビューする時が来たかな」
「はじめてのお使いですね」
「じゃあシーナは、はじめてのお留守番だな」
「え!?」
「まだ衣装も変えてないし、連れ歩くのは保留だ」
「むぅ、仕方ないですね……」
そう言うとシーナはゴソゴソとポケットを探すふりをして、手のひらサイズの球体を取り出した。
「初期アバタ〜」
「おお、懐かしいな」
製品版ではアンドロイドアバターだったので、記憶から薄れていた。β時代はお世話になっていた球体型のサポートシステム用アバターは、シーナからフヨフヨと飛び立つと、俺の目の前に浮かんだ。
「この体ならついて行けますよ」
「そんな手があったのか……」
シーナの声とは少し違う電子音っぽさを感じさせるサポートシステムの声も、懐かしく思える。
「ただシーナと呼ぶのは違和感があるな。サポートシステムだからエスエス、エスツー、エスニ……スニで」
「あい」
仮の名前だから適当でいいだろう。
「それじゃあ、表に出てみようか」
「天岩戸が開きますね」
「転送で出るからドアは開かないがな」